■万博会場に喫煙所ができた
大阪・関西万博が開催されてほぼ2カ月が過ぎようとしている5月26日に、日本国際博覧会協会(万博協会)が“煙のない万博”の方針を突然変更したというニュースが駆け巡り話題となった。全面禁煙としている万博会場内にも喫煙所を整備するというのだ。
当初から東ゲートに近い会場外に2カ所の喫煙所があるが、ゲートを一度出なければならず、会場に戻るには再入場の手続きが必要だった。そのため、離れた会場西側から利用するにはとりわけ時間がかかり、また、パビリオン関係者らが会場内の建物の陰に隠れてタバコを吸うなどのルール違反が相次いだという。来場者や会場で働く喫煙者のスタッフらのニーズを考慮する必要があると判断したということだ。
6月上旬に利用を開始する予定(6月28日からに決定)としたが、ルール違反があったからと言ってルールを守らせるのではなく、ルールを変えたのだ。当然、この決定に対して、禁煙推進団体は反発した。タバコ問題情報センター代表理事・日本禁煙学会理事の渡辺文学氏は、「公の場では吸わないのが当たり前の社会になっている。万博は全面禁煙がベストだ」と訴えている(5月26日付神奈川新聞ほか)。「『いのち輝く未来社会のデザイン』というテーマに完全に逆行している」という考えだ。
■煙のない万博の理念はどこへ
万博協会のパンフレットには、「会場内でタバコを吸うことはできません。タバコを吸う場合は、再入場の手続きを行った上で、東ゲート外側の喫煙所をご利用ください。」との記載があり、喫煙者に対し、会場の外に出て喫煙所を利用するように呼びかけてきた。
今回の方針変更で、大屋根リングの北側と、催事施設「EXPOメッセ」の南側に喫煙所を新設。この結果、会場内2カ所、会場外2カ所の計4カ所となった。
万博会場は155ヘクタールで東京ドーム33個分と広大だ。そこに喫煙所を設けず、場内を全面禁煙としている中で、喫煙者が不便を感じ、結果として場内で隠れて喫煙するような状況は、結果として煙のない万博の理念を維持できないという今回の万博協会に理解を示す人も多いかもしれない。一方で、ルールを守らない者がいるからと言って、ルールを変更することは許されないという考えを持つ人も多いだろう。
■契機となった東京オリンピック
タバコは麻薬類と違って禁止ではなく、規制の対象だ。税金も高い。580円の紙巻たばこで、たばこ税は国税、地方税あわせて304円ほどになり、負担割合は52.6%だ。これに消費税もかかる。年間の税収は概ね2兆円で推移している。
喫煙者からすると、こんなに税金を払っているのだから禁煙を目指すのではなく、喫煙所くらいしっかり整備しろと言いたいのかもしれない。しかし、一方で厚労省の研究班や国立がん研究センターは喫煙による社会的損失を4兆円~5.6兆円と推定しており、喫煙は社会的な経済損失であるとしている。
なぜこのような状況になったのか。日本では2020年の東京オリンピック(実際の開催は2021年)を契機に健康増進法が改正され、屋内禁煙原則が一気に進んだ。しかし、禁煙が進んだと言っても未だ、成人男性の喫煙率は25.6%、成人女性の喫煙率は6.9%だ(令和5年「国民健康・栄養調査」)。すなわち、海外の状況を意識して煙のない社会を目指してはいるものの、本音ではタバコを吸わせろ、タバコ産業を潰すなという声が政治的にも無視できないのではないだろうか。そしてたびたび国会議員に喫煙者が多いことが話題になっている。
■禁煙が進んだ場所、分煙をよしとする場所
全国たばこ販売協同組合連合会が発行する「全国たばこ新聞」2025年1月号は「禁煙より分煙を。目指せ、分煙先進国!」とのスローガンを同連合会益田龍朗会長の言葉として記している。実際にはこれに賛同する国会議員が多いのだろう。
同紙では、「自由民主党たばこ議員連盟」の定時総会(2024年11月26日開催)の紹介をしている。そこでは、衆参国会議員41人の出席と議員の代理出席者64人がいたことを紹介している。今回の万博協会の決定も会場内全面禁煙から分煙の徹底に舵を切ったとみることができる。
社会全体を見ると分煙より禁煙が進んでいる場所と、分煙ならよしとする場所があるように思う。前者は公共交通機関、後者は飲食店だ。
