※本稿は、今道琢也『テレビが終わる日』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■テレビ番組よりもYouTubeが人気のワケ
個人個人が動画を制作し、その中から個人個人が自分の好みに合った動画を選んで見る──。
今起きていることは、言うなれば「メディアのパーソナル化」です。「数社のテレビ局が、何百万人、何千万人に向けて番組を一斉に流す」、という時代から、「何百万、何千万の個人が番組を発信し、その中から自分に合ったものを選ぶ」、という時代への転換です。
かつて動画の制作と配信は、テレビ局だけが可能でしたが、スマホやパソコンを使って誰でも気軽にできるようになりました。そして、テレビ局が制作した番組よりも、個人が制作した動画を、人々は好んで見るようになっています。
一般の人だけでなく、歌手、お笑い芸人、文化人など、これまでマスメディアで活躍してきた人たちも次々と個人のチャンネルを立ちあげています。これは、メディアのあり方が、「マスメディア」から、「パーソナルメディア」へと変わりつつあることを示しています。
このような、「マスからパーソナルへの移行」は、テレビ業界に限った話ではありません。人々の生活が向上し、社会が成熟してくると、嗜好やニーズは多様化していきますから、どのような業界でも起こりうることです。
■マス型→パーソナル型への移行
学習塾を例に取ってみると、昔は教室に生徒を集め、みんなが同じ授業を受けるという形式が主流でした。しかし、最近では「個別指導」が大はやりです。
「個別指導」では、教室を細かいブースで仕切り、それぞれのブースで子どもが自分の課題に取り組みます。先生は巡回しながら、一人一人に指導をしていきます。学習塾というビジネスモデルが成熟し、少子化によってむしろ飽和気味になってくると、よりきめの細かい指導としてこのような「個別指導」が人気を集めるようになりました。
10人子どもがいれば、10人とも学習進度や苦手分野が違うのですから、保護者が、個別に手厚い指導を受けさせたいと考えるのは当然のことでしょう。みんなが同じ授業を受ける「マス型」の指導から、個々人の特性を見極めて指導する「パーソナル型」の指導への転換です。
■全国民が同じ番組を見る時代は終わった
旅行のあり方の変化も、その一例と言えるでしょう。かつて、旅行と言えば社員旅行や町内会の親睦旅行など、「団体旅行」が主流の時代がありました。そうした需要を当て込んで、全国の温泉地には、大宴会場を備えた旅館が次々に建てられました。しかし、このような「マス型」の旅行は、時代とともにあまり好まれなくなっていきました。
今、温泉地を歩くと、至る所で廃墟となった旅館を見かけます。団体で旅行に行くよりも、個人で行きたいところを選んで行く「パーソナル型」の旅行が一般的になっていったのです。
そうすると、今度はシングルやツインの部屋を基本に構成された宿泊特化型のホテルが、全国に建てられるようになりました。
成熟社会では、千差万別の嗜好、ニーズが生まれます。ですから、社会が「パーソナル化」していくのは自然なことです。そういう意味では、映像メディアの世界も、ようやく「パーソナル化」が始まった、と言えるのかもしれません。むしろ21世紀に入ってからも、国民みんなが同じ番組を見ていたということが、驚くべきことだったのかもしれません。
■テレビ局が変わりづらい構造的理由
これまで映像メディアの世界が「マス型」で成り立ってきたのは、ひとえに「テレビ局以外に、映像コンテンツを制作して個人に配信できる者がいなかったから」です。
言い方を換えれば、「テレビ局が制作した番組を見るしかなかった」のです。その前提が、技術の進歩で根底から覆されています。今、テレビメディアが置かれている状況は、そういうことなのだと私は理解しています。
「パーソナル化」は社会の様々な分野で進んでいますが、その流れに最も適応しにくい産業がテレビだと言えるでしょう。先ほど例に挙げた学習塾やホテルは、サービスの提供の仕方を「パーソナル型」に修正することで、引き続き産業として発展することができます。
しかし、テレビは、「マスメディア」であり、「マス」であることを前提にした、もっと言えば「マス」以外の方法が存在しない産業です。テレビ局が巨額の経費をかけて番組を制作し、これまた巨額の経費をかけて全国津々浦々に張り巡らした電波網を使って、数百万、数千万人に一斉に配信するというのが、テレビ産業の基本的な構造です。
■出版業のほうがマシ
仮に、テレビが「パーソナル化」の時代に適応しようとするのならば、「一人一人のニーズに合わせてきめ細かく番組を制作し、ユーザーの好みに応じて個別に配信する」、という方法に転換しなければなりません。そういうことは、根本的に無理な産業なのです。
同じメディアでも、出版の方は小回りが利きます。書籍は2000~3000部程度でも商業出版が可能ですし、自費出版という、パーソナルな出版の形態も古くからありました。書籍の場合は「このテーマに関心を持っている数千人に届けばいい」という考え方をとることが可能です。そして、消費者は書店に並んでいる何千、何万という本の中から、自分の趣味・嗜好に一番合うものを選ぶことができます。
