余命宣告された時、人は残された時間で何をすればいいのか。愛媛県松山市にある在宅医療を専門とする「たんぽぽクリニック」の医師・永井康徳さんは「人生最期の時間の過ごし方やどうしてもやりたいことは人それぞれ。
その望みを叶えた患者さんの中には、医師である自分の目を疑うほどに回復するケースもある」という――。(2回目/全3回)
※本稿は、永井康徳『後悔しないお別れのために33の大切なこと』(主婦の友社)の一部を再編集したものです。
■寝たきりだった母が散歩できるようになった
もうすぐ80歳になる女性の患者さんは、病院で寝たきりとなり、意識はなく、胃ろうで生きながらえている状態でした。娘さんは「病院でこのまま死を待つだけなら自宅に連れて帰りたい」と思い、主治医に相談したのです。
ところが、主治医からは「こんな状態なのに自宅で介護ができますか? そんな話は聞いたことがない」とあきれられたそうです。それでも懇願して退院の方向で調整していたのですが、退院後の訪問診療を受け入れてもらえる医療機関が見つかりませんでした。
当時、たんぽぽクリニックを立ち上げたばかりだった私のところにも問い合わせがあり、「重度の患者さんを在宅医療でみたい」と意気込んでいた私は「みさせていただきます」と即答しました。
私が病院で患者さんと対面したときには、正直「自宅に戻られても数日で亡くなるだろう。せめて自宅での看取りが穏やかなものになれば……」と思うくらい、悪い状態でした。それでも、娘さんが少しでも安心して介護できるよう、スタッフと協力して療養環境や介護サービスを整えたうえで、患者さんの退院を迎えたのです。
一日3回の胃ろうからの栄養剤注入、2時間ごとのたんの吸引、おむつ交換や体位変換など、娘さんは献身的に介護に取り組みます。また、いい刺激になればと、意識のない患者さんに聞こえるようテレビをつけたり、好きだった本を読み聞かせたりしていました。
娘さんは「歩けるくらいに回復してほしい」と話しますが、私は内心では「さすがに無理だろう」と思っていました。
それから1週間、2週間と過ぎ、私の見立てに反して患者さんの容体は安定していきます。それどころか、呼びかけや体位交換の際に、かすかではありますが反応するようになりました。1年後にはしゃべれないけれど目で合図が送れるまでに回復し、訪問リハビリを始めると身体機能も取り戻していきます。たんの吸引が不要になったので気管切開をやめ、話す訓練も始めました。
その後、訪問診療で伺ったある日、私は自分の目を疑うことになります。そこには、介護ベッドに座り、新聞を読んでいる患者さんがいたのです。あまりに驚いて声を出せないでいると、「あら、先生、どうしたの?」と患者さんから声をかけられます。娘さんはそばで泣きながら喜んでいました。
最終的には口から食べられるようになり、自分で歩いてトイレに行けるようになりました。娘さんが希望していたとおり、散歩に出かけられるまでになったのです。
この驚異的な回復は、今にして思えば脳梗塞による水頭症が改善したためと考えられますが、それにしても奇跡的です。
あのまま病院にいたら、この回復はなかったでしょう。こうした患者さんの奇跡的な回復を目にするたび、在宅医療の可能性を強く感じるのです。
■もう一度会社に行きたい
80代の男性の患者さんは肺がんと診断され、脳にも転移していました。治療は困難で余命2カ月と告知を受け、退院してたんぽぽクリニックの在宅医療を受けることになりました。退院時の患者さんは、活気もなく、ほぼ寝たきりで意思疎通も困難でしたが、自宅に戻ってからは徐々に表情がよくなり会話もできるようになって、「やりたいこと」を話してくれるようになりました。
それは「勤めていた会社にもう一度行くこと」でした。患者さんは父親から受け継いだメッキ工場で、専務として半世紀以上働き、従業員や取引先から信頼される存在でした。ほぼ毎日会社に顔を出し、休日には通常業務では手が回らない機械の修理をしていたそうです。患者さんは、やりたいことを実現するため、意欲的にリハビリに励み、やがて自力で立つことができるようになり、杖をついて庭を散歩できるようになったのです。
ここまでには、本人の努力はもちろんですが、妻の支えもありました。何より「もう一度会社に行きたい」という思いがモチベーションとなっていたのです。
退院して1カ月後、会社へ行けるくらい元気になりました。
しかも、この取り組みが地方テレビ局のニュースで取り上げられることになったのです。
当日、会社では従業員が歓迎ムードで待っています。患者さんは駐車場から工場まで30メートルほど歩いて移動され、目を見開き非常に生き生きとした表情です。職場でほぼ定位置だったというフォークリフトの運転席にも座り、操作方法や作業内容などを説明します。その様子に従業員から「昔と同じ、何も変わらない」と拍手が起こり、患者さんはさらに目を輝かせて誇らしげな顔をしていました。退院後はじめての会社訪問はなごやかに終了し、帰宅後は家族と談笑されたそうです。
そこからはますます元気になりました。2カ月後には84歳の誕生日を迎え、ひとりで外食したり買い物に出かけたり、友人に会いに行ったり、再び会社を訪問したり、退院時には想像できなかった回復を見せたのです。
最初の会社訪問から3カ月後、余命をはるかに超えていましたが、家族と一緒に収録したニュースを見ることもできました。
テレビを見た患者さんは「希望をもつことが大切だとテレビを見た人に伝わったらうれしい」と話され、妻は「夫が誕生日を迎えることができたのは一番の喜びです。感謝」と涙ぐみながら答えます。テレビを見た親戚や友人、知人から「みんなで泣いた」「感動した」などの反響があり、とてもいい思い出になったそうです。