かつては喫煙自由、あるいは車両によって分煙されていた鉄道も車内全面禁煙が徹底されており、東海道新幹線の車両に設けられていた「喫煙ルーム」も、2024年3月に廃止された。喫煙車が残っているのは、寝台特急サンライズ瀬戸・出雲の一部個室のみとなっている。航空機も現在は全面禁煙だ。
JR東海は、「近年の健康増進志向の高まりや喫煙率の低下」を踏まえた措置とし、同ルーム廃止後は、「災害等への対応力強化を目的として、非常用飲料水を配備する」とした。なお、駅には喫煙ルームがある。今年の6月2日には、東海道新幹線車の走行中の車内から「車両に火がついているかもしれない。煙の匂いがする」という110番通報があったことがニュースとなった。これは車内でタバコを吸っていた男性がいたためで、警備員に注意された後も吸っていたという。車内全面禁煙に不満を持つ喫煙者も多いと思われる。
■国会自身に甘い「健康増進法」
健康増進法により、第一種施設である役所、学校、病院など公共の施設は敷地内禁煙が義務付けられている。
同法では、上記の公共の施設と喫煙目的施設(シガーバー、公衆喫煙所など)以外の施設を第二種施設とし、屋内原則禁止(例外:喫煙室の設置)、屋外規制なしとなっている。
すなわち、健康増進法は公共施設などの第一種施設と民間の商業施設などの第二種施設に加えて、シガーバーなどの喫煙目的施設というカテゴリーを作った。ところが、さらに第二種施設の中に経過措置として特例で喫煙可能店を作ってしまった。非常に分かりにくくメディアすら混同が見られる。
興味深いのは官庁や県庁、役場などは第一種施設なのに、国会関連施設は第二種施設であることだ。例えば、衆参の議員会館にはフロアごとに喫煙室があることが知られている。第一種施設ならば屋内の喫煙室設置はあり得ない(屋外に設置することは条件により可)。健康増進法を作った立法府である国会が自らに甘い対応をしているのだ。
■参議院議長に意見書「議員特権との批判を免れません」
健康増進法第28条に第一種施設の定義があるが、そこに以下の一文がある。
「国及び地方公共団体の行政機関の庁舎(行政機関がその事務を処理するために使用する施設に限る。)」
音喜多駿参議院議員(当時)は「『第二種施設』というのは本来はホテルなどが想定されていたのに、『行政機関の庁舎』にわざわざ『その事務を処理するために使用する施設に限る』という注釈をつけて、国会や地方議会などの議決機関は別(第二種)だという法律内容にしたわけですね。」(アゴラ言論プラットフォーム2020年8月15日)と述べている。
2020年9月9日に「国際基準のタバコ対策を推進する議員連盟」は尾辻秀久会長、松沢成文幹事長名で参議院山東昭子議長あてに「議員会館事務所における違法喫煙への対応の申し入れ」を行っている。喫煙室以外の自室等で喫煙する議員がいることを問題視したうえで、「三権に関わる機関のうち、司法機関と行政機関の施設が法の下に敷地内禁煙とする状況において、立法機関だけを例外とすることは議員特権との批判を免れません。国会議事堂と議員会館も敷地内禁煙として運用すべきです」とした(裁判所も法律上第二種施設だが自主的に対策を強化している)。
このように煙のない社会を表向きは目指しながら、分煙でよいという態度は第二種施設でいろいろな課題を内在している。
■緩すぎる「喫煙目的店」と「喫煙可能店」の運用
筆者が問題と思うのは飲食店における喫煙問題だ。前述の「喫煙目的店」と「喫煙可能店」についての運用がルーズで「法の抜け穴」に映る。
まず、「喫煙目的店」とは特定飲食提供施設とされ、タバコを吸うこと自体が営業目的とされている店舗だ。要件は以下だ(すべての条件を満たす必要がある)。
① 設備 加熱式たばこ・紙巻きたばこが吸える喫煙専用室または店内全体が喫煙可
② 顧客 20歳未満の入店禁止(従業員も含む)
③ 形態 喫煙を主目的(葉巻バー、シガーバーなど)とし、タバコの販売を行う。したがって主食は提供できない。
④ 表示義務 「喫煙目的店」との標識を店頭に掲示
重要なのは③だ。これは喫煙を目的としたシガーバーなどを想定して例外的に喫煙を認めたものなのだが、市街地を歩いていると普通の喫茶店や居酒屋が喫煙目的店として営業しているのが目立つ。
