■職場の人間関係ストレスで最も多い原因は「上司」
こんにちは、産業医の武神です。1万人以上の働く人たちとの面談を通じて分かったことは、職場の人間関係ストレスで最も多い原因は上司だということです。「上司が怖い」「あの一言が頭を離れない」と出社前夜から憂鬱になったり、朝の出社をためらう人も少なくありません。特に、新人や復職者を傷つける無自覚な“NGワード”こそ最大の落とし穴だと強く感じています。
今回は実際の2事例をもとに、部下の心を守りつつ成果も高めるべく上司に守ってほしい3つの心得をご紹介します。職場の空気を少しでも柔らかくするヒントになれば幸いです。
数年前、私のクライエントの30代女性Aさんは、不安障害の診断で休職しました。彼女は、主治医とリワークプログラム施設、そして人事との連携の甲斐もあり、11カ月で復職となりました。週3出社・週2在宅勤務からの段階的復帰から始めることとなったAさんは、会社や部門の配慮に感謝し、「もう一度ここで頑張りたい」と前向きな気持ちで出社しましたが、その復職初日に、上司が昼休みに彼女に放ったのは次の言葉でした。
「いいよね、医者は簡単に診断書を書いてくれるから」
■原因は職場ではなかったのに上司の一言で…
Aさんは休職中の産業医面談でも、彼女の不安障害の原因はAさん自身の中にあり、特に職場での人間関係ストレスはないと言っていました。それでも、この上司の一言で、「私は甘えているのか」「ここに居場所はないのか」「上司は私の復職を快く思っていないのか」と不安と恐怖が再燃してしまいました。翌週の産業医面談では声を震わせながら「頑張って戻ったのに、初日から居場所がない」と泣いてしまいました。
聞いてみると、会社で仕事中は自分の席では涙は抑えられる。たまに涙が出そうになると、トイレに行って泣いている。先週は帰宅中の電車で涙が頬を流れていたが、今は帰宅するまで我慢できている。出社勤務の前日は夜中に目が覚めてしまう。睡眠薬を飲んでいるので眠ることはできているが、朝、会社に行くのがつらい。という状況でした。幸い翌日に診察とカウンセリングの予定があったので、そこでよく相談するようにお伝えし、面談は終了しました。
カウンセリングを通じて、そのようなデリカシーのない言葉に自分の心が動揺してしまうのは仕方ないが、それを引きずるのはもったいないことを伝えられ、診察では症状が出た時のために、仕事中でも飲める頓服の薬を処方されました。その後、なんとか継続して働くことができ、Aさんは今は普通に働いています。
■企業は優秀な人材を、本人は自信とキャリアを失った
40代男性Bさんは、未就学のお子さん2人のお父さんでした。邦銀でトップセールスを記録し、3年前に他の外資系金融に転職。そこでも営業成績がよく、私のクライアントにヘッドハンティングされて約1年前に転職してきました。
しかしBさんは、商品も慣習も異なる新天地では数字が伸びず、1年を待たずに体調を崩し、抑うつ状態の診断書を提出し休職となりました。5カ月後、残業禁止の就業制限付きで復職したBさんに、最初の月次ミーティングで上司が放った言葉は、
「いつまで就業制限続けるつもり?」
でした。
さらに、言葉に詰まるBさんに、「そんな薬飲んでるからダメなんじゃない?」という追い打ちがありました。言葉を失ったBさんは「努力が足りないのかもしれない」と自責し、自己判断で内服を中止してしまいました。当然体調はもっと悪化し、その数週間後に再休職となりました。
休職可能期間を過ぎても体調は復職可能なレベルまでは回復することなく、そのまま自然退職となり、企業は優秀な人材を、本人は自信とキャリアを同時に失う結果となりました。
■1年に2人以上のメンタル不調者が出る部署の共通点
私の産業医歴約20年、年間1000件超の面談実績の経験から言えることがあります。
同じ部署で1年以内に2人以上のメンタル不調者が発生したら、その原因は大きく2つに絞られます。
1.組織として、業務量や責任の偏りがあり、組織構造的に負荷(負担)がかかり過ぎている部署である。
2.その部署にコミュニケーション能力に難がある人(たいていは上司)がいて、部門の心理的安全性が崩れている。
前者は組織体系や業務フローの見直しで是正できますが、ステークホルダーが複数いたり、人事担当者よりも年配や役職が上の担当者だったりすると、調整に時間がかかります。その間にまたメンタル不調者が発生し、人手不足がより忙しく余裕のない環境を引き起こしてしまいます。
私の経験上、一度この状態になった組織が、その状態に気がつき対処する決意をし、立ち直るには1~2年かかってしまうこともザラです。
■現場で大切なのは「思いやり」
後者はなかなか難しい問題です。一般的に、不調者・休職者・復職者等に対する“配慮”は、制度として会社で設定することはできます。しかし、実際の日々の現場で大切なのは“思いやり”です。この“思いやり”は、“言葉”や“態度”に宿るため、マニュアルではカバーしきれません。
何か不適切な言葉や態度があった場合、上級職の人間がその都度、その人を具体的に注意し、そのような態度が企業文化としてふさわしくないこと、度重なるようであればそれは評価に響くことを根気よく伝えるしかありません。原因となる人が上級職の場合、さらにその上の上司や上級職の人事が対応しないといけないため、実際には簡単でないことは容易に想像できます。
