国会の重要な議案になった大学生年代の扶養控除額引き上げ。青山学院大学法学部教授の木山泰嗣さんは「令和7年の改革で、大学生のアルバイトの1年の給与収入が150万円までは、親の扶養控除が満額認められるようになった。
※本稿は木山泰嗣『ゼロからわかる日本の所得税制』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■国民民主党の主張で決まった大学生の「扶養控除」
2024年(令和6年)秋の衆議院選挙後の「103万円の壁」問題の議論のなかで、早めに改正することが決まったものがありました。それは、国民民主党の主張を踏まえた大学生年代の「扶養控除」です。
「扶養控除」は、扶養される年代によって「所得控除」の名称や額などが変わります。
いずれも、憲法の「生存権」保障を「税制」で実現するための、「生活費控除の原則」のあらわれといえます。
子どもなどを扶養する親族には、自分とは別に「最低生活費」の負担が、追加的にかかるからです。その部分の「控除」を認めるのが、「所得控除」としての「扶養控除」です。
大学生年代(19歳~22歳)の扶養親族(扶養されている親族)を有する人には、1年で「63万円」の「特定扶養控除」があります。この「63万円」は、該当する大学生年代の子1人あたりの「所得控除」の額です。ですので、たとえば、大学生の子どもを2人扶養している場合には、「63万円」×2で、「126万円」が「理論所得」から「控除」されます(図表1参照)。
■年収103万円未満に抑えると、困るのは雇う側
しかし、その扶養親族(大学生)の1年のアルバイト収入が「103万円」を超えると、令和7年(2025年)改正前は、この「特定扶養控除」が親に認められませんでした。
この問題は、学生がアルバイトで働く時間に制約がかかることにとどまりません。アルバイトを雇う側にも、人手不足が起きてしまうからです。それが忙しい年末に起きるのですから、「困った税制」ということにもなりかねません。
もちろん、こうした問題が顕在化した背景には、「最低賃金」が上がり続けてきたことも含めた、令和時代の物価高の状況があったといえるでしょう。
■今年から150万円までは親の扶養に入れるように
こうした問題を解消し、大学生年代の子を扶養する親に認める、子1人「63万円」の「特定扶養控除」の適用範囲を拡大する改正が、令和7年(2025年)にされました。
この問題の是正を訴えていた、国民民主党の主張が認められたものです。令和7年(2025年)改正によって、大学生のアルバイトの1年の給与収入が「150万円」までは、親の「扶養控除」が認められるようになりました。
さらに、大学生の1年のバイト収入が「150万円」を超える場合でも、親の扶養控除が、いきなりゼロにはならなくなりました。「控除の額」が、少しずつ「逓減」していくものに改められたからです。
正確には、19歳以上23歳未満(19歳~22歳)の大学生年代の親族を扶養する人に認められるのは、「特定扶養控除」です。こちらは、これまでどおりです。
また、令和7年(2025年)改正で認められるようになった、1年で「123万円」を超えるアルバイト収入があった場合の拡大部分の「扶養控除」は、「特定親族特別控除」と名づけられました(図表3参照)。
「特定親族特別控除」の詳細は、図表2のとおりです。
「合計所得金額」(理論所得)の計算プロセスでは、「65万円」の「給与所得控除額の最低保障額」が「控除」されています。なので、大学生年代の子のアルバイトの「給与収入」をベースに計算し直すと、図表3のようになるのです。
■配偶者控除の「103万円の壁」との違いは?
