先進国の少子化は深刻度を増している。拓殖大学教授の佐藤一磨さんは「出生率低下の要因についてはこれまでも研究し尽されてきた。
そんな中、近年新たな要因に注目が集まっている」という――。
■世界で注目され始めた出生率低下の原因
日本は長年の間、出生率の低下という課題に直面しています。
この傾向は続いており、今年の6月4日に発表された厚生労働省の『人口動態統計月報年計(概数)』では、2024年の出生数が68万6061人になることが明らかになりました。出生数が70万人を切ったのは、1899年の統計開始以来初めてです。
1人の女性が生涯で産む子どもの数を示す合計特殊出生率も1.15となり、3年連続で過去最低の値となっています。
他国でも状況は同じです。アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、スペイン、イタリア、ベルギー、ノルウェーといった欧米諸国だけでなく、台湾や中国といったアジア圏でも出生率は低下傾向にあります。
このような状況もあり、出生率を低下させる要因が何なのかという点がこれまで数多く分析されてきました。この中で近年、注目されている要因があります。
それはロボットの普及です。
ここでいうロボットとは、工場などで人間に代わって製品を製造する産業用ロボットを指します。技術革新によってロボットの利用率は全世界で増加していますが、これが人々の子どもを持つかどうかといったライフコースにも影響することがわかってきているのです。

今回は中国やヨーロッパを分析した研究を題材に、ロボットが出生率に及ぼす影響について見ていきたいと思います。
■ロボットが普及した地域で出生率が1割近く低下
まず、中国の研究から見ていきましょう。分析を行ったのは、西南財経大学中国西部経済研究所のハイヤン・ルー教授、キヤ・ザン氏、ウェーリエン・フー氏です(*1)。
彼らの分析の結果、ロボットの普及度の上昇によって出生数が低下することがわかりました。より具体的には、ロボットの普及度が1単位(標準偏差)増加すると、出生数が9.4%減少していたのです。
これをわかりやすく言い換えれば、「ロボットがかなり増えた(平均より多く導入された)地域では、出生数が1割近く減っている」ということを意味しています。この結果は無視できない大きさだと言えるでしょう。
■出生数低下とロボット、4つのつながり
ルー教授らはこの背景に4つの要因があると指摘しています。
要因1)不安定な雇用と所得の低下
ロボット技術の導入により、特に製造業などで人間の労働が機械に代替され、雇用が不安定化し、賃金が低下する傾向があります。この経済的不安は、若者や中高年層にとって「子どもを持つことのコスト」が相対的に高まることを意味し、結果として出生率が低下してしまうわけです。
要因2)結婚・家庭形成行動の変化
ロボット導入によって所得の減少や不安定な雇用が増えると、結婚数が減少してしまいます。例えば、女性が結婚相手を選ぶ際、やはり安定した収入の男性のほうが魅力的です。
ロボットの導入が増え、不安定な雇用・所得の男性が増えると、女性も結婚に慎重になってしまいます。この結果として、結婚数が減少するわけです。中国では日本と同じく結婚が出産の前提となることが多いため、結婚行動の変化が直接的に出生数に影響すると考えられます。
要因3)教育年数の増加とライフコースの後ろ倒し
ロボットの導入が増えると、そのロボットに仕事が奪われないようにするためにも、より高度なスキルを身に付ける必要が出てきます。このためにも若年層を中心に教育・スキルの向上に投資し、大学や職業訓練に進む傾向がより強くなりました。実際、中国ではロボットの普及で大学卒業以上の学歴取得率が16~24歳で5.8%増加しています。これによって結婚・出産のタイミングが後ろ倒しになり、最終的な出生数も減少する可能性が高まったというわけです。
要因4)出産意欲の低下
ロボット技術の拡大がもたらす経済的・社会的プレッシャーは、個人の理想の子ども数そのものを引き下げることも明らかになっています。ロボットに仕事を奪われるかもしれないという恐れや、それに対処するためにも教育への投資をさらに増やさざるを得ないという状況が「そんなに子どもを持てない」という判断につながるわけです。実際、ロボットの普及が1標準偏差増加すると、理想の子ども数が6.3%減少していました。理想の子ども数の低下は、子ども数の上限を押し下げる効果があるため、出生数の低下につながると考えられます。
以上の中国の分析結果が示すように、ロボットの増加は、①労働者の所得・雇用の不安定化、②結婚数の減少、③教育投資の増加による晩婚化・晩産化の進展、④出産意欲の低下を通じて、少子化につながると考えられます。

