高齢ドライバーの暴走事故はなぜ無くならないのか。医師の和田秀樹さんは「テレビ局を始めとするマスメディアは、すぐに年齢のせいにして事故原因に迫ろうとしない。
薬の副作用を検討すらしない姿勢は問題がある」という――。
※本稿は、和田秀樹『幸齢党宣言』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■高齢者ドライバー事故原因を調査すべき
実は、これまでも述べてきたように、高齢者の交通事故については、ふだん暴走をしない人が赤信号を二つも無視するような暴走をするという場合、意識障害を起こしている可能性が高いと私は考えています。
しかしテレビ局を始めとするマスメディアは、すぐに年齢のせいにして、事故原因の解明などほとんど行いませんでした。
池袋の事故の公判では、被告がパーキンソン病の治療を受けていることが明らかになりましたが、テレビでは、医師がパーキンソン病で足が突っ張って、アクセルを踏み続けていたのだろうと、私の医師としての治療実感ではめったに起こらないコメントを出していました。
いっぽうで、パーキンソン病の治療薬は、幻覚妄想などの副作用を起こしやすいという、通常の医師が考える可能性はまったく触れられませんでした。
池袋や福島の事故について、私が絶対に意識障害だとか、薬の副作用だと断じるつもりはありませんが、その可能性を検討しないのも逆に異常なことだと思います。
■米国調査では人身事故の8割で「運転障害薬」を服用
いっぽうで、アメリカでは10年間にわたって12万人以上の高齢者による人身事故を調べたところ、その8割が運転障害薬に分類される薬を飲んでいたことが明らかにされました。
この論文の主旨 は、事故の原因が薬によるものという主張ではなく、アメリカ道路交通安全局が、薬の危険性を強調してきたのに、事故を起こした高齢者がほとんど薬をやめていなかったという残念な結果を伝えるものですが、ここに二つの点で日本との違いを感じます。
一つはアメリカの道路交通安全局は、薬をやめるべきという警告は出していますが、高齢者に運転をやめろとは言っていないことです。
もう一つは、高齢者の事故について、高齢のためと短絡的に断じるのでなく、原因をきちんと科学的に調査をしようという姿勢がみられることです。
■高齢者の運転が危ない統計上の根拠はない
日本のテレビ・マスコミは、不自然な事故なのに、原因を究明しようとせず、被害者遺族の悲痛な声を通じて、高齢者の運転が危ない、高齢者は免許返納をと、感情に訴える形で、事故を高齢のせいだと断じました。

被害者遺族の方々は本当にお気の毒です。ただ被害者遺族は、統計数字に当たっているわけでもなく、専門家でもないのですから、事故原因を断じる立場にはないことも確かです。
たとえば女性のドライバーに家族をはね殺された被害者遺族が「女性の運転が危ない」「女性は免許を返納しろ」と言っても、どのマスコミも取り上げないでしょう。あるいは、外国人ドライバーに身内を殺された人がいても、外国人には運転させるなという話にはならないでしょう。
それが高齢者に対しては許されているのです。高齢者の運転が危ないという統計上の根拠はありません。
確かに75歳以上の高齢者は死亡事故が多いのですが、これも「はじめに」でも書いたように不自然な車両単独事故が多いからです。
運転が下手になったのなら、一般の事故が高齢者に増えるはずなのに、これについては若者のほうがずっと多いのです。
いずれにせよ、前述のアメリカの論文は、JAMAというアメリカでもっともポピュラーな医学雑誌に掲載されたのに、日本のマスコミはまったく取り上げませんでした。
アメリカと比べて、日本のほうがずっと高齢者が薬を飲んでいるので、高齢者の交通事故に対する薬がらみの割合は、日本のほうが多いはずです。
それを考えると、薬を飲んでいない高齢者については、若い世代と比べてむしろ事故が少ない可能性があるのです。
高齢者に事故を起こさせたくないのなら、薬についてちゃんと調べるべきであって、年齢のほうは統計的にみるとほとんど関係ないというのは、日本でも調べればわかると思います。

