■「背中だけ老化する人」が増えている
「最近、背中が丸くなった」「歩きにくくなった」。内臓は元気でも、背中だけが老いてつらそうな中高年が増えています。
その背景にあるのが「酸化ストレス」です。私たちは酸素で生きていますが、その消費・代謝の過程で“活性酸素”という有害な物質が生まれ、DNAやたんぱく質、細胞や組織を少しずつ傷つけていきます。いわば“体のサビ”です。
どの細胞でもそうですが筋肉や骨、椎間板など、背中の組織もサビの影響を受け、目に見えないうちに老化が進みます。私は年間3000人以上の多くの患者さんを診てきましたが、「背中だけが先に老けている」人の多さに驚かされます。そのたびに「もったいない」と感じます。
内臓が元気でも、背中が曲がると転びやすくなり、動けなくなる。腰痛や寝たきりにつながることもあります。でも、早く気づけば、未来は変えられます。
■健康寿命より先に尽きる「背中の寿命」
日本は世界でもトップクラスの長寿国ですが、「背中だけが先に老けている」人が多く見られます。
背中は、姿勢を保ち、歩き、呼吸し、内臓を支える重要な部分。ここが弱ると、転びやすくなり、動けなくなり、元気そうに見えても生活の質が一気に落ちてしまいます。
つまり、「背中の寿命」が「体の健康寿命」よりも早く尽きてしまっているのです。
その原因のひとつが「酸化ストレス」。体内で発生する“さび”のようなダメージが、背中の筋肉や骨、椎間板をじわじわ傷めていきます。このスピードを少しでもゆるめることが、背中の老化を防ぐカギになります。
これまでの連載では、「背中の丸まりは死亡率を高める」「老化は背中から始まる」「背中を伸ばす“老い出し体操”」などを紹介してきました。
今回は、背中をむしばむ“さび”──酸化ストレスの正体と対策について、私の研究と診療の現場からお伝えします。
■背中を内側からむしばむ「体のさび」
「活性酸素」とは、がんや心筋梗塞などの原因にもなる、攻撃的な酸素の一種。細胞膜やDNAを傷つける性質があります。
これに対して私たちの体は、この活性酸素を打ち消す仕組みを持っています。しかし、加齢やストレス、睡眠不足、偏った食生活などが続くと、そのバランスが崩れ、体の内側で酸化ダメージが広がっていきます。これが酸化ストレスです。
鉄がさびてボロボロになるように、体もじわじわとむしばまれていきます。私は、この見えない“さび”こそが、背中を老いさせる大きな原因だと考えています。
背中の筋肉、背骨、椎間板──姿勢や動作を支えるこれらの組織は、いずれも酸化に弱いことが、最近の研究でわかってきました。
■“酸化ストレス”で背中の筋肉がボロボロに
背中やお腹の奥には、「抗重力筋」と呼ばれる大切な筋肉があります。これは、私たちが立つ、歩く、姿勢を保つために欠かせない存在です。
ところが最近、この大事な筋肉が、内側から少しずつ弱ってしまう人が増えています。その見えない原因のひとつが、酸化ストレスです。酸化ストレスとは、体の中でたまっていく“サビ”のようなもの。ストレスや加齢、睡眠不足や食生活の乱れなどが重なると、体の細胞がじわじわ傷ついてしまうのです。
私たちの体の中には、エネルギーをつくる“工場“のような場所があります。そこは「ミトコンドリア」といいます。このミトコンドリアが元気に働かないと、細胞を動かす力(エネルギー)が作れなくなってしまいます。
そうすると、筋肉であれば筋が細くなり、動きにくくなり、体を支える力も弱ってしまう──それが、背中の衰えにつながっていくのです。
■“からだのサビ”が骨をむしばむ
私たちの研究チームは2024年、背骨の手術を受けた患者さんの背中の筋肉を詳しく調べました。その結果、「体のサビ」が多い人では、背骨のゆがみが強く、握力も弱く、筋肉の中の“工場(ミトコンドリア)”の働きが低下していることが確認(*1)されました。
つまり、「年だから」「運動不足だから」ではなく、体の中にたまる“サビ”が、背中の老化を早めている可能性があるのです。逆に言えば、ウォーキングやダイエットなど健康に良いと思われることを一生懸命やっていたとしても、”サビ“がたまってしまえば老化は早まってしまう、ということです。これは、まだ多くの人に知られていない新しい視点ですが、見逃せない事実です。
骨粗しょう症と聞くと、「加齢」や「カルシウム不足」を思い浮かべる方が多いでしょう。けれど実は、「酸化ストレス」も、骨を弱らせる見逃せない要因です。
私たちの骨は、日々「壊す細胞(破骨細胞)」と「つくる細胞(骨芽細胞)」が働き合い、古い部分を壊し、新しい骨に生まれ変わる──この“骨リモデリング”を繰り返しています。
