■125機以上が連携した緻密な作戦の全貌
アメリカのドナルド・トランプ大統領は6月21日、米軍が地下貫通弾を用い、イランにある3カ所の地下核施設を攻撃したと発表した。損傷の程度については見方が分かれているものの、英BBCによると米中央情報局(CIA)のジョン・ラトクリフ長官は6月24日、核施設に「深刻なダメージ」を与えたと表明している。
空爆はイラン現地時間21日深夜2時、作戦名「ミッドナイト・ハンマー」のもと決行された。必須条件は、イランの防空システムが反応する前に、首都テヘランの南方に分散配置されている3つの核施設を同時攻撃すること。現代戦争史上、まれに見る規模と緻密連携を要する作戦だった。
そのために米軍は、大量の軍用機を投入している。米CNNは、太平洋と大西洋の両方向へ発った複数の爆撃機、戦闘機、偵察機、給油機など、125機以上の航空機が攻撃に使用されたと報じている。
なかでも作戦の中核を担ったのが、7機のB-2ステルス爆撃機だ。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、ミズーリ州の米軍基地から片道18時間かけてイランへ飛行した後、現地時間午前2時10分からのわずか25分間で、ナタンズの核施設とその緊急対応拠点であるフォルドの施設に、計14発の巨大貫通爆弾を投下した。
また、B-2がイラン領空に侵入する1分前、中東に配備されているアメリカ潜水艦が24発以上のトマホーク巡航ミサイルを、中部イスファハンに位置する3つ目の核施設に向けて発射した。米ワシントンポスト紙は、親米派のイラン政権が1979年に崩壊して以来、アメリカ軍による初の大規模なイラン本土攻撃になったと指摘している。
■1機3000億円超、最高レベルのステルス性能
今回のミッドナイト・ハンマー作戦では、天然の要塞に守られ地下深くに位置する核施設を攻撃する必要があった。そのためB-2は、類を見ない大型の爆弾を装備した。
標的のフォルドー核施設は、山の地下約75~90メートルに位置する。仮に建物であれば、地下19階~23階という想像を絶する深さであり、通常の兵器では到達不可能だった。
そこで今回搭載されたのが、GBU-57大型貫通爆弾(MOP、通称バンカーバスター)だ。重量3万ポンド(約13.6トン)となっており、米公共ラジオ放送のNPRによると、この巨大な爆弾を運搬できるのはアメリカ軍機の中でもB-2ステルス爆撃機だけだ。B-2は過去の作戦で、最大2000ポンドまでの爆弾を搭載した実績がある。今回使用された爆弾は、実にその15倍の規模だ。
調達に21億ドル(約3000億円)を投じただけあって、B-2の機体は3万ポンドの爆弾を2発搭載してなお、空中給油を受けながら片道18時間の無着陸飛行が可能だった。また、イランの防空レーダーをかいくぐるステルス性能も申し分ない。イスラエル・エルサレムポスト紙はB-2のステルス性能の高さを強調し、そのレーダーシグネチャー(機体が反射するレーダーの電波の強度)は鳥と同じくらい小さいと解説している。
■太平洋へ発った編隊は完全なおとりだった
だが、最新のステルス性能を誇るB-2にも、大きな弱点があった。あらゆる情報が筒抜けになるインターネットの存在だ。
航空ファン向けに一般公開されている無料サイトを覗くだけで、どのような航空機がどの方角へ向かっているか、地図上で一目瞭然に表示される。米軍がイランへの奇襲を成功させるには、世界の目をまったく別の方向へと逸らす必要があった。
作戦決行の直前、アメリカの西方、太平洋上空。ここへ向けて米本土から爆撃機群が発進し、航空機の追跡を趣味とする熱心な愛好家たちに発見された。騒ぎは大きくなり、ニュース媒体にも正式に報道される騒動となった。
だが、これら爆撃機はすべて、ミッドナイト・ハンマーから世間の目を欺くために用意されたおとりの編成だった。本隊である7機のB-2は騒ぎに乗じ、真反対の東方・大西洋へと出撃。欧州とアフリカ大陸の間に横たわる地中海洋上を悠々と抜け、イラン上空に秘密裏に到達した。豪ABCニュースは、ミッドナイト・ハンマーは「欺きと秘密に包まれた」作戦だったと表現している。
完璧ともいえる欺瞞計画に、プロの軍事専門家すらすっかり騙されたという。
しかし、完璧な作戦にも想定外のアクシデントがあった。米軍事情報メディアのウォー・ゾーンは、おとりとして太平洋を飛んでいたB-2のうち1機が、ハワイのホノルルに緊急着陸したと報じている。21億ドルの最新鋭機が、偽の任務の途中で故障し、少なくとも作戦から4日後の時点でもハワイで立ち往生しているという。
