※本稿は、川畑亜紀『お人好しが損しない話し方の教科書』(日東書院本社)の一部を再編集したものです。
■日本語は大切なことがいちばん最後に来る言語
日本語は、大切なことが一番あとにきます。最後まで聞かないと、相手がなにを伝えようとしているのか、まったくわからないんです。
たとえば、「わたしは、あなたが好き……」と言ったとします。しかしこのあとにどんな言葉がつづくかで、その意味は変幻自在です。
「あなたが好きです」
わあ、うれしいですね。しかし、他にもいろんな言葉がつづく可能性があります。
「あなたが好きではありません」
最後の最後でガッカリです。
「あなたが好きでした」
過去形です。なんともフクザツです。
「あなたが好きだと勘違いしていました」
これはもう立ち直れません。
こんな具合ですから、とにかく最後のひと言を聞き届けるまで、気を抜くことができません。述語は早い段階で語るほうがいいのです。
■主語と述語が離れると主題が曖昧になる
主語と述語を近づける、と聞くと「なんだ、そんなことか」と思われるかもしれません。ところが頭のいい人、語彙力がある人、文章力がある人ほど、背景や根拠を丁寧に説明しすぎて、結論が最後になってしまいがちです。ビジネスの現場でこそ、「まず結論」。そのあとに理由や根拠を添える構成が、伝わる話し方です。
例を出しますね。
良い例:「この資料、見づらい部分を改善しましょう」
悪い例:「この資料、情報量が多いですね。グラフも細かいし、数字もあちこちに書かれていて……、見づらいので改善が必要ですね」
悪い例だと、褒められているのか問題点の指摘か、最後までわかりません。
先に主語と述語をつなげてから、あとで、理由や背景を足す。これだけで、あなたの話は一気に“伝わる話”になります。
ビジネスだけでなくプライベートでも同じです。
わたしの過去の実話を書きます。高校時代に男の子に告白したときのことです。
放課後、勇気を出して呼び出して、心臓がバックバクになりながら、
「◯◯くんは数学が得意で、テスト前いつも教えてくれて、サッカーもすごくて、チームメイトも大事にしてて……」
いいところを並べ立てておりましたら、かれがひと言、
「で? 俺、なんで呼び出されたの?」
と結論を急かされ、
「あ、うー、好きです……」
という締まりのない告白シーンでした。思い出すといまでも転げ回りたくなるほど恥ずかしい黒歴史のひとつです。
結論が遅れても、気持ちが伝われば結果は出ることもあります。でもビジネスでは、そうはいきません。
想いがあるなら、まず届ける。伝え方ひとつで結果は変わる。そんなことを、いまになって思い出すんです。
■頭のいい人ほどやりがちな「かかり言葉」の多用
主語と述語を近づけるのが、頭のいい人ほど難しい、と書きました。これと同じように、頭のいい人ほどやってしまいがちな、でも「話し言葉」では使わないほうがいい表現方法があります。それが、かかり言葉です。
かかり言葉とは、次の例文のような言葉です。
「明治時代に当時の最高の建築家である辰野金吾氏によって建設され、その後ずっと改築を繰り返しながら美しさを保ってきた東京駅」
ここでは「明治時代に~保ってきた」までが、「東京駅」へのかかり言葉です。
「明治時代の話をするのかな」と思いながら聞きつづけ、途中で「辰野金吾さんの話かな」と考え直し、「それとも建物の改築に関する話かな」と混乱しはじめ、最後になってようやく「東京駅」が主語だったと判明します。
どっと疲れが出てきませんか?
■文章ならOKな表現も話し言葉ではNGになる
これは新聞や小洒落たエッセイなどでよく目にする表現方法で、長いかかり言葉と体言止めというふたつの文章テクニックを使用しています。
読む文章ならOKなんです。でも、話し言葉ではNG。活字ならもう一度読み返して確認できますが、相手の言葉を耳で聞いているときには、言葉をさかのぼって確認することはできないのです。
(1)情報をできるだけ詰め込んで伝える記事や論文調の文章は話し言葉には不向き。
(2)親切のつもりで言葉を重ねるほど、相手が負担に感じてしまいます。ですから、このような表現は避け、できるだけシンプルな言葉を重ねていくほうがいいのです。
そこで、さきほどの例文を、次のように分解してみました。
「東京駅は、美しい建物ですね」
「明治時代、当時の最高の建築家である辰野金吾氏が設計しました」
「これまでに何度も改築を繰り返し、みなさんに愛されて美しさを保ってきました」
どうでしょう。
■「頭が悪そうに聞こえるかも」ぐらいがちょうどいい
職場で話すとき、自分をアピールするために少しでも高等な表現方法を使いたくなる気持ちはわかります。しかしそれ以上に、「東京駅」という主題をきちんと最初の主語に持ってきて、「いまから東京駅の話をするよ」と相手に伝えることが大事。
極端な例だと、次のような形でもいいのです。
「東京駅の話をします。明治時代に当時最高の建築家である辰野金吾氏によって建設され、その後、ずっと改築を繰り返しながら美しさを保ってきました」
最初の例文で文末にあった「東京駅」を最初に持ってきただけで、ずっと理解しやすくなりましたね。
基本は、小学生でもわかる言葉。頭が悪そうに聞こえてしまうんじゃないか、と心配してしまう気持ちもわかります。
しかしじつは、話し言葉はこれくらいでちょうどいいんです。
■「早めにやっておいて」のあいまいさが招く悲劇
あいまい語とは、なんでしょう?
