■1位のアイスランド、下から数えた方が早い日本
6月中旬、世界各国の「男女平等」の達成率を指数化した2025年版「ジェンダーギャップ報告書」が世界経済フォーラム(WEF)から発表されたが、調査対象の148カ国のうち、世界のトップは今回もまたアイスランドだった。アイスランドは16年連続で首位を維持している国。一方、日本はというと、前年と同じ118位という情けない状況だ。
そんな世界第1位のアイスランドから今年5月末、ハトラ・トーマスドッティル大統領が日本にやってきた。選挙で当選して2024年8月に就任した、同国で2人目の女性大統領だ。私は、現在開催中の大阪・関西万博で彼女と対談し、単独インタビューの機会も得た。
■全女性の9割が参加した「仕事と家事のストライキ」
「アイスランドがここまで来ることができたのは、私や誰か一人の女性のおかげではありません。アイスランドの女性たちの団結と勇気、そして私たちのような『従順でない女性たち』をサポートしてくれる男性のおかげなのです」
そして「今の状況があるのは、人々の長年の努力のたまもの」とトーマスドッティル大統領は語る。
アイスランドの女性にとって、1975年10月24日は重要な日だ。50年前のこの日、女性の権利や平等な待遇を求め、アイスランドの女性の9割が仕事や家事を放棄し、「女性の休日」という名のストライキを行った。
「女性たちがいなければ、社会も経済も機能しない」ことを証明するためのストだった。銀行や工場などが閉まっただけでなく、保育園や学校も休みになったため、男性が職場に子どもを連れていかなければならなかったという。
■男性だけで準備した母の誕生日パーティー
1968年生まれのトーマスドッティル大統領は、当時7歳。その日は母親の誕生日で、家の中の様子はよく覚えていた。
彼女の母親には7人の姉妹と2人の兄弟がいたが、女性は誰もケーキを焼いたり掃除をしたりしなかったので、誕生日パーティーの準備はすべて、父親やおばの夫たちがしていた。
「男性の仕事ぶりは、ひどいものでした。7歳の私は、そういう光景を見たのは初めてのことだったので、おばの1人に『なぜストをしているの?』と尋ねたのです。するとおばは、『自分たちが大事な存在だと示したいからよ』と答えました。彼女たちはとても勇気があり、楽しそうで、強かった。その場は、特別でエネルギッシュな空気で満ち溢れていました」
■夫に脅迫されたり、「クビにする」と脅されたりした女性も
大統領はこの日を境に、「自分も大事な存在でありたい」と考え始めたという。
しかし、ストは簡単なことではなかった。女性たちの中には、「ストを辞めないならこの家にお前の居場所はない」と夫に脅迫されたり、会社で「クビにするぞ」と脅されたりした人もいた。
1975年に女性たちがストをするには、どれだけの勇気がいったことだろう。
「当時は、ソーシャルメディアもなく、インターネットもありません。それでも90%もの女性が参加したのです」
■女性大統領の誕生
ストの翌年の1976年には、男女の賃金格差を禁止する法律が成立し、1980年にはビグディス・フィンボガドッティル大統領が誕生する。世界で初めて民主的に選ばれた女性大統領だ。彼女は4期16年間大統領を務めた。
1983年の総選挙では、女性だけの政党「女性同盟」が3議席を獲得し、男性優位の国会に風穴を開けた。トーマスドッティル大統領は、女性たちが女性の党に票を入れたことで、他の政党に対する「女性候補者を立てなければ」という圧力になったと説明する。
「あの時、女性たちは、子どもや孫の未来のために団結して選挙活動をしました。自分が権力を得るためにやったわけではありません。彼女たちが影響力のある地位を得ようとするのは、世界をもっとよい場所にしたいからなのです」
アイスランドでは現在、国会議員63人のうち29人、46%が女性だ。3党による連立政権だが、与党3党の党首も全員女性、首相も女性だ。また、11人いる大臣のうち、半数以上の6人が女性。
ちなみに、日本の衆議院議員に占める女性議員の割合は15.7%で、石破内閣の大臣は20人中、女性大臣はたったの2人だ。
