7割近くの人が病院で亡くなる現代。そのため、どのようなプロセスを経て最期を迎えるか知らない人が多い。
愛媛県松山市にある在宅医療を専門とする「たんぽぽクリニック」の医師・永井康徳さんは「食べる意欲が湧かない場合は、最期の時が近づいている。植物が枯れるように、死期が近づいてきた人の体は、楽に逝けるように準備を始める」という――。
※本稿は、永井康徳『後悔しないお別れのために33の大切なこと』(主婦の友社)の一部を再編集したものです。
■最期が近づいてきた“死の迎え方”
人はいつか必ず死ぬ、それがわかっていても、実際に身近な人の死を体験することはそれほど多くありません。しかも、現在の日本では病院での看取りが7割近くを占めています。病院での看取りの場合、面会時間が限られていますし、日常のケアは病院のスタッフが行うので、どのような過程をたどり、死に近づいていくのか、ほとんどの人は知る機会がないでしょう。
そこで、看取りに近づくとどうなるのかということを、できるだけわかりやすくお話ししたいと思います。
知らない、経験したことがないから怖い
人は体験したことがないものや知らないもの、未知のものへのおそれを強く感じるものです。日本で“死”を忌避(きひ)する傾向が強いのは、人が死に向かってどのような経過をたどるのかを知らない人が多いことも関係しているのではないでしょうか。
たんぽぽクリニックでは自宅での看取りを積極的に行っていますが、患者さんも家族もほとんどが自宅での看取りははじめてです。
そもそも自身の死を体験したことがある人はいませんから、自分が死ぬことを経験するのは1回だけです。体験したことがないからわかりません。
だからこそ、いつか迎えるそのときまで、避けるのではなく、「自分ならどうしたいのか」「どう迎えたいのか」を考えておくことが大切だと私は考えます。
死を考えるからこそ生が充実する、「どう死ぬか」は「どう生きるか」につながると、これまでの経験から強くそう感じるのです。
また、身近な人の死を間近では経験したことがないという家族も増えています。いざというときにあわてないために、家族もどのような経過をたどり、どうすればいいのかを知っておくことが大切です。
たんぽぽクリニックでは、看取りが近くなってきたと感じたとき、訪問診療の際に口頭でも説明しますが、それだけでは不十分なので、『家で看取ると云うこと』というパンフレットをお渡ししています。30ページほどの小冊子なのですが、看取りが近づいてきたときのことを、心の準備も含め、やさしいイラストとともに紹介しています。手元に置いておいて、不安になったときなど、繰り返し何度も読んでいただくようにしているのですが、これを読むことで看取りを迎える心の準備になったというお礼を、たくさんの方からいただいています。
死を迎えるということは、本人はもちろん、家族や身近な人にとって、とてもショックが大きい出来事です。怖いと感じるのが当然のことでしょう。しかし、生まれたときからいつか死ぬことは決まっています。これは人に限ったことではなく、動物も植物も、生きとし生けるものすべてに当てはまります。人が死ぬことは、赤ちゃんが生まれることと同じ、生も死も当たり前の人の営みの一つだと考えれば、死に対するおそれが少し軽くなるのではないでしょうか。

これから生を歩み始める誕生のときは希望や喜びに満ちていますが、近しい人とのお別れとなる死は悲しみや喪失感を伴います。それらを少しでも軽くするためにも、後悔のない看取りであってほしい、在宅主治医としていつもそう願っています。
★心の準備のため、どのような経過をたどるかを知っておきましょう
■最期が近づいてきた“1~2週間”
食欲が落ちて食べられなくなってきたら、看取りが近づいています。食支援で食べられるようになる患者さんもいらっしゃいますが、それでも食べられない、食べる意欲が湧かない場合は、最期の時が近づき、食べられなくなっていると考えられます。
植物が枯れるように、死期が近づいてきた人の体は、楽に逝けるように準備を始めます。体の機能が徐々に低下していくので、食べ物や水分を欲しなくなるのです。このような場合に、点滴などで栄養や水分を入れると、逆に患者さんの体に負担をかけてしまい、つらい看取りとなることもあります。
食べられなくなったら1週間くらい
自然に食べられなくなってきた場合、体は徐々に脱水状態になります。元気なときに脱水状態に陥るとしんどいものですが、看取りが近いときの脱水状態はつらく感じることはありません。意識が薄らいできて、本人にとっては楽な状態です。
亡くなる時間を正確に推測することは医師でもできませんが、口からはまったく食べられなくなったら残された時間は1週間程度とされています。
眠っている時間が増え、呼びかけてもあまり反応しなくなります。
痛みやつらいところがあると眠ることはできません。眉間にシワを寄せるなど、つらそうな表情をしていなければ、本人にとっては楽な状態で、よく眠ることができています。
目を覚ますこともありますが、時間や場所、家族や親しい人のことがわからなくなってきます。この時期になると、亡くなった人が会いにきた、ずいぶん遠くに行ってきたなど、うわごとのように言うことがありますが、よくある事例なので、患者さんが安心するよう、そのまま聞いてあげましょう。
手を握ったり、体をさすったりしてあげると安心します。眠っている時間が長いので、家族は何かしてあげたくても、何をしたらよいのかわからなかったり、そっとしておいたほうがいいのではと考えたりして、遠巻きにみているようになります。会話ができなくても、患者さんは親しい人がそばにいると安心するので、いつものように声をかけてあげてください。
■がんの患者さんは直前まで動くことができる
老衰で徐々に弱っていく場合は別にして、がんの患者さんは終末期が近づいていても自分で動けるケースが多く、ギリギリまで動けることが多いです。
家族から「いつまで自分でトイレに行けますか?」という質問を受けることがあるのですが、これまでの経験からすると亡くなる前の「約1週間」と感じています。
最期までトイレは自分で行きたい、そう希望する患者さんは多いです。介護する家族にとっても、患者さんがトイレに自分で行けるかどうかは、かかる負担にとても大きな違いがありますが、患者さんにとっては、自分の尊厳を保てるかどうかの瀬戸際になる大きな問題です。患者さんの体力や家族の状況によって変わりますが、できることなら最期まで自分でトイレに行きたい、そう患者さんは願っています。

