■「個人的な恨み」「復讐心」がトランプ氏を動かす
第2次トランプ政権が発足して約半年が経つが、トランプ大統領の心を突き動かしているのは個人的な恨みや復讐心ではないかと思われる。
かつて自分を起訴した検察官や捜査に関わった政府職員、1期目に不忠実だった元政権幹部、自身の政策を批判する政敵などを含め、トランプ氏が復讐の標的にしている個人や組織は100を超えるという。しかも恐ろしいことに、トランプ大統領は司法省などの政府機関を復讐のための「道具」として「武器化」しているのである。
ニューヨークのギャングたちの生き様を描いた映画『グッドフェローズ』(レイ・リオッタ主演)には、マフィアのボスが敵対相手に「いいか、おまえを追いつめて殺すか、さもなければ我々に協力するかだ」と迫る有名なシーンがある。
実はトランプ大統領はマフィアのドン(ボス)に例えられるのを好むと言われているが、2025年2月にホワイトハウスの執務室でウクライナのゼレンスキー大統領と激しい口論を展開した時は、マフィア映画『ゴッドファーザー』でマーロン・ブランドが演じたヴィト・コルレオーネを彷彿させた。
■絶対的な服従と忠誠が求められる
トランプ氏はゼレンスキー氏に対し、「ウクライナは米国と取引しなければならない。さもなければ、米国はロシア侵攻以来の支援を打ち切る」と脅迫まがいに警告し、あげくに「和平の準備ができたら、戻ってきなさい」と退席を促したのである。
この会談の後、コラムニストのトーマス・フリードマン氏はニューヨーク・タイムズ紙の論説でこう書いた。
「我々はマフィアのゴッドファーザーに率いられ、犯罪組織のボスのようにロシアと領土を分割しようとしているのだろうか? “私がグリーンランドを手に入れたら、あなたはクリミアを。
つまり、トランプ大統領は世界最高の権力を持つ人物は世界最強の“ゆすり屋”にもなり得ることを示したことになる。
トランプ大統領は外交面だけでなく、内政面や政権運営もマフィアのようなやり方で行っているように思える。政権の閣僚や補佐官は大統領に対し絶対的な服従と忠誠を求められ、反対したり逆らったりすることは許されない。そこでは大統領への忠誠が他の何よりも優先される。つまり、トランプ氏の指示が法律や憲法に反すると判断したとしても、それに従わなければならない。それができなければ解任されるか、自ら辞任するしかないということだ。
■“刑務所に送ろうとした人たち”が許せない
日頃の発言から、「自分は偉大なリーダーである」と確信しているように見えるトランプ大統領にとって最も許せないのは、自分を起訴して刑務所に送ろうとした人たち(捜査関係者)であろう。トランプ氏は昨年の選挙戦中から、彼らに対して怒りを隠さず、支持者の集会で「復讐」を誓った。
そして就任後の3月14日、トランプ大統領は司法省に乗り込み、職員らを前に異例の演説を行った。
トランプ氏は、「2020年の選挙は盗まれた」との虚偽の主張を繰り返しながら、「我々にこんなことをしたクズどもは、刑務所に行くべきだ」と述べ、「我々は悪党や腐敗勢力を追放する。この国に“正義の天秤”を取り戻す」と宣言した。それから、2020年の大統領選の結果を覆そうと共謀した容疑などで自分を起訴したジャック・スミス特別検察官を「完全に頭がイカれている。彼は法律違反者であり、刑務所に行くべきだ」と罵った(Politico、2025年3月14日)。
スミス氏は大統領選の結果を受けて起訴を取り下げ、トランプ大統領が就任する11日前に司法省を辞めた。しかしその際、「トランプ氏が再選し、大統領職に戻ろうとしていなければ、有罪にするだけの証拠はあった」とする137頁の捜査報告書を発表した。スミス氏はその中で、「トランプ氏は2020年の大統領選で大規模な不正はなかったと知りながら、権力を維持するために正当な選挙結果を覆そうとして、前例のない犯罪行為を行った」と述べた(PBSニュースアワー、2025年1月14日)。
■司法省がトランプ氏の“武器”に
トランプ氏はこの捜査報告書の公表を阻止しようとしたが、大統領に就任する前だったこともあり、できなかった。それから大統領に就任したトランプ氏は報復として、スミス氏の下で働き、その捜査に関わっていた司法省の職員10人以上を解雇した。
加えてトランプ氏は、スミス氏の捜査において不正はなかったかを調査するようパム・ボンディ司法長官に指示した。これこそ個人的な復讐のために司法省を使うという政府機関の「武器化」である。
スミス氏の他にも、トランプ氏の復讐の標的にされている捜査当局者はたくさんいる。
トランプ氏によって「武器化」された司法省は2025年5月、ジェームズ氏が私的な住宅を購入した際、有利な住宅ローン金利を得るために銀行の書類に虚偽の記載をしたのではないかとの疑いで調査を開始した。これに対し、ジェームズ氏は「トランプ大統領が公然と扇動している政治的報復の一環である」と批判した。
■政敵の民主党や一部の共和党議員も標的に
法律の専門家はこの件をどう見ているのか。ミシガン大学のウィル・トーマス教授(ビジネス法)は、「当時の記録を見る限り、善意によるとみられる些細なミスはあるものの、ジェームズ氏が何か悪いことをしたというほどではない。ましてや詐欺行為をしたという明らかな証拠にはならない」と述べている(Democracy Docket、2025年5月12日)。
トランプ氏としてはどうしても仕返しをしたいのだろうが、この件でジェームズ氏を有罪にするのは難しいと思われる。
トランプ氏による報復は政権に批判的な野党・民主党の議員や一部の共和党議員に対しても行われている。
民主党のロバート・ガルシア下院議員は2025年2月、CNNの番組で、「イーロン・マスク氏率いる政府効率化省が取り組んでいる政府予算の削減に対し、民主党は反撃する必要がある」と述べた。
