2025年の夏ドラマが始まった。昨今のドラマ人気度はテレビ放映時の視聴率だけでなく、ネットでの見逃し配信の再生数なども加味されて測られる。
次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんは「TBSの『初恋DOGs』は日本国内だけでなく、世界の視聴者をターゲットにしており、同局の動向には総務省も注目している」という――。
■TBS『初恋DOGs』…視聴率は凡庸だが業界が動向を注視するワケ
2025年の夏クール開始初日に、日本のドラマ史上に名を刻むかもしれないドラマが始まった。TBS『初恋DOGs』(火曜22時)、愛犬同士(豆柴、ミニチュアゴールデンドゥードル)の一目ぼれから始まる飼い主によるラブストーリーだ。
同作はTBSと韓国のスタジオが共同制作し、放送前から世界展開が決まっていた。いま広告収入減に苦しむテレビ局は新たなビジネス展開、儲けの種を模索しており、TBSの同作はまさにそれに先駆けたトライアル番組だ。
主演は、愛を信じない「クールな弁護士」を演じる清原果耶。そして、動物しか愛せない「こじらせ獣医」に扮する成田凌。2人は愛犬たちの“初恋”をきっかけに急接近するが、そこに、日本ドラマ初出演であるナ・イヌ演じる韓国財閥の「ワケアリ御曹司」が絡むというラブストーリーだ。
7月1日の初回の視聴率は凡庸だった。個人全体の3.3%は、直近の火曜22時枠の10作の初回と比べても低い。テレビをリアルタイムで視聴する人は近年減り続けており、プライムタイム帯(19~23時)のPUT(総個人視聴率)は、2022年度から24年度で15%縮小している。同作の初回も、残念ながらその流れには抗し切れていない。