★看取りの時期が近くなると、自然と食べられなくなります
■最期が近づいてきた“数日”
眠っている時間は徐々に長くなっていき、呼びかけてもほとんど反応がなくなってきて、目をあけることもできなくなってきます。尿の量が減り、色が濃くなってきて、亡くなる2~3日前には尿が出なくなります。
この時期になると、むくみが出たり、皮膚が乾燥して色が変わったり、手足が冷たくなって呼吸が不規則になったり、だ液が飲み込めなくなってのどの奥にたんがたまってゴロゴロいうなど、体の状態に変化が出ます。ただし、点滴などを最小限にすれば、この段階でもだ液やたんの吸引をすることはほとんどありません。
不安なことがあれば、いつでも医師や看護師に連絡して相談しましょう。また、お別れが近づいていることを家族や親しい人に連絡して、残されたわずかな時間を後悔することがないよう大切に過ごしましょう。聴覚や触覚は最期まであるといわれています。手を握って感謝の気持ちを伝えましょう。
★お別れまでの時間を大切に過ごしましょう
■最期が近づいてきた“旅立ちの時”
手を握ったり体をさすったり、呼びかけたりしても反応がほとんどなくなってきたら、最期の瞬間が近づいてきています。もちろん、ヒトの体のメカニズムは複雑なので、正確に予測することはできません。亡くなる前の経過は人によって異なり、急に息を引きとることもあります。
ただ、最期のその瞬間は、それまでと呼吸が変わります。
大きく呼吸をしたあと、10秒ほど呼吸が止まり、また呼吸するという波のような息づかいになります。そして、あごを上下させる呼吸( 下顎(かがく)呼吸)に変わります。
苦しそうに見えるかもしれませんが、この頃には本人の意識はなく、苦しみもありません。やがて呼吸が止まり、胸やあごの動きが止まります。呼吸が止まると、脈がふれなくなり、心臓も止まります。在宅での看取りの場合、医師が立ち会うことはほとんどありませんし、家族がこの瞬間に気がつかないこともあります。
★心臓が止まる前に呼吸が大きく変わります

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永井 康徳(ながい・やすのり)

医療法人ゆうの森 たんぽぽクリニック医師

愛媛県の僻地診療所勤務ののち、2000年に愛媛県松山市で、四国で初めての在宅医療専門のたんぽぽクリニックを開業。「理念」と「システム」と「人材」のすべてを高いレベルで維持して在宅医療の質を高めることをめざし、現在は常勤医10人、職員100人の多職種チームで在宅医療を主体に、有床診療所、外来の運営も行っている。平成22年には市町村合併の余波で廃止となった人口約1200人の町の国保へき地診療所を民営化し、開設4カ月で黒字化を達成。そのへき地医療への取り組みは平成28年に第1回日本サービス大賞地方創生大臣賞を受賞。全国各地での講演を行い、「全国在宅医療テスト」や「今すぐ役立つ在宅医療未来道場(通称いまみら)」「流石カフェ」など在宅医療の普及のためのさまざまな取り組みを行っている。コロナ禍で現地講演会が難しくなってからは、YouTubeで「たんぽぽ先生の在宅医療チャンネル」を開始している。


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(医療法人ゆうの森 たんぽぽクリニック医師 永井 康徳)
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