メンタル不調から元気になるためにできることは何か。東邦大学医学部名誉教授の有田秀穂さんは「セロトニン神経を活性化させ、心身を元気にする『セロ活』をお勧めしている。
手軽な運動、エクササイズで実践できるが、やり方を間違えるとかえって逆効果になる」という――。
※本稿は、有田秀穂『』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■なぜ、通勤時のウオーキングでは「セロ活」できないか
ウオーキングは健康法として長い歴史があります。近年では、万歩計を持って通勤しているビジネスマンもいるのではないでしょうか。1日に一定の時間歩くのは、「有酸素運動・エアロビクス効果」の医学理論です。これでエネルギー代謝を日常的に活発化させれば、運動不足が原因で発症する糖尿病・心筋梗塞・肥満などの生活習慣病を予防できます。
この理論に基づくメタボリックシンドローム対策としては、ウオーキングでは、例えば「1万歩」という1日の歩数がポイントになります。どこを歩いても構いません。エネルギー消費が十分なら、疾病予防に役立ちます。
ところが、漫然とウオーキングをしていても、「セロ活」にはなりません。
運動不足解消のためではなく、脳内セロトニンの合成・分泌を増やすためのウオーキングの場合は、特別な配慮が必要です。
それは、「集中」してウオーキングをすること。

「セロ活」には「ストレス性外乱」が禁物だからです。
うつ病や強迫性障害を患ったビジネスマンが私のセロトニン道場に相談に来られたとき、私はウオーキングをよくすすめます。すると、「毎日通勤で30~40分歩いています。それを活用できませんか」と聞かれます。でも残念ながら、有酸素運動としてはOKだとしても、「セロ活」には役に立ちません。
その理由は、通勤途中では「ストレス性外乱」にさらされるからです。繁華街や駅の構内は、目や耳から絶えずストレス性刺激が脳に侵入してきます。これがセロトニン神経の活性化にはマイナスなのです。ストレス中枢の興奮がセロトニン神経の活性化を妨げるからです。
■静かな場所で30分以上歩く
では、「セロ活」のためにベストな条件とは何でしょうか? それは、人通りが少なく、公園や水辺など自然な環境をウオーキングすること。そういう場所で、歩くことに神経を集中して30分程度歩くと、「セロ活」になります。
また、もう一つ大切な注意点があります。

それは頑張り過ぎないこと。
調子がよいからと、普段より長い時間ウオーキングするのは、「セロ活」には好ましくありません。なぜなら、セロトニンの脳内分泌は、基本的に、夜寝ているときにはいったん停止するからです。基本的にストックが効かず、一晩寝たら翌朝、再びゼロから再スタートとしなければならないのです。したがって、毎日の繰り返しが不可欠だということになります。
さらに、ウオーキングやジョギングを続けて、疲れを感じるようになったら、脳内のセロトニン分泌が減り始めたサインと思わなければいけません。
つまり、疲れを感じたらサッサと切り上げることがコツなのです。
その日の状況によって、疲れを感じる時間は異なるはずです。有酸素運動・エアロビクス理論では「1日1万歩が目安」と書きましたが、「セロ活」のためにはウオーキング時間の長さは必ずしも固定しないで、臨機応変に変えるのがよいと思います。
大切なのは「生活習慣として継続」することです。2~3週間継続すると、頭も心も体も徐々に元気になっていることに気づくはずです。「生活習慣として継続」すると、やがてセロトニン分泌の高い脳に鍛えられるのです。

