関東地方でゲリラ豪雨が増加している。三重大学大学院の立花義裕教授は「温暖化で地面の温度が熱くなっていることに加え、以前より海から湿った暖かい空気が関東に入るようになったことで雷雲の強度が増している」という――。
(第2回)
※本稿は、立花義裕『異常気象の未来予測』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■関東地方でゲリラ豪雨が増えるワケ
2024年の関東地方の雷の発生数は、過去10年の平均の1.5倍を記録しました。マスコミは、ゲリラのように神出鬼没な動きをする雷を「ゲリラ雷雨」と呼称。ゲリラと名づけられていますが、正確な発生場所と時間の予測はできないまでも、大まかな雷雨の傾向は予測可能です。
雷は積乱雲のなかの強い上昇気流中に発生します。積乱雲の上部ははるか上空なので、とても温度が低く、氷点下です。雲のなかに無数の氷の粒があるのはこのためで、雹の粒もたくさん浮いています。それらの粒々が積乱雲のなかで入り乱れ、ぶつかり合ったり、擦れ合ったりして、静電気が発生します。それが雷です。
上昇気流が強ければ強いほどたくさんぶつかり合うため、雷が発生しやすくなります。湿っていれば湿っているほど上空で氷の粒がたくさんできるため、雷にとっては好条件です。
梅雨期は九州で雷が多く、梅雨期が終わった後の夏では、関東地方で雷雨の発生が一番多くなります。
冬になると日本海側で雷雨がたくさん発生します。これが陸上の雷雨の季節変化のパターンです。
では、海上ではどうなっているのでしょうか? 海に面した地方では海上の雷雲の影響を受けやすいため、海上の雷を知ることは重要です。
■黒潮の異常な蛇行
関東地方は南も東も海に面しているため、海上の雷の影響を受けやすくなっています。海上の雷は黒潮に沿って高頻度で発生しています。黒潮は高温の海水で、水蒸気をたくさん蒸発させますから、下層の大気は湿っています。
そのような状態において、上空に間欠的に冷たい空気がやってくれば、軽い下層の暖気は上に行き、重い上空の寒気が下に行きます。上昇気流が強く、空気は非常に湿っている状態になるため、黒潮の流域は雷が多いのです。
近年、黒潮の蛇行の激しさが増していて、関東にへばりつくように、南にも東にも黒潮が流れています。黒潮が東北地方まで北上しているのですから、そうなるのは当然でしょう。黒潮の異常な蛇行で、湿った暖かい空気が関東に入れば、それが原因となって雷雲の強度が増すのです。
温暖化で地面の温度が熱くなっていることも雷の強化に拍車をかけています。
地上が暑ければ暑いほど、地上が湿っていれば湿っているほど、積乱雲が発達しやすくなります。
黒潮の大蛇行が収まらない限り、ゲリラ雷雨は東京を襲い続けるでしょう。海面水温が高いことが雷雨発生の条件の一つであるため、温暖化で水温が上がれば当然、雷雨は増えます。
■これまでになかった台風が出現
温暖化によって平野部の気温は激しく上昇し、関東平野でも40度越えがしばしば観測されています。海と陸の温暖化によって、関東の雷雨が増え続けています。ゲリラ的異常気象から身を守るためには、地球の温暖化を解決する、つまり二酸化炭素を減らすしかありません。
雷に続いて、台風の進路もこれまでにないくらい異常をきたしています。反時計回りになったり、Uターンしたり、Zの文字のようにカクカク移動したり、酔っ払いのようにふらつきながらノロノロ進んだり。これまでになかった進み方をする台風をたくさん目にするようになりました。その進路は、もはや予測不可能に近いです。
昔も奇妙な動きをする台風や動きの遅い台風はありましたが、近年ではそれが普通になりつつあります。
スーパーコンピューターの発展と気象庁職員の努力によって「素直な台風」の予測精度は昔よりも格段に向上しました。
しかし「変な台風」は最新技術でも予測が外れがちなのです。
人々の台風への最大の関心事は、コースと移動速度。「自分のところに台風は来るのか?」「台風はいつ来るのか?」ニュースを見ながら不安に駆られる人も多いでしょう。
■偏西風が北に蛇行している
もちろん、進路が異常な台風が増えている背景にも、地球温暖化が関係しています。台風は風に流されますが、その風が淀んでいたり、変化が激しかったりすればするほど、台風の予測も困難になります。
例えば台風の進路を川に落ちた葉っぱの移動と考えてみてください。川の流れが速いところに落ちた葉っぱは、総じて下流に流れます。この川に相当するのが、偏西風に代表される上空の風です。
偏西風が北に蛇行すると、強風域が日本のはるか北に遠ざかるため、日本付近は弱風域となり、上空の風が遅いと台風の動きも遅くなります。
岩陰の流れが淀んでいる場所や、渦巻いている場所があって、その渦が動いているような川の流れを想像してみましょう。落ちた葉っぱは渦に巻き込まれ、グルグル回ったり、岩陰の淀みに入ったり、止まったりするように、台風も偏西風から遠い場所の上空の風は遅く、淀んでいたり渦巻いていたりします。
偏西風と遠く離れた台風の進路が、淀みにはまって止まったりするのはこのためです。