■父親の育休制度は採用活動にも影響
大統領は、アイスランドの男女平等への変革のカギは大きく3つあり、いずれも女性政治家がいなければ実現していなかっただろうと説く。
1つ目は、安価で使いやすい育児支援のインフラが整備されていること。2つ目は、父親の育児休業制度の存在だ。アイスランドでは、両親ともに、給与の8割の支給を受けながら6カ月間ずつ休むことが可能だ。
「これはとても大切なことです。もしこれが実現していなければ、企業や組織の人事担当者が新しく人材を採用しようとして、女性と男性の候補者が現れた時、こう考えるかもしれません。『女性は子育てで職場を離れるかもしれないが、男性にはそうした心配がない』と。でも、女性だけでなく、男性にも同じように(職場を離れる)可能性があるならば、男女関係なく、その職務にもっとも適任の人を選ぶようになります」
さらに、父親の育児休業制度は、男性が家事を学ぶ機会をつくり、職場だけでなく、家庭の役割分担でも男女の偏りをなくすことに寄与すると大統領は言う。
彼女が3つ目に強調したのは、政策だけではなく、文化や社会通念を変えることだ。
「大統領がどんな人なのか、誰が起業家になれるのか、そして誰が家事を担うのか。こうした今までの社会通念を変えることによって、真に男女平等の国ができるのです」
■“男性のように”スポーツの話をして酒を飲む
トーマスドッティル大統領は、アメリカ・アラバマ州のオーバーン大学を卒業し、1995年にアリゾナ州のサンダーバード国際経営大学院でMBAを取得した後、アメリカの食品大手マースや飲食大手ペプシコで働いた。
アメリカの企業で男性に交じって働いていた20代のころ、スポーツの話ができたり、お酒を飲めたりしたことはプラスに働いたという。
「男性のように振舞うことが期待されていましたし、そうしなければ昇進もできませんでした」
大統領のこうした話は、若いころ男性記者ばかりの職場で働いていた筆者にも当てはまる。筆者の場合、男性との共通の話題はもっぱら政治や経済の話だったが、お酒も好きだったので、それにも助けられたのは確かだ。大統領の話を聞いていて、自分の経験と重なった気がした。働く女性たちの中には、きっと似たような経験をした人もいると思う。
■「ほかの誰かになろうとしても大したことはできない」
しかし、結局そうした職場では、彼女は仕事の意義や目的を見つけることができなかった。
「彼らのルールでゲームができなければ、昇進もできなかったかもしれません。でも、自分とは違う別の誰かになろうとしても、大したことはできない。
その後、アイスランドに戻り、1999年からは創設されたばかりのレイキャビク大学の運営に携わり、女性起業家の支援プロジェクトも立ち上げた。2006年には、アイスランド商工会議所初の女性CEOに就任し、2007年に女性主導の投資会社の共同設立者となった。
■それは能力の違いではなく、自信の違い
その後、転機が訪れる。2016年、大統領選挙への初めての出馬だ。リーダーシップについて講演をしたり、教えたりしたことはあったが、自分が選挙に立候補することは考えたことがなかったという。
それまで「自分が望む世界を他人が作ってくれるのを待っていてはいけない。鏡を見て、自分はこの世界について何をすべきか問いかけなさい」というメッセージを、若者や学生たちに伝えてきた彼女だったが、今度は彼らから「あなたがやるべきです。今すぐに」という言葉を突き付けられた。
最初は、不安を感じて無理だと思ったが、「今まで自分がやってきたことで、最初から得意で自信があったことなどなかった。常に行動しながら自信をつけていった」ことを思い出したという。
「多くの女性が陥る罠なのですが、自分に自信が出るまで待っていたら、一生挑戦はできないのではないでしょうか。それは、コンフィデンス・ギャップ(自信の差)であって、コンピタンス・ギャップ(能力の差)ではないのです。
