米国の大手テック企業では、直近2年間で新卒採用を25%削減し、代わりに経験者採用を増やしている。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「AIエージェントの急速な進化は、若手人材に『経験を積ませる場』すら与えないまま職場から排除しつつある。
こうした現象はIT業界以外にも広がっており、『人を育てる』という行為そのものの意味が根本から問われている」という――。
■AIが若手の「学ぶ機会」を奪っている
2025年、AIの進化はビジネスの現場に静かな、しかし根本的な地殻変動をもたらしている。ChatGPTやGitHub Copilotなどの生成AIは、もはや単なる業務効率化ツールの域を超え、かつて若手社員がキャリアの第一歩として踏み出していた「基礎的な仕事」そのものを代替し始めている。
かつてのソフトウェア開発では、新卒エンジニアは「基礎的実装→デバッグ→上流設計」という階段を一歩ずつ登りながら、技術理解とキャリア形成を進めてきた。だが今、この“育成の階段”そのものがAIによって消失しつつある。
GitHub CopilotのようなAIツールは、自然言語による指示からコードを自動生成し、コードレビューやバグ修正すらAIが担うレベルにまで到達している。実際、Microsoftの社内調査ではすでにコードベースの30%がAIによって生成されているという。
さらに重要なのはその“非対称性”である。GitHub Copilotを使った開発者のタスク完了率は26%向上する一方、シニアエンジニアの生産性向上は22%に対し、ジュニア開発者ではわずか4%。つまり、AIは“学習済み”の人間の能力を拡張するツールであり、経験の浅い若手にとっては「学ぶ機会を奪う存在」ともなっている。
かつて企業が新卒やジュニア人材を採用したのは、「今は戦力でなくても将来のために育てる」という長期投資の発想があったからだ。しかし今、AIはその「成長の階段」を下段からごっそりと抜き去ろうとしている。
若手が経験を積むべき「入り口」が、消えつつあるのだ。
■リモートでは「隣の席の先輩」に聞けない
この変化は、単なる業務効率化にとどまらず、若手が「なぜこのコードが動くのか」を理解するプロセス自体を奪っている。AIによる即時回答の氾濫により、Stack Overflowのようなコミュニティで議論し、試行錯誤しながら学ぶ機会が激減した。ジュニア開発者がAIの生成コードの意味を理解できず、フォローアップ質問への対応に苦慮する事例が急増しているとも言われている。
さらにリモートワークの普及が追い打ちをかける。以前ならば、隣の席にいるシニア開発者に質問し、段階的なメンタリングを受けることができた。だが今では、質問はAIに向けられ、先輩から“暗黙知”を受け継ぐ機会が減少している。若手育成に必要不可欠だった「実践×対話」のサイクルが、AIと距離の中で断絶されつつある。
■ハーバードMBA修了生の23%が無職
AIによる代替は、特定の職種にとどまらない。プログラミング、経理、法務、マーケティングなど、かつて若手が担いながら学びを深めていた「育成前提の仕事」は、AIが人間を凌駕する速度と精度でこなす領域へと変貌した。
このような構造変化の中で、企業も人材戦略を大きく転換し始めている。大手テック企業では、直近2年間で新卒採用を25%削減し、代わりに2~5年の経験者を中心とする“ミッドレベル採用”を27%増加させている。
これは「育成コスト vs AIによる即戦力化」のトレードオフにおいて、後者の圧倒的合理性を企業が選びつつあることを示している。
こうした個社の判断は、やがて業界全体に波及する。2025年のデータによると、コンピュータサイエンス(CS)専攻の新卒失業率は6.1%、コンピュータエンジニアリングでは7.5%に達しており、かつて“安定・高収入”の象徴とされた専攻が、今や“就職困難”の代表格となっている。
さらに、AIの影響は経営職や戦略職にも波及しつつある。ハーバードMBAでは、2024年卒業生の23%が3カ月後も無職という、前代未聞の事態が報告された。これは2022年の10%から倍増以上の悪化であり、名門スタンフォードやウォートンでも同様の傾向が確認されている。「学歴」や「専門性」ではもはや“入り口”が保証されない現実が訪れている。
■学びの「構造そのもの」が崩れつつある
このように、AIの進化は単なる“新人の雇用難”ではない。若手が現場で経験を積みながら学び成長する──その「構造そのもの」が崩れつつある。
かつて企業は、育成という営みを通じて「次世代の社会基盤」を担っていた。だが今、AIがすべてを代行するならば、企業が人を育てる理由そのものが揺らぎ始めている。
「誰が、どこで、どうやって次の世代を育てるのか?」
この問いに答えなければ、AIの恩恵を活かしきることも、持続可能な社会を築くこともできない状況に陥るリスクが顕在化すると予想される。

