※本稿は、立花義裕『異常気象の未来予測』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■温暖化で日本の雪の降り方が変わった
南極と北極が気候崩壊したとすると、日本にはどのような影響があるのでしょうか?
寒気分裂や極渦崩壊は、日本でドカ雪が増える理由となっていますが、ほかに日本近海の水蒸気も注視しなければなりません。猛暑で温まった日本周辺の海水は、すぐに温度が下がらず、冬まで高温が持続されています。
従って冬でも暖かい海から水蒸気が大量に蒸発するため、さながら厳冬期(1~2月頃)の北海道や東北地方など寒い地方の露天風呂と同じような状況になっています。
冬にシベリア大陸から来る寒気は、日本海で水蒸気を大量に吸収し、強力な雪雲に成長するので、日本中で豪雪のリスクが増えています。
2024~25年の冬期の日本海の海面水温は、平年よりも4度以上も高い海域もあったほど。黒潮を主な源流として日本海を北上する対馬暖流。その流量は増えていて、北海道沿岸まで異常に高い水温となっています。
そのため、寒気の強さが中程度であっても、1回の降雪量が多くなっています。北は北海道から南は九州まで、ひとたび寒気が来れば日本海側や東シナ海側はドカ雪となるのです。
ただし、一概に雪が増えるとは限りません。寒気がそれほど強くない冬期の地上気温が零度付近の地域は、雪ではなく雨となる可能性も。
■大雪ではなく「雪爆弾」
ジャパウ(JAPOW)という言葉をご存じでしょうか? これは、Japan Powder Snowを合わせた造語で、日本のパウダースノー(サラサラとした粉雪)を意味しています。実は冬のシーズンになると、世界中のスキー愛好家が最高のパウダースノーを求めて、日本に集まっています。ところが、水分を多く含んだ雪では、ジャパウ目当てのスキー愛好者にとってはマイナスでしかないでしょう。パウダースノーの聖地、ニセコ地区の倶知安町も安泰ではありません。
温暖化によって、冬期全体としては降雪日数が減り、積雪期間も減ります。冬の期間は短くなっているのですが、雪が降るときは一気に降る。それが新時代の日本の冬となります。
2025年2月4日に北海道帯広市で降った雪は、24時間の積雪量が124センチメートルで、観測史上1位を記録。最近では大雪を意味する「雪爆弾」というワードが、注意喚起を兼ねてマスコミで使われ始めています。海面水温が高くなる一因が猛暑であるため、猛暑と雪爆弾が連鎖しているのです。
帯広で雪爆弾が起きた一因は、三陸沖と北海道南岸の海面水温の高温化です。帯広の南西から低気圧に伴う雪雲が入るときには、総じて暖気が入ることが多いです。なぜなら、南のほうが暖かいため。帯広は北海道のなかでも寒い地域にあたるので、暖気が入っても雪が降るのです。
■東京でも大雪に注意
太平洋側の北海道以外の地域で、南側に海が開けているところは、昔も今もあまり雪が降りません。ただし、寒気が日本にやってきて列島全体が冷え切った後に南から暖かい風が吹くようなことがあれば、雨ではなく雪が降ります。
海面水温が高いので、降雪量も増えます。実際、昔と今の関東地方の大雪を比較すると、温暖化にもかかわらず変化がほとんど見られません。大雪が降った年の関東の気象官署の積雪深の順位を見ると、圧倒的な積雪量を記録した1984年を除くと、積雪が多い年は1990年代以前よりも、2000年代以降の近年です。
降雪量は太平洋側より日本海側のほうが圧倒的に多いのですが、降り方がドカ雪の傾向にあることは、日本海側も、太平洋側も同じです。黒潮の大蛇行は東京にゲリラ雷雨とドカ雪をもたらすのです。
■日本が世界一の豪雪地域に
「日本が世界一の豪雪地帯になる」。
