1億5000万円をだまし取り、現在服役中の「頂き女子りりちゃん」こと渡邊真衣受刑者は、「おぢ」と呼んでいた被害者に対して何を思っていたのか。フリーランス記者の宇都宮直子さんは「被害者への思いを尋ねた私に対して、彼女は『人間と接した感覚ではないので』と言い放った」という――。
※本稿は、宇都宮直子『渇愛 頂き女子りりちゃん』(小学館)の一部を再編集したものです。
■留置場での面会は「チケットの争奪戦」
この時渡邊被告が勾留されていたのは、愛知県春日井署内の女性留置施設だった。
面会するためには、まず朝9時に電話して署内に2部屋しかない面会室の予約を取り、それから被告に面会希望者と会う意思があるかどうかを、留置施設の担当者を通じて確認しなければならない。
留置施設の中にいる大勢の未決拘禁者たちの家族や知人など、関係者がこぞって面会の予約を取ろうと一斉に電話をかけるので、9時から20分間ほどは常に“お話し中”で、面会室を予約するだけでも、まるでコンサートのチケット争奪戦のように困難なのだ。
被告人との面会は、事件を起こした動機や被害者についてどんな感情を持っているか、また本人の生い立ちなどを直接聞くことができるため、事件取材において大きな意味を持つ。最初に手紙を送り、自己紹介をした上で、なぜ面会したいのか、どんなことを聞きたいのかを相手に伝えてから面会に臨むのが通常だ。
しかし週刊誌の仕事があるため、次の日には東京に戻らなければならない私に、その時間はなかった。この時は次に名古屋に来ることができる目処が立っていなかったこともあり、「ダメ元」で面会予約を試みたのだった。
■アクリル板の向こう側の「りりちゃん」
その日は運良くすぐに電話が繋がり、面会室を確保することができた。さらに、渡邊被告からも面会に応じる意思があることも確認でき、15時40分に予約を取り付けることができた。あまりにもスムーズに予約できたこと、何よりも見ず知らずの記者からの面会申請を渡邊被告が受け入れたことは、大きな驚きだった。
本当に渡邊被告に接見できるのか。
■第一声は「はじめましてぇ!」
面会時間は15分と限られている。
「初めまして」と声を掛けると、渡邊被告は裁判の時の蚊の鳴くような声とは一転、「りりちゃん」だった頃のままのかん高い声で「はじめましてぇ!」と応じた。
第2回公判の時と同じ、太縁クリアフレームの眼鏡に、すっぴん。髪の毛はセンター分けにしており、留置番号なのか黒いマジックで「23」とでかでかと書かれた白いマスクをつけている。目はぱっちりとした二重まぶた。大きなマスク越しにも、満面の笑みであることが見て取れる。裁判の日と同じ、紺のスウェットに黒いパンツという姿だった。ただ、挙動だけが全く違う。とにかくハイテンションなのだ。
――初めまして。もうこちらでの生活は長いですが、体調などはいかがですか? 来る前に「ホス狂いあおい」ちゃん(渡邊被告と親交の深い歌舞伎町のホス狂いインフルエンサー)とやり取りしてたんですけど、心配してましたよ。
「え~ありがとうございます! 食べてますよ~! 寝てますし。健康ですよ~」
と、両手をひらひらと振りながら答え、「健康ですよ~」と言う際には両腕を上げてマッスルポーズを決める。
――裁判の時には、元気がないように見えました。
「え~。裁判来てくれてたんですか~。ありがとうございます。あっ! そういえば目が合ったかも! 目が合った気がします」
■無意識に「人に好かれよう」としてくる
そう言って、私の目をのぞき込む渡邊被告だが、私が座っていたのは82席もある広い第2法廷の一番奥の席で、被告人席の彼女と目が合うなどということはまずあり得ない。彼女は初対面の私に対し、「あなたのことを認識してますよ」という姿勢で懐に入ろうとしたのだろう。
おそらく、意識的というよりは無意識の“反射神経”でやっているように見受けられた。そういった「人に好かれよう」という行動をとっさに取ることはもはや彼女のクセとなっているのだろうか。
そして「元気がないように見えた」という私の問いに、こう答えるのだ。
「だって、裁判じゃ、元気出しちゃダメじゃないですか(笑)!」
突如面会に応じた理由については、
「面会をしたいとか取材をしたいというお話は(他のメディアからも)あったんですけど、私は面会したいし、いろいろな人と話したいし、取材も受けたいんですが、弁護士の先生にダメって言われていたから。
とあっけらかんと答える。
法廷での「え……こんなごく普通に思えるコが?」という印象や、口数が少なかった様子からすると、戸惑うほどのギャップがある。
■「刑務所では資格取りたいなぁ」
――ひとりになって、今は何を考えていますか?