このような「控除の方式」は、「配偶者控除」(配偶者特別控除も含む)では、すでに導入されていました。
「103万円の壁」は、所得税法の問題としては、古くは昭和時代に議論されたものでした。当時の制度では、配偶者の1年のパート収入が「103万円」を超えると、「配偶者控除」がいきなりゼロになってしまうものでした。まさに、「壁」が問題になっていたのです。これが、昭和時代に問題になった、いわば「元祖・103万円の壁」です。
「特定扶養控除」が認められるための大学生のアルバイト収入額の問題も、昭和60年代に問題になった「配偶者控除」の「103万円の壁」と、類似の問題だったといえるでしょう。
「配偶者控除」の「103万円の壁」は、昭和62年(1987年)年改正で、解消されました。
■パート主婦も150万円まで控除されるように
さらに、平成29年(2017年)改正で、「38万円」満額の「配偶者」の「控除」が認められるための配偶者のパート収入の基準が、「103万円」から「150万円」に引き上げられていました。
女性を中心とした配偶者の就労の機会や就業の時間に、「税制」が影響を与える「税制の中立性」に問題があったからです。この改正では、配偶者のパート収入が「150万円」を超えた場合でも、さらに控除額が「逓減」していく方式が採用されていました。
大学生年代の子のアルバイト収入でも、同じような枠組みにして、親の「扶養控除」の適用範囲の拡大を図ったのが、令和7年(2025年)改正です。この改正で「特定扶養控除」の適用範囲を拡大する「特定親族特別控除」が創設されました(図表2、3参照)。
■もともと27万円の勤労学生控除はあったが…
じつは、もともと大学生には「勤労学生控除」という、「理論所得」(合計所得金額)からさらに「控除」される「所得控除」が、「27万円」ありました。
そこで、大学生の「所得税」の負担が生じないラインである「課税最低限」の額は、所得税法では「103万円」(給与所得控除額55万円+基礎控除48万円)に「27万円」(勤労学生控除)を足した「130万円」でした。
このような「勤労学生控除」も含めた大学生の「課税最低限」は、あまり知られていなかったようです。むしろ、親の「扶養控除」が認められなくなる「103万円」の方が、その影響が大きかったといえます。
■大学生のバイト収入で課税されない限度は?
令和7年(2025年)改正では、大学生年代のアルバイト収入に課される所得税の「課税最低限」も、引き上げられました。「給与所得控除額の最低保障額」(55万円→65万円)と、「基礎控除の標準額」(48万円→58万円)の合計額である「123万円」に、もともとあった「勤労学生控除」の「27万円」を合計した「150万円」が、「課税最低限」になったのです。
ただし、その年の合計所得金額が132万円〔給与収入200万円〕以下の者の「基礎控除の特例」の「上乗せ額」である「37万円」も加味すると、「160万円」になります。計算がわかりにくいですが、「勤労学生控除」は「合計所得全額」85万円〔アルバイト収入150万円。令和7年〔2025年〕改正〕以下でないと使えないためです。
こうして、「親に『扶養控除』の満額63万円が認められるライン」と「大学生のアルバイト収入に課税されないライン」の双方が、大学生の1年のアルバイト収入「150万円」(123万円+27万円)で統一されたことになる予定でしたが、後者は国会での修正により「160万円」(123万円+37万円)になりました(基礎控除の特例を使えても、勤労学生控除が使えなくなることから差異が生じます)。
この改正については、「人手不足の問題が解消される機会になる」と評価する意見がある一方で、「大学生は勉強が本分ではないか」という批判も一部にあったようです。
ただ、いまの大学生は、アルバイトもしながら勉強している人がほとんどです。そして、アルバイトも勉強も両立しているのが、ごく普通です。大学生の実際を知っている教員の立場からみても、社会的に妥当な改正だったと評価できるでしょう。
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木山 泰嗣(きやま・ひろつぐ)
青山学院大学法学部教授
