※本稿は、川畑亜紀『お人好しが損しない話し方の教科書』(日東書院本社)の一部を再編集したものです。
■日本人の雑談は社交辞令と決まり文句が多すぎる
ポーランド出身でグーグル・ジャパンの元人材育成統括部長ピョートル・フェリクス・グジバチさんが、著書『世界の一流は「雑談」で何を話しているのか』のなかで、このように書いていました。
日本人の雑談は社交辞令と決まり文句ばかりだ、と。
雑談というと、たいして重要ではない話題がどれだけ盛り上がったかに意識が向きがちです。しかしグジバチさんは、仕事関係の人が相手のときは他愛のない話題よりもっと意図的に仕事に関連した雑談をしたほうが有意義だ、と指摘しています。
たとえば、「先日の案件、その後、うまく進みました?」と声をかけるだけでいいんです。それだけで、こちらが相手のことをずっと気にかけていたと伝わりますし、このうしろに「かなりお忙しかったと思いますが、体調を崩されたりしていませんか?」と相手を気づかう言葉が加われば、なお良しです。
■雑談が苦手な人はネタのストック帳を作っておく
雑談は、仕事でもプライベートでも、人と人の距離をぐっと近づけてくれます。
しかし、雑談でなにを話したらいいのかわからないという悩みを抱える人も、意外と多いもの。そんなときに便利なのが、仕事、ニュース、天気、食べ物、地元の話題、娯楽系(アニメ・映画・スポーツ等)といったジャンルです。
ここでネタ選びについて解説するのには、理由があります。
話し上手な人は、総じてネタ上手。聞いてワクワクする、グッド&ニューなネタをいろいろ持っているんです。人はネガティブな話題ほど記憶に残りやすいものですが、話し上手な人は、そんなネタに新しい情報や視点を加えてポジティブな方向に持っていきます。
たとえば最近は円安問題が報道でよくクローズアップされますが、輸出メインの企業にとっては業績アップのチャンスだったりします。「そんな企業が業績好調でしょうから、営業をかけてみますね」と話をポジティブに展開させれば、周囲から「こいつデキるな」と思ってもらえるはずです。
そこでネタ選びが重要になってきます。しかし、いつも都合よくネタが転がっているわけではありません。だからこそ、ネタのストックが重要なのです。さきほど挙げた仕事、ニュース、天気、食べ物、地元の話題、娯楽系などのグッド&ニューなネタは鉄板ですが、これに加えて、相手が興味を持っていそうな話題まで集めて、ネタ帳を作っておきましょう。
この話題、面白い! そう思っても、人の記憶はじつに曖昧なもので、翌日にその話題を再現できるかというと、なかなかうまくいきません。だからこそ、ネタ帳にストックしましょう。そのネタをネットなどでちょっとだけ深掘りしておくと、後日の雑談内容もさらに充実したものになってくるはずです。
■ちょっとしたネタを深掘りして面白くする工夫
ネタ選びについて、もう少し深く考えてみましょう。
わたしたちは頭のなかでぱっと考えて「あのネタは面白い」「面白くない」と判断しがちですが、雑談上級者、コミュ強のネタ選びはひと味違います。ちょっと気になることがあったら、そのネタを深掘りし、「面白いネタ」に生まれ変わらせるのです。そして、そのネタを適切なタイミングでぽんと出してくるのです。
そこでみなさんが悩んでしまうのが、「深掘りってどうするの?」ということではないでしょうか。その例を、ご紹介しますね。
牛丼チェーンの吉野家のキャッチコピー「うまい、やすい、はやい」を深掘りしてみます。
吉野家は1899年に創業して120年以上の歴史を持つお店ですが、じつは現在の「うまい、やすい、はやい」というキャッチコピーが使われはじめたのは2000年代に入ってからだというのは、ご存じでしたか?
