※本稿は、伊藤絵美『自分にやさしくする生き方』(ちくまプリマー新書)の一部を抜粋・再編集したものです。
■自分にとって「より危険の少ない環境」に身を置く
前回記事では、「無条件の安心安全」を感じることの大切さを説明しました。
では、それを確保するにはどうすればいいのでしょう。
安心安全を確保する最初のステップは、安全な環境に自分の身を置くことです。
もちろん100パーセントの安全が保障される環境など、この世のどこにもありませんから、ここは相対的に考え、「自分にとって比較的安全だと思える環境に身を置く」ことだと理解してください。
あるいは、「自分にとってより危険の少ない環境に身を置く」というように言い換えてもよいでしょう。
さらには「自分にとってより居心地の良い環境に身を置く」というふうに言い換えることもできます。
それは具体的には、住居だったり、家庭だったり、職場だったり、学校だったり、近隣のある場所だったり、もしくは文化だったり、種々の人間関係だったりします。
具体的には、
「自分にとって比較的安全で、危険がより少なく、居心地のよい住居で暮らす」
「自分にとって比較的安全で、危険がより少なく、居心地のよい家庭環境に身を置く」
「自分にとって比較的安全で、危険がより少なく、居心地のよい職場生活や学校生活を求める」
「自分にとって比較的安全で、危険がより少なく、居心地のよい近隣を求める」
「自分にとって比較的安全で、危険がより少なく、居心地のよい文化のなかで生活する」
「自分にとって比較的安全で、危険がより少なく、居心地のよい人間関係のなかで過ごす」
ということです。
■上司がパワハラをする人だった
それは逆説的にいえば、今ある環境(住居、家庭、職場、学校、近隣、文化、人間関係)が自分にとって安全でなかったり、危険があったり、居心地がよくなかったりするのであれば、自分の安全を守るために何らかの問題解決を講じる必要が出てきます。
書籍『自分にやさしくする生き方』(ちくまプリマー新書)のなかで作成した、サポートネットワークを活用して誰かに助けを求めるとか(例:ハラスメント窓口や警察に相談する)、そのような環境を改善するよう関係各所に働きかけるとか、関連する人物に言動を改めるよう求めるとか、自分の方からそのような環境や人間関係から離れるとか、そういったことです。
ここで私自身の体験をお伝えしましょう。
私は一時期、民間企業のなかで契約社員としてメンタルヘルスの仕事をしていたことがありました。それは大変やりがいのある仕事で、仲間にも恵まれ、とても充実しており、また契約社員といえども雇用環境は良好で、できればその企業で長く働きたいと考えておりました。
しかし問題が一つありました。
私が関わっていた事業のトップ(女性)がパワーハラスメントをする人だったのです。
■「安心安全」を得るために私がやったこと
私は入社してから、同じ部署の男性二人が彼女からハラスメントを受けているのを何度も目撃し、違和感を覚えていましたが、ほどなくして私自身も彼女からハラスメントを受けることになりました。
それでも私はその企業での仕事を大切に考えていたので、何とかその環境のなかでセルフケアをしたり、同僚の男性二人と愚痴を言い合ったりしながらしのいでいたのですが、やはりそれには限界がありました。
私の働く場所はハラスメントという明確なストレッサーによって、あまりにも安全ではなく、自分の心身の健康を損なう危険がありました。もちろん居心地などよいはずがありません。
当時はまだ「パワーハラスメント」という用語もなく、「ハラスメント相談室」といった今では多くの企業で整備されているような窓口もなく、会社が契約するカウンセラーに相談してはみたものの、あまり助けになりませんでした。
そこで次に私は会社の上層部にこの件を訴えることにしました。
ハラスメントの件を伝え、その女性トップを替えて欲しいこと、替えてもらえなければ自分が辞めようと思っていることを伝えました。
しかし残念ながら、会社の決定は、その女性トップは替えないというものでした。
■「安定した収入」か「安心安全か」
そういうわけで最終的には、私は安全でないその会社から離れる決意をして退社しました。
それは「安定した収入がある職場環境」を失うというリスクのあるものでしたが、それでもなお、「安全ではない職場環境」から離れるほうが、自分のためになると判断したからです。
その後、数カ月して私は自分で起業することにし、今運営しているカウンセリング機関を開設し、今に至ります。
おそらくあのままあの会社に居続けて、彼女からのハラスメントを受け続けていたら、私の心身の健康は大幅に損なわれたことでしょう。
