新聞やテレビの報道を鵜呑みにしていいのか。元東京都知事の舛添要一さんは「SNSの発達・普及と反比例するように、オールド・メディアの記者の質が落ちた気がする」という。
元外交官で作家の佐藤優さんとの共著『21世紀の独裁』(祥伝社新書)より、一部を紹介する――。
■オフレコなのに“盗聴”する新聞記者
【舛添要一】私は厚労大臣時代、新聞記者たちと定期的に開いていた記者懇(記者懇談会)を途中でやめました。記者たちがルールを守らなかったからです。記者懇のルールとは当たり前ですが、「大臣が話したことは完全なオフレコであって報道しない」とするものです。しかし、私の発言内容がいつのまにか週刊誌に流れてしまう。そんなことがたびたび起きたのです。
大臣には10人くらいの番記者がいます。私は彼ら・彼女らと、ランチを食べながら記者懇をしていました。私が食事代を奢ると問題になりますから、割り勘です。食事がてらの懇談会が終わると、早い場合は夕方には私の話がどこかに流れている。なぜか。
彼らは胸ポケットに、ペン型のICレコーダーを忍ばせていたのです。
盗聴ですよね。そして自分の会社に帰るや否や、録音した音源を書き起こして外部に流す。オフ・ザ・レコード、すなわち「記録に残さない」というオフレコのルールは完全に破られました。
■新聞・テレビの影響力が落ちている
私の話を漏らした新聞記者が、週刊誌からどれほどの報酬を得ていたかは知りません。また、誰が“犯人”なのか、およその目星はつくけれども、10人もいれば特定するのは難しい。だったら、いっさいやめてしまおうと記者懇をなくしたわけです。
もちろん番記者自身が漏らさなくても、報告を受けた上司のデスクが漏らすケースもあります。しかしオフレコとは、デスクにも上げないでくれという意味ですから、そのルールを守れない記者は失格だと思います。
SNSの発達・普及と反比例するように、オールド・メディアの記者たちの質が落ちた気がします。そう言えば、斎藤元彦さんの再選挙で、投票行動に影響したのはSNSや動画サイトが30%、新聞・テレビが24%だったとの世論調査結果が出ていましたね。いかに既存のメディアの影響力が落ちたか、記者の質が劣化したかを物語っているのではないでしょうか。
■「とにかくジャーナリストになりたい」は稀
【佐藤優】確かに、最近の記者は能力が衰えました。
それは、生涯の職業としてジャーナリストを唯一の選択肢とする学生がいなくなったからではないでしょうか。
舛添さんが東大で教壇に立っておられていた頃(1979~1989年)、新聞記者になった卒業生もいれば、官僚になった者もいたでしょう。けれども、新聞社の入社試験と国家公務員試験を同時に受ける学生はほとんどいなかったと思います。
たとえば、朝日新聞社に入社して記者になり権力を監視するのか、それとも警察庁の官僚になって権力側に回るのか。いずれか一本の道を志向するのであって、二股をかけるようなことはしなかった。
ところが、今の学生たちは新聞社の試験も公務員試験も平気で一緒に受けます。序(ついで)に総合商社の面接にも行く。つまり、読売新聞社でも財務省でも三菱商事でも、どこかに入れればいいし、どこがもっとも将来性があるか、複数を並べて考えるのです。
■官僚が言ったことをそのまま書くだけ
裏返せば、記者と官僚の同質性が高まっていると言えます。今の記者たちは、官庁で取材したりレク(レクチャー)を受けたりした時に、官僚から「国益のためだから、ここのところは報道しないでくださいね」と要請されると、それを素直に受け入れてしまうそうです。
しかし、ひと昔前の記者なら、「俺たちに重要なのは事実かどうかだけだ」と、官僚の言うことなど聞きませんでした。このような姿勢が、今はなくなっています。

