男性化粧品市場の勢力図はどうなっているのか。近年、売り上げが急増したのが、広告モデルに大谷翔平選手を起用した「コスメデコルテ」ブランドだ。
作家・高殿円さんの著書『父と息子のスキンケア』(ハヤカワ新書)より、一部を紹介する――。(第2回/全2回)
■男性化粧品の勢力図はどうなっているか
さて、資生堂への取材を終えた私は、現在の男性用化粧品の高級ライン勢力はどのようになっているのか知りたくなった。女性のメイクアップにだってシャネル、ディオールという二大ブランドがあり、そこにトムフォードなどが最近価格帯でも高級ラインにカチコんできて、徐々に勢力図が書き換わりつつあるのである。
もちろん資生堂が強いのはわかったが、それ以外の大手メーカーはどうなのか。たとえば大谷翔平が広告モデルを務めた美容液「リポソーム アドバンスト リペアセラム」は、男性新規顧客が前年同期比約7.5倍。同商品を含む「コスメデコルテ」ブランドは2023年12月期に過去最高の国内売上高を達成したという。
コスメデコルテはコスデコという愛称で知られていて、1970年にコーセーより誕生した老舗の最高級の総合化粧品ブランドだ。
■「大谷効果」は75~100億円?
コーセーの小林一俊社長が決算会見で「『コスメデコルテ』は起用した大谷翔平選手の効果が約50億円だったと聞くが、パブリシティ効果を入れると、そこから1.5~2倍あったと推定している」と発表して大きな話題になった。
大谷さんはすごい。なにがすごいって老若男女みんな大谷さんの一挙一動に注目しているハイパースターだ。今までいろんなスターはいたが、この、みんな大谷さんのことを話している、という現象は素直にすごいと感じる。
そして現在、大谷さんのことはそこまで関心がないけど、ご結婚された大谷さんのパートナーである真美子さんのことは好き、という女子が多い(自分調べ)のもすごい。
もう真美子さんと二人でコスデコのCMに出る姿が目に見えるようだ。
■男性用は「ドクター監修」が売れる
アルティミューンにせよコスデコにせよ、日本の巨大コスメ資本が、今までのヒット商品を男性用化粧品マーケットにまで拡大させて、人気アイコンを立てて挑んだ結果は果たしてどうだったのだろう。大谷さんがコスデコの顔になることが発表されたのが2023年3月15日。一方、松嶋・反町夫婦がSHISEIDO MENのアンバサダーになることが発表されたのが同年11月20日。
3月から始まった大谷キャンペーンの半年後の決算報告で、すでに好調ぶりは発表されており、特筆すべきは新規客の大幅な増加。大谷さんがまだ若いということもあり、SHISEIDO MENとは良い感じにユーザーが分かれていた可能性もある。
そして1年後の2024年「メンズノンノ美容大賞」の美容液部門は上から資生堂、コスデコ、オバジという並びだった。もちろんこれは美意識の高いメンズによるセレクトなので、一般的なユーザーの数や支持が実際どうだったのかまではわからない。だが、男性用化粧品はドクター監修のものがよく売れる傾向にあるという。つまり、男性は信頼性や歴史、知名度をより重視するといえるだろう。
■今後、富士フイルムが伸びてきそうな理由
実際第3位に選ばれたオバジはロート製薬の製品で、マス商品としてメラノCCがバカ売れしていることを考えれば、資生堂、コーセー、ロート製薬がランキング上位なのは納得がいく。つまり、大谷効果があったにせよ、2024年も安定のSHISEIDO MENの覇権だったのは間違いないだろう。

しかし大谷さんにつられてスキンケアをはじめた若い層が、やがて高級ラインを常用するようになったとき、果たして資生堂とコーセーの立場がどうなっているのか。5年後のメンズスキンケア関ヶ原が楽しみだ。
高級ラインはそれなりにインカムのある中年男性層がカスタマーだから、知名度と研究がしっかりしてそうなメーカー、さらに忙しい中年層の目にとまるだけのCM広告の量と三拍子そろった老舗に軍配が上がったが、男性のスキンケアの関心がアンチエイジングに向いていることからも、個人的には、そのうち富士フイルムがランクインしそうな気がしている。
富士フイルムといえば異業種からの参入にもかかわらず、主力ブランドの「アスタリフト」は発売たった4年目で年間売上高100億円を突破。とくにアンチエイジングの部門ではすでに絶大な支持を得ているのだ。もともとカメラ・フィルムで有名な同企業は男性との親和性もあるし、実際現在セグメント別でもヘルスケア部門がマテリアル部門を超えている。これから男性用化粧品も戦国期に入るのだろうな、という印象だ。
■男性のスキンケア目的は「肌の治療」
とはいえ、男性用化粧品は完全なブルーオーシャン。まだ半数がスキンケアの扉をたたけてすらいない。
株式会社インテージの調べ(※)によると、2022年は5年前の1.5倍、2023年上半期も前年同期比15%増という結果だから、この市場がどんどん伸びていくのは間違いない。資生堂・清沢さんの、ヨーロッパでの浸透率と比較してもいまの化粧水使用率2割から5割まではいくのではないか、という見立ては正しい(第1回)。
※インテージ ポストコロナでも成長を続ける男性化粧品市場
「ブランド品が好きなのは女子というイメージがあったけど、どっこい蓋を開けてみたら男性のほうがずっとブランド志向だったっていうことか」
老舗の大企業を信頼し、女性の視線を意識し、ドクターズコスメなどとにかくエビデンスがありそうな商品を選ぶ男性の傾向にはまだ特徴があって、なによりひっかかったのが男性がスキンケア目的に「肌の治療」に重きを置いている印象があるということだった。

