なぜ「愛子天皇待望論」が高まりを見せているのか。皇室史に詳しい宗教学者の島田裕巳さんは「ヨーロッパの国々において『女王の時代』が訪れようとしている。
日本で『愛子天皇』が待望されているのも、決してそれらと無関係ではないだろう」という――。
■ヨーロッパの「王」とは征服者である
今や、ヨーロッパにおいては「女王の時代」が訪れようとしている。これから多くの国で女王の即位が見込まれるのだ。日本で「愛子天皇待望論」が高まりを見せるのは、決してそれと無関係ではないだろう。
ヨーロッパにおける「王」とは、基本的に征服者であった。ヨーロッパの歴史を振り返ってみれば、それは明白である。最近も、そうした過去の歴史を強く印象づける機会があった。
それは、2022年9月19日に、ウェストミンスター寺院でエリザベス2世の国葬が行われたときのことである。この葬儀には、日本から天皇皇后が参列しており、その模様は全世界に中継された。
私もその中継を見たが、一つ印象的だったことがあった。国王に即位したエリザベス2世の長男、チャールズ3世をはじめ、王室のメンバーが皆、軍装だったことである。娘のアン王女なども軍装で、イギリスという国家やイギリス連邦がエリザベス2世を生み出したウィンザー朝の支配下にあることが、目に見える形で示されることとなった。

■性別を問わず国王の第1子が継承する法律
ただ、しばらくの間、イギリスでは女王が現れることはないだろう。チャールズ3世にはウェールズ公ウィリアムという息子がおり、王位継承の第1位を意味する「王位法定推定相続人」となっている。さらに、ウィリアムには第1子であるジョージ王子がいる。
しかし、もしジョージ王子よりもシャーロット王女が先に生まれていたとしたら、将来はシャーロット王女が誕生したはずである。イギリスには「王位継承法」があり、2013年に改正された同法では、性別を問わず国王の直系子孫の第1子が王位を継承すると定められているからである。
こうした傾向は、イギリスに限らず、ヨーロッパ全体に広まっている。ヨーロッパにおいてはスペインとリヒテンシュタインが男系での継承と定めている。スペインでは、性別にかかわらず長子が継承するとされているものの、男子が優先される「男子優先長子相続制」である。ただ、男性に該当者がいない場合は女性が継承するとなっている。
その結果、ヨーロッパでは、これから女王が続々と誕生するものと見込まれているのである。
■女性が王位を継承する見込みの4カ国
現在、王位継承順位第1位が女性である国は、スウェーデン、ベルギー、オランダ、そしてスペインである。
スウェーデンでは、現国王であるカール16世グスタフの長女であるヴィクトリア王太女(1977年生まれ)が次に即位することが決まっている。
しかも、グスタフはすでに79歳である。
ベルギーでは、2001年生まれのエリザベート王女が同国史上はじめての女王に即位することが予定されている。現国王であるフィリップはまだ65歳で天皇と同じ年である。その点では、エリザベート女王がすぐに誕生することはないかもしれないが、フィリップの父、アルベール2世は79歳で譲位している。
オランダのカタリナ=アマリア王女は2003年生まれで、父親のウィレム=アレクサンダー国王はまだ58歳である。ただ、20世紀のオランダでは、ウィレム=アレクサンダーの前には3代女王が続いており、女王はオランダ国民にとってなじみのある存在である。
スペインでは、男系での継承が定められているわけだが、現在57歳になる国王のフェリペ6世には二人娘がいても、男の子がいない。したがって、19歳の長女レオノール王女が女王に即位するものと見込まれている。
そのため、レオノール王女は陸軍士官学校に入学しており、その後には海軍と空軍の士官学校にも入り、3年間の軍事訓練を受けることが予定されている。ベルギーのエリザベート王女もやはり軍事訓練は受けている。
■ヨーロッパに訪れる「女王の時代」
男女を問わず国王に即位できるが、女性でも軍事訓練も受けるということだ。
イギリスでも、エリザベス2世は、第2次世界大戦中に英国女子国防軍に入隊した。
そこで弾薬の管理を行ったり、軍用トラックの運転などもしていた。それを反映し、ウィリアム皇太子は、娘のシャーロットにも軍務に就くことを勧めている。
ほかに、ノルウェーのイングリッド・アレクサンドラ王女(2004年生まれ)も、父親のホーコン・マグヌスの後に女王となることが予定されている。すでに述べたスウェーデンでは、エステル王女(2012年生まれ)がやがて母親に継いで女王に即位することが見込まれている。
このように、ヨーロッパには近い将来において「女王の時代」が訪れようとしている。エリザベス2世をはじめ、これまでも女王は輩出されてきたものの、それだけ多くの女王が同時に君臨する時代はなかった。ヨーロッパは、それだけで華やかな雰囲気に包まれることであろう。時代は大きく変わりつつあるのだ。
■イギリスの王女「シャーロット効果」
これは、日本の皇室でも共通するが、王室において世間の注目を特に集めるのは女性たちである。
王室に生まれた女性に対しても、あるいは王室に嫁いできた女性に対しても、それぞれの国の国民は強い関心を寄せる。国を超えて関心を集めることも珍しくない。特に王室女性のファッションやライフスタイルは注目の的である。

