料理に合わせてワインを楽しむにはどうすればいいか。ソムリエの佐野敏高さんは「和洋折衷の食卓はワインとの楽しみにおいて無限大の可能性をもっている。
各お店の個性がでて、色々なおかずが楽しめるお弁当は、季節によって変わる食材や調理方法がワインとの相性を測る道標になってくれる」という――。
※本稿は、佐野敏高『ワインビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■食事との取り合わせであっと驚く出会いを
ワインと料理の交わりは真っ白な紙に味覚のマップを自由に造ることのできる楽しさを生みます。家庭でワインを飲む時のルールはただひとつ、自由に楽しく、気兼ねなく飲みはじめることです。
まずは食事と飲み物を切り離して考えずに食卓の相棒としてタッグを組ませましょう。
そして馴染みのあるお酒について考えてみます。日本のビール、喉越しは爽快だけれど本当に食事と味わいがピッタリと合うのかな? 日本酒は滲みでる旨みをもち、ささくれのない丸みや均整を持っているので、合わない料理がほとんどないというくらい万能なお酒です。
その反面、僕の経験不足かもしれませんが意外と心から驚き感動するような組み合わせを体験したことがありません。一方で、ワインの味わいを図形で表現しようとすると色々な形になります。
多種多様な味わい構成をもっているのでさまざまな食事との取り合わせであっと驚く出会いが生まれることが多いと思うのです。食事がもつ味わいと絶妙に合わさるものもありますし、合わさらないものもあります。
このバランスを探る作業がとても楽しいと思いませんか? 調味料や調理方法で調整していき、双方をおいしくするための仲人を務められるのが家庭料理の醍醐味ですね。
お互いが綺麗にはまるように食事側からサポートをしてあげる、何か素敵ですよね。
■さまざまなものとうまく手を取るスパークリングワイン
「白ワインにはお魚」というのは、確かに王道の組み合わせのように聞こえます。でも実は赤ワインともよく合いますし、ロゼやオレンジワインでも合わせるポイントがたくさんあります。
たとえば真鯛の柵と飲み残しのワインがあったとしましょう。きれいな酸をもった白ワインだったら焼き魚に柑橘を絞ったものを添えてみる。パワーがあり穏やかな酸味のワインならバターソテーをして根菜を添えてみるのもいいですね。
ロゼなら蒸し焼きにトマトとハーブの和物を添えてもいいでしょう。余っている柴漬けを細かくきってオリーブ油とあえたものはどうでしょうか。赤ワインの場合なら、甘辛く煮付けにしてもいいし、フライにしてソースと一緒にするもいいでしょう。
おつまみとして食べるなら、軽く昆布締めにして表面だけ炙ったり、お醤油やオリーブ油、お飲みになる赤ワインを混ぜたタレをつけてみるのもおもしろいと思います。さまざまなものとうまく手を取るのがスパークリングワインです。
ちょっと料理をするのが面倒だな、という方は、市販品やレトルトをアレンジしてワインに寄せていくこともできます。
自分流を見つける作業は、ハマると楽しくて仕方なくなりますよ。
調味料を活用するとバリエーションが増えて楽しいです。基本的なところでは塩。岩塩、海塩、荒さによっても遊べます。スパイスなら大型の業務スーパーなら手頃に手に入ります。
僕が多用するのがコリアンダー、クミン、シナモン、カルダモン、フェンネル、山椒、胡椒などです。そのほかに醤油、出汁、味噌、柚子胡椒、冷凍保存ができる柑橘などもよく使います。
■絶対に合わない食材相性なんてない
もっとこだわりたい人は日本各地に眠る素晴らしい調味料や素材を求めてもいいでしょう。これらのスパイスはあくまで主素材とワインを合わせるための脇役です。
調味料とワインを合わせるわけではありませんので、そこだけご注意を。あと、水はもっとも優れた出汁ですのでお忘れなく。
極論ですが、絶対に合わない食材相性なんてないと思うのです。
なぜなら、合うように自分で調整すればいいからです。
塩辛とワインが合わない? それはスーパーの塩辛だから合わないのかもしれません。ちょっと工夫してスパイスを入れたり、軽く焼いてみたら合うかもしれません。
僕は日本の珍味をお取り寄せして色々なワインと合わせて楽しんでいます。積極的に地方の食材を探すようになると人生の時間が足りないほど、おもしろく奥が深いものです。
自分の出生地や育った場所にワインとおもしろい相性を生む食材が隠れているかもしれません。アンテナを張って食体験を豊かにしてみてください。ワインはさまざまな物をよりおいしくさせてくれる魔法を持っているのです。
■料理と合わせるコツは3つだけ
ワインと料理は、シンプルでありながらも、まるで変化に富んだメロディのように感じられます。色合いが調和し、香りが重なり合い、温度が微妙に変化します。まるで食の世界で奏でられる音楽のような、心地よい感覚を生み出すのです。
僕が料理とワインを組み合わせるときに大切にしている考え方を、少しだけご紹介します。