ところが、酸化ストレスがたまると、このバランスが崩れます。つくる力が弱まり、壊す力が優位になる。すると、骨は内側からじわじわともろくなっていくのです。高齢者の転倒や骨折も、「年のせい」ではなく、骨の中に酸化ダメージが蓄積していのではないかと思われるようなケースも多く見られます。
実際、私たちの研究では、抗酸化酵素SOD2を欠損させたマウスの骨強度が弱くなっていく様子を確認しました。一度もろくなった骨は、元に戻すのが難しい。だからこそ、酸化を防ぎ、“骨をサビさせない”生活習慣が、骨折や寝たきりを防ぐカギになるのです。
(*1)
・Takahashi R, Nojiri H, Ohara Y, Fujiwara T, Ishijima M. Decreased grip strength is associated with paraspinal muscular oxidative stress in female lumbar degenerative disease patients. J Orthop Res. 2024 Oct;42(10):2287-2295. doi: 10.1002/jor.25863. Epub 2024 Apr 22. PMID: 38650087.
・Kobayashi K, Nojiri H, Saita Y, Morikawa D, Ozawa Y, Watanabe K, Koike M, Asou Y, Shirasawa T, Yokote K, Kaneko K, Shimizu T. Mitochondrial superoxide in osteocytes perturbs canalicular networks in the setting of age-related osteoporosis. Sci Rep. 2015 Mar 16;5:9148. doi: 10.1038/srep09148. PMID: 25779629; PMCID: PMC5376208.
・Tamagawa S, Sakai D, Nojiri H, Nakamura Y, Warita T, Matsushita E, Schol J, Soma H, Ogasawara S, Munesada D, Koike M, Shimizu T, Sato M, Ishijima M, Watanabe M. SOD2 orchestrates redox homeostasis in intervertebral discs: A novel insight into oxidative stress-mediated degeneration and therapeutic potential. Redox Biol. 2024 May;71:103091. doi: 10.1016/j.redox.2024.103091. Epub 2024 Feb 19. PMID: 38412803; PMCID: PMC10907854.
■“背骨のクッション”もサビに弱い
酸化ストレスは、筋肉や骨だけでなく、背骨のクッション「椎間板」にも深く関わっています。
椎間板は、背骨と背骨のあいだにあるゼリー状の軟骨。ジャンプや衝撃を吸収する“クッション”の役目を担っています。ところが、酸化ストレスによって細胞が傷つくと、水分や弾力が失われ、ペタンコに潰れてしまうのです。
もともと椎間板は血流が乏しく、酸素の届きにくい環境。
椎間板がつぶれると、背骨のバランスが崩れ、姿勢の乱れや腰痛、足のもつれ、転倒などのトラブルを引き起こします。さらに神経が圧迫されると、下肢のしびれや痛みにもつながります。
近年の研究(前掲論文)では、活性酸素(スーパーオキシド)と、それを除去する酵素「SOD2」が、椎間板の老化と密接に関係していることがわかってきました。
「年齢のせい」と片づけていた不調。その裏に、“背骨のさび”が静かに潜んでいるかもしれません。
■サビない背中は食卓から始まる
「背骨までさびるの?」と驚く方もいるかもしれません。でも実際、背骨や筋肉、椎間板は、酸化ストレスでじわじわ傷んでいくのです。
そんな“サビ”から体を守ってくれるのが、「ビタミンC」です。美肌に良いことで知られていますが、じつは優れた抗酸化成分でもあり、体の中のサビを防いでくれます。
たとえば、キウイ、赤ピーマン、ブロッコリー、みかんなど。こうした食材を、毎日の食事にちょっと加えるだけでOK。
■“どろどろ生活”が背中を老けさせる
酸化ストレスに立ち向かうには、「活性酸素を増やさない」ことも大切です。実は私たちの生活には、背中の細胞をさびつかせる習慣がたくさん潜んでいます。
・揚げ物や加工食品のとりすぎ