ちょっと年配の方なら、「わたしが子供のときから知っているよ」と思われたでしょう。しかし、じつはちょっと違うんです。
■「うまい、やすい、はやい」の変遷でひとネタ作る
このキャッチコピーが使われはじめたのは1970年代からで、その当時は「はやい、うまい、やすい」でした。
そう、3つとも吉野家が大切にするポリシーですが、フレーズの並び順が違うんです。これが90年代に入って「うまい、はやい、やすい」に変わり、2000年代に現在の「うまい、やすい、はやい」になりました。
これは、その時代ごとに吉野家さんがなにを一番大切にしてきたかを象徴しています。チェーン店として急拡大していた70年代にもっとも重視してきたのは、注文を受けてから提供するまでの早さ。だから、「はやい」が最初に来ました。これが90年代になると味の追求がもっとも大切にされ、「うまい」が先頭にきます。
2000年代も「うまい」が先頭ですが、長引く不況のなかで価格の安さが重視されて「やすい」が2番目になりました。奥が深いですね。
■深掘りしてストックするからこそ瞬発力が出る
映画『鬼滅の刃』について深掘りしてみましょう。2020年に大ヒットを記録し、観客動員数2950万人、興行収入400億円を突破したことは、みなさんもご存じのとおり。オーストラリアの総人口が2660万人ですから、ひとつの国の人口よりも多くの人が『鬼滅の刃』を観たんです。
ちなみに、世界遺産にも登録されているフランスの観光名所ルーブル美術館は、年間の入館者数が800万人。『鬼滅の刃』はその3.5倍の集客力を持っていたことになります。これってすごいことですよね。
いかがでしょう。これが深掘りです。吉野家のキャッチコピーも『鬼滅の刃』の動員数も、それだけならただの情報ですが、ちょっと調べて別の情報を組み合わせることで、面白いネタに生まれ変わりましたね。みなさんが普段なにげなく接している情報も、視点を変えた瞬間に「へえ!」と思えるものに変わります。そんな意識を持って周囲にアンテナを張り巡らせてください。
さきほど、ネタ帳を作りましょうと書きました。アウトプットする前提でインプットすることを心掛けて気になったことを書き留め、それを深掘りする。すると、その情報はネタ帳にストックされ、自然とあなたの頭の引き出しのなかにもストックされるのです。そうすれば、なにかの雑談でその話題が出てきたときに、さっとそのネタを披露できるようになります。
それこそが、瞬発力。
そう、瞬発力を持つコミュ強は、生まれ持った才能ではなく、ネタ帳から生まれるのです。
■問いかけに頼りすぎると不審がられる
会話のネタというのは日頃の積み重ねですから、いきなりネタ上手になれというのは、ちょっとハードルが高いですね。
これなら、話のテーマだけ決めてしまって、ネタそのものは相手から出してもらい、それを膨らませていくだけです。そこで思い掛けない話題に展開していくこともあるでしょう。じつにお手軽な方法ですから、覚えておいて損はありません。
しかしここで、注意すべきことがあります。
質問攻めにしない、という点です。とくに初対面の人や付き合いの浅い人に対しては、知りたいこともたくさんあるでしょうが、矢継ぎ早な質問は逆効果。かえって相手に警戒心を植えつけてしまいかねません。
「どちらにお住まいですか?」
「なにをしに来たんですか?」
「ご出身はどちらですか?」
「お仕事はなにをされているんですか?」
「お子さんはいらっしゃいますか?」
「きょうはお休みなんですか?」
どうでしょう。一方的にプライベートな内容の質問が連続した場合、質問された側はまるで尋問されているように感じてしまうのではないでしょうか。なぜこんなことを訊いてくるんだろう。
初対面でこんな印象を持たれてしまったら、もうコミュニケーションどころの話ではありませんね。次第に質問に対する答えも消極的なものになって、会話が途切れてしまうに違いありません。
■自分がオープンになれば、相手もオープンになる
そこで大切になってくるのが、自己開示です。まずは自分の情報を相手に示すことで、同じように答えてもらいやすい会話の流れを作るのです。
「わたし、東京から来ました。あなたはどちらから?」
「神戸からです」
「神戸、いい街ですね。そこにお住まいなんて、羨ましいです」
ほら、これなら自然と会話が膨らんでいきますね。相手もどの程度の情報で答えればいいのかわかりやすいので、「ズケズケ訊く失礼な人だな」と思われません。
雑談はフランクに広がって、相手からの印象も良くなるはずです。
自己開示+あなたは?
これが、雑談の基本です。
会話はよくキャッチボールにたとえられますが、単に話すターンが互いに行き来するだけでなく、自己開示や感想、新しい情報、質問などが同じレベルで往復することで、会話として成立するのです。それをスムーズに展開するために、まずは呼び水として自分の話をするわけです。
これは普段の生活のなかでもビジネスの相手でも同じこと。互いに気持ちよく自分を示せるように、バランスが偏らないよう気をつけましょう。
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川畑 亜紀(かわばた・あき)
フリーアナウンサー
神戸大学文学部卒業。静岡エフエム放送で局アナウンサーとしてキャリアをスタートし、のちにフリーアナウンサーへ転身。NHK大阪や毎日放送など、関西の放送局で多数のレギュラー番組を担当。一般社団法人戦略的コミュニケーション力育成協会(ASK)を立ち上げ、企業・教育機関・行政機関を対象に、「伝える力」に特化した人材育成を行っている。
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(フリーアナウンサー 川畑 亜紀)