■スポンサーへの忖度が働いているのではないか
日本の長期不況の中で、テレビ局はスポンサー集めが困難になり、昔はやらなかった(禁止というより自主規制でしょう)消費者金融やパチンコのCMが増えてきました。
依存症のことを考えると、これは危険なことです。
しかしそれほどまでに、テレビ局はスポンサーが欲しいという状況なのでしょう。
最近ではネット広告に力を入れる会社が増えて、さらにスポンサーを集めないといけない状態になっているそうです。
その中で、製薬会社は、重要なスポンサーと言っていいでしょう。
本来、処方薬は医師が出すものなので、広告を出しても売り上げが増えるものではありません。
それでも、ワクチンのCMは積極的に流されました。
薬物の運転への危険というのは、特定の会社の批判ではないのですが、薬全体のイメージを悪くするので嫌われるのでしょう。
ただ、私は、露骨な圧力を製薬会社がかけたとは思っていません。
製薬会社を怒らせてはまずいという、忖度のようなものが働いていたのではないかと思うのです。現在は、テレビCMを減らして(あるいは、やめて)ネット広告に移行するという選択肢があるわけですから、なおのこと忖度が強まっているのでしょう。
こんなことでは、薬物の害に対して、正しい情報が広まりません。
とくに本来薬をたくさん飲まされて、危険性が高い高齢者に、情報が広まらないのです。
そして、害を知らないために薬をあれこれと飲まされて、副作用も増えるうえに、保険医療費が無駄に使われ、現役世代の手取りが減るのです。
要するにテレビ局の社員の年収1500万円を守るために、高齢者はヨボヨボにされ、現役世代の手取りが減るのです。
こんなことが許されていいわけがありません。
■報道が遅れた紅麹サプリ死亡事件
小林製薬が紅麴サプリで多数の人の命を奪ったことが記憶に新しいですが、このサプリにしても、もともと2023年の秋ぐらいから健康被害が出ていたのに、厚生労働省が動くまで、テレビではまったくそれが報じられることはありませんでした。これも、小林製薬がテレビ局の大スポンサーだからでしょう。
ついでにいうと、この紅麴の腎機能障害の副作用は、海外では以前から問題視されていて、スイスでは販売が違法ということになっています。
私自身は以前医療監修を務めた、小林製薬がスポンサーのテレビドラマで、「薬ばかり使う精神科医に対して、心のケアを行う医師のほうが患者を救うという内容にしよう」としたら、薬の批判は許さないというような形でこの会社から干渉を受けた経験があります。小林製薬が、テレビ局に圧力をかけかねない会社だという印象はもっていました。
私の体験はともかく、公共性が求められるテレビ放送は、人が死ぬような被害が出ているのであれば、なるべく迅速に報じるのがモラルなのに、それがなされないことには強い違和感を覚えます。
■高齢者ほど薬の副作用は長く出やすい
また、小林製薬は死者数が5人と公表してきましたが、これも小林製薬側の独断で死者数の更新がまったくなされておらず、厚労省が再度問い合わせてやっと新たに81人の死者が判明したという、信じられないような対応をしてきたことも明らかになっています。
薬害の被害というのは、早く知られるほど、人の死を防げるという認識をテレビ局にもってほしいのに、こんなに忖度をすることは許されることではありません。
そして、高齢者が大事故を起こしたら、それを年齢のせいだと即断して、薬の危険性を考えさせないようにしているのも、テレビ局の陰謀なのではないかと疑ってしまいます。
それによって、要介護高齢者がどんなに増え、高齢者の移動の自由が奪われても、スポンサーのほうを向いて、自分たちの高額年収を守ろうとする。
こういうテレビ局などのマスコミが変わらない限り、無駄な医療費が使い続けられ、高齢者の健康が守られないことは知っていただきたいのです。
実は高齢者ほど、薬の副作用が生じやすいことはさまざまな調査研究で明らかになっています。
一つには、薬は服用後一定の時間で、血中の濃度がピークに達するのですが、それが肝臓で分解され、腎臓から排出されることで、その濃度が落ちていきます。
濃度が半分になるまでの時間が、血中濃度の半減期というのですが、高齢者は肝臓の機能も落ちるし、腎臓の機能も落ちるので、薬が血中にたまりやすいのです。つまり半減期が延びるのです。
なので、若いころは一日3回飲んでいた薬が、歳をとると2回とか1回でよくなる可能性があります。
少なくとも3回きちんと飲んでいると、薬が身体にたまって思わぬ副作用が出ることがあります。突然、意識障害を起こすのもそれが原因の場合もあるのです。
薬と副作用の研究もきちんとやってほしいのですが、このような当たり前の事実が、テレビで(高齢者には、インターネット情報に接することができない人が多いので)わかりやすく伝わるべきだと思います。現状ではそれはとても望めません。

■薬害について報道せよ
あれこれと身体に悪いものを取り上げるくせに、いちばん身体に危険が大きい薬についてはほとんど論じないこともあまりに不自然です。
たとえば大騒ぎになったPFASという有機フッ素化合物は血液検査で異常をきたすことがあるのですが、いまだにPFAS曝露が直接的な原因と判断された健康被害は日本では確認されていません(2024年11月現在)。
それであれだけ大騒ぎになるのですが、薬の場合、5%程度の副作用が出るものはかなりの数であります。
前述のように、高齢者が5剤以上併用すると転倒の確率は4割にも達してしまいます。もちろん、日本でも薬害や副作用についての研究はもっと進めていかないといけませんが、日本で十分な研究がない間は、海外の情報でも日本人は知っておくに越したことはありません。
紹介してきたさまざまな調査研究が、海外の一流の医学雑誌(大学の医学部の先生なら読んでいないなら不勉強ということになります)に公開されているのに、それをテレビや、テレビに出る一流の(実はテレビ局のディレクターやプロデューサーに気に入られているだけの人が多いのですが)医師、コメンテーターが一切報じないのは、異常事態です。
上記の理由からも、製薬会社のテレビCMは禁止すべきなのです。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。
一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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