「え~? どういう……? 何を考えているって。“何を考えている”ってことが、私、わからないんです~(頭に手をやる)。何を考えていいかわからない。
うーん。外に出たらどうしようかな~って考えてる。どうしよう? いきなり言われると、パッと出てこないです。うーん。勉強をしたいとか? 勉強をするなら何の勉強をしたらいいんだろうとか……うーん。
――事件を起こしたことについて後悔はしていないですか?
「後悔? 今、ここにいることにですか? うーん。事件のことは考えるっていうか、流れのままに受け止める。こうなったっていう、流れのままに、受け入れてます。あ、資格取ろうかな、と。うーんと、刑務所って、資格取れるんですよね。資格取りたいなぁ」
――狼谷さんが逮捕されたことについては?
「逮捕されたことですか? だから、事件のことは……」
――いや、あなたではなく、指名していた狼谷歩さんです。
■「捕まる時は俺も一緒」とまで言わせたホストへの思い
「詐欺をして稼いだ金」であることを知りながら、渡邊被告に店で約4000万円を使わせたとして逮捕された元ホスト・狼谷歩は、その後の取り調べに応じ、否認も言い訳もせず、罪をすべて認めた。
逮捕前には渡邊被告に「真衣ちゃんが捕まる時には俺も一緒」というメッセージを送っており、それが捕まることの決定打となったことから、歌舞伎町の女性たちは「一緒に罪に堕ちてくれるなんて、むしろ結婚よりもすごい」「羨ましい」、なんなら「究極の愛だ」と美談となっていたのだ。
そのため、渡邊被告は狼谷歩が逮捕された経緯を知っているのか。また、知っているのであれば、どう感じたのかが気になっていた。
――狼谷さんは、詐欺で得たお金だったことを「知らなかった」としらばっくれることもできたのに、いまだにそこは否定していないと……。
それを聞くと、浮かべていた笑みが消え、びっくりしたような表情で、目を丸くしてこう言った。
「へ~。それは知らなかった。(彼は)うーん。疲れてたんだと思います! でもホスト以外できることなかったから。人生疲れていたから(逮捕されたん)じゃないですか? 私もこっちで罰を受けるし、人生考え直してるし。歩さんも、そんな感じで!」
私自身、歌舞伎町の多くの女のコたちが思い描いていた「物語」のように、「歩さんと渡邊被告はホストと客という関係を超えた“愛の果て”にたどり着いたのではないか……」と思っていた。
自分が逮捕されることになったきっかけを作った存在であり、彼からも「捕まる時には俺も一緒」とまで言わせたホストに対し、まるで他人事のように執着のなさすぎる様子は、あまりにも意外だった。
■りりちゃんの終始ハイテンションな話し口調
とにかく印象的だったのは渡邊被告が終始ハイテンションだったことだ。例えば「流れのままに」と言う時には、「右から左に受け流す」ようなジェスチャーを加える。話が歌舞伎町とホストに及ぶと渡邊被告はさらにテンションを上げる。というか、もはやリミッターが外れたかのように、大きな身振り手振りをつけ、まるで「歌舞伎町案内人」や「歌舞伎町コメンテーター」のごとく、怒涛の勢いで語りだした。
