薬は頼れる味方なのか。日本で初めて「薬やめる科」を立ち上げた医師の松田史彦氏は「最近、メンタルのトラブルを抱え、睡眠薬や精神安定剤の処方を求める若者が増えている。
しかし、こうした薬は副作用が強いだけでなく、一度飲んだらやめられないリスクが非常に高い」という――。
■「薬による不調」が続く負のループ
糖尿病や高血圧、花粉症、不眠症といった「現代病」に悩む人たちにとって、欠かせないのが内服薬だ。頭痛やのどの痛みなどを感じたら、とりあえずドラッグストアで風邪薬を買って服用するという人も多いだろう。
日本人の「薬依存」が高まる中、副作用について警鐘を鳴らし続けているのが、松田医院和漢堂(熊本県熊本市)の松田史彦院長だ。松田氏は2012年、減薬や断薬をサポートする「薬やめる科」を開設した。
「薬によって症状が軽減されても、副作用として他の部位に影響が出る可能性がある。もともとヒトの体にはない化学物質でできた薬が体内に入ってくるので、効能もあるが、副作用があるということを理解していない人が多すぎます。
副作用による不調を新たな病気と勘違いし、病院に駆け込み別の薬を服用してさらに別の副作用を抱え込む。まさに負のループである。長期間薬を飲めば、副作用はより出やすくなると思ったほうがいい」
■「なんかだるい」が副作用のサイン
松田医院が相談を受ける薬のトラブルはさまざまだが、そのなかで薬を飲み始めた人に多い訴えが、疲労感や倦怠感だという。
「血圧系の薬を初めて服用する場合、疲労感、倦怠感を強く感じるといったあいまいな症状が出ることがあります。飲み始めてから早くて数日後、遅くて数カ月後に出てくることもあります。
頭痛や吐き気、下痢といったはっきりした症状であれば、わかりやすいのですが、疲労感となると、普通は寝不足やストレスを疑う。だれも、薬が原因とは考えないので厄介なのです」
実際に、コレストロールを下げる薬を服用していた女性が診察中に「だるくてしかたがない」と訴えていたことから、薬の服用を中止してもらったところ、だるさや疲れがなくなったという症例もあったという。
疲労感や倦怠感ならばまだ許容できる範囲かもしれないが、薬によってはさまざまな異変が体に現れてくることがある。
■どうなるか分からない「博打」のようなもの
頭痛、吐き気、胃腸障害、下痢、発疹という聞き覚えのある副作用だけでない。松田氏によると、処方量でトップ2を占める循環器系薬剤のなかで、血圧降下剤系の「カルシウム拮抗剤」は筋力低下、骨粗しょう症などの副作用が、コレストロールを下げる効果のあるスタチン系の薬は、筋肉痛、筋肉に傷がついて壊れる「横紋筋融解症」などの副作用が知られている。
スタチン系は元気と若さのもとといわれる「コエンザイムQ10」値も下げるので、老化を招く引き金にもなる。他にも、健忘、睡眠障害、悪夢、意識障害、不眠、抑うつ、活力減退など、一見して薬との関係性がわかりにくい副作用もある。
松田医院の症例でも、「毎日悪い夢を見て起きる」と訴えた中年の男性患者がスタチン系の薬を服用しており、服用を中止してから数日で悪夢が止まったという。
「医師の診察通り、処方薬を飲んでも、効果も副作用の反応も個人差がある。薬でどのような効果が出るか、副作用が起きるかは、医師も試してみないとわからないのです。薬は一種、博打のような側面がある」
■依存性がこわい睡眠薬・向精神薬
とくに恐ろしい副作用を持つのが、近年処方が血圧系薬に続いて増えているとされる睡眠薬や精神安定剤などの薬だ。松田医院では、職場でのハラスメントなどが原因でメンタルのトラブルを抱え、薬の処方を求める若者が増えているという。