しかし、選挙の45日前にはわずか1%の支持率しかなく、多くの人に「ここで選挙戦を辞めないのか」と聞かれたという。ただ、諦めずに挑戦を続けた結果、最終的に当選は逃したが、約30%の支持を集めて2位につけることができた。
■投票率80%の大統領選で当選
彼女は、2018年から2024年には気候変動や不平等といった地球規模の課題に取り組む非営利団体「Bチーム」のCEOも務め、世界規模の問題にも取り組んだ。そして、最初の出馬から8年後の2024年、今度はより明確な目的を持って、二度目の大統領選挙に挑戦し、アイスランド史上2番目の女性大統領として見事に当選を果たしたのだった。
「アイスランドは、小さくても世界の重要な課題に対して創造的な解決策を示せる国。だからそれらを通して、今まで難しいと考えられていた問題も解決できることを世界に伝えるべきだと思ったのです」と出馬した理由を語る。
アイスランドは、ジェンダー革命を進めているだけでなく、地熱エネルギーなどのグリーンエネルギーの活用でも知られる。また、1986年に冷戦の終結への重要な一歩となった、(当時のアメリカとソ連のトップ)レーガン・ゴルバチョフ会談を首都レイキャビクで主催した国でもある。
女性大統領を選出したのも驚きだが、私がもっと驚いたのは、この選挙での投票率が80%を記録したことだ。その中で、彼女は33.94%の得票率で当選したのだった。日本の最近の国政選挙における投票率は50%前後なので、アイスランドの投票率は考えられないくらい高い。
■若者が選挙運動に参加した
その理由を大統領に尋ねると、選挙戦では、女性だけではなく、たくさんの若者が選挙運動に参加したからだという。
彼女の選挙キャンペーンのチームは、若者のための選挙事務所を開いたという。大学生の娘とその仲間たちに予算と場所を与え、オフィスの運営を任せ、TikTokアカウントも渡したところ、選挙事務所には若者が集まり、彼らが話したいことを話せる場になったという。若者たちは対話をしたがっている。だから、そうした対話に重点を置いた選挙戦を展開したことが、勝利への原動力になったという。
「人々は昔より長生きになっていますから、年配の人たちのことを考え、彼らの知恵が社会の中で失われないようにしなければなりません。しかし、今起きている数々の課題に対応して未来を作っていくためには、若者にも多くの機会を与えなければならないと思うのです」
■「自分たちの声が届いていない」自信をなくす男性たち
着々と歩みを続けてきたと思われるアイスランドだが、ジェンダー平等に向けての取り組みは、まだ終わっていないという。DVなど、性別に基づく暴力の問題があり、賃金格差も完全に是正されたわけではないからだ。
最近は、男性たち、特に若者が自信をなくしていることが目立つという。「自分たちの声を聞いてもらえない」と感じたり、精神の健康を害したり、孤立していると感じる人も増えている。これはアイスランドに限ったことではなく、世界中で起きていることかもしれない。
そのため、男性が自分らしくなれる場所、オープンに自分のことを語れるスペースも必要だと考え、大統領になってからは男性たちとの対話の機会を増やした。例えば、アイスランドの男性リーダー100人を呼んで、「強い男性とは何か、良い男性とは何か」を議論してもらったり、大統領公邸に30人のさまざまな職業、バックグラウンド、年齢の男性たちを呼んで話を聞いたりした。
ある若い男性は、「男性には強くあることが期待されるが、それは時として難しい。本来の強さというのは、力強い“ハードパワー”ではなく、“ソフトパワー”なのではないか」と語ったそうだ。
「ジェンダー革命は、女性や少女だけのためのものではありません。性別や年齢、人種や経済力の違いにかかわらず、全ての人が活躍できる活力のある平和な世界を作るためのものなのです」
■広島で強くした平和への決意
トーマスドッティル大統領は、今回の来日で広島も訪問し、原爆慰霊碑への献花や原爆資料館の見学をした。そこで彼女は、心が引き裂かれるように感じたという。