すると、トランプ政権の関係者から、「あなたの発言はマスク氏に対する脅迫のように聞こえる。我々は公務員に対する脅迫を非常に深刻に受け止めている。コメントの趣旨を明確にし、1週間以内に返答するよう求める」という手紙を司法省の公式レターヘッドで受け取った(NPR=全米公共ラジオ、2025年4月29日)。
■「身の安全が心配なので、トランプ氏を批判しない」
その後、この関係者からの連絡はなかったというが、ガルシア氏を黙らせる(政権批判を抑える)のが目的だったと思われる。NPRの報道によれば、他の民主党議員やバイデン政権下で働いていた高官などもトランプ政権からの脅迫や報復に直面しているという。
さらに報復の恐怖は民主党だけでなく、身内であるはずの共和党の一部議員にも及んでいる。トランプ政権の政策に異を唱えることもよくある共和党中道派のリサ・マコウスキー上院議員は地元アラスカ州の有権者との会合で、「報復は現実のものです。私自身も声をあげるのに不安を感じることがしばしばあります」と正直に話した(前出・NPR)。
また複数の共和党議員は、声をあげることで自分たちがより危険にさらされるのを懸念して、NPRのインタビュー要請を断ったそうだ。
さらにある民主党の下院議員は共和党の同僚議員から、「自分と家族の身の安全が心配なので、トランプ氏を批判しない」と言われたという。こうしてみると、トランプ大統領の政治的報復はマフィアより怖いというのは決して大げさな表現ではないだろう。
■異常な執念深さで元政権幹部にも“復讐”
トランプ氏の執念深さについては、第1次トランプ政権で不忠実とみなされた元高官がその後どうなったかをみればよくわかる。
トランプ大統領は2期目に就任した直後、2019年~23年に米軍制服組トップの統合参謀本部議長を務めたマーク・ミリー氏の身辺警護を打ち切り、機密情報にアクセスする権限も停止すると発表した。
ミリー氏は2020年のイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官の殺害に関与し、イランの暗殺対象となっていたため、2023年に退任した時にバイデン前大統領の指示で身辺警護がつけられた。しかし、トランプ大統領はわざわざそれを打ち切ったのである。
ミリー氏は在任中、国内の抗議デモ鎮圧のために軍隊動員を求めるトランプ大統領に激しく抵抗して関係が悪化していたため、この措置はトランプ氏の報復ではないかとみられている。加えてトランプ氏はミリー氏の階級(最高幹部の4つ星)を降格させるために、ヘグセス国防長官に身辺調査を指示したこともわかっている。
他にも第1次トランプ政権で国務長官を務めたマイク・ポンペオ氏や国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏の身辺警護が取り消されたが、2人ともミリー氏と同様に、在任中トランプ氏と外交政策をめぐって意見の対立があった。トランプ大統領は自分に逆らった部下は何年経ってもけっして許すことができないようだ。
■イーロン・マスク氏が次の標的か
そしてトランプ氏の復讐の次の標的として急浮上してきたのが、数カ月前まで蜜月関係だったテスラのCEOイーロン・マスク氏である。
マスク氏は昨年の大統領選でトランプ氏に2億8000万ドル(約406億円)の大金を投じて当選を後押しし、トランプ政権の政府効率化省(DOGE)を率いて連邦政府の経費削減に取り組み、トランプ大統領も「天才だ」と絶賛していた。
しかしその後、政権を離脱したマスク氏は6月初め、トランプ大統領肝煎りの「大きくて美しい」大型減税法案について、「我慢の限界だ。ひどく醜悪だ」と酷評した。これをきっかけに蜜月関係は終わりを迎え、2人はSNSで「私がいなければ、トランプ氏は負けていた。恩知らず」「イーロンがいなくても勝てた。無礼だ」などと罵り合った。
その後、マスク氏が「行き過ぎだった。
「法案は米国の数百万人の雇用を破壊し、国に莫大な損害を与える。完全に正気ではなく、破滅的だ」とSNSに投稿し、「もしこのばかげた法案が可決すれば、翌日に“アメリカ党”が結成される。法案に賛成した議員らを来年の予備選で落選させる」と新党結成を示唆した。
■市民権を剥奪する可能性もある
これに激怒したトランプ大統領は、「イーロンは最も多額の補助金を受けている、それがなければビジネスを続けられず、故郷の南アフリカに帰ることになっていたかもしれない」と、マスク氏の会社への補助金打ち切りと強制送還の可能性にもふれた。
米国メディアによれば、マスク氏は1990年代にシリコンバレーの新興企業を立ち上げた時、適切な就労許可を得ずに不法就労をしていたという(CNN、2024年10月28日)。
トランプ氏ははたしてそこまでやるのか。かつてトランプ氏の個人弁護士を12年間務め、汚れ仕事も含めてあらゆる問題を引き受けていたことで、「フィクサー」とも呼ばれたマイケル・コーエン氏はこう指摘する。
「トランプ氏が政府の権力を使って、マスク氏の会社だけでなく市民権(の剥奪)も標的にしている可能性はあると思う。しかも、マスク氏が最も予想しない時に、どこからともなく鉄槌を下すかもしれない。それがトランプ氏のやり方だから」(Huffpost、2025年6月9日)
先に述べたように、トランプ氏に敵とみなされた人たちがどうなったかをみれば、コーエン氏の指摘はかなり的を射ているように思う。
----------
矢部 武(やべ・たけし)
国際ジャーナリスト
1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)、『世界大麻経済戦争』(集英社新書)などがある。
----------
(国際ジャーナリスト 矢部 武)