・たばこや過度のアルコール
・睡眠不足や慢性的な疲れ
・紫外線を浴びすぎる毎日
・無理な運動や急なダイエット
こうした“どろどろ生活”を少しずつ見直すことが、背中の健康を守る第一歩になります。さらに、次のような抗酸化栄養素もおすすめです。
・ビタミンE(アーモンド、ピーナッツ、ホウレンソウ)
・ポリフェノール(赤ワイン、ココア、緑茶)
・カロテノイド(にんじん、トマト、かぼちゃ)
どれも、スーパーで手に入る“ふだんの食材”ばかり。すぐに効果は出なくても、積み重ねが5年後、10年後のあなたの背中を支えてくれるはず。まずはひとつ、「今日から」始めてみましょう。
■少しでいいから「毎日背中を使う」ことが大切
食事や生活習慣も大切ですが、それだけでは背中は守れません。背中は「動かさないと老けてしまう」場所。長時間の座りっぱなしや猫背の姿勢が、背骨や筋肉をじわじわ弱らせていきます。
私は、誰でも簡単にできる「老い出し体操」をおすすめしています。全部やらなくても大丈夫。まずはできる動きを、1日1分から始めてみましょう。詳しくは前々回の記事に掲載したイラストをご覧ください。
運動が苦手な人でも、深呼吸を意識するだけでOK。背中の筋肉がゆるみ、血のめぐりもよくなります。日常のちょっとした工夫も効果的です。
・歯みがき中に、背すじをピンと伸ばす
・エスカレーターではなく、階段を1階分だけ使う
・椅子に座っているときにおなか伸ばし体操をする
「ちょこちょこ背中を使う」ことが、さびない背中をつくるコツです。今日から、少しずつはじめてみませんか?
■「背中の健康」が未来を作る
「自分の背中に、もっと目を向けてほしい」──そんな思いで、私は『人は背中から老いていく』(アスコム)という本を書きました。
背中の老化は、まだあまり知られていません。だからこそ、私はこの本で「背中の老化」に真正面から切り込みたかったのです。実際には多くの人が悩んでいます。早く気づけば、対策ができる。私はそう信じています。
読者の皆さまにも、今日から「背中を意識すること」を始めてほしいのです。いきなり大きく変えなくてもかまいません。少しずつでも、“背中の老い”をゆるやかにできれば、それが未来の元気につながります。
いま、あなたの背中はどんな姿勢をしていますか?
背中を守ることは、未来のあなたを支えること。どうか、未来の自分のために、背中をいたわってあげてください。
幸せに老いましょう。
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野尻 英俊(のじり・ひでとし)
医師、医学博士
整形外科専門医、脊椎脊髄外科専門医、脊椎脊髄外科指導医。1997年、順天堂大学医学部を卒業後、同大学附属順天堂医院にてキャリアをスタート。的確な診断と精度の高い手術を心がけて研鑽を積み、これまでに数多くの背中に問題を抱える人々を救ってきた。現在は、2019年に新設された同大学の脊椎脊髄センターで、副センター長の重責を担っている。専門は脊椎変性疾患、脊柱変形。著書に『人は背中から老いていく 丸まった背中の改善が、「動ける体」のはじまり』(アスコム)がある。
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高橋 誠(たかはし・まこと)
医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント
1963年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。ミズノスポーツ広報宣伝部、リクルート宣伝企画部、米国西海岸最大の製函会社でのパッケージ・デザイン営業・マーケティング(LA12年)、ゴルフ場経営(山梨2年)、学校法人慈恵大学広報推進室長(東京16年)を経て、2020年より現職。日米複数法人通算40年の広報宣伝業務を通じ、メディア・医療関係者と幅広い交流網を構築。現職にてメディアと医師をつなぐ。プレジデントオンライン「ドクターに聞く“健康長寿の秘訣”」、月刊美楽「幸せなおじいちゃん、おばあちゃんになろう」、月刊源喜通信「食と健康」で医療・健康コラムを連載中。主な出版プロデュースは『世界一の心臓血管外科医が教える 善玉血液のつくり方』(2025年、渡邊剛著、坂本昌也監修、あさ出版)、『心を安定させる方法』(2024年、渡邊剛著、アスコム)。趣味はゴルフ、ワイン(日本ソムリエ協会ワインエキスパート#58)。
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(医師、医学博士 野尻 英俊、医療・健康コミュニケーター 病院広報コンサルタント 高橋 誠)