■韓国人気俳優ナ・イヌに早くも沼る女性たち
それでもターゲット層の数字は悪くない。TBSは昨年10月の番組改編説明会で、LTV4-59(Leveraged Timeless Value)を新指標とした。これは4歳から59歳の個人視聴率を指すが、2030年に最大ボリューム層となる「団塊ジュニア世代と20代の子ども」が同居する家庭をターゲットにしたのである。この指標でみると、そこそこ健闘している。
特定層の視聴率を分析すると、健闘ぶりはより浮き彫りになる。LTV4-59の中でも18~29歳の子どもと同居する40~50代の数字は、過去10作の中位に入る。局の狙いは当たっている。
愛犬が先に恋に落ち、それが飼い主の男女に影響を与える展開は、従来のドラマにない。しかも二人とも恋愛との距離があるという設定。ありそうでなかった斬新な切り口は、「ドラマ好き」属性の視聴率が跳ねていることを見ても、興味深く受け入れられたかもしれない。もちろん、犬が重要な役割を担うだけに、「愛犬家」属性の視聴率が急伸したのは言うまでもなく、韓国人俳優ナ・イヌに早くも沼る女性たちもいるようだ。
■縦にスクロールして読む韓国のデジタル漫画Webtoonが原作
このドラマのユニークさは切り口だけでなく、番組づくりの仕方にもある。
TBSは2年前に、韓国「NAVER Webtoon」などとともに、制作会社「Studio TooN」を設立。同社はドラマ原案となる『初恋DOGs』(文・コンテ:BOHYEON、作画:MUNSSEONI、LINEマンガ連載中)を配信した。
TBSの狙いは、わが国の主要テレビ局に先駆けてWebtoonの世界に進出することだ。Webtoonとは、スマートフォンで縦にスクロールして読む韓国のデジタル漫画だ。近年の韓国ドラマの原作として主流となっている。
日本のドラマの原作の大半は漫画や小説であり、作家の代わりに出版社が、テレビ局との折衝や権利をコントロールすることが多い。そのため、テレビ局側はヒットする原作の選択肢が限られる。さらには、日テレ『セクシー田中さん』の問題でわかったように、漫画原作のドラマ化をめぐってはテレビ側のかじ取りには極めてデリケートさが求められる。
そうした背景もあり、TBSはここのところ日曜劇場の『VIVANT』などオリジナル脚本のドラマを増やしてきた。しかし、ゼロから物語を作り上げるのは時間とコストがかかり、量産するには限界がある。そこで映像化に柔軟性があり、物語を自由に改編でき、制作サイクルも速く、ドラマ化でヒットの可能性が高いタイトルを入手しやすいとされる韓国のWebtoonに着目したのである。
『梨泰院クラス』、『キム秘書は一体なぜ』、『女神降臨』……Netflixなどで映像化され世界で大ヒットした作品もそうである。
Webtoonは最初から海外読者を想定している。“ジャンル混合”や“2~3の言語対応”などで、脚本化する際にもローカル色を残しつつ、普遍的モチーフに仕上げやすい点もブレークの前提になっている。
■お手本は「韓国」…狙いは世界展開でのマネタイズ
『初恋DOGs』もWebtoonの連載準備段階から、TBSがドラマ化を前提に原案開発をしてきた。加えて制作も珍しい体制をとった。資金と撮影基盤はTBSが用意したが、韓国側がプロデューサーと監督を担当する越境委員会方式とした。
狙いは、世界で支持される韓国方式を勉強すること。同時に世界展開も最初から織り込んだ。すでに韓国と世界での配信が決まっているが、大きな挑戦と言えよう。
世界配信する上で重要となるのが、IP(知的財産)を独自に保有できるか否かだ。一般的に、漫画原作のドラマを日本で大ヒットさせ、その後に海外で現地版が制作された場合でも、日本のテレビ局には権利が残らない。映像化は二次利用に過ぎず、海外現地版の制作ではIPを主張できないのである。
一方、Webtoonは分業体制で制作されているために会社に原作権が残る。
そこに出資しているTBSも、IPの風上を握れるようになる。しかも原作をWebtoonのものにした段階で海外での知名度も上がっているので、世界でヒットしやすいドラマを制作できる。そして現地版などに発展した際にも、IPの権利が発生し、追加の収益が見込めるのである。
■求められるTVドラマの進化…総務省が注目するワケ
実は『初恋DOGs』のやり方は、自民党や政府が最近提言し始めたTVドラマの進化を先取りしたものだ。キーワードは「放送ビジネスからコンテンツビジネスへ」。
視聴スタイルが変化し、テレビ広告収入も減少している。この環境変化に対応することが急務だった。さらに世界有数のコンテンツ大国となっている韓国のように、テレビ番組で外貨を獲得できるよう放送事業者に進化を求め始めていたのである。
行政も動き始めた。総務省情報流通行政局は今月から組織再編を行い、地上波・CATV・衛星などを「放送業務課」に統合した。明らかな合理化だ。そして放送コンテンツのさらなる振興と産業競争力の強化を図る方向へと舵を切っている。

この方向性については、TBSは2021年に「TBSグループVISION2030」を定め、早くから着手していた。現在はそのフェーズ2段階で、「TBSグローバルビジネス元年」と位置付けている。海外展開を本格化しようというので、そのためにコンテンツIPの価値を追求しようとしているのである。
『初恋DOGs』に話を戻そう。同ドラマについては、初回が日本で放送されるまでに、韓国では17の媒体に取り上げられた。大手の新聞・テレビ局のネット記事などである。さらに世界でも、150社でプレスリリースされたという。
新たな制作方式にしたことと、日韓共作という枠組みで世界での配信が決まり、周知も進んだ。あとは日本国内の視聴者に留まらず、海外でどこまでの実績を築くのか。新たな挑戦は、後に続こうとするテレビ局を含む多くのコンテンツホルダーや制作会社の注目を集めそうだ。

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鈴木 祐司(すずき・ゆうじ)

次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト

愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。
番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。

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(次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司)
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