暖かい海に囲まれた日本へ、北極の寒気が好んでやってきています。日本で北極の寒気と暖水が出会うため、強烈な寒気に見舞われるのです。
北極の寒気と暖水が出会う場所は地球上でほかにもあるのですが、日本近海が最も寒暖の差が大きいです。北米東岸とノルウェー沖大西洋など、寒気と暖水が出会う海域もほかにもあるのですが、前者は寒気が日本よりも弱く、後者は海面水温が日本よりも低いのです。
日本の北西、シベリア極東地域の冬期の地上気温は北半球で一番低く、そこから日本へ寒気が流れています。一方、熱帯太平洋からは黒潮が日本にやってきます。熱帯の海のなかで最も海面水温が高いのは、黒潮の源流部である、西部熱帯太平洋。つまり、「世界で一番熱い海水」と「北半球で一番冷たい空気」が日本周辺で出会っています。
暖水の上に強烈な寒気が乗ると、水蒸気が大量に蒸発し、日本が世界一の豪雪地帯となるのです。人々が多く集まる集落を形成している地域のなかで、日本海側の平野部は世界で一番雪が降ります。人口20万人以上の都市では、青森市が世界一でしょうし、人口100万人以上の都市に限れば、札幌市が世界一です。
■寒いだけでは雪は降らない
海外には日本よりも圧倒的に雪が降る地域もありますが、多くは無人地帯や人口希薄地帯。実際、北東太平洋に面したカナダの山岳地帯や、南米のパタゴニアの降雪量は日本よりも多いです。日本の北、カムチャツカ半島も、カナダの山岳地帯にひけをとらないほどの豪雪地帯となっています。
これらの地域の特徴は3つ。高い山が海に迫っていること、冬期には海からの風がほぼ絶え間なく吹いていること、そして隣接する海面水温が陸地よりも圧倒的に暖かいこと。暖かい海と上空の冷たい寒気の双方が一緒に存在することが、山岳部を除く平地で雪がたくさん降るための条件です。
最北の北極点やシベリアの一番寒い地域は雪が多いイメージがあると思いますが、雪がたくさん降るには、雨と同じく水蒸気の存在が重要なのです。重要なことなので繰り返しますが、寒いだけでは雪は降りません。海面水温と上空の寒気、双方の温度差が大きいため、雪が降るのが日本です。
■黒潮海域の異常高温がもたらす影響
日本は、北極寒気が大きく南へ流れ、黒潮などの流れが強い海流が北に向かってやってきます。北極海氷減少による寒気分裂が起こって強烈寒気が間欠的にやってくる地域であり、世界の平均水温上昇速度の約2倍以上である黒潮海域を持つ日本は、ドカ雪が増え、降雪量で世界一を独走しているのです。
日本の降雪量を増加させる重要な要因がもう一つあります。それは、朝鮮半島の付け根にある、周囲の山に比べて際だって高い、白頭山を中心とした山脈の存在です。
冬に北西季節風がシベリアから吹くと、白頭山を中心とした山脈の下流、日本海北西部から日本列島まで、数百キロメートルにわたる帯状の雲域を形成します。極寒のシベリア大陸からの冷たい北風は、白頭山を中心とする山脈で二つに分かれ、日本海へ抜けた後に海上で合流。暖かい日本海の水蒸気を取り込むことで、帯状のひときわ強い雪雲が発達します。
この雪雲は「線状降雪帯」と呼ばれていて、際だったドカ雪が降ることになります(図表1)。
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立花 義裕(たちばな・よしひろ)
三重大学大学院生物資源学研究科教授
北海道大学理学部地球物理学科卒業。博士(理学)。ワシントン大学、海洋研究開発機構等を経て、2008年より現職。専門は気象学、気候力学。「羽鳥モーニングショー」を始め、ニュース番組にも多数出演し、異常気象の解説や気候危機をマスメディアで精力的に発信。
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(三重大学大学院生物資源学研究科教授 立花 義裕)