※本書は、川島隆太・岡田拓也・人見徹『欲しがる脳』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■リール動画は「最強の発明」
私たちの脳は、どのように誘導され、利用されているのでしょうか。「ハマる」の裏側を見ていきましょう。
SNSをまったく利用していないという人は、もはやほとんどいないのではないでしょうか。スマホに指を滑らすだけで次々とタイムラインに流れていく投稿から、つい離脱するタイミングを失ってダラダラと見てしまった……なんて経験がある方もいらっしゃるかと思います。
中でも近年の「最強の発明」と呼びたいのがリール動画です(※Instagramが名付けた機能名ですが、ここではTikTokなどの縦型短尺動画全般を含めて「リール動画」)と呼びます)。
スマホに対応した縦型の3~15秒ほどの短い映像が切れ目なく配信され、特に若年層を中心に爆発的な人気を獲得しています。実際、新曲も懐かしの曲も含めてTikTok発でヒットする現象は枚挙に暇(いとま)がなく、「踊ってみた」動画を撮っている若者の姿は、街中の至る所で見かけます。
手のひらのスマホのアプリ画面から、なぜ目が、そして指が離せなくなるのでしょう。その背後には脳の報酬系ネットワークを狙い撃ちにした巧妙な仕掛けがあります。
■「当たり」動画でドーパミンが大量放出
ヒトは、報酬を予感するだけでもドーパミンが放出されます。
この新奇性をくすぐる「宝探し」のような体験の中で、数回スワイプしている間に嗜好と完全にマッチした「当たり」動画が出現します。このとき脳内では「期待を上回る報酬予測誤差」が発生し、ドーパミンが大量に放出されていると考えられます。
TikTokなどの動画プラットフォームは、先進的なAI技術を用いてユーザーの行動ログを秒単位で学習させ、好みピッタリの動画を戦略的にランダムで挟み込んでいるとも言われています。
ユーザーが視聴すればするほど、アルゴリズムはさらに学習して「ユーザーが魅力的と感じる可能性の高い」動画を、まるで偶然の発見のように提供し、その結果、視聴時間がますます延びていくというわけです。
■「依存を生む仕組み」に閉じ込められる
この「予測がつかない不規則な報酬」は、さながらスロットマシンのようで、ギャンブル依存症を生む仕組みと同じと考えられています。
実際、アメリカでは2024年にニューヨーク州やカリフォルニア州など14州が、TikTokの運営会社である中国のByteDance社を「若年層を意図的に依存させる設計を安全と詐称した」として訴え、その訴状には「無限スクロールやプッシュ通知がドーパミンを誘発する仕組みで長時間使用を促進し、精神衛生に有害である」とはっきりと主張しているほどです(※1)。
動画が延々と続いて離脱のタイミングを失わせる無限スクロールをはじめ、にぎやかな音楽は視聴者の時間感覚を失わせ、イヤーキャンディを強く意識した耳に残るSE(効果音)や、視覚的な注意を絶え間なく奪い続ける画面演出とUI(ユーザーインターフェース)も、ドーパミンを放出させて「ユーザーをアプリに閉じ込める」仕組みに特化していると言えるほどで、まさに依存型マーケティングの最先端を走っていると言っても過言ではありません。
※1 Bhuiyan, J. & Robins-Early, N. US states sue TikTok, claiming its addictive features harm youth mental health. The Guardian (2024)
■「投稿→いいね→ドーパミン」の無限ループ
リール動画に限らず、SNSに欠かせないのが「いいね」機能です。あまり気にしない、なんて思っていても、自分の投稿にいいねがつくと嬉しいものです。この「いいね」機能、初めからヒトが「ハマる」ことを狙って生まれたものということをご存知ですか?
事実、Facebookの初代CEOであるショーン・パーカー氏は、インタビューで「いいねボタンは小さなドーパミンヒットを与えるためだった」と明かし、人間心理の脆弱性を利用したものだったと説明しています(※2)。
SNS上で得られる「いいね!」やフォロワーからの反応は、私たちにとって強力な社会的報酬です。
実験では他人(実際には研究者が操作)の「いいね」の数によって被験者の自分の評価も左右される「同調行動」も確認されており、バンドワゴン効果(多くの人が支持しているものや流行しているものに対して、さらに支持が集まりやすくなる心理現象)が、SNS上でもあらわれているといえます。
SNSはこの「集団から認められたい」という社会的な心理報酬を利用継続のインセンティブとして埋め込み、「投稿→いいね→ドーパミン」というループを意図的に形成しているのです。
※2 Solon, O. Ex-Facebook president Sean Parker: Site made to exploit human ‘vulnerability’. The Guardian (2017).
※3 Sherman, L. E., Payton, A. A., Hernandez, L. M., Greenfield, P. M. & Dapretto, M. The power of the Like in adolescence: Effects of peer influence on neural and behavioral responses to social media. Psychol Sci 27, 1027-1035 (2016).
■お金を失う痛みを鈍くするキャッシュレス
スマホで、クレカで、タッチ払い。いつ、いくら使ったか覚えていますか? 電子マネーやクレジットカードなど現金を使わない決済手段は「支払い」の現実感を希薄にします。
現金払いでは、支払いによって目の前のお金が失われることを想像し、痛みを感じる脳部位が刺激されますが、キャッシュレスではそうしたプロセスが発生しないのが一因です。
さらに言えば、カード払いではその支出に対して感じる痛みの反応が鈍くなり、逆に報酬系(線条体)の活動が強まって価格への敏感さが低下することが報告されています(※4)。
※4 Banker, S., Dunfield, D., Huang, A. & Prelec, D. Neural mechanisms of credit card spending. Sci Rep 11, 4070 (2021).
■支払い音でも脳をコントロールしている
一部の研究では、クレジットカードのロゴを見るだけで無意識に購買欲求が高まると報告した例もあります(※5)。もはや私たちはクレカを見るだけで、買い物という「報酬の予感」が生まれるように潜在意識が学習してしまっているのかもしれません。
そしてキャッシュレスでの支払いは、財布を取り出して現金を支払うというプロセスより圧倒的に利便性が高く、これは処理流暢性を重んじる脳にとっても大変嬉しいことです。
手続きが簡便になればなるほど、私たちの前頭前野による「遅い思考」の抑制機能の出番は失われ、「速い思考」による直感的な決断が行われやすくなります。
さらに各社は支払いの際に「ピピッ」、「シャリーン」と工夫を凝らした脳に心地よい音を用意しており、これも聴覚からの潜在的な報酬となっていそうです。
この体験がキャッシュレス決済ごとに積み重ねられ、私たちの電子的なお財布の紐は、意図せずどんどんと緩くなってしまっているのです。
※5 Raghubir, P. & Srivastava, J. Monopoly money: The effect of payment coupling and form on spending behavior. J Exp Psychol Appl 14, 213-225 (2008).
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川島 隆太(かわしま・りゅうた)
東北大学加齢医学研究所教授
1959年千葉県生まれ。89年東北大学大学院医学研究科修了(医学博士)。脳の機能を調べる「脳機能イメージング研究」の第一人者。ニンテンドーDS用ソフト「脳トレ」シリーズの監修ほか、『スマホが学力を破壊する』(集英社新書)、『オンライン脳』(アスコム)など著書多数。
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(東北大学加齢医学研究所教授 川島 隆太)