1 色について考える「視覚が生む第一印象の調和」
鮮やかなトマトの赤、濃厚なビーフシチューの深い茶色、繊細な白身魚の淡麗さなど、人は食べ物や飲み物を見るだけで、すでに味を想像しています。ワインの色彩が料理と共鳴することで、視覚的な調和が味覚の調和を生み出します。
また、あえてコントラストを生む組み合わせは視覚的インパクト、色調のコントラストは素材がもつ属性のコントラスト、単体では気が付かない風味を明確にします。
トマトソースパスタ×イタリア サンジョヴェーゼ―赤

トマトは太陽を連想させます、明るいルビー色のサンジョヴェーゼとの取り合わせは視覚と味覚が自然な一体感を生み出します。
鳥のクリーム煮込み×ふくよかなシャルドネ―白

バターやクリームを連想させるクリーム色のお料理、同じくふくよかなシャルドネなどの濃い色調のワインを横に置いてみます。
塩・お刺身×アルバリーニョ―白

透明感のある刺身とアルバリーニョの清澄度が合わさり味わいは大きくなります。柑橘を絞っても絶妙な相性に。
トンポーロー×ドイツ リースリング―白

リースリングの色は白色だけれども、属性は赤に近い。寄り添いながらも豚の脂の存在を明確にしてくれます。リースリングのアロマと酸味が全体を柔らかな印象にしてくれます。
白身魚のカルパッチョ×ピノ・ノワール―赤

魚の透明感と赤ワインの紅白関係。魚にオイルが塗ってあることで赤ワインとの干渉を柔らかくし、咀嚼をしながら融合させることができます。
繊細な旨みが軽やかなタンニンと駆け引きをします。
■香りが重なり合うと、味わいに深みと奥行きが生まれる
2 香りで合わせる「香りのハーモニーが生む深い余韻」
香りは味覚に先んじて感じられる重要な要素です。香りが重なり合うことで、味わいに深みと奥行きが生まれるからです。ワインの香りは果実の香りをベースに、ハーブやお花、スパイスや大地に根付く香りが加わります。
白ワインがもつ香りはライム系の爽やかなものからレモン、オレンジ、そして熟度は上がっていき、やがてパッションフルーツやマンゴーのようなトロピカルフルーツへと変化していきます。
色調もグリーンがかったものから、黄金色に至るまでさまざまです。赤ワインもフレッシュな木苺からイチゴなどを経てブラックチェリーのように変化していきます。
秋刀魚の塩焼きにマンゴーを合わせるのと、柑橘を合わせるのだとどちらが合いそうでしょうか? 基本的にワインも料理に添えた時に寄り添うか、邪魔をするかを考えると相性を考える手掛かりになります。
この場合は熟した白ブドウよりも爽やかで清涼感のあるものが合いそうですね。もちろんマンゴーを合わせる場合も別の要素をトッピングして近づけることはできますが。
焼きリンゴ×シナモンの香りがあるヴィオニエ―白

