高齢になっても元気に過ごすにはどんなことに気を付ければいいのか。医師の和田秀樹さんは「複数の病気を抱える高齢者は、医師から必要以上に薬を処方されてしまうことがある。
多剤併用には弊害が多く、注意が必要だ」という――。
※本稿は、和田秀樹『幸齢党宣言』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■時代に合わない「臓器別診療」
私は高齢者がこれだけ増えた以上、これまでのように大学の医学部に医療政策のアドバイスをゆだねるのは、望ましくないどころか害悪のほうが強いと考えています。
現在、高齢者の人口は3割を少し切るくらいですが、高齢者のほうが現役世代より、医者にかかったり入院したりする確率がずっと高いために、患者さんということで考えたら、全体の6割以上が高齢者となっています。
ところが50年以上も、大学医学部のシステムが変わっていないので、現在の医療の現場は高齢者におよそ合わないものとなっています。
大学医学部の基本的なシステムは、専門分化、臓器別診療と言われるものです。
現在の大学病院を始めとする大病院では、内科という科がなく、消化器内科、呼吸器内科、循環器内科というように、臓器別の内科が診療にあたっています。
各臓器を専門にし、それについて永く研究をし、深い知識をもつ医師の存在は、身体の中に一つだけ病気をもつ人、とくにそれが珍しい病気の人にとっては、とても助かるものと言えます。
これが今から約50年前の1970年代から、大病院や高度医療のトレンドとなりました。
しかしながら、高齢になるほど、いくつもの臓器が老化し、いろいろな病気を併発する人が増えます。高血圧と糖尿病と、腎臓が少し悪いというような人がざらにいるのです。
高齢者が増え、そういう人が増えてくる中で、右のような臓器別診療は時代に合わず、弊害の多いものとなっています。

一つは薬の多剤併用という問題、とくにそれによって有害事象が生じるポリファーマシーの問題です。
■高齢者の薬の数が増える理由
臓器別診療では、自分が診ている患者さんが、専門外の疾患も併発している場合、その病気の専門家に紹介するのが原則になっています。
すると一人の患者さんが複数の診療科を受診することになるために、薬の種類が増えがちとなります。3つの診療科から3種類ずつの薬を処方されると9種類の薬を処方されることになるわけですから。
あるいは、ある臓器別診療の医師として大病院や大学病院に勤務していた医師が、内科医として開業するような場合、専門外の疾患も自分で診ることになるでしょう。そういう際に、専門外の医療についての知識不足から、いろいろな病気の標準的な治療法が書かれたマニュアルのような本に頼ることになりがちです。そうして、いくつもの疾患に、マニュアル通りの対応を行うと多剤併用が簡単に生じてしまうのです。
■5剤以上で転倒リスクは2倍に増加
東大病院の老年病科の入院データベースによると、薬物の有害事象は6剤以上の併用で急激に増えるとのことです。また東大病院老年病科の小島太郎医師(現国際医療福祉大学医学部教授)らによる調査では5剤以上の併用で、4剤までの併用と比べて、約2倍、40%の人が転倒を生じているのです。
高齢者の転倒というのは、それで骨折をすると寝たきりになる人はかなりの数でいます。厚労省の調査では要介護原因の3位(2022年)ですが、1位の認知症は要介護であっても寝たきりにならないことが多いので、寝たきり原因としては1位か2位ということになるでしょう。
薬の多剤併用は、5剤以上の服用の場合、このような転倒が4割以上の人に起きてしまうのです。

これは高齢者がただの長寿でなく、望ましい健康長寿を続けるためには大きな弊害になります。
■年間8兆円の薬代は半分に減らせる
ところで転倒というのは、薬のせいで足がふらつくとか、薬のせいでぼーっとして段差などに気がつかなかったときに起きやすいものです。転倒の回数が薬の数が増えるほど増えるのです。
薬のせいでぼーっとするのが、歩行中だと転倒になるのですが、運転中だと大事故につながりかねません。そういう意味でも多剤併用は危険なのです。
また、このような多剤併用、とくに高齢者に対する多剤併用は、諸外国ではほとんど行われていないことです。アメリカのようにドラッグストアでいろいろな薬が買える国では、勝手にいろいろな薬を買って多剤併用になることはあります。しかし、保険診療で多剤併用を当たり前に許している国は、日本くらいしかありません。
今、調剤薬局で処方される薬は年間で8兆円分とされますが、多剤併用をやめていけば半分くらいは減らすことができると私は考えています。
それによって、給料から天引きされる保険料は年間5万円くらい減らすことができるということになるのです。
■コレステロール値は下げるべきなのか
もう一つの臓器別診療の弊害は、ある臓器にとって有益なことが、別の臓器にとっては有害なことがあり得るということです。
たとえば、コレステロールという物質は、高値であると動脈硬化が進みやすく、心筋梗塞などの虚血性心疾患のリスクになることが知られ、この値が高い人は下げたほうがいいと考えられ、脂質異常治療薬や脂質低下薬と呼ばれる薬が改善のために用いられます。