それに関連して、「シャーロット効果」という言葉がある。イギリスのシャーロット王女は、今年の5月に10歳になったばかりだが、そのファッションや言動は英国経済に大きな影響を与えると言われている。それがシャーロット効果である。
シャーロット王女が身に着けた服は瞬く間に売れる。これは本人が選んだわけではないが、2歳の誕生日に着用した「ジョン・ルイス」のカーディガンは即完売している。これは、最近ブラジルを訪問した佳子内親王が着た神戸ブランドのワンピースに問い合わせが殺到し、再販された話を思い起こさせる。
■約40億ポンドをもたらすシャーロット王女
しかし、シャーロット効果はとんでもなく大きい。ブランド・ビジネスの価値を測る「ブランド・ファイナンス(Brand Finance)」というコンサルタント会社の試算によると、シャーロット王女は誕生してわずか4カ月で、英国経済への生涯貢献価値が30億ポンド(当時のレートでは約4380億円)に成長したとされた(*1)。
それが今年になると、王室に詳しいジャーナリストによれば、生涯におよそ40億ポンド(約7600億円)をイギリスにもたらすという。
現在のシャーロット王女は小学生であり、特別な機会でなければイギリス国民の前には現れない。にもかかわらず、それだけ社会に大きな影響を与えており、姿を現す機会が増えれば、その注目度は今以上に上がるはずだ。だからこそ、40億ポンドという巨額を英国経済にもたらすと考えられているのである。

ファッションだけではない。王室が関係する場所は観光地となり、内外から多くの観光客を集める。
さらにイギリスでは、「ロイヤルワラント」と呼ばれる王室の愛用品がある。日本で言えば、「宮内庁御用達」がそれにあたる。ただ、宮内庁御用達のほうは1954(昭和29)年に廃止されており、現在は存在しない。今でもそう名乗っている業者はいるが、それはあくまで、かつてはそうであったという歴史的な事実を示しているだけである。
ロイヤルワラントは15世紀からはじまるもので、それに認められたものについては、国王などの紋章がつく。それを認定するのがロイヤルワラント・ホルダーズ協会で、王室で5年間愛用されたものから採用している。ロイヤルワラントはおよそ800の商品や企業に及ぶ。
■「愛子天皇」の経済効果は莫大である
王室への関心が高まれば、そうした商品や企業の売り上げもアップする。その点において、王室の女性たちの果たす役割は大きい。ある意味、王室の女性たちは、「歩く広告塔」としての役割を果たしているのである。

王室の維持費は、国民の税金によってまかなわれている(*2)。それは日本の皇室も同じである。その点で、王室に対しては国民の厳しい目が注がれる。
だからこそ、王室のメンバーは公務に励み、さまざまな活動を通して社会貢献することを求められる。今述べたような形で、その国の経済を潤すことにつながっていることも、国民からの支持を得る上では決定的に重要である。
しかも、王室に対する関心は、国境を超えて広がっていくものであり、王室を戴く国のイメージをアップさせる上でもかなり重要な役割を果たす。それは、エリザベス2世が女王の地位にあった時代のことを考えてみればわかる。
これから、ヨーロッパ諸国において、次々と女王が誕生していけば、そのたびごとに、国内外からの関心は高まり、それはそれぞれの国のイメージをアップさせることに貢献していく。残念ながら、男性ではどうしてもその効果は小さくなりがちである。それは、王室の男性メンバーのファッションが注目されることがほとんどないからである。
日本の場合、皇室のメンバーの経済効果を推定するようなことは行われていない。しかし、実際に「佳子さま効果」があったように、「愛子さま効果」もあるはずだ。拙著『日本人にとって皇室とは何か』でも述べたように、皇室典範の改正がなされ「愛子天皇」が誕生したとしたら、その経済効果は莫大で、ひいてはそれが日本の国家イメージのアップに大きく貢献するのではないだろうか。

*1 Princess Charlotte worth over 3 billion pounds to British economy

*2 イギリス王室には税金を財源としたソブリン・グラント(王室助成金)が政府から毎年支払われており、その金額は政府の管理するクラウン・エステート(王室財産)に連動している。

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島田 裕巳(しまだ・ひろみ)

宗教学者、作家

放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。

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(宗教学者、作家 島田 裕巳)

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