7月6日から7日までの2日間、ブラジル南東部の大都市リオデジャネイロで、第17回BRICS首脳会議が開催された。10カ国体制になって初めて開催された今回の首脳会議だったが、中ロ首脳が欠席したこともあって、盛り上がりを欠く中で終幕した。
前回の第16回の首脳会議はロシアのカザンで行われたため、ウラジーミル・プーチン大統領が前面に出てきたが、今回のBRICS首脳会議は、ホスト国ブラジルのルラ・ダ・シルバ大統領と、インドのナレンドラ・モディ首相が主導権をとるかたちで進められた。両首脳はトランプ関税を批判しつつも、米国を過度に刺激しないように努めた。
一方、BRICSの拡大を主導したプーチン大統領は出席を取り止め、腹心のセルゲイ・ラブロフ外相を派遣し、自身はリモート出席にとどめた。ウクライナ侵攻に関して国際刑事裁判所(ICC)がプーチン大統領の逮捕状を出していることがその理由である。とはいえ、より重要なことは、中国の習近平国家主席の欠席をどう解釈するかにある。
習主席が出席を見送った理由は定かではなく、健康不安説など、様々な憶測が飛び交っている。代わりに李強国務院総理(首相)が出席したわけだが、習主席がBRICSというプラットフォームをもう重視していないという見方も成立するし、習主席が出席すればトランプ政権を刺激するため、やむを得ず参加を見送ったという見方もできる。
習主席がBRICSを重視しなくなっているのは確かだろう。ロシアの強い意向を受け、中国も賛成するかたちでBRICSは拡大したが、加盟国が増えるほど、原加盟国の位置づけは揺らぐという矛盾がある。それにBRICSでは、中国と緊張関係にあるインドの発言力も大きい。BRICSにかかわらず、二国間外交を重ねた方が中国にとって合理的選択だ。
■BRICSペイやデジタル人民元に関わる誤解
ところで、BRICS間で貿易決済を行うための共通通貨(あるいは決済網)として、BRICSペイと呼ばれる仕組みが提唱されて久しい。しかし、今回の首脳会議でもさしたる言及はなかったようだ。その実、BRIC各国にとって、BRICSペイを使う理由はあまりない。各国とも最大の貿易主体は中国なので、人民元で決済をすればいいだけだからだ。
そもそもBRICSペイの構想は、ルラ大統領とプーチン大統領が提唱したものだ。ただしルラ大統領が、実質的に人民元の信用力を基にした共通通貨を志向した一方で、プーチン大統領は金本位制に基づく共通通貨を提唱するなど、足並みはバラバラだった。それにプーチン大統領の場合、暗号資産の利用まで呼び掛けるなど、発言が二転三転する。
このような曖昧な構想に、中国が乗り気となるわけがない。中国は中国で、自らの望むテンポで人民元の国際化、つまりハードカレンシー化を図ればいいだけだ。ここでよく誤解されるのが、デジタル人民元の存在である。デジタル人民元が普及すれば、人民元通貨圏が拡大し、人民元の国際化が促されるという論者がいるが、本当だろうか。
そうした論者のうち少なからずの人が、デジタル人民元の性質を誤解している。
事実、デジタル人民元が海外でも利用できるようになれば、人民元資金の海外流出が増え、資本逃避は間違いなく加速すると懸念される。人民元のハードカレンシー化を図るうえで、資本規制の緩和は欠かせない要素だが、過剰生産能力を抱える中国は為替安と低金利を優先する必要があるため、資本規制を緩和する余裕など持っていないのだ。
なお、米国のトランプ大統領は、BRICSが「ドル離れ」を模索しているとして、懲罰的に10%の追加関税を課すとチラつかせている。これはトランプ大統領やその側近がBRICSペイの取り組みをそもそも誤解しているか、あるいは中国への“当てつけ”ではないかと推察される。いずれにせよ、BRICSペイが「ドル離れ」の受け皿にはなりえない。
■ロシアが与えた空手形で加盟国は増えたが…
そもそも中国では、支付宝(アリペイ)や微信支付(ウィーチャットペイ)といったモバイル決済が広く普及している。そして、これらのモバイル決済は、日本を含めた海外でも利用が可能だ。少なくとも小口決済ベースでは、人民元によるボーダレスな決済はすでにできるのだから、それをデジタル人民元に置き換える理由などあまりない。
大口決済なら、それこそ中国版SWIFTとも称されるCPISの利用を拡大させればよく、CBDCである必要はない。中国は中国で、資本逃避への対応を考えつつ、人民元のハードカレンシー化に努めるだろう。
こうした中国が、BRICSペイに積極的に参加する理由はない。無理に参加すれば、足元をすくわれる事態になりかねないからだ。中国の基本的な外交姿勢は二国間外交にあり、BRICSというプラットフォームに関しての付き合い方は、基本的に是々非々の判断となる。人民元のハードカレンシー化も、基本的には二国間通商の深化を通じて実現しよう。
2024年にBRICSに加盟したアラブ首長国連邦、イラン、エチオピア、エジプトの4カ国は、いずれもロシアと近しい関係にある。つまり、ロシアが自らの味方を引き寄せるかたちで、BRICSを拡大させたといっていい。一方で、新たに参加した国々やパートナー国は、BRICS加盟により、中国からの投資が拡大すると期待していたとみられる。
しかし繰り返しとなるが、中国の基本姿勢は、二国間外交を積み重ねであり、一帯一路構想もその延長線上に位置づけられる。つまり新興国が中国からの投資に期待してBRICSに加盟したところで、中国がその国に投資を増やすとは限らない。つまりBRICSの拡大は、中国の威を借りたロシアが「空手形」を乱発した末の出来事に過ぎない。
■ブラジルとインドが軌道修正を図る
今回のBRICSサミットで興味深かった点は、中国の威を借りたロシアが自らに有利なように誘導しようとしたBRICSの枠組みを、ブラジルとインドが修正しようとしたことに尽きる。
もともとBRICSというプラットフォームは、あくまで有力な新興国の寄り合い所帯であり、品のない表現をするなら、要するに「烏合の衆」である。BRICSバンク(新開発銀行)を作ってみたところで投融資はそこまで拡大しておらず、BRICSペイへの道のりは果てしなく長い。実態として、BRICSが何かを生み出したわけではないのである。
それに加盟国が増えれば増えるほど、BRICSは統率が取れなくなる。今回のように、開催国の思惑が先行すれば、それまでの方針も揺らぐことになる。ロシアが自らに有利なかたちでBRICSを拡大させようとしたことが仇となり、かえってBRICSの組織としてのぜい弱性が浮き彫りになったことが、今回のBRICS首脳会議の「成果」だったかもしれない。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)