トランプ大統領のかつての盟友だったイーロン・マスク氏が、真っ向から対立する新たな政党「アメリカ党」の設立を表明した。トランプ氏とのかつての蜜月は完全に崩壊した――。

■「トランプ氏に対抗する第3の新党を立ち上げる」
アメリカのドナルド・トランプ大統領は米独立記念日の7月4日、ホワイトハウスで花火を打ち上げ、肝煎りのいわゆる「ビッグ・ビューティフル法案」への署名式を華々しく執り行った。富裕層への大幅減税などを柱とした一連の法案パッケージだ。
これにトランプ政権で財政赤字削減策を率いてきたイーロン・マスク氏は激しく反発。ビッグ・ビューティフル法案は、富裕層への大型減税などを柱としたトランプ氏の看板政策だ。今後10年で3兆3000億ドル(約480兆円)の財政赤字を生むとの試算がある。マスク氏自ら旗振り役を務めた政府効率化省(DOGE)による支出削減策が、赤字拡大で水泡に帰す可能性が出てきた。
マスク氏は翌5日、自身が所有するソーシャルメディアのXで「アメリカ党」を結成すると発表。「無駄と汚職がわが国を破産に導いていることから、我々は民主主義ではなく、一党制の中で生きている」と共和党を批判。「今日、あなた方に自由を取り戻すために、アメリカ党が結成された」と宣言した。
この発表に先立ち、マスク氏は独立記念日に2億2000万人のフォロワーに向けて「二大政党制から独立したいか」と問いかける投票を実施。120万人以上が回答し、65%以上が新党設立に賛成した。マスク氏はこの結果を受けて「2対1で支持されている。
皆の望みを実現しよう」と新党設立に踏み切った。
マスク氏のXの投稿では、当面の目標として、上院で2~3議席、下院で8~10選挙区に絞って候補者を擁立する方針が打ち出されている。議席としては少数だが、成立する法案の行方が僅差の票数で左右される現在の米議会の状況を念頭に、「真の民衆の意志」を反映できる余地があると主張している。
■マスク氏「嫌悪すべき異常事態だ」減税法案に激怒
マスク氏は新党設立の動機を直接明らかにしていないものの、トランプ氏の「ビッグ・ビューティフル法案」署名翌日というタイミングで発表に踏み切ったことから、法案が決定打になったとの見方が濃厚だ。
ガーディアン紙は、法案は富裕層への大幅減税を含む一方で、低所得者向け医療保険(メディケイド)を削減し、今後10年間で3兆3000億ドルの財政赤字を生み出すと伝えている。最大1060万人が医療保険の資格を喪失する可能性があるという。
マスク氏は5月の政府効率化部門(DOGE)退任後、この法案への反対を鮮明にしていた。タイム誌は、マスク氏が法案を「嫌悪すべき異常事態」と呼び、「政治的自殺行為」だと共和党議員に警告していたと報じている。
現時点でマスク氏は、新党の具体的な政策を何ら示していない。ただし、X上で以下のような狙いがあるかと問われた際、「yeah!(そうだ!)」と同調している。
元の投稿は箇条書きで、「債務を削減し、責任ある支出に絞る」「AIやロボットによる軍の近代化」「テクノロジー推進、AI分野での勝利に向けて」「エネルギーを筆頭に全分野で規制緩和」「言論の自由」「出産奨励主義」のほか、「その他はすべて中道主義」の方針を掲げていた。
ただし、こうした分野を通じ政治改革に奔走しているかのように振る舞うマスク氏だが、その主張には大きな矛盾がある。
マスク氏は支出増大に反対しながらも、自身の企業であるテスラに恩恵をもたらす電気自動車(EV)税額控除の廃止には反対している。
トランプ氏はこの矛盾を突き、大統領選でマスク氏の資金援助を受ける以前、EV税額控除の廃止に対してマスク氏が理解を示していたと指摘。ニューヨーク・タイムズ紙によるとトランプ氏は、マスク氏が控除廃止に反発しだした際には「非常に驚いた」と暴露している。
■余裕のトランプ氏「第3政党が成功した試しがない」
法案成立後、両者の対立は個人攻撃にもつれ込んだ。
ニューヨーク・タイムズ紙によると、トランプ氏は6日夜、自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」でマスク氏を「完全に脱線した」と批判。「過去5週間で列車事故と化した」「第3の政党を作りたがっているが、アメリカでは(2大政党以外は)一度も成功したことがない」と切り捨てた。
一方、マスク氏も黙っていなかった。政治専門紙のヒルによると、マスク氏は「政府支出削減を公約して当選しながら、史上最大の債務増加法案に賛成した議員は全員恥を知るべきだ」と述べ、共和党員を広く批判。「彼らを来年の予備選で落選させる。それが私の人生最後の仕事になってもだ」と宣戦布告した。
本業としてテック企業のトップに君臨するマスク氏が、なぜ政界にこだわるのか。その理由は定かでない。
一つの見方として、大統領選挙でトランプ陣営につぎ込んだ巨額の選挙資金は、トランプ氏との決定的な亀裂でここへ来て水の泡となった。政治への関与で一定の注目を集められると知った今、トランプ氏とは無関係の新党設立で政界に留まり、名声を手中に収め巨額の選挙資金の元を取ろうとしている可能性はあるだろう。
タイム誌は、マスク氏がすでに2024年の選挙で2億7700万ドル(約402億円)を投じていたと指摘。ただし、世界一の富豪であるマスク氏だが、資金力は政界での成功に直結しない、とも記事は指摘する。今年初めのウィスコンシン州最高裁判事選挙でマスク氏は、関連団体を通じて2000万ドル(約29億円)以上を費やした。だが、支援候補は敗北しており、29億円をただただ失った結果となった。
■国外追放をちらつかせたトランプ氏の脅し
トランプ氏との対立はさらにエスカレートしており、かつての盟友関係は見る影もない。法案署名以前、トランプ氏は国外追放の可能性を示唆し、マスク氏を牽制していた。
タイム誌によれば、記者団から「マスク氏を国外追放するか」と問われたトランプ氏は「わからないが、調べる必要がある」と答えた。南アフリカ生まれで帰化したアメリカ市民であるマスク氏への、あからさまな脅しだった。アメリカで労働を始めた当時、不法移民であった可能性が指摘されている。
DOGEを通じアメリカの赤字削減に寄与しているようにも見えるマスク氏だが、政府を私物化しているとの批判も強い。