とにかく、私が口を挟むスキがないほどまくしたてる。
「これ、あおいちゃんのYouTubeでも(私が)話したんですけど。ハタチの時に先輩に誘われて。その頃は昼の仕事していたんですけど。(ホストクラブに)誘われて行って。その時の担当……あっ、“担当”って“指名した人”のことなんですけどね。指名した人に『エースになってよ』……あっ!“エース”っていうのは、お金を一番使う人です。で、その担当に『エースになってよ』って言われた。
その時に、ホストクラブの決まり文句なんですけど、『前のエースが切れちゃって』って“病み営”かけられて。そう言われて“私が? 力になれるの?”って思って。『今日、あと30万円あったら彼がナンバーワンになれるんだ!』って。30万だったら、ソープだったら一日で稼いですぐに使える。それで、昼職やめて、ソープに行って。30万使ったら、次は50万、次はイベントで……と、どんどん、どんどん抜け出せないようになっていったんですね。
そこで“店グル”……あっ。店全部がグルになることなんですけど、店グルで『マイちゃんしかいないから』って言われて。『彼にはマイちゃんしかいない』『彼のことわかるのは、マイちゃんしかいない』って」
■歌舞伎町の遍歴を誇らしげに語るりりちゃん
「私、今まで誰かの役に立ったことがないですし、昼職も楽しくないし、生きがいがない。流されるまま、お金を稼いで、“頑張って”役に立っているというのが嬉しかったし、自分の中で楽しいと思った。
私の周りって、ホス狂いのコがすごく多くって。歌舞伎町の中ではそれって“素晴らしいこと”と考えられてるんです。体売っても、何しても、お金を稼いで、担当に使うというのは素晴らしいことなんです。歌舞伎町ではそれが褒められる世界なんです。そうやって、昼職やめて、風俗行って、“詐欺に”っていう流れですね」
そう、自身の歌舞伎町遍歴を、ほとんど息継ぎなしでまくしたてる。本人は気づいていないようだが、後ろで話を聞いていた係員はあからさまに怒りの形相となっている。
歌舞伎町での自分をどこか誇らしげに語る彼女に、逮捕にまで至るような罪を犯したという自覚は感じ取れない。しかし、自身で「詐欺をした」ということは認めている。そのちぐはぐさに違和感を覚えた。
■金をだまし取った被害者は「人間と接した感覚ではない」
――今、ご自身で「詐欺」とおっしゃいましたけど。どうして詐欺をするようになったのですか?
「当時の担当が、お店でナンバーワンで。5カ月連続ナンバーワンだったんですが、エースが切れた次の月に、私が(お金を)貯められなかったせいでナンバー2になっちゃって。『私のせいで』と思ってしまって。その頃、風俗のお客さんに『お金に困っている』と言ったら、もらえたことがあって、それで、おじさんたちからお金をもらおうと!」
――詐欺をしたこと、事件を起こして逮捕されたことに対し、後悔は本当にないんですか?
「うーん。今は……本当に。現状は『ない』ですね」
――裁判では、生命保険をすべて解約して渡したという恒松氏の話があった。その被害者に対しては今、どう思っているんですか?