ワインがりんごのソースになるくらい華やかな世界を造ります。香りの重層性。

焼き鳥むね肉×グリューナー 白/シラー―赤

塩味の焼き鳥に白胡椒、ひとつまみのワサビ山椒のスパイシーな香りを造り、グリューナーがもつペッパー調子の性格、純度の高い透明感はわさびと合わさり鶏肉を引き立てます。
タレで調味をし、少し黒胡椒をふった焼き鳥はシラーの胡椒のようなアロマが見事に調和し、鶏肉の後味に深みを与えてくれます。一工夫で香りのトーンを合わせると、赤・白どちらにも寄り添わせることができますね。
■自分の感覚を信じて食卓に小さな冒険を取り入れる
3 温度で合わせる「心地よさを生む温度のバランス」
温度の調和は相性の満足度を左右する重要な要素です。料理とワインが同じ温度帯にあることで、味わいがより一体化することを強調します。
極端な温度差はワインと料理の関係性を断ち切ると言われています、温かい料理には、ほんの少し温度を上げた赤ワインを合わせ、冷たい前菜やサラダには、爽やかに冷やした白ワインやスパークリングワインがよく合います。
温度差を利用した相性もあることは覚えておいてくださいね。フランスの山間地帯で食べられるチーズ料理ラクレットとキンキンに冷えたスパークリングワインの相性、温かいフォンダンショコラに冷やした甘口のポートワインを合わせるなどもおすすめですよ。
3つの基本を意識するだけで、誰でも簡単に美しいハーモニーを生み出すことができます。ワインと料理の組み合わせは、特別な知識や経験がなくても楽しめるもの。大切なのは、自分の感覚を信じて食卓に小さな冒険を取り入れてみることです。
■意外と楽しい組み合わせになるお馴染みの料理
ワインと食事のマリアージュを実践するためには、食事とどのように合う・合わないかを理解しないといけません。一度にたくさんのマリアージュの比較検証ができたらいいのに……そんな時は幕内弁当を有効活用しましょう。
各お店の個性がでて、色々なおかずが楽しめる。季節によって変わる食材や調理方法がワインとの相性を測る道標になってくれます。
僕が主催する【寺子屋ワイン塾】では、亀戸にある桝本さんのお弁当を使わせていただいています。ワインに専門性を求めず、自分の直感と気持ちに正直にワインと食事を楽しむ検証会です。
季節替わりのお弁当はじんわりと素材の味が広がり、化学調味料の雑味がなくワインが生き生きとする相性を生みます。
お米、卵、海産物、季節のアクの強い素材、お肉や工夫をこらしたお添え物までさまざまな食材とワインを組み合わせて楽しむことができます。特に亀辛麹という辛いペーストは、ワインの取り合わせの妙味を体感できます。
辛味が刺激と旨みで構成されていますので、意外とアロマティックで苦味のあるトラミネール種のワインと合うなど、新しい発見がありました。
出汁の効いた卵焼きは意外と楽しい組み合わせになるんです。昔は「卵とワインは合わないよね」なんて言われていたようですが、僕のおすすめはトコロテンのような香りをもつソーテルヌの貴腐ワインです。関東風、関西風の味わいの違いでも合わせるワインのバリエーションが広がります。
■幕内弁当でマリアージュ入門
お弁当のおもしろい点は、食事の温度がすべての料理において均一なこと、食感の異なる料理が豊富なこと。たとえば牛蒡と牛肉の時雨煮と、熟成のピークを過ぎて希薄な味わいになった70年代のボジョレー(ボジョレーヌーボーを生産する村のワインです)の赤ワインを合わせるとしましょう。
最初は牛蒡の風味にワインが負けてしまうような気がしますが、咀嚼していくと、牛肉の香りと牛蒡の土の香りが融合して奥ゆかしい味わいが生まれます。そこに甘辛いタレが味わいをさらに調和させていきます。
一口ワインを含んでみると、ワインは牛蒡の土の力を与えられ、立体的な味わいへと変化します。ガメイ種の静かな生命力とエレガンスが、食事の要素をさらに深く繋げるために働いてくれます。
希薄なワインの個性が料理と合わせることではっきりとするのです。食事だけでは見えなかった素材の風味にメリハリがでました。これが支え合う関係ということです。
温度についても色々な遊びができますよ。冷めたお惣菜をレンジで温めて、もう一度同じワインを合わせてみてください。不思議なことに、先ほどとはまったく違う表情が現れます。
たとえば、牛肉の時雨煮は冷めている時には繊細な味わいを持つガメイ種のワインと相性がよかったのに、温めると甘辛さや香りがぐっと強くなり、ガメイが押され気味になることがあります。
そんな時は、あえて胡椒を軽く振ってみたり、味の厚みがある長野県産のメルロー種に変えてみると驚くほど相性が改善します。「温め直すだけでこんなにも変わるとは」と感心してしまうでしょう。
『冷たいビールには熱々の唐揚げ』という昔ながらの常識に似た、シンプルで誰でも体験できるおもしろさです。ワインの楽しみ方に正解はありません。
■和洋折衷の食卓は無限大の可能性
温度、調味料、ちょっとした食べ方の工夫で、自分だけの最高の組み合わせが見つかることもあります。ぜひ、お気に入りのワインで試してみてください。
僕たちが日頃楽しんでいる和洋折衷の食卓はワインとの楽しみにおいて無限大の可能性をもっています。日本はお惣菜屋さんなど色とりどりの食事が生活の身近なところにありますし、デパートの物産展などへ足を運べば宝の山です。
ワインとの取り合わせが楽しくて仕方なくなるはず。僕は神奈川県横浜生まれなので、あの手この手でシュウマイ弁当とワインの組み合わせを楽しんでいます。海辺で食べるお弁当とイタリアのグレコ・ディ・トゥーフォの相性がとても好きです。
まずはワインを開けてみましょう。常識なんて言葉に惑わされず色々と楽しんでみましょう。

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佐野 敏高(さの・としたか)

ソムリエ

1984年神奈川県横浜市生まれ。幼い頃マレーシアで育ち、高校卒業後ニュージーランドへ留学。ワインのある生活に魅せられイギリスへと拠点を移す。ヨーロッパ各国へ足を運びワインを学ぶ。帰国後は老舗グランメゾンのアピシウスなど、さまざまなフレンチレストランやワインバーで経験を積む。Racines、puhuraなどに勤めたのち、2016年に独立。Wine Bistro calmeとワインのお店 さらさを開業。オーストリアワインアンバサダー。ポルトガルワインコンクールにて最優秀賞受賞。趣味はフルート演奏と日本舞踊。

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(ソムリエ 佐野 敏高)
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