ニューヨーク・タイムズ紙は、NASA長官人事を巡る確執を報じている。マスク氏は自らの親友であり、自身が率いるスペースXで2度の宇宙飛行を果たしたジャレッド・アイザックマン氏を、NASA長官に推薦。だがトランプ氏は、この指名を撤回した。
「マスクの親友がNASAを運営するのは不適切だ。NASAはマスクの企業人生の大部分を占めているからだ」とトランプ氏は述べている。NASAの中立性を重視した妥当な判断ではあるが、露骨な報復に出たとも取れよう。
■資金力だけではマスク氏に勝ち目はない
マスク氏の新党は、共和党の脅威となり得るか。専門家は、マスク氏の新党が議席を獲得する可能性はほぼないと見ている。しかし、それでも共和党には大打撃となりかねない理由がある。
テレグラフ紙は、マスク氏の強みと弱みを分析している。4000億ドル(約58兆円)を超える純資産を持つマスク氏は、選挙資金を実質的に無尽蔵に投入できる。全米規模の広告キャンペーンを展開し、最先端のデジタル戦略を張り巡らせ、優秀な政治コンサルタントを雇用するなど、従来の第3政党とは次元の違う選挙戦が可能だ。

しかし、資金だけでは限界がある。マスク氏が仮に大統領候補としてトランプ氏や共和党に挑む場合、見通しは明るくない。ジョージタウン大学のハンス・ノエル教授は米ワシントンポスト紙に、「勝者総取り方式では、完全勝利しなければ何も得られない」と説明する。
アメリカの大統領選挙は、州ごとに最も票数を集めた候補が、その州に割り当てられた選挙人票を「総取り」する。全米で538票ある選挙人票の過半数を取得した候補が大統領になる仕組みだ。
例えば1992年のロス・ペロー氏は全米で支持を集め、投票全体の約19%の票を獲得した。しかし、1位での勝利を収めた州がなかったことから、選挙人票は1票も獲得できなかった。結果として約2000万票を獲得しながら選挙人票ゼロという結果に終わった。
2大政党制を切り崩したいマスク氏だが、既存2党の強力な支持基盤を前に、同じ轍を踏みかねない。
■共和党に致命的となりかねない理由
数字もマスク氏の不利を示唆している。USAトゥデイ紙によれば、クイニピアック大学が先月発表した世論調査では、アメリカの有権者のうちマスク氏に好意的な見方をしているのはわずか30%だった。共和党支持者に限れば62%が支持しているが、これも3月の調査時の78%から大幅に下落している。

