自分から「中学受験したい」と言った子が、頑張って勉強をしない。親はどんな声掛けをすればいいのか。
プロ家庭教師集団名門指導会代表の西村則康さんは「中学受験をするのなら毎日勉強をするのは当たり前、という親の“当たり前”を捨てることから始めてほしい」という――。
■子供の「やりたい」はそのときの気分でしかない
近年、首都圏の中学受験が過熱している。地域によっては、小学校のクラスのほとんどの子が中学受験をしているところもある。
だが、地方出身や公立出身の親にとっては、中学受験は未知の世界だ。ネット情報や子供の受験を経験した親たちの話を聞くと、かなり過酷であることが伝わってくる。そんな現実を見聞きして、小学生の子供を夜遅くまで塾に通わせるなんてかわいそう。子供が子供らしく伸び伸びと過ごせないのは、どうなんだろう……? と中学受験をさせることへの罪悪感を抱く親は少なくない。
一方で、まわりの子供たちが塾に行き始めるようになると、本当に地元の公立中でいいんだろうか、うちの子だけ置いてきぼりになってしまわないだろうか、という不安が襲ってくる。
そんなときに、救いのひと声になるのが、「私も中学受験をしたい!」という子供からの志願だ。すると、「その言葉を待っていました!」とばかりに、これまでの葛藤がきれいさっぱり消える。受験を勧めたのは私ではない。自分から「やりたい」と言ってきたのだ。
だったら、頑張るしかないよね? そうやって責任転嫁ができることを、しめしめと思っている親は案外多い。
だが、期待してはいけない。なぜなら、子供の「やりたい」は所詮気分でしかないからだ。
■「自分だけ塾に行かないのはイヤだ」
近年、中学受験を始めるケースとして、もっとも多いのが「子供から受験をやりたいと言い出した」というパターンだ。かつて、中学受験といえば、一部の教育熱心な家庭が行うものだった。しかし、今は首都圏では約5人に1人の小学生が中学受験をする時代だ。地域によっては8割ほどの子供が中学受験に挑戦していることもある。こうした環境にいると、低学年の頃から塾通いをしている同級生も少なくない。
そして、まわりの友達が一斉に塾に行き出すのが、小学3年生の2月だ。その前に模試や入学テストの話などが子供たちの間でもちらほら出てくるため、「自分だけ塾に行かないのはイヤだ」という気持ちが強くなっていく。特に、「みんなと一緒」を好む女子にその傾向がある。
■「中学受験をしたい」に過度に期待してはいけない
そして、いよいよ「私も受験をしたい!」宣言をするわけだが、ここに強い意志があるなんて思ってはいけない。
確かに「受験をしたい」と思ったことは事実ではあるが、その世界がいかに過酷であるかなど小学生の子供が知るよしもない。ただ、仲のいい○○ちゃんと△△ちゃんが同じ塾に通うというので、自分も行ってみたくなっただけ。「○○ちゃんたちと一緒にフラダンスを習いたい」と言っているのと、同じ感覚だ。つまり、ただそういう気分だったから、言ってみたに過ぎないということ。
初めは、塾という新しい世界が楽しくて、張り切って勉強をするかもしれない。だが、中学受験の勉強は3年間の長期戦だ。わずか10年ほどしか生きていない子供にとって、その3年間はとてつもなく長い。だから、頑張れる日もあれば、頑張れない日もある。それが小学生というものだ。
でも、それを許せないのが親。なぜなら、中学受験をするのであれば、毎日勉強をするのが当たり前だと思っているからだ。しかも、自分から「受験をしたい」と言ってきたのだ。
その言葉が余計に親を苛立たせることになる。だから、子供が「中学受験をしたい」と言ってきても、過度に期待してはいけない。
■「自分を律して頑張る」のは小学生には難しい
まず、「○○中学に合格するために頑張る!」といった、親が望むような展開にはならないことを知っておくことだ。そもそも親でも把握しきれないほど、首都圏には数多くの中高一貫校がある。この中から自分の行きたい学校を、子供自身に選ばせるのは現実的ではない。
なかには「俺は絶対に御三家に行くぞ!」なんて豪語する男子もいるが、それは「どうやら御三家と呼ばれる学校は、頭のいい子が行く学校らしい」くらいの情報しかない。つまり、単に憧れを、もしくは知っていることを言っているだけなのだ。そのくらい、子供たちは何も知らない状態から、中学受験の勉強を始めることになる。
誤解しないでほしいのだが、中学受験に目標校は要らないといっているわけではない。高い目標があって、それに向かってコツコツ頑張っていけるタイプの子なら、目標校はあったほうがいい。だが、そういう子はそう多くはない。なぜなら、小学生の子供は、まだ自分を律して頑張るというのがなかなか難しいからだ。