同時に、政治家との関係においても、ある種の“緩さ”が生まれています。取材対象者にとって都合の悪いことは書かない。取材する側・される側の緊張関係が失われ、そのため記者の能力が衰えてきたのです。
官僚は嘘をつかないという前提で取材し、官僚にとって“不都合な真実”を追及せず、まるで警察が発表する「本日の交通事故は人身事故が3件、死者2人」のように、官僚の言うことを「ああ、そうですか」と疑いなく受け止めます。そして、それが記者側の追及しない・書かないエクスキューズになってしまっている。
■報道内容に疑義があっても検証せず
たとえば「韓国の情報筋によると、北朝鮮からロシアに800万発の弾薬が渡った」と報じる。ところが2週間後に、「ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、北朝鮮からロシアに350万発の弾薬が渡ったと公表した」という記事も書く。この違いは何なのか。800万と350万は、誤差の範囲ではありません。しかし、今のメディアは両者の言い分を右から左へそのまま報道します。
この場合、800万と350万のどちらが正しいのか。積算根拠はあるのか、ないのか。
記者は自分の手で検証しなければなりません。すこし探れば、真実は判明します。しかし、それをしない。数字に倍以上の乖離があり、しかもわずか2週間の時間差であるにもかかわらず何も検証しないのは、私には記者の手抜きとしか思えないのです。
外務省や内調(内閣情報調査室)の情報部門であれば、韓国とウクライナそれぞれのソース(情報源)に当たり、感触を掴んで、どちらが正確なのかを判断して首相に報告します。大きな開きのある数字を、そのまま二つ報告されても、首相は混乱するだけだからです。
■ファクトより主観が先行している
日本の報道は、今にも台湾有事が起きるかのような伝え方ばかりで閉口します。北朝鮮からウクライナに渡った弾薬数に積算根拠がないように、最近の記事にはメディアみずから検証したファクトがあまりにも少ない。ロシアのメディアのほうがファクトは豊富です。
日本のメディアはまず善悪の話があって、そこにファクトを無理矢理押し込んでいくようなところがあります。感情レベルで正邪の対応をしているのです。
ひと昔前は、記者の主観的表現を多用するニュー・ジャーナリズムが隆盛するなか、日本のメディアは自分の立場・主張を持たずに客観報道だけではないか、と批判されていました。
ところが、今は逆で、ファクトを置き去りにして主観が先行しています。これはロシア・ウクライナ戦争以後の顕著な変化です。
■大先輩の名前すら知らない無知ぶり
加えて言うなら、記者たちの知的レベルが低下しています。読書量が貧弱だと思わざるを得ないのです。卑近なエピソードをご紹介しましょう。どこの社の誰とは申しませんが、私が30代の記者と日本共産党について話した時のやりとりです。
【佐藤】立花隆さんは、著書で「暴力革命不可避論とならんで、共産党が捨て去ったもう一つのマルクス・レーニン主義の真髄的な教義は、プロレタリア独裁論である」と書いていますね。
【記者】えっ。立花さんが共産党について本を書いているのですか。
【佐藤】ほら、『日本共産党の研究』(講談社、初版1978年。現在は講談社文庫)の序章で……。
【記者】あの人、NHK以外のことも言うのですね。
街宣(街頭宣伝)では聞いたことがないですけど。
どうも話が噛み合わない。私は途中でハタと気づきました。彼は、タチバナタカシをノンフィクション作家の立花隆さんではなく、「NHKから国民を守る党」の立花孝志さんだと思い込んでいたのです。
私が説明すると、「ああ、そういう人がいるのですか」と返してきました。ジャーナリストの大先輩なのに、知らないことを恥ずかしいとも思わない。巷間(こうかん)、「メディアのレベルがひどい」と言われますが、「ひどい」を通り越して「すごい」ことになっていると思います。
■素人なのに得意げに語る「有識者」
メディアの世界だけではありません。いわゆる「有識者」と称される人たちもそうです。特定分野の専門家でも、その分野からすこし外れた周辺事情になると、まるで素人のような知識しか持っていない人がいます。にもかかわらず、素人であるはずの周辺事情まで、あたかも専門家のような顔をして滔々(とうとう)と語るから、始末が悪い。
これはまさにオルテガ・イ・ガセット(スペインの思想家。1883~1955年)が『大衆の反逆』(佐々木孝訳、岩波文庫、2020年。原著は1930年刊)で言うところの「大衆の時代」、すなわち「大衆が完全に社会的権力の前面に躍り出た」端的な事象です。
たとえば、ロシアやウクライナ、中央アジアを語る時、その土地鑑がなく言語もできない「有識者」は、かつてなら大手を振って歩けませんでした。それが今や「私はアゼルバイジャンの専門家です。ただしトルコ語、アルメニア語、ジョージア語、ロシア語はできません。英語だけでアゼルバイジャンを研究しています」などと平気の平左で言う体たらくです。

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佐藤 優(さとう・まさる)

作家・元外務省主任分析官

1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で国策捜査の裏側を綴り、第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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舛添 要一(ますぞえ・よういち)

国際政治学者、前東京都知事

1948年、福岡県生まれ。71年、東京大学法学部政治学科卒業。パリ、ジュネーブ、ミュンヘンでヨーロッパ外交史を研究。東京大学教養学部政治学助教授を経て政界へ。2001年参議院議員(自民党)に初当選後、厚生労働大臣(安倍内閣、福田内閣、麻生内閣)、都知事を歴任。『ヒトラーの正体』『ムッソリーニの正体』『スターリンの正体』(すべて小学館新書)、『都知事失格』(小学館)など著書多数。

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優、国際政治学者、前東京都知事 舛添 要一)
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