主食を提供しないことも喫煙を主目的とする「喫煙目的店」としての要件であるはずなのだが、ごはんや麺類を提供している店舗も目に付く。健康増進法を所管する厚労省は自治体の保健所の判断だといい、自治体に取材すると厚労省の規定があいまいで指導できないという。
■「店内は煙たいですが、子どもも入店できます」
もう一つの例外は「喫煙可能店」だ。あくまで通常の飲食店だが、一定の要件を満たすことで喫煙が許容される「経過措置的」な店舗だ。要件は下記の通りだ。
① 経営規模 資本金5000万円以下の中小企業が経営
② 店舗面積 客席面積100m2以下(一部自治体により異なる)
③ 開業時期 2020年4月1日以前に開業
④ 喫煙可範囲 店内全体または一部が「喫煙可能室」
⑤ 顧客 20歳未満は立ち入り禁止(標識掲示義務あり)
⑥ 表示義務 「喫煙可能店」などの標識が必要
以前、東北の焼きそばで有名な地域で、焼きそばのれん会加盟店舗がこの喫煙可能店だった。焼きそばを売りにしている店が分煙すらしていない全店喫煙可能な店舗であることに驚いた。また、甲府駅近くの有名な老舗喫茶店に行ったときも同様だった。
銀座にも喫煙可能店があった。ただ、平日は喫煙可能店、土日祭日は禁煙という表示があった。所管の保健所に尋ねたら、喫煙可能店として届け出はたしかにあるが、曜日等で禁煙として20歳未満の者を入店させることは許されてはいないということだった。店に確認してみたが、なんと平日の喫煙可能時間でも、「店内は煙たいですが、子どもも入店できます」という回答だった。明らかに健康増進法違反だ。
喫煙可能店は経過措置として定められたものだが、健康増進法で定められてから5年が経過するのに経過措置を終了する気配がいまのところない。健康増進法附則7条は施行5年後に同法の規定の検討と、必要な経過措置を定めている。このまま国が何もしなければ、経過措置と言いながら永久に続くことになる。東京都や大阪市など独自の条例を持っている自治体もあるが、国としての飲食店の対策はかなり甘い。
■分煙を進めながらの対応にも理解できるが…
以上、現状を見てきた。望まない受動喫煙を目指すためにも、分煙を進めながらの対応になることは理解できるが、法の抜け穴と言えるような状況が放置されている。
喫煙する立場からすれば、むしろ喫煙目的店、喫煙可能店はタバコを吸わない者を実質追い出しているのだから分煙はできていると主張するのだろうか。しかし、タバコの健康被害は明らかであり、こうした店舗の存在自体が新たな喫煙者の増大、タバコを止められない者を増やしている側面がある。
万博会場の喫煙問題は、施設が大規模なだけに会場内全面禁煙という方針が転換されたことになるが、万博協会からすれば、結局、ルール違反者が増えて分煙すら危ぶまれるという判断だったのであろう。
東京オリンピックを契機に健康増進法が改正され、受動喫煙をなくすことが基本方針だが、最終的には屋内禁煙の環境整備を目的とし、現実的な移行策として段階的な分煙から禁煙へ進めていく形となっている。しかし、分煙でよしとする政治勢力も大きい。少なくとも脱法行為や規制のあいまいさに付け込んだ対応は許されない。この問題は引き続き注視が必要だ。
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細川 幸一(ほそかわ・こういち)
日本女子大学名誉教授
独立行政法人国民生活センター調査室長補佐、米国ワイオミング州立大学ロースクール客員研究員等を経て、日本女子大学教授。一橋大学法学博士。消費者委員会委員、埼玉県消費生活審議会会長代行、東京都消費生活対策審議会委員等を歴任。専門:消費者政策・消費者法・消費者教育。2024年3月に同大を退職。著書に『新版 大学生が知っておきたい生活のなかの法律』『大学生が知っておきたい消費生活と法律【第2版】』(いずれも慶應義塾大学出版会)などがある。歌舞伎を中心に観劇歴40年。自ら長唄三味線、沖縄三線を嗜む。
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(日本女子大学名誉教授 細川 幸一)