私が、講演などでこのような話をすると必ず言われるのが、「(メンタル不調の部下に対して)NGワードは何ですか?」と「何て言えばいいんですか?」という質問です。
図表1に挙げるのは、実際に私が産業医面談で、上司に言われて部下が傷ついたと聞いた言葉です。こうして眺めてみると、シチュエーションによっては許されるんじゃないの、そんな悪い意味ではなかったんじゃないの、という気持ちになるものもあるでしょう。
■大事なのは「言われた部下がどう思ったか」
しかし、実際、言われた部下は、上司の意図に反して、ショックを受けて涙を流したり落ち込んだりしたのです。
その言葉を言って、一番満足するのは誰ですか。この質問の答えが相手(部下)よりも“自分”の場合、もしかするとその言葉はNGワードなのかもしれません。その場合、そのセリフは飲み込み、深呼吸をひとつするだけで、チームの空気は変わります。
では、どうすれば部下を潰さない“いい”上司になれるのでしょうか。これは私たちは学校教育では教わりません。企業によっては管理職研修の中でそのような時間がある場合もありますが、多くの上司は、自分で本を読んだり勉強したりして身につけています。しかし、そもそも学ぼうと考える人は、前述のようなNGワードを言うことはあまりありません。問題は、部下との接し方を学ぶ必要があるという認識を持たない上司のもとで、いつも起こるのです。
■部下を潰さないための3つの心得
そこで今回は、産業医から上司の方々へ、部下を潰さないための3つの心得を処方させていただきます。
1.まずはセルフケアをする。
自分に余裕がないときに、人に優しくすることはとても難しいです。
もちろん、世の中には、自分ではどうにもならないことやイライラすることはあります。しかし、上司だからこそ、人として、そういった状態でも自己管理ができることを部下たちに示してあげてください。余裕を持って元気に働く上司は、部下たちの信頼を得られます。
2.言うことをがまんする
思いついたことをそのまま部下に言うことはやめましょう。「その言葉を言って、一番満足するのは誰か?」をいつも考える癖をつけてください。答えが相手ではなく自分の場合、言わなくてもいい言葉、言い換えた方がいい言葉であることが多いです。
また、部下が「ちょっといいですか?」と真剣な顔で相談しにきた時は、アドバイスをするのではなく、その部下が言うことを最後まで聞いてあげてください。多くの場合、求めているのは上司からのアドバイスではなく“承認”です。「言うことを忍ぶ」と書いて、「認める」と読みます。上司が余計なことを言わず我慢して黙って聞くだけで、部下は承認されたと感じて前向きになれます。
3.成果よりプロセス、小さな達成を確認する
調子が悪い部下が、大きな成果を上げることはほとんどありません。怒鳴ったりプレッシャーをかけたりして成果が出る場合もゼロではありませんが、往々にして逆効果です。
頑張っている部下の努力を言語化してあげてください。「まだ終わらないの?」ではなく「頑張っているね。どこまで進んだか一緒に見よう」と寄り添ってあげてください。
復職者には「今週(月)は毎日出社できたね」「今週(今日)は○○までできた」と、小さな達成を事実ベースで確認し共有してあげてください。調子が悪い人は上司の評価を気にしています。
■日本全体では7.6兆円の損失に
最近の研究によると、働く人が「気分が沈む」「眠れない」といった心身の不調を抱えながら仕事を続けることで、日本全体では年間およそ7.6兆円の経済的な損失が生じていることが明らかになりました。この損失額は日本のGDPの1.1%に相当し、精神疾患の医療費の7倍にも上ります。(横浜市立大学「メンタル不調の影響、年間7.6兆円の生産性損失に GDPの1.1%に相当と試算」)
現在、企業には従業員の心の健康保持増進が数々の法律等で求められています。しかし条文がどれほど整備されても、現場での言葉が変わらなければメンタル不調者は減りません。
上司という立場は、部下の人生と会社の未来の交差点に立つ役割を持っています。3つの心得を習慣化し、「職場に来るとほっとする」と言われるチームをぜひ作っていただけると幸いです。
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武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ、ムーディーズ、フォルクスワーゲングループ、BMWグループ、エリクソンジャパン、テンプル大学日本校、アドビージャパン、テスラ、S&Pといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。働く人のココロとカラダをサポートする無料AIチャット相談サービス「産業医DrT」を運営。
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(医師 武神 健之)