■日本郵政での不祥事が絶えない
日本郵政での相次ぐ不祥事の原因は何なのだろうか。郵便局・郵送事業子会社の日本郵便が6月25日、配達員の点呼を適切に行っていなかったとして国土交通省から処分された。
点呼の不備で、なぜトラックの使用停止なのか。実は、点呼では飲酒の有無などを確認する呼気検査などを行うことになっているのだが、3188カ所の郵便局のうち75%に当たる2391カ所で、適切に行われていなかったことが調査で判明したのだという。そのうえ、虚偽の点呼記録の作成なども明らかになった。
どうやら、郵便局のトラック運転手の中には、前日に深酒したり、乗務前に飲酒することが常態化し、それを誤魔化すために虚偽の記録作成まで行っている人もいた、ということのようなのだ。処分の後も、5月に全国の13支社のうち10支社の郵便局で29件の酒気帯び運転などが確認されたと日本郵便が公表している。
トラックが使用できなくなったことについて、日本郵便では処分対象外だった郵便局の軽車両などを使って輸送したり、大手運送会社に事業の一部を委託することで、配達には支障なく対応できるとしている。一方で、国交省はそうした軽車両でも不適切な点呼が行われていたのではないかと見て、調査を進めている。
■1000万人分もの名簿を不正にリスト化
日本郵便ではこの他にも不祥事が続いている。九州支社の期間雇用社員が配達すべき500個の荷物を、ゴミ置き場に廃棄していたとして7月1日付けで懲戒解雇されている。解雇された社員は「配達が面倒だった」と説明しているという。
昨年9月には、グループのかんぽ生命の保険商品を勧誘するために、ゆうちょ銀行の顧客のべ155万人分の情報を、顧客の同意なく不正にリスト化していたことが判明。
さらに2025年3月には、「一時払い終身保険」について保険業法の販売許可を得る前に顧客に勧誘を行っていたとして金融庁から報告徴求命令を受けている。
配達を委託する業者から不当な「違約金」を取っていたことも明らかになった。配送ミスやクレームに対して、十分な説明をせず不当に高額な違約金を徴収していた郵便局があったことが問題視され、公正取引委員会から下請法違反で指導を受けていたのだ。
■民営化されても「役所的な風土」が続いている
なぜ、これほどまでに不祥事が続くのか。ネットなどには、民営化によってサービスの質や職員のやる気が劣化したからだという意見も出ているが、それは郵政民営化に反対し続けている人たちの為にする意見だろう。
実際は逆で、「民営化」されて17年がたつものの、一向に民間企業らしい規律が働かず、事なかれ主義や、辻褄合わせ、責任回避のための虚偽報告など、役所的な風土が続いていることが原因と見るべきだろう。前述の顧客情報の流用問題が発覚したのは社員からの内部通報が端緒だったが、通報窓口が「問題なし」として握り潰し、新聞などで報道されるまで問題化しなかったとされる。
今回の顧客情報の流用問題や、不適切な点呼問題では、役員の処分が行われたが「減給」のみだった。千田哲也社長は株主総会で退任したものの、引責辞任するそぶりすら見せなかった。運送事業の許可取り消しで2500台ものトラックが5年間使えないという営業上の大問題にもかかわらず、トップの責任は厳しく問われない。民間企業では考えられないことだ。
■民間人トップ3人を排除
過去の不祥事では、「民営化」がその原因だとされ、民営化を揺り戻す材料にされた。2019年にかんぽ生命保険で不適切な保険販売が発覚、顧客情報の不正利用も問題になり金融庁から業務停止処分を受けた時のことだ。
その際は日本郵政グループの3社長が揃って辞任に追い込まれた。日本郵政の社長を追われた長門正貢氏はシティバンクの会長も務めた人物、かんぽ生命社長を辞任した植平光彦氏は東京海上ホールディングスの執行役員だった人だ。また、日本郵便の社長だった横山邦男氏は三井住友銀行の常務から日本郵便に転じた。
民間人トップ3人が揃って辞職に追い込まれた理由は、「民営化によって過剰なノルマが科されたことが不正販売につながった」というものだった。もちろん、民間の保険会社でも不正は起きるが、かんぽ生命のような大規模な不正は起きていない。起きれば会社の存続が危ぶまれる事態に追い込まれるだろう。ところが、それを「民営化」のせいにして民間人トップを排除したのだ。
結局、日本郵政は官僚出身で総務大臣も務めた増田寛也氏、かんぽ生命は旧郵政省(総務省)出身の千田哲也氏、日本郵便も同じく旧郵政省出身の衣川和秀氏が社長に就任した。不祥事を理由に郵政民営化の流れを逆流させ、再び総務省主導に変えることに成功していたのだ。
■逆風が吹き続けてきた郵政民営化
郵政民営化は2007年10月に日本郵政と、郵便事業、郵便局、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の4つの事業会社に分割して始められた。
