※本稿は、今道琢也『テレビが終わる日』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■テレビのリモコンについた“あるボタン”
テレビ離れについて考察する上で、最後にもう一つ注目しておかなければならないことがあります。それは、テレビのリモコンのボタンの変化です。
最近のテレビのリモコンには、YouTubeやAmazon Prime Video、Netflixなどにダイレクトにつながるボタンが備え付けられているものがあります。電源を入れてYouTubeのボタンを押せば、即座にYouTubeのサイトにつながり、視聴することができます(テレビをインターネットに接続している場合)。
ネット動画を見たいと考えている人にとっては大変便利な機能です。このタイプのリモコンがなくても、テレビをインターネットに接続する方法はいくつかありますが、はじめからリモコンにネット動画のボタンが付いていると、ネット動画へのアクセスがとても容易になります。
前にも述べましたが、私自身も、このタイプのリモコンがついたテレビに買い換えたところ、以前よりも、「テレビ番組」を視聴する時間が大幅に減ってしまいました。テレビをつけても、圧倒的に「ネット動画」を見ることの方が多くなったのです。もっと若い世代ではネット動画ばかりを見ているのではないでしょうか。
子育て世代の人に話を聞いてみたところ、「子ども達はテレビでネット動画しか見ていない」と言います。
■リモコンのボタンと視聴行動の関係
ただ、テレビのリモコンのボタンが、人々の視聴行動にどういう影響を与えているのかについて調べたデータは見当たりませんでした。そこで私は、リモコンのボタンと視聴行動の関係を探るべく、独自に調査を行ってみました。
私の友人、知人、そのまた知人、さらには旅先で入ったカフェの店員さん、料理屋の女将さん、タクシーの運転手さんなど、様々な人に自宅のテレビのリモコンと視聴行動について聞いてみました。調査した人の数は、101人です。
規模としては大きくありませんが、対象者は北海道から沖縄県まで分布しています。年齢も10代から70代と幅広く、職業も多種多様です。統計学的な手法を用いて行った調査ではありませんが、一つの参考資料にはなると思います。
この調査では、次のような質問をしてみました。
・質問1 自宅のテレビのリモコンに、YouTubeなどのネット動画のボタンがついていて、電源を入れたらすぐにYouTubeなどのネット動画を見られるようになっているか。
・質問2 (1で「はい」と答えた人に対して)自宅でテレビをつけたときに、「テレビ番組」と、YouTubeなどの「ネット動画」のどちらを優先して見ようとするか。
■テレビはテレビ番組を見るものではない
これに対しての結果は、図表1のようになりました。
質問1で、「はい」と答えたのは、40.5%でした。普及率は半分より少し低め、というところです。また、そもそも「テレビを持っていない」という人が約8%おり、これは私の想像以上でした。
さらに、質問2については、優先的に見る方として「テレビ番組」と答えた人は、26.8%にとどまり、7割以上は「ネット動画」を挙げました。
この結果から分かるように、リモコンにネット動画につながるボタンがついている人の多くは、テレビをつけたら、テレビ局のチャンネルをザッピングするのではなく、まずは、ネット動画の方で面白いものがないかを探しているのです。
つまり、「ネット動画」の視聴がメインであり、テレビ番組は「補欠要員」に過ぎないのです。これは、テレビが「テレビ番組を視聴するための機械」から、「ネット動画を視聴するための機械」に変わりつつあることを意味しています。
中には、「テレビは持っているが、テレビアンテナにはつないでいない。インターネット回線につないで、ネット動画だけを見ている」という人もいました。この場合、テレビは、完全に「ネット動画ディスプレイ」と化しています。
■ネット配信事業者の「下請け」になる日
また、2で「ネット動画」と答えた人に対して、なぜ、そちらを優先して見ているのかを聞いたところ、「自分に合ったチャンネルがある」「ネットの方が、面白いから」という答えが多くを占めました。
さらに、テレビを持っていない、という人にもその理由を聞いてみました。
「ネット動画」には様々なものがありますが、中でも圧倒的に見られているのは、YouTubeです。図表2に示しているように、YouTubeは90.2%と利用率が抜きん出ていて、Amazon Prime Videoがこれに続きます。民放が提供するTVerも健闘はしていますが34.7%で3番手、NHKプラスの利用率は、7.9%にとどまっています。
Amazon Prime VideoやNetflixは、テレビ局が制作したドラマなども流していますから、そちらでテレビドラマを見てもらえるなら、間接的にテレビ離れに歯止めがかかる、という考え方もあるかもしれません。
一理あると思いますが、テレビ放送を見てもらえず、Amazon Prime VideoやNetflixなどへの番組配信の依存度が高まれば、テレビ局はメディアとしての存在感、主導権を失います。ユーザーと直接接点を持ち、価格決定権や配信番組の決定権を持つのは、ネット配信事業者側になります。これは、言うなればテレビ局がネット配信事業者の「下請け」になるということです。
■近所の家電量販店を見てみると…
この傾向が進むと、テレビ局は番組を作って納入する「制作会社」のような位置づけになっていくでしょう。リモコンで「テレビチャンネル」を選んでもらえないということは、そういう問題を内包しています。
リモコンにYouTubeなどのボタンがついているテレビは、今後買い換えが進むにつれ、一層普及していくことでしょう。
しかも、ボタンがついていないテレビは、フロアの片隅に展示されており、店側も力を入れて売っている雰囲気ではありません。いずれ、すべてのテレビのリモコンがネット動画につながるボタンを備え付けるのではないでしょうか。
もっとも、このタイプのテレビを買っても、インターネット回線とつながなければ意味がないのですが、「令和5年通信利用動向調査」(総務省)によれば、家庭でのブロードバンドの普及率は93.2%です。ほとんどの家庭で、テレビとネットをつなげる条件が整っています。
■テレビ番組は完全な「補欠要員」
さらに、最近では、ホテルや旅館の客室に備えられているテレビのリモコンにも、YouTube等につながるボタンを備え付けているものが増えています。出張などでホテルに泊まったときに、部屋のテレビでネット動画を見ている方も多いのではないでしょうか。
私自身、ホテルや旅館に宿泊する機会が多いのですが、初めて宿泊先でこのタイプのテレビを見たのは、数年前のことでした。この時、「ついにホテルのテレビでもネット動画が見られるようになったのか」と思ったものです。
その後は、いろいろなホテルや旅館で同じタイプのテレビを頻繁に見かけるようになりました。私の肌感覚ですが、ホテル・旅館での普及率は5割くらいに達しているのではないでしょうか。そうなると、ホテルや旅館に泊まったときも、テレビ番組ではなく、「まずはネット動画を見よう」となるでしょう。
自宅でも、出張・旅先でも、「テレビ」という機械は、ネット動画の視聴がメインとなり、「テレビ番組」は完全な「補欠要員」となってしまいます。
このタイプのリモコンが普及していくと、人々がテレビ番組を見る機会・時間は、これまでよりも一段と減っていくことになるでしょう。テレビにとって、大変厳しい時代になっているのです。
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今道 琢也(いまみち・たくや)
「ウェブ小論文塾」代表
1999年京都大学文学部卒(国語国文学専修)、NHK入局。アナウンサーとして15年間勤務後独立し、文章指導専門塾「ウェブ小論文塾」を開講。『落とされない小論文』など著書多数。
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(「ウェブ小論文塾」代表 今道 琢也)