偏西風が日本よりはるか北へ蛇行してしまう一因が温暖化にあることは、第2章で説明しました。つまり、台風の異常な進路が増えている一因は温暖化なのです。
昔から夏真っ盛りの時期に偏西風が北に蛇行することで、迷走する台風はありました。しかし、偏西風が北へ遠ざかることは近年のほうが圧倒的に多くなっています。著しい猛暑と迷走台風が共存することは当然の帰結なのです。
■動きが遅いノロノロ台風
予測が大きく外れた台風の一例が、2024年8月下旬のノロノロした速度の台風です。
この台風は近畿から東海地方に上陸し、日本海に抜ける典型的な経路をとると予測されていました。実際は予測に反して、大きく西に進路をとりながら非常にゆっくりと移動しました。そして、勢力をどんどん強化し最強の勢力のまま九州に上陸。
その後急に東へ進路を変えましたが、ノロノロと瀬戸内海を東へ進んだ後、南へ進んで紀伊半島の太平洋に出ました。それから、北、北西へと向かい、滋賀県に至ったのです。結果として、日本付近に約1週間も留まりました。

台風とともに、当然豪雨も長く続きました。東海道新幹線が3日間にわたって運休したことから、出張予定のビジネスパーソンや、夏休みに旅行中の家族など、多くの人が足を止めました。
台風は災害級の暴風雨をもたらしますが、駿足で移動してくれれば、危険な時間は短く、上陸してもすぐに去ります。このような普通の台風は予測が簡単で、ほぼ的中します。問題は、ゆっくりと動く台風です。
豪雨は長時間降り続き、移動の予測が困難なため、警戒すべき地域も大きく広がります。なぜこのようなノロノロとした遅い動きの経路となるのでしょうか?
■なぜ最近の台風予測は外れがちなのか
昔の台風は、北上に伴って弱まるのが普通でした。ところが近年では、勢力を弱めずに日本に接近する台風が増えています。その理由も温暖化が誘因です。
移動速度が遅く、予報が外れがちとなる直接的な理由で言えば、台風を運ぶ上空の風が弱いから。偏西風で一番強い上空の風であるジェット気流は、近年は夏には大きく北に蛇行しています。
偏西風の中心から大きく外れた日本付近は、西風が非常に弱いか、ほぼ無風か、場合によっては弱い東風が吹いています。
動きが遅い理由は、迷走台風が増えている理由と同じです。偏西風の北への蛇行に伴い、日本付近の風が遅く、淀んでいることが多くなっているためです。
激しい偏西風蛇行の背景には温暖化がありますから、結論はいわずもがなでしょう。ノロノロと移動する海域は北太平洋の西部が多く、そこは黒潮海域を含んだ、水温上昇が激しい海域です。台風の餌(エネルギー源)は、暖かい海からの水蒸気です。海が高温であればあるほど、餌が増えます。だから台風は勢いを増すのです。
速く北上する台風は、餌を食べる暇もなく、冷たい北の海へと移動します。そのため、強くなる前に北へ去ってしまう台風も多いのです。ゆっくり進む台風はそこら中の餌を食べ尽くします。巨大化して勢力も増したまま、日本に接近します。強い勢力のまま台風が上陸することは、被害の増大の可能性が高まることになります。
■すべては人為による温暖化が要因
一方、ノロノロと移動することは、台風を警戒する日数が増えることを意味しています。前述した2024年8月下旬のノロノロ台風は、西日本を横断した後に南進、太平洋の黒潮海域に出て、再び紀伊半島に上陸しました。
同じ年、メキシコにも同一のハリケーンが2度上陸しました。ハリケーンは台風同様、上陸すると勢力が衰弱するのですが、このハリケーンは海に出た後に暖かい海から餌をもらい、再発達して再上陸したゾンビハリケーンです。2024年8月下旬のノロノロ台風も太平洋の黒潮海域に出て再発達するのではないかとヒヤヒヤしましたが、杞憂に終わりました。
黒潮の大蛇行に伴って、紀伊半島南部沖の海域は黒潮本体が局所的にはるか南へ凹状に南下していたため、再発達する餌が少なかったためではないかと推察されます。もしノロノロ台風がもっと南下して十分な暖水に触れられていたら、「ゾンビ台風」となっていたかもしれません。
このまま温暖化が進めば、今後の台風も2024年のノロノロ台風のような、動きが遅くて勢力が強い台風が増えることが予測されます。そして、動きが遅い台風ほど進路の予測は困難に……。そのような未来を希望する人は皆無でしょう。
未来をつくるためにも、今すぐ温室効果ガスを削減しましょう。それが台風による災害を防ぐ根本療法なのです。
最近は台風接近の予測状況や、線状降水帯の発生などで、新幹線の(計画)運休を決めたり、高速道路の通行を事前に規制することが一般的になってきました。人命第一を考えれば当然なのですが、苦情をまき散らす人がいまだに多いと聞きます。ノロノロ台風も豪雨も、人為による温暖化が要因だということを忘れてはいけません。

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立花 義裕(たちばな・よしひろ)

三重大学大学院生物資源学研究科教授

北海道大学理学部地球物理学科卒業。博士(理学)。ワシントン大学、海洋研究開発機構等を経て、2008年より現職。専門は気象学、気候力学。「羽鳥モーニングショー」を始め、ニュース番組にも多数出演し、異常気象の解説や気候危機をマスメディアで精力的に発信。

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(三重大学大学院生物資源学研究科教授 立花 義裕)
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