ところが、全国に2万4000ある郵便局を維持することを求める郵便局長会や労働組合、郵政族議員などの抵抗もあり、郵政民営化には逆風が吹き続けてきた。2012年には郵便事業会社と郵便局会社が統合。日本郵便に再編された。民営化と言いながら、郵便局の統廃合は進まず、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の金融事業の利益から郵便局ネットワークを維持するための交付金を支出する体制が続いた。そんな中で出てきたのが、2019年の不祥事をきっかけにした民間人トップのパージだった。
それ以降も、民営化の逆戻りは続いている。2025年には、日本郵政が当面の間、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式保有を続けることが決まった。不適切点呼問題の真っ只中だった今年6月には、年間650億円の公的資金を郵便局ネットワークの維持に回す法案が、自民党を中心に国会に提出された。成立はしなかったものの、参議院選挙を控えて、自民党の集票マシンと言われる全国郵便局長会などに恩を売った形になった。
■JRは民営化されて生まれ変わった
自民党幹部のひとりは、「郵便事業を維持するには再国営化するしかない」と言い切る。大幅な値上げをしたにもかかわらず、郵便事業の赤字を抜本的に解消する道筋は見えない。
もうJRが国鉄だった時代を覚えている人は少ないだろうが、分割民営化されて、それまでとは比較にならないほどサービスが良くなり、値上げもなくなり、ストライキで電車が止まることもなくなった。民間企業になって競争が生まれたことが理由だったのは明らかだ。
日本郵便の場合、民営化とは言いながら、様々な規制を盾に民間事業者を信書配達などの郵便事業から事実上排除し、日本郵便の独占状態を築いてきた。郵便と競争する「メール便」などのサービスを大手運送会社が断念した途端、日本郵便は大幅な値上げを行った。独占事業は競争がないため、サービスが低下するだけでなく、職員の質が下がり不祥事が起きることに繋がりかねない。今の日本郵政グループの不祥事乱発の背景には、不完全な民営化があるのは明らかだろう。
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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
日本郵政での相次ぐ不祥事の原因は何なのだろうか。郵便局・郵送事業子会社の日本郵便が6月25日、配達員の点呼を適切に行っていなかったとして国土交通省から処分された。
貨物運送事業の許可を取り消され、トラックやバンなど約2500台の車両が5年間、配達に使用できなくなったのだ。
点呼の不備で、なぜトラックの使用停止なのか。実は、点呼では飲酒の有無などを確認する呼気検査などを行うことになっているのだが、3188カ所の郵便局のうち75%に当たる2391カ所で、適切に行われていなかったことが調査で判明したのだという。そのうえ、虚偽の点呼記録の作成なども明らかになった。
どうやら、郵便局のトラック運転手の中には、前日に深酒したり、乗務前に飲酒することが常態化し、それを誤魔化すために虚偽の記録作成まで行っている人もいた、ということのようなのだ。処分の後も、5月に全国の13支社のうち10支社の郵便局で29件の酒気帯び運転などが確認されたと日本郵便が公表している。
トラックが使用できなくなったことについて、日本郵便では処分対象外だった郵便局の軽車両などを使って輸送したり、大手運送会社に事業の一部を委託することで、配達には支障なく対応できるとしている。一方で、国交省はそうした軽車両でも不適切な点呼が行われていたのではないかと見て、調査を進めている。
■1000万人分もの名簿を不正にリスト化
日本郵便ではこの他にも不祥事が続いている。九州支社の期間雇用社員が配達すべき500個の荷物を、ゴミ置き場に廃棄していたとして7月1日付けで懲戒解雇されている。解雇された社員は「配達が面倒だった」と説明しているという。
昨年9月には、グループのかんぽ生命の保険商品を勧誘するために、ゆうちょ銀行の顧客のべ155万人分の情報を、顧客の同意なく不正にリスト化していたことが判明。
その後の調査で、不正にリスト化した名簿は1000万人分にのぼっていたことが明らかになった。
さらに2025年3月には、「一時払い終身保険」について保険業法の販売許可を得る前に顧客に勧誘を行っていたとして金融庁から報告徴求命令を受けている。
配達を委託する業者から不当な「違約金」を取っていたことも明らかになった。配送ミスやクレームに対して、十分な説明をせず不当に高額な違約金を徴収していた郵便局があったことが問題視され、公正取引委員会から下請法違反で指導を受けていたのだ。
■民営化されても「役所的な風土」が続いている
なぜ、これほどまでに不祥事が続くのか。ネットなどには、民営化によってサービスの質や職員のやる気が劣化したからだという意見も出ているが、それは郵政民営化に反対し続けている人たちの為にする意見だろう。