実際、アメリカのフラミンガム調査という有名な研究でも、ハワイの住民調査でも、コレステロール値が高いほど虚血性心疾患による死亡率が高いことが明らかになっています(フラミンガム調査では、80歳以上はコレステロール値が高い人のほうが死亡率が低くなっていることも付け加えておきます)。
ところが、コレステロールは免疫細胞の材料となるため、この値が高い人のほうが免疫活性が強いと考えられています。すると、身体中でできる出来損(できそこ)ないの細胞の掃除がうまくいくため、がんになりにくいことになります。前述のフラミンガム調査でもハワイの住民調査でも、コレステロール値が高いほどがんによる死亡率は低いことが明らかにされています。
また、コレステロールは男性ホルモン、テストステロンの材料であるため、この値が高い人の方が高齢になっても意欲的で老化が緩徐である傾向もあります。
コレステロールは、幸せホルモンといわれるセロトニンを脳に運ぶ働きがあるのではないかと想定されてもいます。コレステロール値が高い人の方がうつ病になりにくく、なった際も治りやすいという調査結果もあるのです。
■専門分化型医療の弊害を防ぐ「総合診療医」
このように脂質低下薬は、循環器内科の医師にとってみると有益な薬なのですが、免疫学やホルモン医学、精神医学の立場から見るとデメリットが大きいことになります。
そして、東京都小金井市の15年間におよぶ70歳高齢者の追跡調査では、コレステロール値が低い人の死亡率が高く、やや高めの人が死亡率が低いこともわかっています。アメリカのように虚血性心疾患(心筋梗塞など)で死ぬ人が多い国でも70歳以上では、コレステロール値が高いほど死亡率が低いのです。
このように、臓器別診療の専門医がよかれと思ってやっていることが身体に悪かったり、寿命を縮める結果になることは大いにあり得ることなのです。
このような臓器別診療、専門分化型医療の弊害を防ぐための対策が、総合診療といわれるものです。

■家族や生活背景などトータルで診る
関西医科大学の定義では、「総合診療医とは、患者さんの抱える問題の大部分に対処でき、かつ継続的なパートナーシップを築き、家族及び地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医です」とあります。いわゆる、かかりつけ医をイメージしたものなのでしょう。
総合診療が充実しているとされる福島県立医大の定義では、「地域や勤務する医療機関のニーズに応じて仕事の内容を柔軟に変えながら活躍できる、多様性のある医師」とされています。そして「例えばある環境では、高齢者の複合疾患や診断困難事例の臨床推論、救急医療で力を発揮。また別の環境では、臓器にこだわらずにその人全体、そして家族・生活背景・地域文化も診て、地域の人々の健康な生活を支援します」と続けています。
私の考える総合診療医というのは、臓器別とか、検査データ以上に、その人全体を診ることができる、さらに家族や生活背景なども診る医師です。そういう意味では、この福島県立医大の定義がしっくりきます。
私が尊敬する、総合診療の名医、徳田安春先生は、総合診療医が訪問診療を行う際には、患者さんに断ったうえで、冷蔵庫の中身まで見るといいます。
相手がどんなものを食べ、どんな生活をしているのかを知らずに、検査数値だけで薬を決め、いろいろな生活に制限を加える現代の医療とは月とすっぽんくらいの違いがあるものです。
ついでにいうと、総合診療医はオールラウンドに患者さんを診るので、心の問題についても対応することになっています。
精神科医療の教育を変えていくことは著書『幸齢党宣言』(幻冬舎新書)のなかで提言させていただいていますが、簡単な心のケアのトレーニングを受けた総合診療医が経験を重ねていけば、軽い心の問題にも対応できます。
■日本の総合診療医は圧倒的に不足している
在宅診療の名医として知られる山中光茂先生のしろひげ在宅診療所では、心の医療の勉強会を重ね、在宅診療を行う総合診療医がかなり難しいケースも含め、心のケアを行っているそうです。

総合診療医は、前述の臓器別診療のデメリットを解決してくれる医師という側面もあります。
たとえば、多剤併用で8種類の薬を飲んでいる患者さんについて、本当に必要な4種類の(可能ならもっと減らせるといいのですが)薬を選んでくれるのが総合診療医です。
またある臓器にはよくても、ある臓器には害がある生活習慣や薬について、どちらが大事なのかを判断してくれるのも総合診療医です。
ところが日本では、総合診療医はまったくといっていいほど足りていません。
統計によって医者の2%から10%とバラツキがありますが、これはたとえばそれまで循環器内科一筋だった大病院の循環器内科部長が、○○循環器内科として開業するのでなく、××内科として開業した場合、総合診療医としてカウントされるからです。本当は循環器内科のことしかわからないのに、総合診療医を名乗っているわけです。
というのは、日本にまともな総合診療医のトレーニングが受けられるところがほとんどないからです。
たしかに大学病院で、総合診療科を名乗っている科ができたところは増えてきました。
しかし内実は、教授一人、准教授一人、助教二人というような小さな科で、ほとんどトレーニングに人が割(さ)けていない大学が多いのです。
福島県立医大のように、一所懸命総合診療医を育成しているちゃんとした総合診療科もあるのですが、圧倒的にそういう大学が少ないのが実情です。
ちなみに総合診療の先進国イギリスでは、専門医と総合診療医の数は同じと言われています。
日本はそれ以上に高齢者が多いのですから、英国と同等の医師の5割くらいが総合診療医であることを目標にすべきでしょう。


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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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