もっとも、共和党支持者の中には、反トランプの立場を掲げている層が少なからず存在する。マスク氏の支持層がたとえわずかな割合であっても、こうした反トランプ層の受け皿になれば、接戦区ではトランプ氏にとって致命傷となる可能性がある。
共和党関係者はヒル紙に、「接戦区でマスク候補が数パーセントでも票を奪えば、(共和党として票を失い)民主党を利することになる」と、不安を吐露した。
また、歴史的に中間選挙は、政権党(現職大統領の党)に不利に働く傾向がある。大統領選挙から2年が経った時期に実施されるこの選挙では、選挙時の公約を果たせていない政権党に対し、支持者の失望が高まりやすい。反面、政権運営に満足している人々は大統領選ほどの関心を寄せないため、政権党への票が伸びづらい。
そのため、マスク氏の新党へとわずかでも票が流れた場合、共和党に深刻な打撃が及びかねないと党関係者は危惧している。中間選挙で敗北してもトランプ氏が即座に失脚することはないが、政権党として議席を失い、法案を通しづらい状況が想定される。政権運営に大きな痛手だ。
■『アイアンマン』のヒーロー像から転落したマスク氏
トランプ氏や共和党の目の上のこぶとなっているマスク氏だが、それでは当人にとって、政治活動はプラスに働いているか。本業である企業経営に甚大な悪影響が及んでいることから、どうやらそうとも言い切れないようだ。
かつてマスク氏は、革命の旗手だった。米ボストン・ヘラルド紙によると、ペンシルベニア州のジョン・フェッターマン上院議員は昨年10月にマスク氏を映画『アイアンマン』の主人公「トニー・スターク」になぞらえ、革新的な起業家として称賛した。特にリベラル層からは、EVで環境問題に取り組む英雄と見なされていた。
しかしトランプ氏支持に転じたことで状況は一変。テスラの主な顧客層は、環境意識が高くテクノロジーを愛好するリベラル派だ。トランプ氏に接近するにつれ保守寄りの政治スタンスが色濃くなり、大きな反発を招いた。テスラ車への破壊行為が相次ぎ、ディーラーが放火される事件に発展している。
フィナンシャル・タイムズ紙は、DOGEでの赤字削減の一環として行った政府職員の大量解雇推進も、マスク氏のイメージを悪化させたと振り返る。S&P 500とナスダックが史上最高値を更新する中、テスラ株は低迷。取締役会は政治活動より経営に専念するようマスク氏に圧力をかけており、株主との関係も目に見えて悪化している。
■勝者不在の泥仕合にもつれ込んだ
結局のところ、この対立に勝者はいない。トランプ氏は最大の支援者を失った。多額の資金援助でトランプ氏を再び大統領の座に返り咲かせたのは、他ならぬマスク氏だった。マスク氏も政治へ傾倒したことで、テスラを始めとするマスク帝国の評判が凋落した。
新党設立でトランプ氏に挑戦状を突きつけたマスク氏だが、現在のところ何ら明確な政策綱領を打ち出せていない。方針として「中道の80%を代表する」という曖昧なモットーがあるのみだ。
議席獲得はおそらく困難であり、共和党の足を引っ張るだけに終わりそうだ。個人的な恨みに燃える大統領と世界一の富豪が、アメリカ政治を振り回している。
今後の進展として、マスク氏が民主党に付く可能性もある。ワシントンポスト紙は、民主党がマスク氏を歓迎する可能性があると指摘。ただし同紙は、「マスク氏は民主党員の間で深く憎まれている」とも言及している。単純に「敵の敵は味方」とは行かないようだ。

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青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
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