お願いごとをするのが上手い人は何をしているか。元JALのCAで研修コンサルタントの香山万由理さんは「お願いごとをするときは、いきなり切り出してはいけない。
人あたりの達人は『あいさつ』『お願いごと』『お礼』の3点セットを心がけて、相手を身構えさせることなく動かしている」という――。
※本稿は、香山万由理『仕事ができる人は、「人」のどこを見ているのか』(光文社)の一部を再編集したものです。
■お願いごとをする前に「距離」を縮める
仕事ができる人は、「頼み方」を見ている
人と人とのコミュニケーションには、大きく分けて2種類あります。
ひとつはチャット(おしゃべり)です。目的は楽しい時間を過ごすことであり、おしゃべりをすることそのものに価値があります。
もうひとつは、マニピュレート(manipulate)です。
マニピュレートとは、「〔手で〕操作する、巧みに扱う、操る、コントロールする」「〔問題・情報などを〕巧みに処理する」という意味の言葉で、コミュニケーションにおいては、自分の意図に従って相手を動かすということです。
そういうと難しそうに聞こえますが、実は私たちは生まれたときから、マニピュレートをしています。たとえば赤ちゃんが泣くこと。これは、泣くことで、ミルクが欲しい、おむつを替えてほしいという気持ちを相手に伝えているのです。また、私たちは大人になってからも、日々仕事やプライベートで自分の意図することを周りの人に伝えています。
メールの返信が欲しい、レストランでオーダーを取りに来てほしい、美容院でこういう髪型にしてほしい、人を紹介してほしい、片付けてほしい……。
これらはすべてマニピュレートです。
このように、私たちは一日の大半をマニピュレートして過ごしているといっても過言ではありません。そして、できるならば自分が意図する通りに相手に動いてほしいと思っています。
では、どうしたら自分の意図通りに相手が動いてくれるのか。それは「頼み方」が上手かどうかです。マニピュレートの上手な人のほうが、願いは叶いやすいのです。
■話し声が大きいお客さまへの最初の声かけ
私がCAだった頃の経験談です。
団体旅行のお客さまがたくさんお乗りになっていました。よほど楽しい旅だったのでしょう。話し声がしだいに大きくなってきて、他のお客さまから苦情がくるほどの音量レベルに達していました。
ここで、お客さまに「少しお静かに願えますか」といきなり注意をしたらどうなるでしょうか。楽しい気分は台無しになりますし、その場の空気が悪くなります。

そこで、私はお客さまにこう話しかけました。
私「楽しそうですね! ご旅行だったのですか」

お客さま「そうだよ。○○に行ってきたんだ。いや~楽しかったね!」
それから少しの間、旅の思い出話をお聞きし、互いの心の距離が縮まってから、
「とても楽しそうなところ申し訳ございませんが、もう少しだけ小さめの声にしていただけると嬉しいです」
と、本題である音量の件を切り出しました。
すると、「あっ、そうだね。ごめんごめん! つい盛り上がっちゃって!」とすんなり受け入れてくださったのです。
私が「楽しい話は盛り上がりますよね。お気持ちわかります」と共感すると、お客さまも「こんな風にやさしく言ってもらったんだから、みんな! 小さな声にしよう!」
と呼びかけてくださいました。
そして、「オレたちりんご農家なんだよ。うちのりんご、おいしいんだよ! ぜひとも食べてほしいから、今度送るね!」
後日オフィスにりんごを送ってくださり、みんなでおいしくいただきました。
誰でも、お願いごとや注意をされると、身構えるものですし、気分を害することもあります。
それだけに、私はお客さまにお願いごとをするときは、細心の注意を払い、お客さまとの間の心の距離を縮めてから用件を切り出すようにしていました。
そのときの経験や教育が、今も私の中に生きています。
■人あたりを良くするクッション言葉
あるカフェに自転車で行ったときのことです。店の入り口から少し離れた、邪魔にならない場所に自転車を停め、店内に入りました。
すると、店員さんが私のところに駆け寄ってきてこう言いました。
「お客さま! そこは自転車を停めてはいけない場所です! すぐにどかしてください!」
怖い顔でいきなり怒られたのです。おとなげない私はカチンときて、「すみません……じゃあいいです! もう帰ります!」と何も買わずにお店を出ました。
自転車を停めた場所をよく見ると、消えかかったペンキで薄~く「駐輪禁止」と書かれていました。はい、確かに、注意書きを見落とした私が悪いです。
だからといって、何でそんな言い方をされなくてはいけないのと、しばらくの間モヤモヤした気持ちを引きずりました……。
お客さまからクレームを受けやすい人、人間関係でトラブルが起きやすい人の多くは、このように「頼み方」「お願いの仕方」に問題があることが考えられます。
研修の仕事で企業をお訪ねするとき、トップの方が秘書の方にお願いごとをする場面をよく目にします。みなさまに共通しているのが、本題に入る前に「クッション言葉」を使っていること。

