物流業界のドライバー不足によって、これまでの宅配サービスが維持できなくなっている。物流ジャーナリストの坂田良平さんは「離島に住む人がより高い宅配料金を負担するように、消費者の都合によって生じる追加コストは、消費者自身が負担すべき時代になりつつある」という――。

■「置き配を標準化」ニュースは正確ではない
「置き配が標準化される」「対面手渡しを指定すると、追加料金を取られるようになる」との報道が過熱している。
『置き配』が標準、手渡しは追加料金」と報じた朝日新聞記事に対しては、Yahoo!ニュースで7000件を超えるコメントが付いた。
これらの報道には誤解も含まれているのだが、一方で宅配便の再配達問題を含む物流クライシスがついに国民に対して「痛みの負担」を求める段階に至ったというマイルストーン(転機)とも捉えられる。
2025年6月26日に開催された「第1回 ラストマイル配送の効率化等に向けた検討会」では、ドローンおよび自動配送ロボットのような先進的な配送テクノロジーの社会実装状況、過疎化が進む農村部における物流網の維持、特に都市部における貨物集配車両に対する駐車許可の見直しなどが議題に挙がった。
このときどのような説明や問題提起が行われたのか、検討会に参加していない筆者には分からないが、少なくとも該当する資料の中には「手渡しを有料化する」という記述はない。
ただ、議題の1つとして再配達問題が挙がり、さらにそのポイントとして、宅配便の基本ルールを定めた「標準宅配便運送約款」(※)に置き配の規定がない旨が指摘された。
どうやらこのやりとりが誇張され、「今後、宅配手渡しには追加料金が発生する」という報道につながったようだ。
※宅配便事業者と利用者の間で交わされる運送契約の雛形であり、政府が定めたもの。なお強制力はなく、例えばヤマト運輸の宅配便運送約款では、既に置き配に関する記述がある。
■国交相が釈明するも、報道は収まらず
実際、検討会翌日に行われた中野洋昌国土交通大臣の会見では、「置き配の位置づけを検討するものであって、すぐに『宅配の手渡しに追加料金が発生する』という議論ではない」という趣旨の説明が行われている。
TVやラジオといった一般メディアでは、消費者に痛みを強いるニュースを好む傾向がある。
本件に関しても、検討会で取り上げられた他の議題についてはほぼ報じられず、「置き配の標準化と対面手渡しの追加料金化」という誇張報道が大勢を占めていることは残念である。

あくまで筆者の推測だが、宅配において置き配を標準とする方針は実現すると考える。ただ、対面手渡しを指定すると追加料金が取られるというところまで踏み込むかどうかは不透明だ。
■再配達を減らすという目標は未達成
2023年6月、岸田文雄政権は「物流革新に向けた政策パッケージ」を発表、再配達を2024年度中に6%まで削減するという目標を掲げた。
しかし2025年4月の再配達実績は8.4%、目標は達成できなかった。政府が置き配の標準化を検討するのは、再配達削減対策が結果を出せていないという焦りがあるのだろう。
今回の「置き配の標準化と対面手渡しの追加料金化」報道に対し、世間ではさまざまな拒否反応が起きている。
・盗難への不安

・荷物の伝票などから、個人情報などが流出するという懸念

・オートロックで宅配ボックスがないマンションなどに住んでいるため、対面手渡ししか選択肢がないことへの不満
拙記事「『置き配』が盗まれても泣き寝入りするしかない…『身近にいる犯人』から荷物を守る“4つの自己防衛策”」では、「置き配のトラブルで最も多いのは荷物の水濡れ」「置き配利用者の23人に1人が置き配盗難を経験したことがある」「置き配を盗む人は、出来心で手を出した素人犯罪者が多い可能性が高い」といったポイントを報じた。
■置き配盗難の実態はだれも知らない
盗難に関する不安は、やはり大きいだろう。
置き配盗難におけるリスクはきちんと検証されていない。
警察庁は、置き配盗難の発生件数を公表していないし、そもそも置き配盗難においては、被害届が出されていないケースの方が多いはずだ。なぜなら、多くのEC・通販事業者は、「盗難された」という顧客の申し出に対し、返金や代替品の手配といった救済策を講じているため、警察への届け出そのものが行われていないケースも多いと推測されるからである。
また昨今取引量が増えているメルカリやラクマ、Yahoo!オークションといった個人間売買サービスにおける置き配盗難も課題である。