辞める頃には緊張性の頭痛やネガティブなぐるぐる思考にすでに悩まされていました。
自分が会社を辞めなければならなくなったことは大変不本意ではありましたが、安全ではない、すなわち危険な環境から自分の身を離す、という意味では、「自分にやさしくする」ことができたのではないかと考えています。
■「理不尽な攻撃」を受けたらどうするか
もう一つ、私自身の話を。
私は、SNSはツイッター(現X)とフェイスブックを日常的に使っています。
SNSを使っている人はご存じだと思いますが、SNSでの人との交流は諸刃の剣で、よいこともあればそれと同じぐらい嫌なこともあったりします。
SNSでつながった人たちとの交流は私にとっては非常に大切で、第4章でもあげたように、その人たちは私にとって重要なサポート資源です。
一方で、私が何か発信したことが誰かを傷つけたり、誰かの怒りを買ってしまったりすることもあります。
私が誰かを傷つけたことを指摘され、自分の落ち度を認めたときは、率直に謝ります。
が、ときに、私にとっては理不尽だと思われる攻撃やつきまといをされることがあり、場合によっては恐怖を感じ、安全性が脅かされたと思います。
■対話ではなく「ブロック」を選択するワケ
そしてそういった場合は先方と対話をするのではなく、先方をブロックしたり、先方の発言に同調した人もブロックしたりすることにしています。
対話を避けることを意外に思われるかもしれませんが、でないと、私のなかの「チャイルド(えみちゃん)」(※)が脅えるからです。
※筆者註:生きづらさの根っこに焦点を当てる心理療法「スキーマ療法」では、「モード(今の自分の状態)」という考え方がある。本書では、複数あるモードを2つ(「ヘルシーな大人モード(=ヘルシーさん)」と、「内なるチャイルドモード(チャイルド)」)に絞って解説している。
先方をブロックするという私の行動がさらに批判を呼ぶ場合もありますが、それでも私は自分の「チャイルド」の安心安全を守るためにブロックすることを選ぶことにしています。
相手をブロックすることで「チャイルド(えみちゃん)」は安心します。
私としては、このように、安心安全を感じられない人間関係には無理してとどまらず、距離を置くことをお勧めしたいと思います。
■「安全ではない人=危険人物」からは距離を置く
残念ながらハラスメントや攻撃をしてくる人は、現実世界にもインターネットの世界にも存在します。
よく知らない人であれば距離を置きやすいでしょうが、それが知人や同僚や家族や親戚だったら距離を置くこと自体にリスクを伴うこともあるでしょう。
書籍の第5章にも書いた通り、あなたの人権や尊厳を損なうような言動をする人は、おしなべてあなたにとって「安全ではない人=危険人物」です。
一人でそのようなアクションを取ることが難しければ、たとえば警察や弁護士、ソーシャルワーカーなどに相談して、自分の安心安全を確保することに努めてください。それがあなたの「ヘルシーさん」が「チャイルド」を守ることに直結しますし、「自分にやさしくする」ことそのものでもあるのですから。
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伊藤 絵美(いとう・えみ)
公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士
洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。同大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。専門は臨床心理学、ストレス心理学、認知行動療法、スキーマ療法。大学院在籍時より精神科クリニックにてカウンセラーとして勤務。その後、民間企業でのメンタルヘルスの仕事に従事し、2004年より認知行動療法に基づくカウンセリングを提供する専門機関を開設。主な著書に、『事例で学ぶ認知行動療法』(誠信書房)、『自分でできるスキーマ療法ワークブックBook1&Book2』(星和書店)、『ケアする人も楽になる 認知行動療法入門 BOOK1&BOOK2』『ケアする人も楽になる マインドフルネス&スキーマ療法 BOOK1&BOOK2』(いずれも医学書院)、『イラスト版 子どものストレスマネジメント』(合同出版)、『セルフケアの道具箱』(晶文社)、『コーピングのやさしい教科書』(金剛出版)などがある。
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(公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士 伊藤 絵美)