医学部生で双子のピアニスト『兄ーズ』として活躍する山下順一朗さん、宗一郎さんの両親は、子育てをする中で「努力と一流に触れることの大切さ」を実感した。「ピアニストとしての成功」と「医学部現役合格」をどのようにして両立させたのか。
2人の著書『夢を奏でる ピアニストと医師の二刀流を目指す双子の物語』(KADOKAWA)より、一部を紹介する――。
■子供の習い事への親の熱量
息子たちがピアノを習うまで、私たち夫婦はただただ命が存続すれば良いという思いで日々の子育てに奮闘していました。「将来、こんな子に育ってほしい」「習いごとはこれをさせよう」、そんなことを考える余裕はなかったのです。
ところが、ピアノを習い始めたら、私の中に「先生から出された宿題をやって、次のレッスンに行かなくては」という使命感のようなものが湧き上がってきました。
振り返ると、私自身は宿題をちゃんとやる子どもで、忘れものをするのも嫌なタイプでした。生来の気質から息子たちのピアノに対してもしっかりやらなくてはならないと思うのは、当然のことでした。
保育園時代からコンクールに挑戦することにしたのは、うちの子たちは今どのぐらいのレベルなのだろう? という疑問が出てきたからです。
コンクール挑戦を告げると、夫は「仕事か? そこまでさせなくていいんじゃないの? 音楽は楽しむものなんだから」とドン引きしていました。ところが、コンクール後に出る個別評価を見て、「これはいいね!」と変心。コンクールを目指してピアノレッスンを受けるというのは、夫婦の一致するところとなりました。
■「天才」でない子供が突き抜けた成績を残すために
ピアノに関しては、夫婦とも本当に厳しく接してきたと思います。
ピアノの練習は、息子たちの自主性に任せることはありませんでした。
常に夫か私が寄り添う形で、練習は長時間に及びました。
小学生になってからは、外遊びの時間はコンクールが終わった次の日だけという大変極端なものでした。もう少し要領良く練習できれば良かったのでしょうが、息子たちはいわゆる普通の子です。天才肌ではないので、技術が身につくまでに時間がかかりました。そんな子が突き抜けた成績を残すには、みんなと同じような時間の使い方では通用しません。
「続けていれば、いつか必ず良いことがあるよ」と息子たちに繰り返し伝えて、私自身もそれを信じて、一緒に練習に向かいました。
息子たちも真剣にピアノに取り組みましたが、私たちも必死でした。
■グランドピアノ2台に「一点投資」した
グランドピアノ2台での練習環境を整えたのは、息子たちが小学1年生の時です。当時の私たちは共働きの会社員で、お金に余裕があるわけではありませんでした。でも、コンクール結果が望ましいものではないことを練習環境のせいにしたくなかったのです。息子たちにも、そんな風に思ってほしくありませんでした。
フルコンサートグランドピアノを我が家に迎え入れよう、と仕事が休みの週末になると、何度も中古のピアノ屋さんに通いました。
少しでもお得な価格で購入できるピアノを探して、1軒だけではなく、何軒も巡りました。夫婦で毎晩資金繰りの話し合いもしました。
「このままピアノを続けたら、将来もっと良いピアノに買い換えることになる。買い換えないつもりで、今、トップレベルのピアノを買ってしまおう」との考えに至り、思い切ることにしたのです。
とても高い買い物だったので、その代償としての我慢も想定内です。夫は、フルコンサートグランドピアノの購入以降、飲み会の誘いがあっても行かないようになりました。自家用車の買い替えもしなくなり、15年間同じ車に乗り続けました。ピアノ1点に、私たち夫婦の熱量を注ぎ込んだのです。
■「今、子供にとって何がベストか」を常に考えた
そんな私たち夫婦のクレイジーな行動は、指導を希望していたピアノ教室の先生にも大層驚かれました。指導をお願いした当初は、フルコンサートグランドピアノの購入には至っておらず、「グランドピアノが1台しかないのなら、2人を同時に指導するのは難しいですね。1年目は順一朗くん、2年目は宗一郎くんというように、年替わりでの指導はいかがでしょうか」とのご提案をいただいていました。けれども、私たちは息子たちに同じようにレッスンを受けさせたかったのです。

「グランドピアノを2台、自宅に設置したので、2人を同時に指導してください」と伝えると、私たちの覚悟を感じ取っていただけたのでしょう。まもなく2人一緒にピアノレッスンを受けられるようになりました。
もちろん、私たち夫婦が徹頭徹尾同じ意見だったわけではありません。全国大会進出者を多く輩出している指導者に師事したいと話し、夫から「先生を替えるのは失礼にあたるのではないか?」と難色を示されたこともあります。
でも、親1人対息子2人では精神的にも身体的にも大変だから、子育てにおいては必ず一枚岩でいよう、と話していました。父母は同等で優劣をつけるものではないことも、息子たちには言葉や態度で示してきました。
異なる考え方を擦り合わせ、時には口論になりながらも同じ熱量でやってきたのは、息子たちへの愛情は同じだから。2人で「今、何が子どもたちにとってベストか」をずっと悩み、考え抜いてきた気がします。
■「一流」に触れて、一流に一歩ずつ近づく
その世界のトップクラスにいらっしゃる一流の方には、そこに至るまでのプロセスから得た独自のこだわりがあるのではないでしょうか。
会社員時代、「極みだな」と思う上司や同僚を見てきました。順一朗・宗一郎をご指導くださったピアノの先生や、障がいのある三男を診てくださっている医師との交流を経て、その思いはより一層強くなりました。
それぞれのフィールドは異なりますが、仕事に対して高い質量と熱量で向き合っていることは共通しています。

