※本稿は、立花義裕『異常気象の未来予測』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■日本は春夏秋冬から夏冬の「二季」に
温暖化で世界中の海面水温が急上昇していますが、世界中で最も上昇しているのは、実は日本近海の海面水温です(図1、図2)。猛暑は地表の温度だけでなく海面水温も上げています。
年間を通して日本で日射しが一番強いのは夏至の6月下旬、一番気温が高い時期は8月上旬。夏に記録的猛暑が発生すると、海面水温も1カ月程度遅れて異常なほど高温となります。猛暑でも海面水温を温めるのには時間がかかるため、気温の上昇よりも遅れます。
水温は一旦上がると下がりにくくなります。夏のお風呂が翌朝でも温かいこともあるのと同じ現象です。
猛暑で上がった日本周辺の海面水温は、日射しが秋めいてきても下がりません。猛暑に伴う海面水温の上昇が残暑を厳しくさせる原因になっています。本来涼しいはずの秋の海風も、海面水温上昇によって暖かく、湿っているため体感的にも暑く感じてしまうのです。
夏が長引くほど、秋は短くなります。それが長い夏と、冬だけの「二季」の国につながっています。夏の異常気象が、海を経由して秋の異常気象を呼ぶ。まさに異常気象の連鎖です。異常気象を知るには、空を見ているだけでは不十分なことをわかっていただけたかと思います。
■6月に雨が少ないと猛暑に
日本は上の大気からも下の海からも熱せられるため、熱の逃げ場がない国なのです。海は猛暑に伴う「熱」を貯め、秋に「熱」を引き出しています。いまや、海は熱の貯金箱のような存在です。
実は日本の四方を囲んでいる海に熱を貯金できていることで、夏の気温は40度程度で留まっています。海へ貯金できていなければ、日本の夏も大陸の猛暑のように50度の世界になってしまうでしょう。50度の世界を防いでくれている一方で、熱い海が日本の秋を消しているという板挟み状態が生まれています。
梅雨入りが遅れると喜ぶ人が多いのですが、そんな夏は要注意です。
通常の梅雨入りであれば、6月は曇天となるため、初夏に海で貯めた「熱」は少なく、水温の上昇は鈍化。しかし梅雨入りが遅れれば遅れるほど、海に熱が貯まるため、海から猛暑と残暑がやってきて、爽やかな初夏とはなりません。
梅雨入りが遅れるということは、猛暑が強くなって二季化が進行するということなのです。
■猛暑を加速させる「ヒートドーム」
ヒートドームをご存じでしょうか? これはアメリカの熱波の原因を意味します(図3)。
高気圧だと天気がいいため日射しが強く、高温となった地面のすぐ上の空気も、地面から熱をもらって暖められます。暖められた空気は膨張して軽くなるため、本来は地面のすぐ上の暑い空気は熱気球のように上空に昇り、山よりもはるか上空に逃げていきます(上昇気流)。
一方、偏西風の蛇行に伴う猛暑をもたらす高気圧の中心付近は、「下降気流」です。下降気流は地上の気温を異常に高くするのですが、その理由は二つあります。
気温が高くなる理由の一つ目は、高気圧の下降気流が上昇気流を妨げて、地面のすぐ上の熱が上空に逃げにくくなるからです。このとき、下降気流がドーム状に上空を覆うため、熱がこもっています。
もう一つの理由は、下降気流に伴う断熱圧縮による昇温です。気体を圧縮すると温度が上がります。つまり、上空から地上に向けて空気が降りるときに、下の空気を押すため圧縮されます。これは、自転車の空気入れのポンプを押すと、空気入れのホースが熱くなる現象と同じ。
物理で説明しますと、押す力で空気が移動するため、仕事をしたことになり、気体の内部のエネルギーが増えると考えます。
■熱帯夜という言葉を使う時代は終わった
日本でも偏西風蛇行を伴う夏の高気圧に覆われると、アメリカ同様にヒートドームができるのですが、日本のヒートドームのほうがたちが悪いです。
日本は海に囲まれているので、夏は高温多湿。ジメジメしていて汗が蒸発しにくく、発汗による体温調節が鈍るため、多湿は体感温度を上げます。この暑くジメジメした空気は軽いので、本来であれば上空へ排出され、熱を逃がしてくれます。
しかし、下降気流が熱と水蒸気を地面付近にこもらせるためジメジメした猛暑になります。
よくニュースなどで「南の暖かい海から湿った暖かい風が吹くため、猛暑になる」という説明がなされています。
日本周辺の海面水温が上がっているため、ヒートドームはより多くの熱と水蒸気を地面付近に留めます。体感的には熱帯よりも暑い。熱帯夜という言葉を使う時代は終わったのです。
■日本近海の海面水温は世界の中でもダントツ
先述したように、地球全体の海面水温が極端に上昇しています。
2023年春、世界中の海面水温が急激に上昇しました。その上昇幅は、過去の年を全く寄せ付けないほどでした。その後の海面水温は毎日観測史上最高記録を2024年まで更新し続け、以降は2023年とほぼ同程度の水温に。つまり水温は元に戻らず、上昇したままの状態が続いているのです。
2025年は、2024年とほぼ同等の水温で推移しています。
2023年以前の海面水温は局所的に高い海域がいくつか存在していた一方、局所的に低い海域もたくさんありました。高温と低温が拮抗しつつ、世界平均で平年を少し上回る程度の状態のゆっくりとした温暖化傾向で推移していたのです。
ところが、2023年に世界のほぼすべての海域で、海面水温が突然上昇して高温に。世界全域でのこのような高温は、人工衛星を用いた近代観測以降初めてのことでした。しかも2023年以降の日本付近の海面水温は、世界の中でもダントツに異常です。
■平年水温より10度も高い海域も
世界全体では、0.6度程度の海面水温の上昇ですが、日本周辺では時と場所によっては、平年水温より10度も高い海域も。海面水温の異常は、異常気象の元凶とされ、長い研究の歴史があります。海面水温が2度高い程度でも、世界各地で異常気象をもたらすことが、多くの研究から知られています。
これまで蓄積されてきた多くの研究の常識を覆すほどの異常な状態が2023年から起こっていて、それが継続中なのです。
地球の表面の7割を占める海は、暖まりにくく冷めにくいことから、地球の熱溜めとして作用しています。
地球大気に大量の熱を供給したり(大気を暖めたり)、逆に大気から熱を大量に吸収したり(大気を冷やしたり)することから、多くの異常気象研究者は海の異常に着目しているのです。
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立花 義裕(たちばな・よしひろ)
三重大学大学院生物資源学研究科教授
北海道大学理学部地球物理学科卒業。博士(理学)。ワシントン大学、海洋研究開発機構等を経て、2008年より現職。専門は気象学、気候力学。「羽鳥モーニングショー」を始め、ニュース番組にも多数出演し、異常気象の解説や気候危機をマスメディアで精力的に発信。
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(三重大学大学院生物資源学研究科教授 立花 義裕)