個人間売買サービスでは、そもそも置き配盗難における責任と役割(※警察への届け出など)が、出品者、購入者、個人間売買事業者、宅配会社のいずれに存在するのかというルールが世間的に周知徹底されているとは言い難い。
サービス事業者側は盗難保険サービスを提供しているが、出品者、購入者の双方に発生する被害者感情がエスカレートし、さらなるトラブルに発展するケースも散見される。
■これまで配達員が引き受けてきた負荷
住環境の問題で置き配ができない、あるいは盗難への不安などから置き配をしたくないという人々の不満は理解できる。「置き配は嫌だけど、かといって宅配ボックスを設置するような負担を強いられるのも嫌だ」という人もいるだろう。
こういった人々は、置き配が標準化されることによって生じる宅配サービス低下と自身への悪影響を懸念している。
しかし、住環境や個人の考え方に起因する配送負荷の差を、これまではすべて配達員や運送会社が引き受けてきたという事実にも目を向けてほしい。
不在がちで繰り返し再配達をさせられるケース。
エレベーターのない集合住宅、あるいは配達先の立地の関係で、何十段も階段を上り下りせざるを得ないケース。
巨大タワーマンションなどで配達員が利用できるエレベーターや駐車スペースに制限があり、1件の配達に長い時間を要するケース。
■配達をめぐる「本当の不公平」とは
宅配の現場等を取材すると、配達員から「やはり置き配は助かりますよ」という声をよく聞く。
配達員の立場で言えば、配達車両を玄関先に停車、置き配ですぐに配送が終わる配達先も、1件10分以上の時間を要するタワーマンション内での配達も、配達員(※特に個人事業主の軽バン配達員)がもらえる対価は同じである。
高層マンションに住んでいて「宅配ボックスまで荷物を取りに行くのが面倒だから」と手渡しを要求する人も、「アパートだと盗難が不安」と手渡しを要求する人も、それぞれの住環境におけるメリット・デメリットを把握したうえで、その住まいを選択したはずだ。

そのデメリット解消手段を配達員や運送会社に求めるのは本質的ではないだろう。
加えて「配達に手間がかかる人」のコストを、巡り巡って「配達に手間がかからない人」が負担しているという宅配料金の構造も不公平である。
■「再配達有料化」で想定される弊害
ちなみに「再配達削減には再配達有料化が有効」という意見があるが、これはむしろ再配達を増加させ、物流を疲弊させる可能性が高い。
・再配達が増える懸念
「有料なんだから再配達はOK」と考える人が増え、これまで再配達を避けてきた人も積極的に利用し、再配達が増加する可能性が高い。行動経済学では、類似の現象がいくつも観察されている。
・返品物流が増える懸念
EC・通販事業者の多くが提供している無料返品制度を悪用し、一度返品してから再び同じ商品を購入すれば再配達料金は発生しない。
売上が発生しない返品物流が増えれば、EC・通販事業者、物流事業者らの収支を悪化させる可能性がある。
■全員に”対面手渡し”できる余力はもうない
「2040年には、ドライバー不足によって『荷物が届くかどうか』が、人が住める地域を決めることになり、日本の4分の1の地域は事実上、居住不可能になる」という未来予測がある。
社会インフラとしての物流に求められる本質的な役割とは、いかなる地域も物流ネットワークから孤立させず、モノを届け続けることである。ただしこの負担は、当然ながら利用者自身が引き受けるべきだ。
離島に住む人がより高い宅配料金を負担するように、消費者の住環境や考え方などによって生じる追加コストは、消費者自身が負担すべきである。
宅配便の手渡しは、確かに日本の物流が誇るべき品質の1つであった。
しかし残念ながら、もはや宅配事業者にはこの品質を保つだけの余力(人員)がなくなってきている。
今後、少子高齢化による人手不足がさらに深刻化する日本社会において宅配サービスを継続するためには、置き配の標準化によって消費者に痛みを強いてでも、再配達を削減し配達効率を向上させなければならないというのが政府の判断なのだろう。
なお、本当に置き配が標準化され、手渡しが有料化されるかどうかは、今後の検討結果を待つ必要があることは、重ねて強調しておく。
本件は「国民に痛みを強いてでも再配達削減、ひいては物流クライシス対策を進めなければならない」という政府の覚悟であり、政策の転機にもなるかもしれない。
より大きな痛みを回避するために、小さな痛みは許容する。
物流クライシス対策は、この局面へと突入しつつあるのだ。

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坂田 良平(さかた・りょうへい)

物流ジャーナリスト、Pavism代表

「主戦場は物流業界。生業はIT御用聞き」をキャッチコピーに、ライティングや、ITを活用した営業支援などを行っている。物流ジャーナリストとしては、連載「日本の物流現場から」(ビジネス+IT)他、物流メディア、企業オウンドメディアなど多方面で執筆を続けている。

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(物流ジャーナリスト、Pavism代表 坂田 良平)
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