退職代行を使う20代が増えている。キャリアコンサルタントの上田晶美さんは「直接退職を伝えるのが無理なら、なぜ電話で伝えられないのかと思うかもしれない。
だが、今の若者にとって電話すら非常に勇気がいる作業なのだ」という――。
■若手の退職で人間不信に
「『これが退職代行か!』とびっくりしました。昨日まで順調に研修を受けていたと思っていたのに、こんな形で辞めるなんて」
と言うのは、あるメーカーの40代の人事Aさん。
今年5月に新入社員研修が終わってほんの2日後のことだったそうだ。
「今年、約40人がなんとか入社してくれて一安心したんです。採用予定者数を充足させることは私の社内査定にもつながりますから。その後の研修期間にも細心の気を配ってきたつもりなのに……。
それも退職代行に頼んでくるなんて。何がいけなかったのか、理由を知りたいですよ。代行を頼まれては、一切連絡が取れないわけです。これではこちらが人間不信、というか、病んでしまいそうですよ」
新入社員が1カ月あまりで退職代行を利用して去っていった衝撃は大きかったようだ。
昨今、利用者が増えてきたと言われる「退職代行」。
マイナビインターネット調査によれば、2024年の20代の退職者の5人に1人が利用しているという。
退職代行という仕事が出現した当初は、「心身が病み、電話もかけられない状態」の人が使うのかと思ったが、今やそうともいえないようだ。
■ミドル世代との間にある認知の壁
むろん退職代行を頼むには費用がかかる。約2万円といわれているが、ミドル世代にとっては「電話をかければ済むことなのに、そのために2万円を使うのか?」と余計に理解不能というわけだ。
だが若手からすれば、「2万円ですむなら代行を頼みたい」という事案ということ。これが若手とミドル世代とのすれ違い、認知の壁なのであろう。
職場でパワハラやセクハラがあるのであれば、緊急避難の必要性が生じる。とても言い出せる健康状態ではなくなっているのなら仕方ない。そうであれば、代行業者を使うのもやむなしである。
だが、例の新人はそういうパワハラの緊急避難的な例とは違うように見受けられる。人事担当は優しく思いやりにあふれている気がする。とてもパワハラがあるとは思えない。
なのになぜ退職代行を使うのか?
■退職代行を頼む大きな理由
「退職代行」についての良し悪しを長々とここで論ずるつもりはない。ただ、人事担当にしてみれば、「一言言ってほしかった。話がしたかった。せめてメールでいいから」という思いは当然である。
しかし、「メールならば簡単」は思い違いだ。彼、彼女らは「メールをしたら電話がかかってくるだろう」と予測する。
私は約15年間大学の講師をしているが、大学生が「“面と向かって”電話する」と言っているのを聞いたことがある。若者にとって電話はかなりダイレクトなものなのだ。
電話が苦手。これは退職代行を頼む大きな理由のひとつであろう。
「たかが電話ではないか。たとえ電話口で怒鳴られても、なんの危害を被るものではない。
殴られたりはしないのだから、気分を害するくらいどうってことはないのでは」
そう考えるのはミドル世代である。さまざまな電話を受けた経験のあるミドル世代にとっては、多少のクレームはたいしたことはないと思えるが、今の若者には相手の怒りがこもった電話を受けた経験がほとんどない。
10年前であれば、少しずつ電話で怒鳴られる経験も積んで次第に平気になっていったものだが、今はそれはない。電話は仕事の通信手段として、かなり後ろの方の選択肢になってきた。
■若者が電話を嫌う理由
これは私の推量だが、若者が電話を嫌う理由は以下の3つと考えられる
1.相手の時間を奪うマナー違反である
2.内容の証拠が残らないので、齟齬が生まれるのではないか(メールなどの方が証拠が残って安心)
3.そもそも電話を使った経験が少ないので、使いたくない

私は新入社員研修の講師を各社で担当するが、会社側からは「電話に出られるように訓練してください」とよく頼まれる。新入社員には、会社の代表電話を取り、人前で電話に出るのはかなり勇気のいることになっている。
ましてや退職の連絡である。直接は当然として電話で思いを伝えるのも、若者にとってかなり億劫で面倒なことなのだ。退職代行を頼む際、「(元の会社に対し)電話は一切しないでください」と宣言し、退職後に電話番号を変えることもあるらしい。
■「いい人」だから
ブラック企業は別として、そもそも直接話すことがなぜそんなに難しいのか。
ひとつには彼らの価値観や社会経験を踏まえると、自分から言い出すことへのハードルが非常に高くなっている点がある。
本来、社内に若手が「本音で話せる上司」や「悩みを聞いてくれる先輩」に恵まれていれば、社内で関係性を築き、問題を共有することができたはずだ。
しかし、上司側もプレイングマネージャーとして多忙で余裕がなく、「雑談のように相談できる時間」が極端に減っている。
リモートワークが増えた職場では、ちょっとした立ち話もなく、仕事のやり取りがすべて効率化される中で、心の距離も遠のいてしまっているかもしれない。
また「いい人だから」という点も考えられる。
突然の退職を、お世話になってきた人事には言えないという心理があるのかもしれない。かえって「先輩は良い人だから、裏切ることができない。申し訳ない」という思いがあり、気まずい退職のやり取りを避けるために頼んだということも考えられる。この気まずさを避けるための2万円なのだろう。
退職代行の業者には電話で本音を伝えているのに……と感じるかもしれないが、彼らにとってそこは本音を言っても怒られない数少ない場所なのだろう。
■そもそも退職=悪なのか
退職代行の流行は、今の若者を表す象徴的な出来事と言える。では、そんな若者が去っていく職場にならないためにはどうすればいいのか。それを考える前に、そもそも、「会社を辞める」という行為について考えたい。
「この職場でなら自分の成長が実感できる」「相談できる大人がいる」「失敗しても受け止めてもらえる」という心理的安全性のある環境が欠かせない。