■とくに中間層への影響が大きい
次にヨーロッパの研究を見ると、より詳細な分析結果が出ています。
ブリュッセル自由大学のクラウディオ・コスタンツォ氏は、ヨーロッパ7カ国のデータを用い、ロボット利用と出産年齢の関係を分析しました(*2)。この分析の結果、ロボットの導入と出産年齢は、教育水準に応じて影響が大きく異なることがわかりました。
より具体的には、中卒以下の低学歴層と短大・高専以上の高学歴層では出産年齢が早まり、子どものいない割合が低下していたのです。ロボットの増加がプラスの効果を持っています。
これに対して、高卒・専門卒といった中程度の学歴層では出産年齢が遅くなり、子どものいない割合が高くなっていました。
■高卒、専門卒がマイナスの影響を受ける理由
高卒・専門卒のみロボット普及によるマイナスの影響が大きいわけですが、これはなぜなのでしょうか。
この点についてコスタンツォ氏は、高卒・専門卒の中程度の学歴の人々は、いわゆるルーティン職種(事務、製造ライン、ミドル層の技能職など)に多く従事しており、これらの職はロボットによって代替されやすい点が影響していると指摘しています。
つまり、ロボットに仕事を奪われやすい可能性が高く、所得や雇用が不安定化するため、出産を先送りせざるを得ないというわけです。
これに対して、低学歴層の人々は、製造ラインや警備、介護、清掃、接客など、「マニュアル化できない非定型な職種」に多く従事し、高学歴層の人々は、管理職や企画・研究・専門職などで働く割合が高くなっています。
これらの仕事はいずれもロボット化されにくいという利点があります。また、ロボットの導入で生産性が高まる可能性もあるため、出産にプラスの効果が見られたというわけです。

この結果を見ると、ヨーロッパでもロボットの普及は決していい面だけではないと言えるでしょう。
中国やヨーロッパの結果から明らかなように、ロボットの普及は出生数にマイナスの影響をもたらす恐れがあります。
この点に関して日本の研究はまだなく、その実態は明らかではありません。しかし、日本も中国ほどではありませんが産業用ロボットが普及しているため、そのマイナスの影響があってもおかしくないと予想されます。
■AIの普及でホワイトカラーが減ると…
ただ、日本の文脈の中で考えた場合、より気になるのは、DXや生成AI普及の影響です。
IGPIグループ会長の冨山和彦氏が指摘するように、DXや生成AIの普及によって、ホワイトカラー労働者の需要が大きく減少する可能性があります(*3)。特に生成AIによってパソコンを活用した定型的なオフィスワークが今後さらに代替されるようになると、中間所得層のホワイトカラーが減少してしまうでしょう。
また、独立行政法人経済産業研究所の岩本晃一氏によれば、生成AIの普及によって中程度のスキルの人の雇用が失われ、それらの人々が低スキルの仕事に就かざるを得ない状況になると指摘しています(*4)。この場合、中間所得層が減少し、社会の経済格差が拡大する恐れがあります。
以上のようなDXや生成AIによる雇用の減少・所得の低下は、出生率の低下につながってしまう可能性があります。DXや生成AIの影響力は大きいため、この点は特に注視する必要があるでしょう。
■単なる少子化対策では不十分
ロボットや生成AIの普及が進む現代社会では、雇用の不安定化や中間層の所得低下を通じて、結婚や出産への心理的・経済的ハードルが高まり、出生率の低下を招く可能性があります。

こうした流れを食い止めるには、単なる少子化対策では不十分です。
雇用のセーフティネット整備や中間所得層への再分配、保育・教育費の公的負担拡大、柔軟な働き方の促進など、安心して子どもを持てる社会基盤の構築が不可欠だと言えます。技術革新に適応しながら、家族形成を支える新たな支援策を築くことが求められていくでしょう。

(*1) Lu, H., Zeng, K. & Hu, W. Does the rise of robotic technology reduce fertility? longitudinal evidence from China. Rev Econ Household (2025).

(*2) Costanzo, C. Robots, jobs, and optimal fertility timing. J Popul Econ 38, 51 (2025).

(*3) 冨山和彦(2024)『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』NHK出版新書

(*4) 岩本晃一(2018)『AIと日本の雇用』日本経済新聞出版

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佐藤 一磨(さとう・かずま)

拓殖大学政経学部教授

1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。

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(拓殖大学政経学部教授 佐藤 一磨)

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