私にとって、息子たちのピアノを指導してくださった先生の1回の演奏にかける熱量の突き抜け具合を間近で見た経験は、大きな意味のあるものでした。練習量や執着心、準備から本番に至るまでの過程、持ち物へのこだわりなどには驚くと同時に、「そんなところにまで気を配るものなのか」と感銘を受けたものです。
その指導を受けた門下生たちが、教えていたただいた技術や知恵を後進に伝えていくという潮流に、一流が一流を育てていくものなのだという実感を持ちました。
技術の向上や成長にはコツコツと取り組み続ける力が必要だと思いますが、一流とされる人から指導をしていただいたり、間近で仕事をしたりすることは、自らの可能性を広げ、一流の世界に一歩近づける気がします。
一流の世界が縁遠い環境では、出会う機会もなく、「どうすればいいの?」と思うかもしれません。私もそうでした。縁もツテもないところから、「この方に会いたい」「話を聞いてみたい」、その気持ちだけで動きました。一歩踏み出すことで、視界も世界も広がっていくと本当に思います。
■習いごとを通じて「生き抜く力」を育んでほしかった
息子たちはピアノを習い、継続しましたが、水泳やサッカー、書道など他の習いごとだったとしても、私たち夫婦は「やり抜く力」「目標を達成する力」、そして「生き抜く力」を育んでほしかったのだと考えています。
これらの力を高めていくために、何をしたのか? 「これをやって良かった」と思うことがあるので、振り返っていきます。
習いごとであれ勉強であれ、目標を設定することは実力の向上になります。我が家では、毎年コンクールに参加していたので、それを軸として目標を立てていました。
目標を達成するためには、「いつ」「何をすべきか」「どのようにすべきか」と計画を立てる必要があります。息子たちが小さい頃は、私たち夫婦で考えました。
■スモールステップを踏ませる
計画は、最終的な目標達成を目指して長い時間をかける「長期計画」と、具体的な取り組みを掲げて毎日コツコツ積み重ねる「短期計画」の2種類を立てました。
例えば、最終的な目標がコンクール優勝で、課題曲を完成させるのが長期計画、課題曲のミスの多い部分の修正などに取り組むのが短期計画といった具合です。短期計画は、その時々で細かく見直しをして、長期計画に対しどう遂行するか? を考えていくようにしていました。
そうすると、計画が順調に進まないことがあっても振り回されることが少なく、余計なストレスを溜め込むことが少ない気がします。
スモールステップを踏むことも心がけたことです。「できた!」という自信を生み、次へ挑戦する心を維持できると考えたからです。
子どもたちが練習を嫌がる時は「自分ができない時」が大半を占めます。そんな時は、なぜできないのか、姿勢なのか、指番号なのか、テンポなのか、楽譜を追う目線に原因があるのか、楽譜がそもそも読めていないのか、など細分化して検証しました。
■「目の前の壁」を低く感じさせる
この検証がスモールステップで、細分化すればするほど、越えられないと思っていた壁を低く感じられます。子どもたちが咀嚼しやすい大きさになるまで悩みを小さく分けるのです。
そうすることで、「できない!」「わからない!」から「できた!」「わかった!」に変わる息子たちの姿を何度も見てきました。
小さい時は親が一緒になってスモールステップを踏みましたが、ノウハウが身につくと子どもたちは自分たちだけでやっていくようになりました。別の壁に当たった時にも、自分で乗り越える力をつけられたと思います。
ピアノと受験の両立の際も、目標を設定して、長期計画と短期計画を立てるようにしていました。どうやったら達成できるか? を細分化していくと、より具体的な行動に落とし込むことができます。
コンクールも大学受験も計画を立てれば、その後はやるべきことに粛々と取り組むだけです。息子たちもパッと気持ちを切り替えていたように思います。
■大らかな心で子供と伴走する
子育て中は、子どもの急な目標変更や進路変更などにやきもきしてしまうことが多々あります。親が思っているほどの結果が出なかったり、頑張りが見えなかったりする時もあるでしょう。どんな時も、親自身はおおらかな心でいることが子どもに伴走する際のコツではないでしょうか。
私自身、子どものことだから、急に受験する大学を変更したい! 進路変更したい! という事態もあるだろう、とドーンと構えていました。そういう時は軌道修正すれば良い、変わったら変わったできっと新しい世界が見えるはず! と余裕を持って、柔軟に捉えていこうと考えたのです。
すべてが予定通りというわけではなく、うまく進まない時もありましたが、この心持ちでストレスも軽かったように思います。
これを区切りと考えて出場したコンクールで優勝できたことや、志望していた大学に合格したことは、家族にとってラッキーで嬉しい思い出になりました。
でも、このような結果が出なかったとしても、大きな達成感を味わえたことに変わりはないと感じています。
そこに至るまでには苦しいこともたくさんあり、息子たちは自分自身と闘っているように見えました。一つのことをやり切ることの必要性や、やり切るためのノウハウを身をもって知ったことこそ、勲章です。

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兄ーズ(山下順一朗・山下宗一郎)(あにーず)

医大生ピアニスト

4人きょうだいの双子の兄の「兄ーズ」。難病で重度心身障がい児の弟の影響から医師を志し、2025年3月に2人揃って医学部現役合格。現在、医大生ピアニストとして活動している。2歳から絶対音感トレーニングを経て4歳よりクラシックピアノを本格的に開始。今までに大阪国際音楽コンクール連弾部門優勝、ピティナ・ピアノコンペティション10部門で全国決勝大会に出場し、銀賞・銅賞など多数受賞。2024年株式会社毎日放送『MBS お天気部』夏のテーマ曲「空」を担当。

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(医大生ピアニスト 兄ーズ(山下順一朗・山下宗一郎))
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