■世界4位に躍進した「造船業復活」の切り札
6月26日、今治造船は、ジャパンマリンユナイテッドの株式を取得し子会社化すると発表した。元々、愛媛県の船大工としてスタートした今治造船は、円高や中国・韓国企業との競争に生き残り次第に規模を拡大した。

そして、今回、IHIや日本鋼管、日立造船などの大手造船事業を統合したジャパンマリンユナイテッドを傘下に収め、名実ともにわが国を代表する造船会社となった。新今治造船の造船能力は年間469万総トンに増える。韓国ハンファオーシャン(370万総トン)を抜き、シェアは世界第4位に浮上する。
今治造船によるJMU子会社化は、わが国造船業の復活に向けた最後の手段ともいえるだろう。かつて、わが国の造船業界は世界トップに君臨した。ところが、1990年代以降、韓国に追いあげられトップの座を明け渡した。さらに2000年代、中国勢は、その韓国をあっという間に追い抜き世界最大の造船大国の地位を確立した。
■日本はなぜ造船大国の座を失ったのか
今回、救世主としての使命を受けた今治造船は、多様な船舶の設計や製造工程の共通化にオール・ジャパンで取り組む姿勢を明確にしている。それによって、中・韓勢に需要が流れないよう努めている。わが国の造船業を取り巻く環境を考えると、先行きは楽観できる状況にはない。中国や韓国の企業との価格競争はかなり厳しいはずだ。
そうした条件を克服して、わが国造船業界が生き残れるか否かは、今治造船の経営能力にかかっているともいえる。
強烈な円高の逆風や、中・韓企業との競争という苦境を乗り越えてきた、今治造船の腕の見せどころだ。期待を持ってみていたい。
1901年に創業した今治造船は、最初は木造船の製造からスタートした。1942年に、周辺地域に点在していた、いくつかの造船所を集約し今治造船としてスタートした。1950年代、木造船から“冨士丸”に代表される鋼船の建造にシフトした。
■大手企業との技術提携で生き残りを図ってきた
1950年頃まで、世界の造船業界では英国がトップだった。大英帝国を築いた海洋戦略を背景に、当時、英国は世界トップの造船技術を誇った。ほぼ同じタイミングで、わが国やドイツでは戦後の復興が加速した。わが国の産業構造は繊維などの軽工業から鉄鋼、石油化学といった重工業メインに変わった。
三菱重工、旧三井造船(6月30日に常石造船から常石ソリューションズ東京ベイに社名変更)、IHI(旧石川島播磨重工業)、JFEホールディングス(旧日本鋼管)は、造船分野で世界トップクラスの実力をつけた。1956年、わが国造船業は世界トップに成長した。
1971年以降、今治造船は三菱重工から設計技術供与を受けた。
その代わり、大手企業の許可なくドックや新しい船舶の建造は認められなかった。1973年の第1次オイルショック、プラザ合意による円高によりわが国の造船業が苦境に陥った中で、今治造船は中小の造船所を買収し事業規模を拡大した。
■「やることはポンポン舟のころと何も変わらない」
また、今治造船は、“正栄汽船”も運営した。ドックに空きができると正栄汽船の船舶を建造し、大手の海運会社に船を貸し出すビジネスモデルを構築したのである。それによって、海運・造船市況の変動への耐性を高めた。
1990年にわが国で資産バブルが崩壊すると、大手企業は造船事業のリストラを急いだ。一方、韓国政府はわが国から造船技術を移転し、HD現代や韓国サムスン重工業の造船能力向上を支援した。2000年代以降は中国の造船業界の成長も加速し、韓国勢と世界トップを競った。
リーマンショック後、中国の造船能力は急拡大し、一時、今治造船は苦境に直面したようだ。2021年、挽回を目指して同社はJMUに3割出資し、一度に複数の大型タンカーを建造できる体制を整えた。
そして今回、出資比率を6割に引き上げた。今治造船の経営陣はかつて、「企業が大きくなっても、やることはポンポン舟のころと何も変わらない」と語ったという。
そうした経営陣のスタンスが、現在の今治造船=今造を築いたといってもよいだろう。
■中国の国有企業が持つ圧倒的な優位
JMU子会社化の要因の一つとして、中国造船企業の台頭の要因は大きい。世界最大手、中国船舶集団(CSSC)の建造能力は1333万総トンに達する。中国の造船企業は、国の大きな支援もあり凄まじいスピードで成長した。わが国の造船業界にとって、このままでは生き残りは難しいとの危機感は高まっている。
CSSCは国有企業だ。コスト負担や期間損益に縛られず、研究開発や設備投資を実行できる。昨年9月、CSSCの傘下企業である中国船舶工業と中国船舶重工は、船舶工業が船舶重工を吸収して合併することも明らかにした。
中国の国有・国営造船企業は、産業補助金やドック建設用地などの供与など、政府の支援によって価格競争力を高めている。コンテナ船やばら積み船に加えて、脱炭素とエネルギー供給の両立でも重要性が高まる。液化天然ガス(LNG)運搬船の分野でも競争力を発揮している。2024年4月、CSSCはカタール国営、カタールエナジーから18隻のLNGタンカーの建造を受注した。