実際は逆で、「民営化」されて17年がたつものの、一向に民間企業らしい規律が働かず、事なかれ主義や、辻褄合わせ、責任回避のための虚偽報告など、役所的な風土が続いていることが原因と見るべきだろう。前述の顧客情報の流用問題が発覚したのは社員からの内部通報が端緒だったが、通報窓口が「問題なし」として握り潰し、新聞などで報道されるまで問題化しなかったとされる。
今回の顧客情報の流用問題や、不適切な点呼問題では、役員の処分が行われたが「減給」のみだった。千田哲也社長は株主総会で退任したものの、引責辞任するそぶりすら見せなかった。運送事業の許可取り消しで2500台ものトラックが5年間使えないという営業上の大問題にもかかわらず、トップの責任は厳しく問われない。民間企業では考えられないことだ。
■民間人トップ3人を排除
過去の不祥事では、「民営化」がその原因だとされ、民営化を揺り戻す材料にされた。2019年にかんぽ生命保険で不適切な保険販売が発覚、顧客情報の不正利用も問題になり金融庁から業務停止処分を受けた時のことだ。
その際は日本郵政グループの3社長が揃って辞任に追い込まれた。日本郵政の社長を追われた長門正貢氏はシティバンクの会長も務めた人物、かんぽ生命社長を辞任した植平光彦氏は東京海上ホールディングスの執行役員だった人だ。また、日本郵便の社長だった横山邦男氏は三井住友銀行の常務から日本郵便に転じた。
民間人トップ3人が揃って辞職に追い込まれた理由は、「民営化によって過剰なノルマが科されたことが不正販売につながった」というものだった。もちろん、民間の保険会社でも不正は起きるが、かんぽ生命のような大規模な不正は起きていない。起きれば会社の存続が危ぶまれる事態に追い込まれるだろう。ところが、それを「民営化」のせいにして民間人トップを排除したのだ。
結局、日本郵政は官僚出身で総務大臣も務めた増田寛也氏、かんぽ生命は旧郵政省(総務省)出身の千田哲也氏、日本郵便も同じく旧郵政省出身の衣川和秀氏が社長に就任した。不祥事を理由に郵政民営化の流れを逆流させ、再び総務省主導に変えることに成功していたのだ。
■逆風が吹き続けてきた郵政民営化
郵政民営化は2007年10月に日本郵政と、郵便事業、郵便局、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の4つの事業会社に分割して始められた。
民間の銀行や保険会社と競合するゆうちょ銀行とかんぽ生命は完全民営化する方針となり、日本郵政は早期に両者の株式を売却することが求められた。
ところが、全国に2万4000ある郵便局を維持することを求める郵便局長会や労働組合、郵政族議員などの抵抗もあり、郵政民営化には逆風が吹き続けてきた。2012年には郵便事業会社と郵便局会社が統合。日本郵便に再編された。民営化と言いながら、郵便局の統廃合は進まず、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の金融事業の利益から郵便局ネットワークを維持するための交付金を支出する体制が続いた。そんな中で出てきたのが、2019年の不祥事をきっかけにした民間人トップのパージだった。
それ以降も、民営化の逆戻りは続いている。2025年には、日本郵政が当面の間、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式保有を続けることが決まった。不適切点呼問題の真っ只中だった今年6月には、年間650億円の公的資金を郵便局ネットワークの維持に回す法案が、自民党を中心に国会に提出された。成立はしなかったものの、参議院選挙を控えて、自民党の集票マシンと言われる全国郵便局長会などに恩を売った形になった。
■JRは民営化されて生まれ変わった
自民党幹部のひとりは、「郵便事業を維持するには再国営化するしかない」と言い切る。大幅な値上げをしたにもかかわらず、郵便事業の赤字を抜本的に解消する道筋は見えない。
国の資金投入が実現すれば、「親方日の丸」の体質がさらに強化され、民間企業並みの効率化やサービス向上は望めなくなるだろう。
もうJRが国鉄だった時代を覚えている人は少ないだろうが、分割民営化されて、それまでとは比較にならないほどサービスが良くなり、値上げもなくなり、ストライキで電車が止まることもなくなった。民間企業になって競争が生まれたことが理由だったのは明らかだ。
日本郵便の場合、民営化とは言いながら、様々な規制を盾に民間事業者を信書配達などの郵便事業から事実上排除し、日本郵便の独占状態を築いてきた。郵便と競争する「メール便」などのサービスを大手運送会社が断念した途端、日本郵便は大幅な値上げを行った。独占事業は競争がないため、サービスが低下するだけでなく、職員の質が下がり不祥事が起きることに繋がりかねない。今の日本郵政グループの不祥事乱発の背景には、不完全な民営化があるのは明らかだろう。
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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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