1974年、神奈川県横浜市生まれ。青山学院大学法学部教授(税法)、同大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻主任。鳥飼総合法律事務所客員弁護士。2011年に『税務訴訟の法律実務』(弘文堂)で、第34回日税研究賞(奨励賞)受賞。
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(青山学院大学法学部教授 木山 泰嗣)
大学生と接する教員の立場から見てもこの改革は妥当だった」という――。
※本稿は木山泰嗣『ゼロからわかる日本の所得税制』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■国民民主党の主張で決まった大学生の「扶養控除」
2024年(令和6年)秋の衆議院選挙後の「103万円の壁」問題の議論のなかで、早めに改正することが決まったものがありました。それは、国民民主党の主張を踏まえた大学生年代の「扶養控除」です。
「扶養控除」は、扶養される年代によって「所得控除」の名称や額などが変わります。
いずれも、憲法の「生存権」保障を「税制」で実現するための、「生活費控除の原則」のあらわれといえます。
子どもなどを扶養する親族には、自分とは別に「最低生活費」の負担が、追加的にかかるからです。その部分の「控除」を認めるのが、「所得控除」としての「扶養控除」です。
大学生年代(19歳~22歳)の扶養親族(扶養されている親族)を有する人には、1年で「63万円」の「特定扶養控除」があります。この「63万円」は、該当する大学生年代の子1人あたりの「所得控除」の額です。ですので、たとえば、大学生の子どもを2人扶養している場合には、「63万円」×2で、「126万円」が「理論所得」から「控除」されます(図表1参照)。
■年収103万円未満に抑えると、困るのは雇う側
しかし、その扶養親族(大学生)の1年のアルバイト収入が「103万円」を超えると、令和7年(2025年)改正前は、この「特定扶養控除」が親に認められませんでした。
そこで、大学生が自分のアルバイトの収入が、1年で「103万円」を超えることがないように就業時間を調整し、勤務を控えてしまうという問題がありました。
この問題は、学生がアルバイトで働く時間に制約がかかることにとどまりません。アルバイトを雇う側にも、人手不足が起きてしまうからです。それが忙しい年末に起きるのですから、「困った税制」ということにもなりかねません。
もちろん、こうした問題が顕在化した背景には、「最低賃金」が上がり続けてきたことも含めた、令和時代の物価高の状況があったといえるでしょう。
■今年から150万円までは親の扶養に入れるように
こうした問題を解消し、大学生年代の子を扶養する親に認める、子1人「63万円」の「特定扶養控除」の適用範囲を拡大する改正が、令和7年(2025年)にされました。
この問題の是正を訴えていた、国民民主党の主張が認められたものです。令和7年(2025年)改正によって、大学生のアルバイトの1年の給与収入が「150万円」までは、親の「扶養控除」が認められるようになりました。
さらに、大学生の1年のバイト収入が「150万円」を超える場合でも、親の扶養控除が、いきなりゼロにはならなくなりました。「控除の額」が、少しずつ「逓減」していくものに改められたからです。
正確には、19歳以上23歳未満(19歳~22歳)の大学生年代の親族を扶養する人に認められるのは、「特定扶養控除」です。こちらは、これまでどおりです。
ただし、令和7年(2025年)改正で、基準になる「103万円」は、「123万円」に引き上げられました。
また、令和7年(2025年)改正で認められるようになった、1年で「123万円」を超えるアルバイト収入があった場合の拡大部分の「扶養控除」は、「特定親族特別控除」と名づけられました(図表3参照)。
「特定親族特別控除」の詳細は、図表2のとおりです。
「合計所得金額」(理論所得)の計算プロセスでは、「65万円」の「給与所得控除額の最低保障額」が「控除」されています。なので、大学生年代の子のアルバイトの「給与収入」をベースに計算し直すと、図表3のようになるのです。
■配偶者控除の「103万円の壁」との違いは?