■中国以外の生き残りは厳しいとの声も
中国では、国を挙げた造船能力向上の取り組みが加速しているようだ。中国の化学メーカーである、恒力重工業グループは大型アンモニア運搬船(VLAC)の建造に参入した。恒力グループは、韓国STXグループが中国に建設した造船所(2015年に破綻)を買収するなどして、建造能力を高めている。スイス海運大手MSCと新船建造などに関する戦略提携契約も結んだ。
その背景には、自動車の輸出、天然ガスや原油、食料などの貿易取引量の拡大を目指す中国政府の政策意図が影響している。中国は、台湾海峡、南シナ海、インド洋、北極海と海洋覇権の奪取を目指して艦艇の建造能力も引き上げようとしている。
2024年、新造船のシェアでみると、中国は7割近くを抑えた。日韓の造船業界の関係者によると、中国造船会社はコストだけでなく製造技術の向上も著しい。このままだと、中国企業以外の生き残りはかなり厳しくなるとの指摘もある。そうした危機感からも、今治造船のJMU子会社化が必要だった。
■米国と中国の造船能力は1:200ほどの差?
今後、今治造船は、需要拡大が見込めるLNG運搬船など高付加価値型船舶の建造能力を引き上げることになるだろう。それに加え、安全保障体制の拡充のために、艦艇の建造・修繕ニーズも高まるはずだ。

足許、商船分野では、中国勢に発注したタンカー建造の見直し機運が高まった。5月、商船三井は、LNG船の発注を中国から韓国に切り替えると明らかにした。トランプ大統領が、中国製船舶に寄港手数料を課すと表明したことへの対応だ。米国の同盟国で中国造船企業への発注を取りやめるケースは増える可能性もある。ただ、生産能力を削減したことで、わが国や韓国の造船ドックには向こう3年程度空きはないようだ。
米国ではトランプ大統領が、造船産業の復興を重視している。わが国の政府が、今治造船などに米国事業の拡充を求め、トランプ政権との交渉の材料に使おうとしているとの見方もある。
熟練の労働者が不足する米国で、造船産業復興は一筋縄にいかないだろう。最大20万点に及ぶ船舶建造の部品を、わが国から運んで米国で建造するにはコストがかかりすぎる。米国で供給網を整備して実際に船を作るには10年程度の時間が必要との指摘もある。米国と中国の造船能力は1:200程度の差があるとの見方もあるほどで、その差を埋めることは容易なことではない。
■“日本の造船業復活”のために求められること
今後、需要を取り込むため今治造船は、JMU以外の国内造船企業と連携を増やすことになるだろう。
それにより、オール・ジャパン体制で世界の船舶、艦艇需要に対応できる体制の整備が進むと予想される。
特に、同社は、造船の共通化を重視しているようだ。規格が標準化されていない、アンモニア燃料船などの設計・開発・建造を国内で共通化し、中国を上回る建造スピードを実現する。今回のJMU子会社化はその第一歩といえるだろう。
それを基礎に、今治造船がどのように中国、韓国勢と渡り合い、主要先進国などの船舶建造・修繕ニーズを取り込むかが注目される。同社の戦略は、わが国造船業の生き残りに決定的なインパクトを与えることができるかもしれない。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)
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