■「クッション言葉+依頼形」角が立たない
クッション言葉とは、相手に頼みごとをする場合に、「恐れ入りますが」「お手数ですが」など、本題の前に入れる柔らかい言葉のことです。ストレートに言うと角が立つことも、クッション言葉を使うことで、負担をかける相手の気持ちを和らげる効果があります。
クッション言葉には他にこんなものがあります。
《クッション言葉 いろいろ》
・恐れ入りますが(恐縮ですが)

・申し訳ございませんが

・失礼ですが

・あいにくなことに

・お手数ですが

・ご存知のことと思いますが

・よろしければ

・勝手ながら

・ご面倒をおかけしますが

・差し支えなければ

・せっかくではございますが

・お気持ちはありがたいのですが

・残念ながら

・早速ではございますが

お願いごとやお断りをするときは、「クッション言葉+依頼形」で伝えます。
[例]

× 今すぐ自転車をどかしてください!

○ 大変恐れ入りますが、こちらは自転車を停められない場所ですので、別の場所にご移動願えますでしょうか。
× もう一度お電話ください。

○ お手数をおかけいたしますが、再度お電話いただけますでしょうか。
× ご用件は何ですか。

○ 差し支えなければ、ご用件をお知らせいただけますでしょうか。

クッション言葉は、いろいろな種類がありますので、上手に使い分けるようにしてください。
■お願いごとは「あいさつ・お願い・お礼」の3点セット
本題にすぐ入りたくなる気持ちはよくわかるのですが、人あたりの達人になるための3点セットをお伝えします。
●相手に気持ちよく動いてもらうための《お願いごと3点セット》
(1)あいさつ

(2)お願いごと、お断り

(3)お礼
先ほどのカフェの例ですと、
「こんにちは。
ご来店ありがとうございます」【(1)まず、あいさつ】

「(申し訳なさそうな表情と声で)お客さま、恐れ入りますが、こちらは自転車を停められない場所でございます。お手数をおかけして申し訳ございませんが、自転車をご移動願えますでしょうか」【(2)クッション言葉を使って、お願いごと、お断り】
そのあと、お客さまが「わかりました、移動します」とおっしゃったら「ご協力ありがとうございます!」と【(3)お礼】をお伝えします。
仕事ができる人は、相手が置かれている状況やその後の行動までを想定してから、言葉を使い分けています。視点を相手の立場に瞬時に移動させて、接し方を変えることができるのです。
仕事ができる人のポイント

「あいさつ・お願い・お礼」の3点セットで頼み方の達人になる

----------

香山 万由理(かやま・まゆり)

研修コンサルタント

立教大学卒業。JAL(日本航空)に入社。国際線CA(キャビンアテンダント)として10年半乗務。在籍中にCS(顧客満足)表彰を受け、皇室・VIPフライトに乗務。退職後「品性と人間力を備えた人材を育てる学校」として、研修コンサルティング法人「一般社団法人ファーストクラスアカデミー」を設立。官公庁、医療機関、企業などで、2万人以上に研修を行い、リピート率97.2%を誇る。「接遇力」と「業績」を同時に成長させ、会社の格を上げる組織作りをサポート。JCAA(日本キャビンアテンダント協会)理事を兼任し、航空会社出身者のセカンドキャリア構築支援に従事する。
また、高野山真言宗の僧侶としての顔も持ち、研修では仏教哲学も伝えている。

----------

(研修コンサルタント 香山 万由理)
編集部おすすめ