「依存性があるので使わないほうがいいと説明しますが、どうしても薬が欲しいという場合は、1種類で弱いもの、あるいは漢方系のものを処方します。中には、内科だけでなく皮膚科、整形外科などの医院にかかり、同じように睡眠薬や精神安定剤を処方され、いつのまにか一度に何錠も服用する症例もあります。
中枢神経系の薬は自殺願望や幻視、幻覚など副作用があるものもある。長期間服用していると、効き目がなくなるので服用量が増えていく。また、薬の依存性が強く、やめると禁断症状が出るので、服用し続けてしまう弊害もある」
■一度飲み始めたら、増やすしかない薬
松田氏によると、「抗不安剤」「睡眠薬」「安定剤」と呼ばれ、消費量の多いベンゾジアゼピン系薬剤は、欧米では使用期間を制限されている。
こうした薬は、徐々に効き目が弱くなるため、増量せざるを得ない状態になる。副作用として「理解力や集中力の低下などの認知障害」「不安増加などの感情障害」「視力低下や知覚異常などの神経・筋肉の障害」をもたらすとの調査結果もある、と松田氏は説明する。
また最近、20代だけでなく10代への向精神薬の処方が増えている、と松田氏は警鐘を鳴らす。
向精神薬とは、「気分[感情]障害(躁うつ病を含む)」「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害」「その他の精神及び行動の障害」といった症状に対して処方される。
「最近、発達障害という病名をよく耳にすると思います。子供だけでなく大人にも適用されますが、疾患分類が細かく、ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)などさまざまな病名がつけられています。
ただ、この診断は問診票と診断チェックシートで病名を判断しているので、科学的根拠はありません。
アメリカ国立精神衛生研究所が1990年代に行った長期研究によれば、刺激薬(メチルフェニデート)の服用を2~3年間続けた子供は、服用しなかった子供と比較して、ADHDの症状が悪化したと発表し、薬の長期的な有効性は認められなかったと結論づけています」

NIMH collaborative multisite multimodal treatment study of children with ADHD: I. Background and rationale

3-year follow-up of the NIMH MTA study
■自分で副作用を調べられる便利サイト
松田氏によると、精神疾患の病名は500種以上に上り、比例して新薬も増えているという。
「薬を服用する前に、必ず自分で副作用について調べて理解しておいたほうがいい。その際は日経メディカルの処方薬事典をお勧めします。薬の名前を検索すると、薬の効果だけでなく主な副作用や注意点が記載されています。
コレストロール治療薬は比較的簡単にやめることができますが、依存性の強い睡眠導入剤や向精神薬は、不眠、不安、焦燥感、五感の異常、呼吸困難感、動悸などの離脱症状が出るので、やめるのが難しいのです。自己判断で急に使用を中止しないで、医師の指示のもと、服用量、服用期間に合わせた方法で時間をかけて減薬、断薬していきましょう」
■医師は「薬を選ぶ」ことしかできない
過去には、「チック」で向精神薬を処方され、回復せず松田氏のもとに駆け込んだ7歳児の男児に対して、向精神薬を徐々に減薬し、代わりに何種類か漢方薬を処方。その結果、1年半で回復し、投薬を中止したという。
「医者に眠れないと相談すれば、睡眠導入剤や精神安定剤が処方されます。それでも眠れないと訴えれば、さらに増量される。医者ができることは、患者さんの症状を聞いて、それに合った薬を処方することです。ですので、病状に緊急性がないのであれば、医者にかからないほうがいいかもしれませんね」
松田院長は、反発の声を覚悟で、長年の経験から導いた結論を語る。
■市販薬に頼るのは「緊急事態」だけ
最近は、市販薬でも処方薬と同じ強い成分の薬が購入できる。

特に解熱鎮痛剤系は副作用もあり依存性が高いので、安易に長期間服用するのは避けたほうがいい、と松田氏は指摘する。
「市販薬は緊急対応として、短期間服用するのが原則です。風邪をひいてくしゃみ、鼻水、鼻づまりがひどい、何も手がつかないくらいひどい頭痛がする、下痢で何度もトイレに行く、大事な仕事があるから痛みを一時的に止めたいなど、一時的に症状を抑える際に、市販薬を服用してください。
大した症状もないのに予防を兼ねて飲む、症状が治まっているのに飲み続けるというのは絶対にやめましょう。こうした場合は古くから使用されている漢方薬系のものが安心です」
処方薬も市販薬も飲みすぎと長期間服用には注意したい。
「薬を飲むことで『安心』する人もいる。そういう人は無理にやめる必要はないが、薬を服用する際は、裏書の注意事項を読んでからにする。また、体の不調で安易に薬に頼るのではなく、薬以外でも症状を緩和し不調を直す方法があります。
食事を改善する、半身浴をする、20~30分ウォーキングする、耳を引っ張るツボマッサージをする、リラックスする時間を持つなど、自宅でできるセルフケアを試してみてください」

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松田 史彦(まつだ・ふみひこ)

松田医院 和漢堂院長

1962年、熊本県生まれ。87年聖マリアンナ医科大学卒業。同年熊本大学医学部麻酔科入局。同大学医学部第2内科、東京女子医科大学附属東洋医学研究所などを経て、現職。
著書に『日本初「薬やめる科」の医師が教える 薬の9割はやめられる』(SBクリエイティブ)がある。

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(松田医院 和漢堂院長 松田 史彦 聞き手・構成=ライター・中沢弘子)
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