「どう思っているか? どう思ってるんだろ?」
――いや、被害者がではなく。あなたが、被害者に対してです。
「(間髪入れず)何も思わない。なんか、何も思わないですね。なんか、思わない。人間として接したという感覚ではないので。でも、相手の方たちが、私に今後も何か求めることがあるなら、向き合おうと思います。(同じことは)検事さんにも聞かれたんですよね。でも、まだ、全然答えは出ない。どう思っているのか、自分でもわからないんです」
■15分の「りりちゃん劇場」はあっという間に終わった
裁判では、「両親との不仲」を強調し、父母への手切れ金が必要と騙り、800万円を詐取したことが明かされた。それも検察が言うように「ウソだった」のだろうか。
家族に関して聞いてみると、予想外の返答があった。
「お母さんは面会に来ています。この服も、お母さんが差し入れてくれた。私が逮捕された時、刑事さんが、お母さんに説教したと言うんです。母親も取り調べを受けていて、その時に『こんな状況だってわかっていたのに、なんで助けなかったんだ』。父親も『なんで救わなかったんだ』って言われたって。お母さんは面会に来て『何が欲しい?』って。会うのは、いつぶりだったのかなぁ……」
ちょうどその時、後ろに控えていた係員から「あと30秒です」とのコールがかかった。
「とにかく、母親はひとりなんですよ。ひとりで可哀そうな人なんです。お父さんとは会話もないし、友達もいないような人で、私しかいないから。だから、お母さんを救ってあげたい」
接見時間が終わると、渡邊被告は私と係員に深々とお辞儀をしてお礼を言い、部屋を出て行った。
15分という短い接見時間で彼女の心情すべてを推し量ることは難しかったが、それでも記者の取材とわかっていながら、報道されてしまえば刑期にも影響しそうな内容を嬉々として話す姿や、ことあるごとに後ろに控える係員に「ありがとうございます」と頭を下げるお辞儀の深さは、何か、目の前にいる人に好かれようとすることが習い性になっているようにも感じられ、渡邊被告の言葉をどこまでその通りに受け止めるべきか複雑な気分になった。
まるで「りりちゃん劇場」を観ているような15分の接見は、あっという間に終わった。
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宇都宮 直子(うつのみや・なおこ)
ノンフィクションライター
1977年千葉県生まれ。多摩美術大学美術学部卒業後、出版社勤務などを経て、フリーランス記者に。「女性セブン」「週刊ポスト」などで事件や芸能スクープを中心に取材を行う。著書に『ホス狂い 歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る』(小学館新書)がある。
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(ノンフィクションライター 宇都宮 直子)
※本稿は、宇都宮直子『渇愛 頂き女子りりちゃん』(小学館)の一部を再編集したものです。
■留置場での面会は「チケットの争奪戦」
この時渡邊被告が勾留されていたのは、愛知県春日井署内の女性留置施設だった。
面会するためには、まず朝9時に電話して署内に2部屋しかない面会室の予約を取り、それから被告に面会希望者と会う意思があるかどうかを、留置施設の担当者を通じて確認しなければならない。
留置施設の中にいる大勢の未決拘禁者たちの家族や知人など、関係者がこぞって面会の予約を取ろうと一斉に電話をかけるので、9時から20分間ほどは常に“お話し中”で、面会室を予約するだけでも、まるでコンサートのチケット争奪戦のように困難なのだ。
被告人との面会は、事件を起こした動機や被害者についてどんな感情を持っているか、また本人の生い立ちなどを直接聞くことができるため、事件取材において大きな意味を持つ。最初に手紙を送り、自己紹介をした上で、なぜ面会したいのか、どんなことを聞きたいのかを相手に伝えてから面会に臨むのが通常だ。
しかし週刊誌の仕事があるため、次の日には東京に戻らなければならない私に、その時間はなかった。この時は次に名古屋に来ることができる目処が立っていなかったこともあり、「ダメ元」で面会予約を試みたのだった。
■アクリル板の向こう側の「りりちゃん」