その後も、妻と晩酌を楽しんだり、お孫さんとバーベキューしたり、いい時間を1年以上過ごされ、穏やかに亡くなりました。「やりたいこと」を実現しようとする力は、予想を上回る生きる力につながるのだとあらためて感じたのでした。
■心も元気にするリハビリ
がんの末期と宣告された50代の女性の患者さんは、自宅に戻って在宅医療を始めたときには「こんな体になってしまって何もできない」「動けなくなった」「もう死にたい」と意欲を失い、落ち込んでしまっていました。
リハビリを担当している作業療法士はマッサージを行いながら、「1週間寝たきりだっただけで、まったく動けなくなるだろうか? 動けなくなったと思い込んでいるのでは?」と考えました。患者さんはさらに「もう何もできないから死にたい」と口にします。
その言葉を聞いた作業療法士は「なぜそう思ったのか?」とさらに考え、「自分で何かすることができない、誰かに何かをしてあげることもできない、迷惑をかけるばかりで役に立たないと思っているからつらいのだろう。そうであれば体が動くだけでは患者さんの涙は止まらない」と思い至りました。
患者さんを上手に誘導して座位から立位、立位から歩行を促し、「自分はまだ動くことができる」ことに気づいてもらいながら、同時に患者さんが「生きていると実感できること」がないか会話しながら探した結果、死にたいと思っていた患者さんが「夫が好きな餃子を夫のために作る」という希望をもつことができたのです。その後、望みかなえ隊が協力してその望みはかないました。手作り餃子がのった大きなお皿を手に、満面の笑みを浮かべる患者さんの写真がたんぽぽクリニックに残っています。
■一日でも長く一緒に
末期がんで余命3カ月と告知された女性の患者さんはまだ若く、お子さんは小学校3年生でした。お子さんには、もう治らない病気であることは伝えているけれど、具体的なことについてはまだ話していません。
自分たちもショックだったのに、まだ小学生の子どもにどう伝えるかを悩まれていました。
ただ、亡くなる日をいきなり迎えることになると、それもつらいことです。私からアドバイスをして、お父さんから話してもらうことになりました。
3週間後、「ママの病気はもう治らないこと。もうすぐ亡くなってしまうこと。以前、飼っていた愛犬がいるところに、もう少ししたら行ってしまうこと」を伝えたところ、お子さんも「ママは最近眠ってることが多くて、よくないのかなと感じてた」そう。二人で「ママといろんなことを話そう」と約束し合ったそうです。
その後、私が往診に行くとお母さんに添い寝しているお子さんの姿がありました。残された時間で、帰ってきたお子さんに「おかえり」と言って迎える、お弁当を作る、自分がいなくなったあとの息子への手紙を書く、ヘアカラーをする、マニキュアをするなど、たくさんの願いをかなえてから、自宅で家族に見守られて亡くなりました。

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永井 康徳(ながい・やすのり)

医療法人ゆうの森 たんぽぽクリニック医師

愛媛県の僻地診療所勤務ののち、2000年に愛媛県松山市で、四国で初めての在宅医療専門のたんぽぽクリニックを開業。「理念」と「システム」と「人材」のすべてを高いレベルで維持して在宅医療の質を高めることをめざし、現在は常勤医10人、職員100人の多職種チームで在宅医療を主体に、有床診療所、外来の運営も行っている。平成22年には市町村合併の余波で廃止となった人口約1200人の町の国保へき地診療所を民営化し、開設4カ月で黒字化を達成。
そのへき地医療への取り組みは平成28年に第1回日本サービス大賞地方創生大臣賞を受賞。全国各地での講演を行い、「全国在宅医療テスト」や「今すぐ役立つ在宅医療未来道場(通称いまみら)」「流石カフェ」など在宅医療の普及のためのさまざまな取り組みを行っている。コロナ禍で現地講演会が難しくなってからは、YouTubeで「たんぽぽ先生の在宅医療チャンネル」を開始している。

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(医療法人ゆうの森 たんぽぽクリニック医師 永井 康徳)
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