■「育成しない社会」がもたらす長期的リスク
AIによる業務自動化の進展により、企業における人材戦略も大きく変容しつつある。「育てて戦力化する」という従来のアプローチから、「最初から使える人材」や「AIで代替可能な領域は自動化する」という即時効率化へと舵が切られている。
一見すると、これは合理的な判断に見える。即戦力人材を最適配置し、AIを活用して業務を効率化すれば、短期的なROIは大幅に向上する。しかし、その“最適化”は、組織にとっての「未来の芽」を摘む行為でもある。
育成を放棄した組織では、次世代リーダーの不在、組織文化・知見の継承断絶、若手を惹きつける魅力の低下、事業継承・成長のボトルネック化といった長期的リスクが顕在化する。つまり、「育てることをやめる」という選択は、数年後に深刻な構造的空洞を生む、戦略的負債でもある。
■成長を止める組織の「悪循環スパイラル」
さらに危機的なのは、この育成放棄が一種のスパイラル(連鎖反応)を生む点だ。育成機能の不全により若手が育たず、中堅層の負荷が増大してシニアも疲弊・離脱する。外部人材への依存が加速して組織の統一感が崩壊し、若手は魅力を感じず入社を回避するため採用力が低下する。
このような「育てない社会」は、企業単体ではなく、日本全体の産業基盤を脆弱化させるリスクすらはらんでいる。
■「人が仕事をする意味」とは
このような状況の中で、再評価すべきなのが“意味の創出”という観点からの人材戦略である。

たとえば、ECプラットフォーム大手Shopifyでは、「人間が業務を担う理由を明示できない限り、AIに代替すべき」という制度を導入した。逆説的だが、これは「人が仕事をする意味」を可視化し、再設計するための仕組みでもある。
Shopifyは、なぜこの業務はAIでは担えないのか、その業務は誰にどんな価値をもたらすのか、担い手としての“人間性”とは何かといった問いを社員に求めている。これらは、単なる効率化ではなく、「人間だからこそ果たせる仕事の意味」を構築し直す行為に他ならない。
■AIネイティブ世代が示す「学びの構造転換」
AIが脅威とともに新たな機会ももたらしている。今、Z世代・α世代を中心に、「学ぶ→できる」ではなく、「つくってみる→そこから学ぶ」という学びの順序が劇的に逆転しつつある。これは、単なる教育手法の進化ではなく、「学びの構造」そのものの変化を意味している。
かつては、アルゴリズムや構文などの基礎を学んだ後に、ようやくアプリ開発に取り組むというのが定石だった。しかし現在、AIツールやノーコード・ローコードプラットフォームの進化により、プログラミングの知識がなくても「とりあえずアプリをつくる」ことができるようになっている。
たとえば、小学生がChatGPTと対話しながらオリジナルのゲームを作ったり、高校生が生成AIを活用してAIチャットボットを構築するといった事例が急増している。こうした「つくってから学ぶ」という順序の逆転は、AIネイティブ世代にとってごく自然なアプローチになりつつある。
■AIは「教える存在」から「共に学ぶ存在」へ
この変化の核心には、AIの役割の転換がある。
従来、学習とは「教師→生徒」への一方向的な知識伝達だった。しかし生成AIやAIエージェントは、問いを投げれば即座に返してくれる“対話的な学習パートナー”となりつつある。
わからないことを聞き、その場で仮のコードや文章をつくり、自分なりに編集・調整して試してみる。そして結果をもとに再び対話しながら改良する。こうした“自己駆動型・反復型”の学びが、子どもから大人まで広がっており、AIはまさに「共に考える存在」へと進化している。
■「つくること」が新たなリテラシーになる
今後は、英語や数学と同じように、「AIツールで何かをつくれること」自体が新しい意味でのリテラシーになる。自分の興味から問いを立て、AIと一緒にそれを形にしてみる。結果から新たな問いや改良点を導き出し、社会や他者と接続して意味づけを行う。
このサイクルは、従来の「正解を覚える学び」とは決定的に異なる。むしろ、「意味を探索しながら創る」ことこそが、学びの中心になる。AIとともにアプリやサービス、エージェントをつくるという経験が、若者にとっては“職業訓練”であると同時に、“自己表現”であり、“社会との接点”にもなっているのだ。
■「学びの出口」が成長を決める
学びは、閉じた環境では深化しない。
若手が「自分のつくったものが誰かの役に立っている」「社会とつながっている」と実感できることが、成長を加速させる。
成果物をSNSやnoteなどに発信してフィードバックを得たり、社内・学内ピッチイベントで自分のプロジェクトを提案したり、地域課題に応じたPBL型課題に取り組んだり、ハッカソンやスタートアップコンテストに出場したりする。
これらはすべて、「自分の問い・つくる行為・他者との接点」が結びつく社会接続型の学びだ。ここで得られるのは、スキルや知識以上に、「自分の価値が誰かに届いている」というリアルな感触である。
この実感があるからこそ、若者は“つくる意味”を自ら再定義し、次の挑戦へと進んでいく。
AI時代における人材育成の変化は、単なる技術的な進歩ではない。それは学び方、働き方、そして社会の在り方そのものを根本から変える可能性を秘めている。「育てる意味」を再定義し、新たな育成モデルを構築することが、持続可能な社会の構築に不可欠なのである。
AIは確かに既存の構造を揺さぶる“脅威”でもあるが、同時に、人間の創造性や関係性、意味づけの力を問い直し、進化させる“機会”でもある。だからこそ、私たちはこの変化を恐れるのではなく、可能性として捉え、未来へ向かって育ちあう社会をともにつくっていかなければならない。育てる意味が問われる時代において、私たちが手放してはいけないのは、「人間を育てるとは何か」という根源的な問いだ。仕事とは単に“できる人”が担うものではない。“意味を生み出せる人”にこそ、未来は委ねられている。

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田中 道昭(たなか・みちあき)

日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント

専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
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