■「物価高」全国1位は東京でなく横浜
米や食品をはじめ様々な品目の物価高に日本国中が揺れており、今月行われる参院選(20日投票)においても物価高対策が大きな争点となっている。
米の価格や消費者物価指数をはじめ、物価上昇に関するデータは報道紙面やネット上にあふれているが、最近調査結果が公表され、興味深いファクトが明らかになったにもかかわらず、消費者物価の地域差に関する統計データはほとんど国民の目に届いていない。
今回、このデータで注目される点について紹介することとしよう。
「全国で最も物価が高いのは東京」というイメージを抱く人は多いかもしれない。本当にそうなのかデータで調べてみると、違った。驚くことに、今、最も物価が高いのは「東京」ではなく「横浜」である。
全国を100とした場合の各地域の物価水準を「消費者物価地域差指数」(総務省統計局)というが、東京都区部と横浜市の指数の推移を図に掲げた(図表1)。
図表1には、家賃を含む「総合」と、家賃を除く「総合(一般物価)」の2つの指標で東京区部と横浜の地域差指数の推移を掲げた(いずれも住宅価格は含まれない)。
バブル経済の余韻を引きずっていた2010年代以前は、全国水準より東京区部は総合で12%前後、一般物価で8%前後、物価が高く全国1だった。
しかも横浜は、東京ほど物価の低下幅が大きくなかったため、2010年代半ばからは一般物価では、東京を上回ることが多くなった。
先月、公表された2024年の値(一般物価)では、2020年以降、コロナ禍の影響で保健医療品などが高騰した東京区部での高値水準が解消されたためもあって、5年ぶりに、横浜が東京を上回った。あとで見るが、東京は実は横浜に次ぐ2位でもなく、札幌を下回る3位だった。
トータルに判断すると、東京の物価高日本一の地位は横浜に譲り渡したといってよいだろう。後段では、費目別の地域差の状況変化にふれ、ユニクロや100円ショップの展開など東京がトップの地位から陥落したこととの関連を探っている。
なお、日本の物価上昇は海外ほどではないので、こうした東京の物価低下は海外都市と比較すると余計に目立っているはずである。
海外主要都市と比較しても東京の物価が安く、少なくとも若者にとって過ごしやすい都市になっているということを原田曜平氏(マーケティングアナリスト)が指摘している(プレジデント・オンライン記事、2022年1月)(注)。流行の最先端は東京ではなくむしろアジアでは上海やソウルだが、「世界の先進国の大都市部で最も楽(ラク)に暮らせる街」は東京だという。
(注) 同記事には20年間、日本に来ていなかったニューヨークの友人との会話が紹介されている。「東京の物価が高いって言うけど、今、東京でラーメン食べたらいくらくらいすると思う?」。それに対し彼は、「NYで食べると1500~2000円くらいだから、高い東京だったら2500~3000円くらいするんじゃない?」「800~1000円だよ」。
■各地の物価:大阪は全国よりかなり安いなど意外な結果も
最新の2024年の価格差指数(県庁所在市別)の結果をつかって各地の物価水準の特徴を概観してみよう(図表2参照)。指標としては、一般物価(家賃を除く総合)と、食料品の価格を取り上げた。
一般物価がもっとも高いのは横浜の103.3(全国より3.3%高)であり、もっとも低いのは鹿児島の97.1(全国より2.9%安)である。横浜に次いで高いのは札幌であり、東京区部は第3位に過ぎない。
一般物価のランキングを見ると以下のような点に気がつく。
〈一般物価の地域差の特徴〉
○大都市だからといって物価が高いわけではない
横浜、札幌、東京区部と上位3位を大都市が続くので、大都市では物価が高いと思わせるが、福岡、名古屋、大阪など他の大都市は全国平均以下である。特に大阪は98.8とかなり全国でも低いほうである。逆に、物価上位4~6位の山形、那覇、山口は中小都市であり、小さな都市でも物価が安いわけではない。
○東京は高いが大阪は安い
東京と大阪という日本の2大中心都市でも物価は大きく異なる。
○京都は高いが奈良は安い
日本の2大古都の物価も大きく異なる。京都の高収入企業で働き、奈良から通うのは合理的かもしれない。
○熊本は高いが鹿児島は安い
同じ南九州で隣接県の県庁所在市であっても、熊本は物価が高く、鹿児島は安い。
○物価安の都市に共通点は見当たらない
低物価都市5位は低いほうから前橋、鹿児島、岡山、奈良、岐阜である。これら5都市の地域性に共通点を見出すのは困難である。
一方、食料品価格のランキングについては、那覇が特段に高い1位であり。札幌、松江、山口がこれに次いでおり、東京区部はこれらを下回る5位である。
食料品がもっとも安価なのは前橋、長野、水戸、奈良、岐阜といった内陸都市のようだ。一般物価と食料品価格の地域差ランキングを見比べると以下のような点が目立っている。
〈一般物価と食料品価格の地域差の特徴〉
○那覇は両方高いが、特に食料品が高い