その日は運良くすぐに電話が繋がり、面会室を確保することができた。さらに、渡邊被告からも面会に応じる意思があることも確認でき、15時40分に予約を取り付けることができた。あまりにもスムーズに予約できたこと、何よりも見ず知らずの記者からの面会申請を渡邊被告が受け入れたことは、大きな驚きだった。
本当に渡邊被告に接見できるのか。
何かの間違いであったり「やっぱり面会できない」と直前になって断られたりするのではないか……半信半疑のまま面会時間の10分前に留置施設に着き、携帯電話とボイスレコーダーを係員に預け、「第2面会室」のドアを開けると、すでにアクリル板の向こうにちょこんと座る渡邊被告の姿があった。
■第一声は「はじめましてぇ!」
面会時間は15分と限られている。
「初めまして」と声を掛けると、渡邊被告は裁判の時の蚊の鳴くような声とは一転、「りりちゃん」だった頃のままのかん高い声で「はじめましてぇ!」と応じた。
第2回公判の時と同じ、太縁クリアフレームの眼鏡に、すっぴん。髪の毛はセンター分けにしており、留置番号なのか黒いマジックで「23」とでかでかと書かれた白いマスクをつけている。目はぱっちりとした二重まぶた。大きなマスク越しにも、満面の笑みであることが見て取れる。裁判の日と同じ、紺のスウェットに黒いパンツという姿だった。ただ、挙動だけが全く違う。とにかくハイテンションなのだ。
――初めまして。もうこちらでの生活は長いですが、体調などはいかがですか? 来る前に「ホス狂いあおい」ちゃん(渡邊被告と親交の深い歌舞伎町のホス狂いインフルエンサー)とやり取りしてたんですけど、心配してましたよ。
「え~ありがとうございます! 食べてますよ~! 寝てますし。健康ですよ~」
と、両手をひらひらと振りながら答え、「健康ですよ~」と言う際には両腕を上げてマッスルポーズを決める。
――裁判の時には、元気がないように見えました。
「え~。裁判来てくれてたんですか~。ありがとうございます。あっ! そういえば目が合ったかも! 目が合った気がします」
■無意識に「人に好かれよう」としてくる
そう言って、私の目をのぞき込む渡邊被告だが、私が座っていたのは82席もある広い第2法廷の一番奥の席で、被告人席の彼女と目が合うなどということはまずあり得ない。彼女は初対面の私に対し、「あなたのことを認識してますよ」という姿勢で懐に入ろうとしたのだろう。
おそらく、意識的というよりは無意識の“反射神経”でやっているように見受けられた。そういった「人に好かれよう」という行動をとっさに取ることはもはや彼女のクセとなっているのだろうか。
そして「元気がないように見えた」という私の問いに、こう答えるのだ。
「だって、裁判じゃ、元気出しちゃダメじゃないですか(笑)!」
突如面会に応じた理由については、
「面会をしたいとか取材をしたいというお話は(他のメディアからも)あったんですけど、私は面会したいし、いろいろな人と話したいし、取材も受けたいんですが、弁護士の先生にダメって言われていたから。
私はいろんな人としゃべりたい。それはずっとあったんだけど、弁護士の先生に止められていて。それが、(今回は)オッケーもらえたから、お会いしようと!」
とあっけらかんと答える。
法廷での「え……こんなごく普通に思えるコが?」という印象や、口数が少なかった様子からすると、戸惑うほどのギャップがある。
■「刑務所では資格取りたいなぁ」
――ひとりになって、今は何を考えていますか?
「え~? どういう……? 何を考えているって。“何を考えている”ってことが、私、わからないんです~(頭に手をやる)。何を考えていいかわからない。
うーん。外に出たらどうしようかな~って考えてる。どうしよう? いきなり言われると、パッと出てこないです。うーん。勉強をしたいとか? 勉強をするなら何の勉強をしたらいいんだろうとか……うーん。
何を考えているんだろう?」
――事件を起こしたことについて後悔はしていないですか?
「後悔? 今、ここにいることにですか? うーん。事件のことは考えるっていうか、流れのままに受け止める。こうなったっていう、流れのままに、受け入れてます。あ、資格取ろうかな、と。うーんと、刑務所って、資格取れるんですよね。資格取りたいなぁ」
――狼谷さんが逮捕されたことについては?
