子どもをほしくないという若者が増えている。『Z世代の頭の中』(日経プレミアシリーズ)を上梓したばかりの世代・トレンド評論家の牛窪恵さんは「かつては、本音では『ほしくない』と思っていても、公言するには心理的なブレーキが働いていた。
しかしZ世代は、そうした一種の禁句だった言葉を言えるようになってきている」という。社会学者の山田昌弘さんとの対談をお届けする――。
■「子どもがほしくない」を公言できるようになった
【牛窪】今回、書籍の取材でZ世代(牛窪氏の定義で1995~2004年生まれ/おもに現20代)の若者55人にインタビューを重ねてみて、彼らと上の世代との一番大きな違いだと感じたのは、「子どもを欲しくない」と公言する人が増えてきたことです。
2023年に大手プロバイダーのビッグローブが18~25歳の未婚者を対象に行った「子育てに関するZ世代の意識調査」では、「将来、子どもはほしいか」という質問に対して、実に5割弱(45.7%)の若者が「ほしくない」と答えています。
【牛窪】かつては、本音では「ほしくない」と思っていても、「堂々とほしくないと言うべきではないのではないか」という心理的なブレーキが働いていたと思いますが、Z世代はそうした一種の禁句だった言葉を言えるようになってきているのです。
それは必ずしも悪いことではないと思いますし、『母親になって後悔してる』(オルナ・ドーナト著・鹿田昌美訳 2022年新潮社刊)といった本がベストセラーになった影響もあるのかもしれません。いずれにせよ、「子どもを産まねばならない」という社会的圧力が減っているのは事実だと思います。
「子どもが減る」ことの是非論は別にして、「結婚したら必ず子を持ちたい」と考える若者は、今後も減り続けていくのだろうなという印象を持ちました。
■子どもを持つのが理想だが現実は…
【山田】質問の仕方も大きく影響すると思うのですが、あくまでも「いまの経済状態ならば、子どもはほしくない」ということではないでしょうか。
というのも、18歳~34歳の独身者で「いずれ結婚するつもり」と答えた割合は男女ともに8割を超え、そのうち子どもを1人以上欲しい人は9割近いんです(2021年国立社会保障・人口問題研究所「社会保障・人口問題基本調査」)。
私が教えている学生たちに聞いてみても、ほぼ同じ答えなんです。ところが、「現実はどうなると思うの?」と追加の質問をしてみると、「理想通りになっている」と答える人は半分近くに減ってしまうのです。

つまり、決して子どもを持ちたくないわけではないんだけれども、持つか持たないかは条件次第。条件が整えば、持ってもいいということなんでしょうね。別の言い方をすれば、子どもを持つということが、「選択肢のひとつになった」ということだと思います。
■シンプルに「悪い選択肢だから取らない」だけ
【山田】あくまでも選択肢のひとつだから、それがたまたまいい選択肢だったら取るけれど、悪い選択肢だったら取らない。だから、一生子どもがいない生活を送りたいという意思表明ではないんですよ。あくまでも、いまの状況だったら子どもは持ちたくない。持ったら大変になると思うから、「子どもはほしくない」と答えているのだと思います。
【牛窪】書籍執筆のため、Z世代1600人超に定量調査を実施しましたが、確かに結婚や子づくりに対する願望は、若者自身の年収や、正規・非正規といった雇用形態と強く結びついていました。
また、彼らへのインタビューでは「あっち側、こっち側」「実家(親の経済力)が太い、細い」といった表現も頻繁に登場しましたが、「自分はあっち側(裕福な階層)じゃないし、実家も細い」という若者の多くは、目の前のこと、自分のことで精一杯なんですね。彼らはよく「子どもは贅沢品でしょ」とも言います。子育てにはお金がかかるわけですが、「実家が細い」と資金的な援助も望めない。だったら、無理をして子作りしてまで「あっち側」に行こうとすることもない、というわけです。