■最もシンプルなスクワットをやってみる
天気が悪くて外に出られなかったり、周囲に適した場所が見つからなかったりで、外でのウオーキングやジョギングができない場合、室内でのリズム運動・エクササイズで「セロ活」をしましょう。
5分以上のスクワットが効果的
最もシンプルで確実なのは、スクワットを5分以上、疲れない程度に継続するエクササイズ。両手を前後に振りながら、腰と膝を無理なく屈伸させるだけなので高齢の人でもできます。膝に無理な負担をかけてはいけないので、無理をして深く腰を落とす「深いスクワット」をする必要はありません。やりやすいレベルから始めて、徐々に負荷の程度や時間を増やしていくこと。
■猛暑や豪雨でも問題なしの室内エクササイズ
道具を使う場合には、さまざまなアイテムから選ぼう
手頃なのは踏み台昇降ステップ。高さは10センチ、15センチ、20センチなど、自分に合わせて高さを選びます。私たちは大学の研究室でデモ用に踏み台昇降を使っていました。ただし、テレビを見ながら、おしゃべりをしながらのステッピングは効果を半減させるので注意。「集中」して5分以上、生活習慣の一環として続けることが大切です。
スクワットや踏み台昇降ステップのほかにも、エアロバイクやステッピングマシンなども、費用やスペースに余裕がある場合は活用を。負荷の程度も適当に切り替えられ、エクササイズをしたという充実感も得られます。
疲れたらやめること。そしてなにより「生活習慣としての継続」が重要です。
天気のよいときには、外でウオーキングやジョギング、天気が悪いときには、室内で各種エクササイズと、臨機応変に変えればよいのです。私もこのような生活を続けていますが、その内容や方法は少しずつ進化してきています。
■「クールな覚醒」産むエアロバイクの効能
ここで、科学的エビデンスを簡単に紹介しておきましょう。国際誌に掲載された私たちの論文からの抜粋です。エアロバイクを30分間漕いで得られたデータです。
まずは、脳波のデータから
自転車を漕ぎ始めて数分すると、特別な脳波が現れ始めます。通常、覚醒時にはベータ波が現れていますが、自転車を漕ぎ出して数分で、アルファ波が少しずつ混入するようになり、10分ぐらいすると、アルファ波が脳波の主要成分に変わってきます。この変化は大脳皮質の働きが若干抑制されているエビデンスです。自転車を漕ぎ続けているので、しっかりと覚醒していることは間違いなく、私は「クールな覚醒状態」と表現しています。
一般に、大脳皮質の働きは認知機能が主体であり、言葉で論理的に考え、損得勘定をし、記憶や計算能力を高く維持します。
クールな覚醒状態では、それらの認知機能(いわゆる「知性」)が少し抑制されるようになります。つまり「頭デッカチが抑えられる」ということです。しかしそれは、ボーッと眠い状態ではなく、またカッカと頭が動いているわけでもありません。あくまで「クールな覚醒状態」なのです。
次に心理テストのデータから
この自転車を漕ぐエクササイズの前と後で、POMS心理テスト(国際的によく使われる気分変化を評価するテスト。30項目の質問に答えるだけ。所要時間5分ぐらい)をしました。すると緊張・不安の低下、うつ気分の軽減、怒り・敵意の改善、疲労や混乱の解消など、総じてネガティブな気分が改善され、元気の度合いが上昇する結果が得られました。
なお、脳内のセロトニン濃度の変動については、エクササイズ直前、直後、30分後の3回、血液中のセロトニン濃度を測定して、間接的に評価しました。するとエクササイズ直後にセロトニン濃度が明確に(統計学的に有意に)増加し、30分後も高いレベルが維持されたのです。
これは、脳内のセロトニンが増加した間接的証拠だと評価されます(この評価法は国際的に妥当であると証明されています)。自転車漕ぎの実験だけではなく、スクワットや階段昇降などにおいても、同様の結果が得られているのです。


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有田 秀穂(ありた・ひでほ)

医師・脳生理学者、東邦大学医学部名誉教授

セロトニンDojo代表。1948年東京生まれ。東京大学医学部卒業後、東海大学病院で臨床に、筑波大学基礎医学系で脳神経系の基礎研究に従事、その間、米国ニューヨーク州立大学に留学。東邦大学医学部統合生理学で坐禅とセロトニン神経・前頭前野について研究、2013年に退職、名誉教授となる。各界から注目を集める「セロトニン研究」の第一人者。メンタルヘルスケアをマネジメントするセロトニンDojoの代表も務める。著書として『医者が教える疲れない人の脳:「慢性疲労」を消す技術』(三笠書房)、『脳からストレスを消す技術』(サンマーク出版)、『脳科学者が教える やっかいな脳のクセをリセットする 朝5分の呼吸法』(総合法令出版)など多数ある。

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(医師・脳生理学者、東邦大学医学部名誉教授 有田 秀穂)
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