「逮捕されたことですか? だから、事件のことは……」
――いや、あなたではなく、指名していた狼谷歩さんです。
■「捕まる時は俺も一緒」とまで言わせたホストへの思い
「詐欺をして稼いだ金」であることを知りながら、渡邊被告に店で約4000万円を使わせたとして逮捕された元ホスト・狼谷歩は、その後の取り調べに応じ、否認も言い訳もせず、罪をすべて認めた。
逮捕前には渡邊被告に「真衣ちゃんが捕まる時には俺も一緒」というメッセージを送っており、それが捕まることの決定打となったことから、歌舞伎町の女性たちは「一緒に罪に堕ちてくれるなんて、むしろ結婚よりもすごい」「羨ましい」、なんなら「究極の愛だ」と美談となっていたのだ。
そのため、渡邊被告は狼谷歩が逮捕された経緯を知っているのか。また、知っているのであれば、どう感じたのかが気になっていた。
――狼谷さんは、詐欺で得たお金だったことを「知らなかった」としらばっくれることもできたのに、いまだにそこは否定していないと……。
それを聞くと、浮かべていた笑みが消え、びっくりしたような表情で、目を丸くしてこう言った。
「へ~。それは知らなかった。(彼は)うーん。疲れてたんだと思います! でもホスト以外できることなかったから。人生疲れていたから(逮捕されたん)じゃないですか? 私もこっちで罰を受けるし、人生考え直してるし。歩さんも、そんな感じで!」
私自身、歌舞伎町の多くの女のコたちが思い描いていた「物語」のように、「歩さんと渡邊被告はホストと客という関係を超えた“愛の果て”にたどり着いたのではないか……」と思っていた。
自分が逮捕されることになったきっかけを作った存在であり、彼からも「捕まる時には俺も一緒」とまで言わせたホストに対し、まるで他人事のように執着のなさすぎる様子は、あまりにも意外だった。
■りりちゃんの終始ハイテンションな話し口調
とにかく印象的だったのは渡邊被告が終始ハイテンションだったことだ。例えば「流れのままに」と言う時には、「右から左に受け流す」ようなジェスチャーを加える。話が歌舞伎町とホストに及ぶと渡邊被告はさらにテンションを上げる。というか、もはやリミッターが外れたかのように、大きな身振り手振りをつけ、まるで「歌舞伎町案内人」や「歌舞伎町コメンテーター」のごとく、怒涛の勢いで語りだした。
とにかく、私が口を挟むスキがないほどまくしたてる。
途中で興奮のあまり顔が紅潮する場面が何回もあった。
「これ、あおいちゃんのYouTubeでも(私が)話したんですけど。ハタチの時に先輩に誘われて。その頃は昼の仕事していたんですけど。(ホストクラブに)誘われて行って。その時の担当……あっ、“担当”って“指名した人”のことなんですけどね。指名した人に『エースになってよ』……あっ!“エース”っていうのは、お金を一番使う人です。で、その担当に『エースになってよ』って言われた。
その時に、ホストクラブの決まり文句なんですけど、『前のエースが切れちゃって』って“病み営”かけられて。そう言われて“私が? 力になれるの?”って思って。『今日、あと30万円あったら彼がナンバーワンになれるんだ!』って。30万だったら、ソープだったら一日で稼いですぐに使える。それで、昼職やめて、ソープに行って。30万使ったら、次は50万、次はイベントで……と、どんどん、どんどん抜け出せないようになっていったんですね。
そこで“店グル”……あっ。店全部がグルになることなんですけど、店グルで『マイちゃんしかいないから』って言われて。『彼にはマイちゃんしかいない』『彼のことわかるのは、マイちゃんしかいない』って」
■歌舞伎町の遍歴を誇らしげに語るりりちゃん
「私、今まで誰かの役に立ったことがないですし、昼職も楽しくないし、生きがいがない。流されるまま、お金を稼いで、“頑張って”役に立っているというのが嬉しかったし、自分の中で楽しいと思った。
私の周りって、ホス狂いのコがすごく多くって。歌舞伎町の中ではそれって“素晴らしいこと”と考えられてるんです。体売っても、何しても、お金を稼いで、担当に使うというのは素晴らしいことなんです。歌舞伎町ではそれが褒められる世界なんです。そうやって、昼職やめて、風俗行って、“詐欺に”っていう流れですね」
そう、自身の歌舞伎町遍歴を、ほとんど息継ぎなしでまくしたてる。本人は気づいていないようだが、後ろで話を聞いていた係員はあからさまに怒りの形相となっている。
歌舞伎町での自分をどこか誇らしげに語る彼女に、逮捕にまで至るような罪を犯したという自覚は感じ取れない。しかし、自身で「詐欺をした」ということは認めている。そのちぐはぐさに違和感を覚えた。
■金をだまし取った被害者は「人間と接した感覚ではない」
――今、ご自身で「詐欺」とおっしゃいましたけど。どうして詐欺をするようになったのですか?