■年齢が上がるほど「メンズメイクに抵抗」
株式会社クロス・マーケティングによる「美容に関する調査(2024年)男性編」によると、スキンケアをはじめたきっかけは「肌トラブルの改善」が42%とトップ、そのうち15~19歳は57%と特に高い(図表1)。
クロス・マーケティングは「思春期にニキビができ始める頃からスキンケアを始めることが、もはや若年層では当たり前となっていると言える」と分析しているが、これは我が家の息子氏の行動とも一致する。
このアンケート調査は実に興味深く、男性のメイクアップへの抵抗感についても数値で洗い出されている。
メンズメイクをしている人に対しての印象は、「よい+ややよい」が53%。関心度は21%であり、特に15~19歳は35%と高い。自身がメイクをすることに対し、抵抗感がある/ないは拮抗、年齢があがるほど抵抗感は強まり、60代では65%に達する。一方、15~29歳は「抵抗感がない」が6割と高い。
■若く見られたいから、まずはスキンケア
抵抗感がある理由は「メイクは女性がやるもの」「男らしくない」などメンズメイクそのものに否定的なものと「お金がかかりそう」「時間がかかる」という意見が見られた。抵抗感がない理由は、「男性でも綺麗な方がよい」「見た目がよくなる」「肌の悩みを隠せる」という声が聞かれた。
ここからわかることは、男性がスキンケアをするきっかけや理由は「肌トラブルの改善」が大きく、メイクに関してはミドル層以上はまだまだ抵抗感が強い。
つまり、男性のスキンケアは女性とは違ってまだまだメイクアップを前提としていないともいえる。アンチエイジングは女性も熱心だけれど、それにもまして男性からの要望が強いのも、メイクアップがまだまだ男性にとってハードルが高く、それでも若く健康的に見られたいために肌そのものの質と状態をよくする必要があるからだろう。

「若く見られたいけど、心理的にまだメイクはできない。だからまずスキンケアの門をたたくってことか」
改善したいのは老化や皮膚のトラブルだから、とにかく確実に“治る”というエビデンスのあるものにお金と時間をかけたい、といったところだろうか。
■女性と男性の間にある「情報格差」
女性からすれば、「いや、シミが気になるならレーザーでとりにいけば?」「それが怖いならコンシーラー使えば?」というだけの話なのだが、そもそも男性はその情報を知らない。それに比べて、女性はずっと昔から比較的楽にリーチできていた。私が若い頃は女性情報誌や友達同士のコミュニティによって。
じゃあ男性も雑誌買えばいいじゃん、という話だが、どうだろう。メンズノンノなんて買っていたら笑われるかも、という恐怖にうちかってまで情報を仕入れたいと思うだろうか?
いつの世も、正しい情報はとりにいく努力が必要だ。いまの若者の間でメイクへのハードルが下がったのも、おそらくインターネットという“特にだれにも知られずひっそり”と、“恥をかくことなく”“安価に”情報を手に入れることができるようになったことが大きいと考えられる。
■安定の資生堂、コーセー、ロート製薬に頼る
そう、人間は歳をとればとるほど新しい情報にアクセスするのがおっくうになる。スキンケアをはじめたいけれど、新しいメーカーはよくわからないので、みんなが知っている資生堂、コーセー、ロート製薬の商品にしてみよう、と考える中年男性が多いのも、同じ中年として深く理解できる。
「なるほど、コロナ禍によっていままで仕事に追われていた男性にも比較的家での時間ができた。外出ができないのでネット需要が高まり、そこへズーム会議などで自分の老化をいやおうなしに見せつけられ焦る。
スマホで「男性、スキンケア、シミ」などで検索すれば、わざわざ本屋でキラキラメンズ雑誌を買うという抵抗感を乗り越えることなく、ある程度容易に情報にアクセスできてしまう。
そういう意味でも、反町隆史・松嶋菜々子夫妻や大谷選手のようなアイコンを誘導役にしたのは効果的だし、ネットによって、今まで雑誌ごとになんとなく分類されていた年齢の壁もなくなり、より幅広い情報を手に入れることができるようになったってことか」
ひとつひとつ事象をひもといていくと、どれもきちんと言語化すれば納得のいく結果ばかりだった。

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高殿 円(たかどの・まどか)

小説家・漫画原作家・脚本家

兵庫県生まれ。2000年に第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞し『マグダミリア 三つの星』でデビュー。『カミングアウト』で第1回エキナカ書店大賞、『グランドシャトー』で第11回大阪ほんま本大賞を受賞。著書に〈トッカン〉シリーズ、〈シャーリー・ホームズ〉シリーズ、〈上流階級〉シリーズ、『メサイア 警備局特別公安五係』『剣と紅』『忘らるる物語』『35歳、働き女子よ城を持て!』他多数。

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(小説家・漫画原作家・脚本家 高殿 円)
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