このような「控除の方式」は、「配偶者控除」(配偶者特別控除も含む)では、すでに導入されていました。
「103万円の壁」は、所得税法の問題としては、古くは昭和時代に議論されたものでした。当時の制度では、配偶者の1年のパート収入が「103万円」を超えると、「配偶者控除」がいきなりゼロになってしまうものでした。まさに、「壁」が問題になっていたのです。これが、昭和時代に問題になった、いわば「元祖・103万円の壁」です。
「特定扶養控除」が認められるための大学生のアルバイト収入額の問題も、昭和60年代に問題になった「配偶者控除」の「103万円の壁」と、類似の問題だったといえるでしょう。
「配偶者控除」の「103万円の壁」は、昭和62年(1987年)年改正で、解消されました。
配偶者の1年のパート収入が103万円を超えても、少しずつ額が逓減して「控除」が認められる「配偶者特別控除」が創設されたからです。
■パート主婦も150万円まで控除されるように
さらに、平成29年(2017年)改正で、「38万円」満額の「配偶者」の「控除」が認められるための配偶者のパート収入の基準が、「103万円」から「150万円」に引き上げられていました。
女性を中心とした配偶者の就労の機会や就業の時間に、「税制」が影響を与える「税制の中立性」に問題があったからです。この改正では、配偶者のパート収入が「150万円」を超えた場合でも、さらに控除額が「逓減」していく方式が採用されていました。
大学生年代の子のアルバイト収入でも、同じような枠組みにして、親の「扶養控除」の適用範囲の拡大を図ったのが、令和7年(2025年)改正です。この改正で「特定扶養控除」の適用範囲を拡大する「特定親族特別控除」が創設されました(図表2、3参照)。
■もともと27万円の勤労学生控除はあったが…
じつは、もともと大学生には「勤労学生控除」という、「理論所得」(合計所得金額)からさらに「控除」される「所得控除」が、「27万円」ありました。
そこで、大学生の「所得税」の負担が生じないラインである「課税最低限」の額は、所得税法では「103万円」(給与所得控除額55万円+基礎控除48万円)に「27万円」(勤労学生控除)を足した「130万円」でした。
このような「勤労学生控除」も含めた大学生の「課税最低限」は、あまり知られていなかったようです。むしろ、親の「扶養控除」が認められなくなる「103万円」の方が、その影響が大きかったといえます。
■大学生のバイト収入で課税されない限度は?
令和7年(2025年)改正では、大学生年代のアルバイト収入に課される所得税の「課税最低限」も、引き上げられました。「給与所得控除額の最低保障額」(55万円→65万円)と、「基礎控除の標準額」(48万円→58万円)の合計額である「123万円」に、もともとあった「勤労学生控除」の「27万円」を合計した「150万円」が、「課税最低限」になったのです。
ただし、その年の合計所得金額が132万円〔給与収入200万円〕以下の者の「基礎控除の特例」の「上乗せ額」である「37万円」も加味すると、「160万円」になります。計算がわかりにくいですが、「勤労学生控除」は「合計所得全額」85万円〔アルバイト収入150万円。令和7年〔2025年〕改正〕以下でないと使えないためです。
こうして、「親に『扶養控除』の満額63万円が認められるライン」と「大学生のアルバイト収入に課税されないライン」の双方が、大学生の1年のアルバイト収入「150万円」(123万円+27万円)で統一されたことになる予定でしたが、後者は国会での修正により「160万円」(123万円+37万円)になりました(基礎控除の特例を使えても、勤労学生控除が使えなくなることから差異が生じます)。
この改正については、「人手不足の問題が解消される機会になる」と評価する意見がある一方で、「大学生は勉強が本分ではないか」という批判も一部にあったようです。
ただ、いまの大学生は、アルバイトもしながら勉強している人がほとんどです。そして、アルバイトも勉強も両立しているのが、ごく普通です。大学生の実際を知っている教員の立場からみても、社会的に妥当な改正だったと評価できるでしょう。
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木山 泰嗣(きやま・ひろつぐ)
青山学院大学法学部教授
1974年、神奈川県横浜市生まれ。青山学院大学法学部教授(税法)、同大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻主任。鳥飼総合法律事務所客員弁護士。2011年に『税務訴訟の法律実務』(弘文堂)で、第34回日税研究賞(奨励賞)受賞。
主な著書に、『弁護士が教える分かりやすい「民法」の授業』、『弁護士が教える分かりやすい「所得税法」の授業』(いずれも光文社新書)など。
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(青山学院大学法学部教授 木山 泰嗣)
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