「当時の担当が、お店でナンバーワンで。5カ月連続ナンバーワンだったんですが、エースが切れた次の月に、私が(お金を)貯められなかったせいでナンバー2になっちゃって。『私のせいで』と思ってしまって。その頃、風俗のお客さんに『お金に困っている』と言ったら、もらえたことがあって、それで、おじさんたちからお金をもらおうと!」
――詐欺をしたこと、事件を起こして逮捕されたことに対し、後悔は本当にないんですか?
「うーん。今は……本当に。現状は『ない』ですね」
――裁判では、生命保険をすべて解約して渡したという恒松氏の話があった。その被害者に対しては今、どう思っているんですか?
「どう思っているか? どう思ってるんだろ?」
――いや、被害者がではなく。あなたが、被害者に対してです。
「(間髪入れず)何も思わない。なんか、何も思わないですね。なんか、思わない。人間として接したという感覚ではないので。でも、相手の方たちが、私に今後も何か求めることがあるなら、向き合おうと思います。(同じことは)検事さんにも聞かれたんですよね。でも、まだ、全然答えは出ない。どう思っているのか、自分でもわからないんです」
■15分の「りりちゃん劇場」はあっという間に終わった
裁判では、「両親との不仲」を強調し、父母への手切れ金が必要と騙り、800万円を詐取したことが明かされた。それも検察が言うように「ウソだった」のだろうか。
家族に関して聞いてみると、予想外の返答があった。
「お母さんは面会に来ています。この服も、お母さんが差し入れてくれた。私が逮捕された時、刑事さんが、お母さんに説教したと言うんです。母親も取り調べを受けていて、その時に『こんな状況だってわかっていたのに、なんで助けなかったんだ』。父親も『なんで救わなかったんだ』って言われたって。お母さんは面会に来て『何が欲しい?』って。会うのは、いつぶりだったのかなぁ……」
ちょうどその時、後ろに控えていた係員から「あと30秒です」とのコールがかかった。
「とにかく、母親はひとりなんですよ。ひとりで可哀そうな人なんです。お父さんとは会話もないし、友達もいないような人で、私しかいないから。だから、お母さんを救ってあげたい」
接見時間が終わると、渡邊被告は私と係員に深々とお辞儀をしてお礼を言い、部屋を出て行った。
15分という短い接見時間で彼女の心情すべてを推し量ることは難しかったが、それでも記者の取材とわかっていながら、報道されてしまえば刑期にも影響しそうな内容を嬉々として話す姿や、ことあるごとに後ろに控える係員に「ありがとうございます」と頭を下げるお辞儀の深さは、何か、目の前にいる人に好かれようとすることが習い性になっているようにも感じられ、渡邊被告の言葉をどこまでその通りに受け止めるべきか複雑な気分になった。
まるで「りりちゃん劇場」を観ているような15分の接見は、あっという間に終わった。
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宇都宮 直子(うつのみや・なおこ)
ノンフィクションライター
1977年千葉県生まれ。多摩美術大学美術学部卒業後、出版社勤務などを経て、フリーランス記者に。「女性セブン」「週刊ポスト」などで事件や芸能スクープを中心に取材を行う。著書に『ホス狂い 歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る』(小学館新書)がある。
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(ノンフィクションライター 宇都宮 直子)
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