これは、多数の人が動画共有サイトへ動画を投稿し、その中から視聴者が自分の好みに合うものを選ぶ仕組みと重なる部分があります。その一方で、本がヒットすれば数百万部刷られることもあり、「マス型」のメディアとしての役割を担うこともあります。つまり、出版は柔軟性が高いのです。
テレビでは、「この番組は興味のある数千人に届けばいい」という考え方で制作はできません。
要するに、扱う対象が大きすぎて小回りが利かないのです。何やら、恐竜がその巨体ゆえに環境の変化に適応できずに絶滅した姿ともダブってくるのですが、ここに、テレビが見られなくなっている本質的な理由があると思います。
■テレビ局の倉庫に眠るお宝
ただし、小回りの利かない「総花的な番組」「最大公約数的な番組」であっても、大量に集めて自由に選択できるようにすれば、個人に突き刺さる番組が見つかることはあり得ます。特に、時間が経った映像はそれ自体が貴重で、見たいと思う人が多いはずです。
先に、「一般向けの鉄道旅の番組は、鉄道好きの人にとっては中途半端である」という趣旨のことを述べましたが、もしこれが、「30年前に放送されたブルートレインの旅番組」だったとしたらどうでしょうか。
内容そのものは総花的だったとしても、今は走っていない列車の映像そのものが貴重ですし、懐かしさもあり、ぜひ見たいと思う人は多いでしょう。旅人を務めるタレントも30年前の姿で登場するわけですから、そのタレントのファンも興味を持つでしょう。
テレビ局の倉庫に眠る、何十万、何百万の番組がネット上で公開され、その中から誰でも自由に選べるのであれば、自分の興味・嗜好に突き刺さる番組が見つかるはずです。
■YouTubeに匹敵する人気に
テレビ局には番組、ニュース映像など、膨大な過去のコンテンツがあります。各テレビ局が一つにまとまってポータルサイトを作って、各社の映像をアップロードし、いつでも好きな映像を探して見られるようにしたら、YouTubeに匹敵するくらいの人気を集めるかもしれません。
新しい番組・映像も、放送し終わったら、このポータルサイトに移し、どんどん公開していきます。そして、これらの映像は、広告付きで無料で見られるようにしておくのです。
今存在するTVerやNHKプラスは、基本的には「見逃し配信」という位置づけであり、放送した直後に一部の番組を見られる、という建て付けになっています。そうではなくて、過去に放送した、番組、ニュース映像、あるいはお蔵入りになったものも含めて、あらゆる映像を自由に見られるようにしたら、かなりの視聴者がつくのではないでしょうか。
昔の映像は、YouTubeなどでも流されていますが、珍しさ、懐かしさなどから結構な数の視聴者がついていることが多いのです。単なるニュース映像でも、時間が経てば貴重な動画となることがあり得ます。
例えば、年末年始の帰省ラッシュを報じた、ありふれたニュースの映像でも、今は走っていない昔の列車が映っていたら、それだけで興味を持って見る人はたくさんいます。
■それでもテレビ局の限界
テレビ局はこのような映像を積極的に蔵出しすれば良いのに、と思います。一社単独でやっても限界があるので、各社がまとまってポータルサイトを作ることが大事です。母集団が大きければ大きいほど、個人に突き刺さる映像が見つかる可能性が高くなります。
テレビ局の人たちは新しい番組をつくることばかりに目が向いているので、自社のテープ保管庫の中が宝の山であることに気づいていないのかもしれません。ほとんどが未活用なまま眠っているのはもったいないことだと思います。
ただ、このようなシステムを構築するためには、倉庫にある膨大な映像を整理して、一つ一つアップロードすることになりますから、大変な手間とコストがかかります。内容によっては出演者、著作権者に使用許諾を得る必要があるなど、さらに手間とコストが発生するという問題もあります。
また、テレビ局がアーカイブ映像の配信に本格的に乗り出すと、本業であるリアルタイムの放送を見る人が益々減る、ということになるでしょう。あちらを立てれば、こちらが立たずという状況で、テレビ局にとっては十分なメリットがないのかもしれません。本業のテレビ放送が「マス型」のビジネスモデルであるところに、テレビ局の限界があるように思います。
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今道 琢也(いまみち・たくや)
「ウェブ小論文塾」代表
1999年京都大学文学部卒(国語国文学専修)、NHK入局。アナウンサーとして15年間勤務後独立し、文章指導専門塾「ウェブ小論文塾」を開講。『落とされない小論文』など著書多数。
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(「ウェブ小論文塾」代表 今道 琢也)