「原爆が落とされる前の子どもたちの笑顔、平和に生活を営んでいた人々。そして原爆が落とされた。人々の苦しみ、悲しみ、彼らの痛みを見ることは本当につらかったです。でもそれで、平和への決意を改めて強くしました」
大統領は、ウクライナ戦争や中東での戦争についても触れ、今、必要なのは、このような状況に世界を引き入れてしまった強権的なリーダーではなく、人々を結びつけ、性別や世代、国の違いを超えて世界中をつなぎ、対話を信じる謙虚なリーダーだと語る。
「平和な世界を築くためにはどんなことができるかと考えると、一つの答えとなるのは、女性リーダーの育成です。今はほとんどが男性ですが、もし、世界のリーダーのジェンダーバランスがもっと取れていれば、常に『平和』が議題として挙がるのではないでしょうか。もう一つは、人々のメンタルヘルスと全体的なウェルビーイングにもっと焦点を当てること。なぜなら、内面の平穏や平和なコミュニティーがなければ、本当に大切なものを見失ってしまうからです」
■日本はこの順位で満足なのか?
ジェンダーギャップ指数で1位のアイスランドと、118位の日本の差は歴然としている。日本ではアイスランドのようにジェンダー平等が進むのだろうか。それは、日本のリーダーたちが優先事項としてジェンダー平等に取り組むという決断をするかどうかにかかっていると大統領は言う。
「日本は、目標を一度設定すれば達成し、さらにそれ以上を成し遂げる国です。ただ、そのためには、政治の後押しや経済界や市民社会のリーダーシップも必要です」
また、世代や性別を超えた対話の重要性も強調する。
「対話を促進し、人々が『日本という、本気で取り組めばリーダーシップを発揮できるはずの素晴らしい国がジェンダーギャップ指数で118位にある』という事実と向き合うための場を提供すべきです。この順位は満足のいくものなのでしょうか? この状態で、次の50年間も国の経済を牽引することは可能なのでしょうか? 多くの人は『そうではない』と結論付けるでしょう。だから、行動を起こすべきなのです」
■天皇陛下も首相もジェンダー平等に関心
大統領は日本滞在中に、天皇陛下とも会見している。インタビューでは「具体的な内容は言えませんが、アイスランドのジェンダー平等について熱心に質問されました」と振り返った。時事通信などの報道によると、陛下は「どうして(ジェンダー)平等が実現されているのですか」などと尋ねられ、大統領は1975年に女性が行ったストライキに触れ、長年の努力の積み重ねだと説明したという。
さらに同日会談した石破茂首相からも、ジェンダー平等実現の秘訣(ひけつ)について、たくさんの質問を浴びせられたという。首相もアイスランドから学ばなければと思ったのだろうか。そうであれば、政治のリーダーシップをこの分野でも発揮してほしいものだ。
今年は、1975年の「女たちの休日」の50年周年にあたる。
トーマスドッティル大統領は、50周年を記念して、10月24日にアイスランドで大規模なストを計画しているという。
「ただし、今回は少年たちや男性たちにも加わってもらい、世界の暴力や戦争に立ち向かい、全ての人の平和と繁栄のために立ち上がる、団結と喜びと勇気のための日にしたいと思っています」
ジェンダー平等世界1位のアイスランドから学べることは、待っているだけでは何も変わらないということ。今年の10月24日は「女たちの休日」にならい、日本でも変革を起こすべきなのかもしれない。
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大門 小百合(だいもん・さゆり)
ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員
上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。
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(ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員 大門 小百合)