顧客との会話を弾ませには何を話せばいいか。元JALのCAで研修コンサルタントの香山万由理さんは「気の利いたセリフを言う必要はない。
閑古鳥が鳴いていたあるクリニックは、傾聴を徹底したことで、またたく間に患者さんであふれかえるようになった」という――。
※本稿は、香山万由理『仕事ができる人は、「人」のどこを見ているのか』(光文社)の一部を再編集したものです。
■相手目線で自分の発する音に意識を向けてみる
仕事ができる人は、「返し」を見ている
あなたは近くでこんな音が聞こえたとき、どのように感じますか?
①ガタガタガタガタと貧乏ゆすりをしている

②首や肩の骨をしょっちゅうゴキゴキ鳴らしている

③パソコンのキーボードを打つ音が大きく、特にエンターキーをダーンッと叩く

④はあ~はあ~と何度もため息をついている

⑤くちゃくちゃと音を立てて咀嚼している

⑥ズルズルと音を立ててスープを食べている

⑦ドンドンドンドン!と大きな足音を立てて歩いている

⑧ウホン!ウホン!と咳払いを連発している

⑨食器をお箸でカンカンカンと叩く

⑩シーシーと音を立てながら、ようじで歯の汚れを取っている
これらは、不快に感じる音の代表的なものです。
相手が無意識のうちに立てる音が気になり始めると、やがて嫌悪感に変わる、という話はよくあることです。それほど、他人が無意識に発している音は、私たちの感情にまで大きな影響を与えるのです。
「なんだかわからないけど、あの人、苦手」という場合には、その人の発する音に不快感を抱いているのかもしれません。逆に、なんだか避けられていると感じるときは、自分の発している音を意識してみることです。音を注意してくれる人はなかなかいないので、自分自身で気づいて直していくことが必要です。
■地味にイラッとさせる言葉は嫌われる
これも音の一種といえますが、口グセも要注意です。誰かと話していて、地味にイラッとさせられる言葉ってありますよね。本人は意識していないのに、ポロッと出てくるような言葉です。
たとえば、次に挙げる会話(1)~(4)の中でCさんの発言に注目してください。

(1)

Cさん「この間、上司のメールにムカついたんだよね。人に全部丸投げしてきて、しかも上から目線。この上司、どう思う?」

同僚「ああ、それは感じ悪いよね。その上司はメールのマナーを知らないのかもね」

Cさん「いや、そうじゃなくて、その上司は元々性格が悪いんだよ」【相手の言葉を即座に却下する】
(2)

Cさん「この前のプロジェクト、うまく進みそうなんだ」

同僚「それは、良かったね。いつも頑張っているからだね!」

Cさん「ていうか、オレの実力を周りが認め出したんだよ」【相手の称賛をすりかえる】
(3)

Cさん「この提案資料について、どう思うかアドバイスいただけますか」

先輩「はい、もちろんです。(提案資料を見て)そうですね、このX案とY案の違いがわかりにくいので、図を入れてみたらどうでしょうか」

Cさん「でも、ここに図を入れるとゴチャゴチャすると思うんですよね」

先輩「そうですか……それでしたら、この案についてひと目でわかるキャッチフレーズを考えてみてはいかがですか?」

Cさん「いや、これをひと言で表現するのは無理ですね」【いちいち反論する】
(4)

友人「ねえねえ、今度新しくできたこのパンケーキのお店行ってみない?」

Cさん「いや、混んでるよ」

友人「今すぐじゃなくていいから、今度行こうよ」

Cさん「だけどパンケーキなんて食べたら太るでしょ」

友人「確かに太るかもしれないけど、おいしそうだから行きたいのよ」

Cさん「でも、このパンケーキ、コスパ悪いね」【返しが全部ネガティブ】
■本人はその自覚がなく悪意もない
Cさんのような「返し」をしている人は意外と多くいます。なぜ、この返しにイラッとさせられるのかは、もうおわかりですね。そう、Cさんの“否定グセ”です。
「いや」「でも」「しかし」「っていうか」「だけど」という、いわゆる否定ワードで、相手の言葉を条件反射のように、すべて否定します。
本人はその自覚がなく悪意もないのですが、相手は自分の意見がすべて否定された気持ちになるので、これ以上、会話は発展していかないし、関係も深まりません。
ビジネスの場では、考え方の相違などから相手の意見と異なることを伝えなくてはいけない場面もありますが、それは根拠があっての否定です。
また、否定グセがある人と一緒に仕事をしていると、士気が下がり、前向きな方向に進みにくくなります。
そんな人とビジネスをしていきたいとは決して思わないでしょう。
■「肯定返し」で温かい会話をする
仕事ができる人は、相手の言ったことを頭ごなしに否定するようなことはしません。
まずは、相手の言ったことをいったん受け止めた上で、自分の意見を相手に伝えています。ですから、たとえ否定的な意見を返すことがあっても、相手は素直に耳を傾けることができます。
会話には温度があります。冷たい人、温かい人、と表現しますが、私たちは会話の中で温度を感じています。
温かみを感じてもらえる会話をするには、「肯定返し」が効果的です。相手の言葉を拾い、そこにプラスの言葉を追加していくことです。
「肯定返し」の会話例を見てみましょう。
Aさん「この前、ミュージカルを観に行ったの! すごく良かった~」