では、どうしたら頑張らせることができるのか――?
■「気分を良くする」アプローチが有効
小学生の子供は気分で生きている。しかも、その気分は日々激しく変化する。「中学受験をやりたい」と言い出したのも、まわりの友達が塾通いを始めて楽しそうと感じたからであって、その先にどんな生活が待っているかなんて考えていない。そういう気分で生きている子供を勉強に向かわせるには、正論をぶつけるよりも、「気分を良くする」アプローチが有効だ。子供の気分を高揚させるような言葉を探し、それを言い続けると、子供は面白いほど気分良く勉強をするようになる。
しかし、ここで親が「受験とはこうあるべき」と、“当たり前”のハードルを上げてしまうとうまくいかない。そうすると、子供の褒めポイントが見つけられず、できていないところばかりに目が向いてしまうからだ。
そこで、まず「中学受験をするのなら、毎日勉強をするのは当たり前」という、親が考える“当たり前”を捨てることからはじめてみよう。考えてみてほしい。相手はまだ遊びたい盛りの小学生だ。そんな小さな子供が週に何日も塾に行き、家で毎日勉強しているだけでも、相当頑張っていると言ってもいいだろう。だから、少しでも頑張っている様子が見られたら、そこは大きな褒めポイントなのだ。

■「30分くらい集中してくれ」を言い換えると…
ただ、毎日「頑張っているね」「よくやっているね」だけくり返しても、響かなくなってくる。そこで、おすすめなのはできるだけ細かく褒めてあげることだ。例えば、親から見れば、集中力にムラのある勉強をしていたとする。本当なら「30分くらい集中して勉強してくれ」と言いたいところだが、それを言ってしまったら、子供の気分を害すだけだ。
そういうときは、「さっき最初の5分間、ものすごく集中して問題を解いていたよね。お母さん、びっくりしちゃった」といったように、良かったところにだけスポットを当てて、褒める。そうすると、「ああ、確かに最初の5分間はめちゃくちゃ集中していたな。集中するとはああいう状態のことをいうんだな」と、子供自身が気づけるようになる。そして、お母さんに褒められたことによって、「ちょっとの時間でも、集中して勉強することはいいことなんだな」と受け止め、「もうちょっと頑張ってみよう」という気持ちになるのだ。
■「できて当たり前」という態度は出さない
もしくは「あなたは本当に頑張り屋さんよね。毎日コツコツ勉強に向かえる人って、本当にすごいと思うな」と言ってあげる。すると、子供は「僕は頑張れる子なんだ」と素直に受け止め、もっと頑張るようになる。
言い方が悪いが、そうやって勘違いをさせると、子供は驚くように頑張るのだ。いやいや、そんな単純な展開にはならない、と疑っている人もいるだろう。そういう人は、騙されたと思ってやってみてほしい。
ただ、少しでも「このくらいはできて当たり前」という態度を出してしまったら、それがほんの少しの表情の変化であったとしても効かない。大人からすればこのくらいはできて当たり前のことでも、小学生の子供には当たり前ではないんだと理解した上で、心から「すごいな」「頑張っているな」と思ったことを伝えてあげることが大事だ。
人生の経験の長い大人と違って、小学生の子供は遠い未来に向かって頑張ることは難しい。でも、すぐその先に「何かいいことがありそうだ」と感じることができれば、頑張ることができる。「あなたは頑張り屋さんだし、本番にも強い子だから、次のテストでもいい結果が出るかもしれないね」、たったそんな一言に勇気づけられ、頑張ろうという気持ちが高まっていく。気分で生きている子供だからこそ、ダイレクトに響くのだ。
■中学受験は人生のゴールではない
こうした気分を高める言葉を渡し続けていくと、子供は自然と頑張れる子になる。それと比例するように成績も伸びていく。中学受験の勉強を始めた頃は下の方のクラスにいた子でも、気分良く勉強をしていくうちに上のクラスに上がっていくことは少なくない。
受験というと、目標ありきで、そこに向かって頑張るというイメージが強いが、それは多くの場合、大学受験のことだったりする。発達の途中段階にいる小学生の子供がチャレンジする中学受験は、そのやり方よりも、とにかく気分良く勉強をさせて、気がついたら上の学校を狙えるレベルに上がっていた、というアプローチの方が、無理なく楽しく勉強ができる。
中学受験は人生のゴールではないし、その先の将来を決めてしまうほどのものでもない。高い目標に向かって無理やり頑張らせて、「勉強=つらいもの」という印象を与えてしまうよりも、小さな頑張りを認め、褒めてあげることで「自分は頑張ることができる子なんだ」「頑張れば少しずつ成長できるんだ」とポジティブに捉えられるようになる方が、その先の人生ではずっと大事なのではないだろうか。

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西村 則康(にしむら・のりやす)

中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員

40年以上難関中学受験指導をしてきたカリスマ家庭教師。これまで開成、麻布、桜蔭などの最難関中学に2500人以上を合格させてきた。新著『受験で勝てる子の育て方』(日経BP)。

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(中学受験のプロ家庭教師「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員 西村 則康 構成=石渡真由美)
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