それでも作戦は成功を収めた。おとりは1機減ったが、世界の目は最後まで太平洋に釘付けだった。
■まるでキャンピングカーのような機内設備
イランへ飛んだ7機のB-2本隊は、ミッションを決行した。大西洋を横切る長時間の作戦となったが、特殊な機内環境によって実現している。
戦闘機は通常、2~3時間程度の任務を前提として設計される。しかし、都合37時間の飛行任務となれば、まったく別の装備が必要だ。ニューヨーク・タイムズ紙によると、B-2のコックピットにはトイレ、電子レンジ、そしてパイロットが自分で持参した食べ物を入れるための発泡スチロール製クーラーボックス2つなど、戦闘機というよりはキャンピングカーにも似た設備が備わる。
機内の電子レンジを使えば温かいスナックも頬張ることができる。
この指摘は正確なようだ。2001年にB-2で44時間飛行し、現在でも最長記録を保持しているメルビン・G・ディール退役大佐は、CNNにミッションの実体験を告白。サンドイッチやその他の軽食を持参したまでは良かったが、任務への緊張が災いし、食欲はいっさい湧かなかったという。
豪ABCニュースの取材に応じたバシャム元空軍中将は、努めて当たり障りのない食べ物を持参し、機上の長旅でも胃が荒れないようにしたと自身の体験を語る。極度の緊張下にあるだけに、食事を楽しむ余裕はさすがにないようだ。
■トイレ問題を解決する原始的な方法
食事と並ぶもう一つの課題が、トイレ問題だ。
与圧された機内では乾燥した空気により脱水状態となりやすく、パイロットは1時間にペットボトル1本のペースで水を飲む必要がある。そのため、44時間の飛行記録を持つディール氏は豪ABCに対し、飛行中は1時間に1回ほどと、ごく頻繁に機内で小用を足さなければならなかったと話す。
しかし問題があった。CNNによるとB-2の化学トイレは、44時間分の尿を溜めておけるほどの処理能力がないのだ。
そこで使われるのが「ピドルパック」だ。猫砂が入った密閉袋のようなもので、砂に見える化学成分が尿と結合してジェル状になり、漏れない仕組みになっている。ディール氏と同僚パイロットは、44時間の飛行中に排尿のたびにこの袋を使用し、結果として80個のピドルパックが機内に溜まったという。
また、大をする際には機内の化学トイレを使うことになるが、こちらにも課題があった。B-2は1機あたり2人のパイロットが搭乗するが、パイロットの座席とトイレの間には仕切りがない。元パイロットはCNNに、唯一プライバシーを確保する手段は、相手が目をそらすことだけだったと語っている。
■数少ない実戦経験、パイトットたちのその後は…
こうした生理現象との闘いから、最新鋭のステルス爆撃機を操るパイロットたちであれ、一人の人間であることが垣間見える。ミッション完了後、私生活への急激な回帰も、彼らの人間味を物語るエピソードのひとつだ。
米アトランティック誌は、2017年のリビア爆撃作戦を指揮したコードネーム「スキャッター」と呼ばれるパイロットのケースを紹介している。任務を終えた彼らを基地で待っていたのは、空軍の映画撮影班と、基地に勤める大佐の半数が揃う熱烈な歓迎だったという。たくさんのステーキと卵、そしてビールが振る舞われた。
しかし、英雄でいられる時間はそう長くない。
1999年のコソボ爆撃から帰還したバシャム氏も、私生活への急激な転換を振り返る。豪ABCニュースに語ったところでは、31時間の任務から帰宅した後、まだ朝の9時だというのにビールを開け、リクライニングチェアに座ってテレビを見ながら身体を休めたという。しかし同じ日の午後になると、彼を待っていたのは庭の「芝刈り当番」だった。日が沈む頃には、彼はすっかり通常の生活に戻っていた。
■大規模な作戦を一人一人の人間が支えている
今回のミッドナイト・ハンマーによる攻撃は、1979年のイラン革命以来、アメリカ軍機がイラン本土の標的を直接爆撃した初めての事例となった。
37時間という人間の限界に挑戦するかのような任務時間、3万ポンドという前代未聞の爆弾、そして太平洋と大西洋を舞台に使った壮大なおとり作戦。これらすべてが組み合わさり、核施設を少なくとも部分的に破壊するに至った。
作戦は、最新鋭の軍用機による優位性はもちろんのこと、限界に挑戦する人間の精神によって結実した。機上で人間の生活を支える設備の数々や、パイロットの生理現象との闘い、帰宅後すぐに親としての役割をこなすエピソードがどれも、一人一人の人間が作戦を支えている事実を改めて認識させるかのようだ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)