Bさん「わあ、ミュージカルを観に行ったのね! 感性がますます豊かになったんじゃない?」
Cさん「Dさんは、どちらのご出身ですか?」

Dさん「私、九州の熊本なんです」

Cさん「熊本ご出身なのですね。熊本は、お水がおいしいと聞いたことがあります」

Dさん「そうなんです。おいしいんですよ~」

Cさん「わあ、いいですね~。
お水がおいしいと、野菜もとってもおいしいのでは?」

Dさん「おっしゃる通りです! トマトなんて特に最高です!」
このように、プラスの言葉を足していくことで、相手は自分を受け止めてもらえていると感じることができるのです。
■好感度が上がる「ポジティブ会話」
私が研修をさせていただいた、あるクリニックのケースをご紹介しましょう。
そのクリニックは患者さんからの評判が芳しくなく、失礼ながら閑古鳥が鳴いている状態でした。ドクターも看護師さんも、会話は事務的なものばかり。みな淡々と無表情で業務をこなしているため、待合室はしーんとしています。
加えて、ドクターと患者さんとのやりとりは、こんな感じのものでした。
医師「今日はどうしました?」

患者「先生、1週間くらい前から腰が痛いんですよ」

医師「そうですか(パソコンの画面を見ながら)。年齢もあると思いますよ」【勝手に決めつける】

患者「そうですか……」

医師「レントゲン、撮りますか?」

患者「(撮りますか?って……私が決めればいいの?)ああ、じゃあお願いします」

医師「では、外でお待ちください」
受付「○○さん、お会計です。お薬の処方箋が出ています」

患者「あの、この近くに薬局ありますか?」

受付「どこにでもありますよ」【答えになっていない】

患者「はい……わかりました」

受付「○○円です、お大事に」【パソコンの画面を見ながら、投げやりな感じ】
これでは閑古鳥も鳴きますね(苦笑)。
改善を依頼された私は、そのクリニックのスタッフさん全員に、「これだけやってください」ということをお伝えしました。それは「オウム返し」です。
「敬語の間違いがあってもいい、今は難しいことはやらなくていい。
とにかく患者さんの言葉を繰り返すようにしてください」とお願いしたのです。
それに加えて、患者さんとのやりとりについても、改善をお願いしました。
クリニックを訪れる患者さんはご高齢の方が多く、「膝が痛い」「腰が痛い」と訴えていらっしゃいます。
このとき患者さんは、痛みそのものを取り除いてほしいのはもちろんのこと、不安な気持ちや心細さも汲んでもらいたいと思っています。それを踏まえてのオウム返しです。
■傾聴を徹底したことで起こった変化
以下に、私がご提案した「返し」の一例をご紹介します。
患者「先生、1週間くらい前から腰が痛いんですよ」

医師「1週間くらい前から、腰に痛みがあるのですね」

患者「そうなんです。もう腰が痛くて痛くて眠れなくて……」

医師「そうでしたか。腰が痛くて眠れなかったのですね……」

患者「はい、ほんとにつらくて……」

医師「それはおつらかったですね。では、一度レントゲンを撮ってみましょう」
医師は患者さんの言うことを繰り返しているだけですが、これが重要です。患者さんは、自分のつらい症状を医師にしっかりと受け止めてもらえた、きちんと診てもらえたと感じます。
医師による問診のときだけに限りません。
雑談のときも「オウム返し」を使えば、会話が弾んで、患者さんは自ら積極的に自己開示をしてくれます。
患者「今年孫が産まれてね~。かわいくていつも抱っこしたくなるんだよ~」

看護師「まあ、そうですか。お孫さんがお産まれになったのですね。それはかわいくていつも抱っこしたくなるのも無理はないですね~」
会話では、気の利いたセリフを言わなければいけないと思っている人もいますが、そうではありません。相手の話をしっかり聴く「傾聴」が何よりもたいせつです。その姿勢が「オウム返し」によって相手に伝わるのです。
傾聴を徹底したことによって、このクリニックに大きな変化が起きました。それは、患者さんから「あのクリニックは名医だ」という評判が立つようになったのです。
治療法を変えたわけでもなく、新しい設備を導入したわけでもないのに、「患者さんの話を親身になって聴いてくれる素晴らしい名医だ」と。
閑古鳥が鳴いていた待合室が、またたく間に患者さんであふれかえるようになり、その結果、もっと広い場所に移転しました。オウム返しにはビジネスを拡大させる力があるのです。

仕事ができる人のポイント会話は、気の利いた言葉よりも「オウム返し」のほうが効果あり

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香山 万由理(かやま・まゆり)

研修コンサルタント

立教大学卒業。JAL(日本航空)に入社。国際線CA(キャビンアテンダント)として10年半乗務。在籍中にCS(顧客満足)表彰を受け、皇室・VIPフライトに乗務。退職後「品性と人間力を備えた人材を育てる学校」として、研修コンサルティング法人「一般社団法人ファーストクラスアカデミー」を設立。官公庁、医療機関、企業などで、2万人以上に研修を行い、リピート率97.2%を誇る。「接遇力」と「業績」を同時に成長させ、会社の格を上げる組織作りをサポート。JCAA(日本キャビンアテンダント協会)理事を兼任し、航空会社出身者のセカンドキャリア構築支援に従事する。また、高野山真言宗の僧侶としての顔も持ち、研修では仏教哲学も伝えている。

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(研修コンサルタント 香山 万由理)
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