かつては、早期離職を「忍耐力が足りない」と否定的に捉える風潮が強かった。しかし今は、働く人の価値観が多様化しており、「自分に合わない環境から早く離れる」「時間をムダにしない」といった前向きな動きとして離職を捉える見方もある。キャリア自律である。
もちろん、辞めるまでに対話のチャンスがなかった、相談すらできなかった、という事実があるならば、企業側にも見直すべき点はある。しかし、個人のキャリア選択を尊重し、「またご縁があれば」と送り出すことが、これからの時代の成熟した企業のあり方なのではないか。
近年注目されているのが「アルムナイ採用(出戻り採用)」というシステムだ。一度辞めた社員が、経験を積んで戻ってくる――そのサイクルを自然なものと捉える企業が出てきている。外資系企業では以前から定着していたこの考え方が、日本企業でも徐々に根付きつつある。
■若者が嫌がる「ゆるブラック企業」
たとえば、「転職して外の世界を見てきたことで、今の会社の良さに気づいた」「キャリアの方向性が合うようになった」という理由で、再び戻ってくる人もいる。これは人材の流動性が高い現代だからこそ起こる現象であり、企業側もそれを前提とした設計にシフトする必要があるかもしれない。
重要なのは、辞めたことを咎めるのではなく、「いったん離れた人も歓迎できる風土」を育てること。これは会社のカルチャーや人事戦略そのものを問われる視点でもある。

一方で、最近話題の「ゆるブラック企業」にも注目したい。
表面上は残業も少なく、人間関係も悪くない。しかし、成長の機会が与えられない、評価制度があいまい、業務にやりがいが感じられない――そんな職場が「ゆるブラック」と呼ばれている。
このような職場では、特に意識の高い若者が早々に見切りをつけてしまう。楽ではあるが、成長が感じられない、未来が見えない、というのは「表面的なホワイト」にすぎず、若手の離職につながる。
つまり、ハードすぎるブラックも、ぬるすぎるゆるブラックも、どちらも「選ばれない職場」になりうるのだ。
■若手の定着率が高い会社の特徴
本題に戻ろう。「若者が去らない職場」「戻ってきたくなる職場」とはどんな場所だろうか。
第一に、心理的安全性が確保されていること。日々の雑談や非公式な対話を通じて「ちょっとした不満」を表現できる空気がある職場は、離職を防ぐ力がある。
第二に、成長実感のある環境。若手は「この仕事が自分のスキルにつながる」「キャリアに役立つ」と思えないと、早々に見切りをつけてしまう。指示命令だけではなく、「この経験は将来こう役立つ」と伝えることが重要だ。
第三に、キャリアの柔軟性を受け入れる職場文化。副業や社外活動、社内公募制度など、「自分のキャリアを主体的に考えられる仕組み」があることで、若手の定着率は高まる。
そして、これも気を配りたいのは「辞めるときの対応」だ。どれほど優秀な人材でも、人生のタイミングや価値観の変化で辞めることはある。そのときに、「応援するよ」と送り出せる上司や会社は、信頼される。今後も関係性を築いていけるというものだ。
退職代行の利用や早期離職、そして「ゆるブラック」への違和感は、すべて若者の「本音」として企業が受け止めるべきサインである。若者を研修で変えていくという意識よりも、ミドル世代のこちらが変わるべき時かもしれない。
「辞める=終わり」ではない。むしろ「辞めても信頼される企業」「今後も取引したい会社」「戻ってきたくなる職場」こそが、今後選ばれる職場である。
厳しすぎても、緩すぎてもNG。若者が「ここでなら成長できる」「安心して話ができる」と思える職場づくりが、最も強い定着と循環を生む鍵となる。
少子化人口減少とともに人材の流動性が高まる中、企業は「出入りのしやすさ」と「再び戻ってきたくなる魅力」の両方を備えておくことが求められている。

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上田 晶美(うえだ・あけみ)

ハナマルキャリア総合研究所代表取締役

日本初のキャリアコンサルタント。企業研修の実施、女性のキャリア、学生の就活を応援し、これまで約2万人にアドバイス。メディア出演多数。著書に『ちょっと待ったその就活!~就活前に考えておきたい「大学生のキャリアデザイン」』ほか。

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(ハナマルキャリア総合研究所代表取締役 上田 晶美)
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