特に男性に多かったのが、「結婚や子作りは、仕事とトレードオフ」という声でした。
不確実性が高い時代を生きるZ世代は、将来どうなるか分からないから、なるべく多くの「手札」や「アイテム」を持っていたいと言います。半面、いまや男性も家事や育児に積極的に関わる時代なので、結婚や子作りは、転勤がしづらくなるなど、キャリア形成上での手札を減らす可能性がある。かつて結婚、出産、子育てと仕事の両立は、もっぱら女性が背負う悩みでしたが、Z世代では男性の悩みにもなってきているんです。
■理想の相手が現われて告白してくれるなら…
【山田】牛窪さんがかつて指摘された「恋愛離れ」といった現象も、子どもを持つことと同じように、恋愛が選択肢のひとつになったということだと思うんです。
これも質問の仕方で大きく回答が変わってくるのですが、単に恋愛をしたくない若者が増えているわけではなくて、「いまの状況だったら恋愛したくない」ということなのだと思います。だから、理想的な彼氏/彼女が目の前に現れて、しかも向こうから告白してくれるんだったら付き合ってもいいと(笑)。
■子育てという夫婦共同の“仕事”がないとき、どうするか
【山田】子どもの代わりに、ペットと暮らしたいという人も増えていますよね。学生の中にも「子どもが持てないならペットを飼う」と答えるケースが出てきていて、つまり、子どもとペットが選択肢として同列に並ぶようになってきたということです。
日本人の夫婦って愛情でつながっているというよりは、仕事というか、役割でつながっている面が強いですよね。だって、日本の夫婦の5割はセックスレスなんですから。じゃあ、条件的に子どもを持てずに、夫婦が共同してやる子育てという仕事がないとき、どうするか? だったら、ペットを持ちましょうと。

学生の中にも「ペットを飼いながら楽しく暮らしたい」という人が現れ始めています。もちろん、お金が十分にあって、十分に稼げていれば子どもを持てるわけですけれど、そうした条件が揃っていなければ、ふたりでペットを育てようか、という感じですね。
■「育てる自信がない」の背景にあるもの
【牛窪】結婚して子どもを作るということがどういうことなのか、実感が持てていない側面も大きいと感じました。先ほどのビッグローブの調査では、「将来、子どもがほしくない」と答えた若年未婚者に、なぜかと聞くと「お金以外の問題(に起因する)」との回答が4割強(42.1%)。ではその最大の理由は何かといえば、52.3%が「育てる自信がないから」と答えているのです。
【牛窪】書籍のために行ったインタビューでも、「子ども、欲しいですね」などと話す未婚のZ世代に、「子育てってどんなイメージ?」と尋ねてみると、本当にみなさん、ステレオタイプなんです。休日は家族で公園に行ってピクニックふうに仲良くお弁当を食べて、たまにUSJやディズニーランドに行って休日の思い出を作って、といった具合。子育てってそれ以外にもいろいろあるでしょう? と思うのですが、将来自分が親になる実感が持てていない。
これはいったい何なのだろうと、深層心理を深堀りする「ラダリング」という手法を繰り返してみると、両親が実は離婚をしていたり、共働きで会話もないクールな関係だったり、あるいは、子育て中の会社の先輩があまりにもテンパっていて大変そうだったり、といった嘆きが出てきます。
つまり、「幸せ家族」はできれば手に入れたいものではあるのだけれど、じゃあ、実際にどうやったら手に入るのか、どうやって維持していったらいいのかよくわからない。
本来、夫婦は喧嘩をしながらでも、お互いの価値観をすり合わせて、関係性を徐々にアップデートしていくものだと思うのですが、いまの若者はそういうシーンをあまり目にしていないようでした。要するに、両親や先輩が「忙しすぎる」のでしょう。

現実的なロールモデルが不在だから、画一的な理想像しか出てこないし、仮に手に入れられたとしても、その組織(家族)をどう運営すればいいのかわからない。だったら、無理して手に入れなくてもいいのかなというのが、Z世代の本音なのかもしれません。

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山田 昌弘(やまだ・まさひろ)

中央大学文学部教授

1957年、東京生まれ。1981年、東京大学文学部卒。1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は家族社会学。学卒後も両親宅に同居し独身生活を続ける若者を「パラサイト・シングル」と呼び、「格差社会」という言葉を世に浸透させたことでも知られる。「婚活」という言葉を世に出し、婚活ブームの火付け役ともなった。主著に『パラサイト・シングルの時代』『希望格差社会』(ともに筑摩書房)、『「家族」難民』『底辺への競争』(朝日新聞出版)、『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社)、『結婚不要社会』『新型格差社会』『パラサイト難婚社会』(すべて朝日新書)、『希望格差社会、それから』(東洋経済新報社)など。

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牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ)

マーケティングライター、世代・トレンド評論家、インフィニティ代表

立教大学大学院(MBA)客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。
著書に『』『』(ともに日本経済新聞出版社)、『』(講談社)、『』(ディスカヴァー21)ほか多数。これらを機に数々の流行語を広める。NHK総合『サタデーウオッチ9』ほか、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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(中央大学文学部教授 山田 昌弘、マーケティングライター、世代・トレンド評論家、インフィニティ代表 牛窪 恵 構成=山田清機)
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