○札幌は両方高い
○前橋は両方安い (しかも両方全国1の最安値)
○中国地方では山口が両方高い
○近畿地方では奈良が両方安い
○大阪は、一般物価は安いが食料品はそれほど安くない
○さいたまは、一般物価は高いが食料品は安い
○岡山は、一般物価は安いが、食料品は安くない
その他、図表2からはいろいろなことが読み取れるだろう。皆さんが関係している地域をチェックしてみてほしい。
■なぜ東京の物価が全国トップから陥落したのか
全国1高いことで目立っていた東京の物価が相対的に低下して全国水準に近づき、ついに横浜、札幌を下回ったのはなぜなのだろうか。その理由を探るため、ここでは、どんな分野(費目)の物価で低下が起こっているかを探ってみよう。
図表3には、費目別物価水準における東京の全国順位の変遷を見るため、消費者物価地域差指数における東京都の都道府県順位を示した。東京区部など政令市レベルの地域差指数では費目別の値が公表されていないので、費目別の値が分かる都道府県レベルの値を見ている。
家賃や住宅設備などの「住居」や、電車代・ガソリン代などの「交通・通信」では東京が相変わらずトップだが、トップではなくなった費目も多くなっている。
十大費目のうち東京都が1位の費目数を見てみると、1997~2007年は5~7費目だったのが、2013年には4費目、そして2019年以降には「住宅」と「交通・通信」の2費目に減った。2019年に「食料」が長く保ってきた1位から3位に下がったのが印象的である。
この結果、2019年にはついに一般物価の「家賃を除く総合」について物価高トップの座は神奈川になった。東京はその後、2024年に北海道も下回って3位となっている。
費目の中で東京の“後退”が特に目立っているのは「被服及び履物」である。2007年までの連続1位から2013年には20位、2019年には26位へと大きく順位を落としている。ただ2024年には4位に戻している。
これは、基本的には、衣料品販売の構造変化が影響している。ユニクロなどのファストファッションがブレークしたのは2008年だった。それ以降、海外生産の安価な衣料品が東京でも主流となったため、東京の「被服及び履物」価格の対全国差が大きく縮まったと考えられる。
2024年に東京の「被服及び履物」の順位が4位へと再度上昇したのは、ユニクロなどが東京など大都市圏から地方圏を含む全国に普及したためと考えられる。
図表4にはユニクロの都道府県分布の推移図を掲げたが、東京、愛知、大阪といった三大都市圏の中心都市で出店数が減少し、結果として、全国的な店舗分布の平準化が進んでいる。2024年に東京の順位が上がったのは、東京以外でも「被服及び履物」の物価が安くなったためと考えることができよう。
ユニクロだけでなく、ニトリ、眼鏡市場、ヤマダ電機のように基本的に共通価格で全国展開する小売業、あるいは全国統一価格のコンビニのチェーン店や牛丼、ファミレスなどの外食チェーン、そして100円ショップ。こうした地域価格差のない業態が大きく躍進している。
物価が高いのが当たり前になっていただけに、東京人にとっては、こうした業態の店が出てきたとき、その値段は特に安く感じられただろう。デパートや高級レストランの価格と比べればその差は特に大きい。そして、こうした商品の売り上げシェアが東京でも大きくなってくると、当然、東京の相対的な高物価が是正されてくるのである。
ニトリや100円ショップの商品は「家具・家事用品」に多くが含まれる。
こうした状況にさらに加速させているのがアマゾン、楽天などのネット通販やヤフオク、メルカリなどのネットを介した中古品流通の普及である。物価の地域差指数は基本的に各地域の小売店舗における価格を調べて算出されている。そもそも地域性のないネット流通は対象外である。そうであるなら、実際の地域ごとの物価は、今回、見てきたデータ以上に全国平準化の傾向をたどっていると考えられる。
コロナの影響で一時期やや逆転現象が見られたが、東京への一極集中の動きは根強い。1990年代半ば以降はいわゆる都心回帰といって東京圏の中でも東京都区部への人口集中が目立つようになった。都心回帰がはじまったのは、東京の物価高が大きく縮小した時期に当たっている。物価がそれほど高くないのなら、通勤が便利で、利便施設の多い都心部に住もうという人々が増えたのも当然だったのではないだろうか。
「物価高のいま、東京に住んでいて良いか」という問いを発するとしたら、こうしたデータを見た後は「住んでいて良い」という結論になろう。
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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『統計で問い直す はずれ値だらけの日本人』(星海社新書)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)