あいまいを漢字で書くと、曖昧。辞書を引くと、はっきりしない、たしかでない、ぼやけている、あやふやなどと説明されています。いかにも、ビジネスシーンでは嫌われそうな言葉ですね。しかし、あいまい語とはどんな言葉なのか、それこそ曖昧です。
上司「いま進行中の案件、進捗具合は?」
部下「がんばって作業中です」
こんな返事をしたら、はたして上司はどう思うでしょう。プロジェクトの具体的な進捗を確認しているのに、がんばっている心境が報告されただけです。しかも、どれくらいのがんばり具合なのか、はっきりした基準がありません。これでは、それがいいことなのか悪いことなのかさえわからず、評価のしようがありません。ですからこうしたワードは避け、スケジュールやノルマの何割が達成された、などの具体的な成果内容を話すように心掛けましょう。
「早めに」なども、典型的なあいまい語です。
「これ、早めにやっておいて」と上司から言われた場合、それを部下はどれくらいの急ぎ具合に解釈するでしょう? 「きょうの終業時刻まで」なのか、「今週末まで」なのか、かなり幅がありそうです。終業時刻までを期待していたのに部下が今週末締切のつもりでまだなにも作業に取り掛かっていなかったら、大きなトラブルになりそうですね。
これは、部下が上司に言う場合でも同じ。「早めにやっておきます」のゴール設定時間が明確でないと、上司は自分に都合のいい時間帯を勝手に想像してしまうでしょう。そこで「3時間以内に」「18時までに」「今週金曜の朝イチまでに」など、日付や時間を具体的に伝えることで、無用なトラブルを回避できます。
■相槌が「すごい」「さすがです」で終わってしまう人は多い
じつは職場の会話のなかでも、あいまい語は頻繁に使われています。
しかし、多くの人はそれ以上の言葉が出てこなくて、詰まってしまいます。「さすが」や「すごい」を別の言葉で言い換えようとしていい表現が見つからず、「語彙力がないなあ」と思い込んでしまいます。
違うんです。「すごい」という言葉を使うのは悪くありません。これを言い換える言葉を探すのではなく、注目したポイントも一緒に表現してください。
■何がどうすごいのか、言葉にすると賢さが伝わる
以前、わたしのインスタライブを視聴してくださった方から、「あき先生の配信をいつも聞いています。毎日声のトーンや表情を変えられるなんて、すごいですね」というメッセージをいただいたことがあります。
とても上手なコメントを自然に書かれていて、感動してしまった記憶が残っています。
このコメント、「すごい」と感じた理由をしっかり説明できているんですよ。
みなさんも、なにか「すごい」と感じるものがあったとき、「なにが」「どうした」から「すごい」のか、それを言葉にしてみてください。たとえば「上司の◯◯さんすごいよね」よりも、「全員の違う意見をひとつにまとめて、すごいですね」と言ったほうが、相手に感動ポイントがしっかり伝わります。「すご~い」しか言えないと、どうしても薄っぺらく見えちゃいます。こちらの分析力の高さを示す意味でも、具体的な表現を心掛けるようにしましょう。
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川畑 亜紀(かわばた・あき)
フリーアナウンサー
神戸大学文学部卒業。静岡エフエム放送で局アナウンサーとしてキャリアをスタートし、のちにフリーアナウンサーへ転身。NHK大阪や毎日放送など、関西の放送局で多数のレギュラー番組を担当。一般社団法人戦略的コミュニケーション力育成協会(ASK)を立ち上げ、企業・教育機関・行政機関を対象に、「伝える力」に特化した人材育成を行っている。
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(フリーアナウンサー 川畑 亜紀)