「子どもいないの?」「結婚しないの?」といったデリケートな質問をしてくる人には、どう切り返せばいいのか。脳科学者の中野信子さんは「うっかり論破しそうになってしまうのを抑えて、じんわりと確実に効く一言をエレガントに伝えるといい」という――。

※本稿は、中野信子『エレガントな毒の吐き方 脳科学と京都人に学ぶ「言いにくいことを賢く伝える」技術』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■うっかり論破しそうになるのをぐっと抑えて…
本書を編む上でインターネット上で行ったアンケートにご協力くださった方々から、セクハラされて困っています、マウンティングされてつらいです、というお悩み・ご相談をたくさんいただきました。
ですが、今までなら、またか……と感じていたであろうこんなときこそ、京都式の毒の振りまき方を練習するチャンスです。
がくっと来てしまったり、逆に、うっかり論破しそうになってしまうお気持ちも分かりますが、ぜひそれはぐっと抑えて、じんわりと確実に効く一言を、エレガントに発動していきたいものです。
「子どもいないの?」というややデリケートな質問には、一拍おいて「……『子どもいないの?』っておっしゃいました?」などと聞き返す。
あたかも、尊敬するあなたがそんな質問をしてくるなんて! という体(てい)で、びっくりしたようにオウム返ししていきましょう。そして、返事はここで止めておいて、あとはじっくり、本人の中で毒が効いてくるのを待つのです。
■「結婚しないの?」には…
現代は、たとえばテレビでそんなことを言おうものなら、場合によってはその発言者は炎上して出演自粛ということにもつながっていきかねません。政治家ならことによっては致命傷にもなり得ます。そうしたコンプライアンス重視の世の中であることも、多くの人が承知している時代です。それを「てこの支点」のように使うのです。
相手の中に、しまった、あんなことを言うのではなかった、とあとから次第に大きくなっていく後悔の念を刻むことができたら、大成功です。

「結婚しないの? いいものだよ」というのも、これまた定番の、現代ではハラスメントとされてしまうであろう発言の一つです。まずは基本の型、オウム返しで「結婚ですか? いいものなんですねえ?」と聞き返す。悪くないよ、とか、いいものだよ、という言葉にひとかけらの後ろめたさもないのであれば、ほのぼのとしたのろけが返ってくるかもしれませんが、結婚生活というのは、実はそううまく回っているとばかりはいえないものです。
■適当にあしらってスルーするのが得策
現実に3割以上の夫婦は離婚を選択する時代でもあり、離婚を選択しないまでも、互いに何の不満もないという夫婦は意外に少ないものです。妻が我慢していることに気づいていない夫が「結婚しないの? いいものだよ」などと言っているのであればそもそも感性の鈍い、問題外の方ですから、まともに反論しても理解されることはないですし、時間の無駄なので適当にあしらってスルーするのが得策でしょう。
もし夫婦ともに満足しているという仲のご家庭の人なら、そんな質問を不躾(しつけ)にもしてくる可能性は低いだろう、という予測を立てておくのもいいかもしれません。
結婚生活は、互いに違う背景を持った人が折り合いをつけながら過ごすものですから、互いに自然に配慮できる人間性を持っている人でなければ、穏やかで満ち足りたいい結婚生活を送ることは難しいはずです。そういう人なら、妻あるいは夫のことだけは大事にするけれども、ほかの人には無遠慮……なんていう行動をとることは少ないのではないでしょうか。
■「オウム返し」で弱点をあぶり出すという技
たとえ「結婚しないの?」という短い質問であっても、そこには、その人の人間性や背景が丸出しになってしまうものです。
その情報の中で、相手が「ここを突かれると痛いな」という要素を見つけ、じんわりと効くように、間接的に伝えていく。その方法論として、オウム返しでその弱点をあぶりだしていく、というやり方があることは覚えておいていいと思います。
中には、独身の自分を狙っていて、あわよくばという思いからこのような無遠慮な質問をしてくる人もいます。
そういった視線を感じているなら、「結婚してもほかの女(男)にちょっかい出すような夫(妻)ではちょっと」という毒を、このオウム返し(「いいものなんですねえ」)の中に込めるのもいいかもしれません。
もちろん、そのときにはそうと悟られず、あとになって思い返すとじわじわと毒が効いてくる、というのが最良の方法であることに違いありません。分からない人はいずれ勝手に地獄に堕(お)ちていく、それを淡々と眺めて涼しい顔をしていればよい、というのが京都式になるかと思います。
■無視しているという悪印象をもたれずに済む
ともあれ、相手の不躾な質問には、まじめに返事をするのでなく、同じ質問で返すのがはじめの一歩です。
実際はまともに答えておらず、相手の話を無視しているのですが、一応受け止める格好を取っているので、無視しているという悪印象を持たれずに済み、なおかつじわじわ効く毒を込めながらエレガントにスルーできる、というのがこの方法のいいところですね。
マウンティングしてきた人の優越感のへし折り方として、本書の5章でも触れますが、たとえば夫である人が医者なり高学歴なり高収入なりのママ友がいて、それをことあるごとに自慢してくる、といったタイプだったとしましょう。ママ友の場合、揉めると子どもの人間関係にも影響が出かねないという怖さがあるし、できれば穏便(おんびん)に何とかしたいところ。
■「態度のオウム返し」を続ける
そこで、「うちの主人は医者なんです」というのがマウンティングであると感じるのであれば、次に会ったときに「ご主人、お仕事何でしたっけ?」と忘れた体で聞く。
会うたびに「お仕事何でしたっけ?」を繰り返すのです。物覚えが悪くって……というニュアンスがついてきますから、自分を下げるという要素も入ってきます。
相手が多少なりともまともな感覚のある人なら、夫の職業を自慢することの恥ずかしさに気がついて、ほどなくやめてもらえると思います。ただ、潜在的なコンプレックスや、自分が目立っていないと気が済まないなどややこしい気持ちを抱えた相手(つまり、京都式で考えれば敬意を払って付き合う必要のない人)の場合は、繰り返して主張してくることもあるかもしれません。

相手がそのように対峙してくるのであれば、こちらも同じように、淡々と「お仕事何でしたっけ?」を続けましょう。いわば、「態度のオウム返し」です。夫の職業へのこだわりを子どもさえも恥ずかしく思うあたりにまでなれば、さすがにもうそれを口にすることは家庭の状況的に厳しくなるでしょう。自分の手や口を汚すことなく、目標を達成できます。
相手に毒がしみ渡っていくのを楽しみに、根気よく待ち、エレガントに振る舞い続けましょう。

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中野 信子(なかの・のぶこ)

脳科学者、医学博士、認知科学者

東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。

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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)
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