※本稿は、佐野創太『脱 会社辞めたいループ』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■私は「悪魔のエージェント」だった
転職エージェント最大手のリクルートエージェントには約143万3000名(2023年度実績)のサービス登録者が集まっています。今や「転職の普通の手段」です。ですから転職エージェントの実態を知ることは、転職後「も」うまくいくための武器のひとつです。
このコラムではそんな転職エージェントの「素顔」と「ちょうどいい距離感」をお伝えします。
まず最初に、恥を忍んで告白させてください。私は求職者の転職「だけ」を成功させ、「会社辞めたい」ループにはめた「悪魔のエージェント」でした。
時間を私が新入社員だった2012年に戻します。担当していたIT企業C社の内定を得た営業職のDさん(男性・30代前半)に、なんとしても内定を受諾させたかった私はこう断言しました。
C社は伸びますよ。会社と一緒に成長すれば「市場価値」が上がります。Dさん、勝負のときですよ。
「佐野さんがそこまで言うなら」とDさんは転職を決意してくれました(決意させてしまいました)。
このときの私は「転職エージェントは最高の職業だ」と自分に酔っていました。
■求人内容に書かれていたことは真っ赤なウソ
事態は急変します。Dさんが入社して3日後だったでしょうか。Dさんのキャリアアドバイザーだった先輩社員Eさんから呼び出され、こう告げられました。
Dさん、青ざめてたぞ。真っ黒な企業じゃないかよ。
混乱しました。Dさんによると「入社前に聞いていた仕事内容、報酬、待遇、ポジションの何もかもが違う。事業内容すら違う。さらには社長は黒に近いグレーなことまでしている」とのことでした。
C社は求人内容を嘘で固めていたのです。
■転職エージェントは完璧ではない
幸いなことに、私の上司が間に入ってC社と話をつけ、EさんがDさんをサポートして、Dさんは私が担当していた別の企業に転職できました。
その後、転職先の会社の採用ページでインタビューに載るほど活躍しているDさんを見て、ほっとしたことを覚えています。
Dさんも「佐野さんに最後まで担当していただいて良かったです」と言ってくれました。でも、これは結果オーライにすぎません。「話が違う」とわかってから相談に来たDさんの、席を立つときの一言を今でも覚えています。
佐野さんのこと、信じていたんですけどね。
その声は、「会社辞めたい」ループから抜け出すための武器を提供する「退職学」をはじめるきっかけになりました。でも、「お前は自分の評価のために人のキャリアを売ったんだよ」と10年以上経った今でも変換されて聞こえてきます。
このようなことが頻繁に起こるとは言いませんが、転職エージェントは完璧ではありません。しかも新入社員の転職エージェントが担当になった場合、職種や業界の事情に詳しくないこともあります。企業の中身を把握できていないこともあります。そのことは頭に入れておいてください。
■「こんなはずじゃなかった」を回避する方法
求人票はあなたと企業の最初の出会いの場です。そこにはこんな言葉で社風が表されています。
「アットホームな職場です」「和気藹々としたチームです」「経営陣と距離が近いです」
これらは大手企業から中小・ベンチャー企業まで広く使われている文言です。一見いいことを言っているように見えます。しかし、落ち着いて見直すとあいまいな表現です。これらは、転職後に「こんなはずじゃなかった」と後悔する原因のひとつでもあります。
そこで、転職の後悔をなくす「求人票チェック」のやり方として、「形容詞・副詞チェック法」をお伝えします。この方法を使えば、「尊敬できる上司」や「苦楽を共にできる同僚」と出会う確率をグッと上げられます。
■「アットホーム」「和気藹々」はただの主観
でも、どうして形容詞と副詞なんていう、「小さなこと」に見える表現に注目すると、転職後の「こんなはずではなかった」がなくなるのでしょうか?
それは形容詞と副詞は「転職エージェントの主観」でしかないからです。
つまり、どれだけ転職エージェントや求人サイトで見る求人票に良い言葉が並んでいても、あなたが転職先に期待している社風や人間関係があるかはわからないのです。
たとえば「アットホームな社風」で考えてみます。
人によって思い浮かべる具体的な社風が異なります。
でも、転職エージェントは嘘をついたわけではありません。そもそも、社風は「入社した人が感じ取るもの」であり、求人票に表現すること自体が難しいものです。社風は「人によって感じ方が違う」複雑なものです。求人票という文字だけの手段で表現しようとしている今の仕組みに問題があります。
これが「主観の罠」です。
■求人サイトの形容詞と副詞を消してみる
あなたが思う「アットホームな社風」と転職エージェントが思う「アットホームな社風」はずれるのです。しかも転職エージェントはあなたを騙そうとしているわけでもないので、なかなか求人票からは主観である形容詞と副詞は減りません。
「形容詞・副詞チェック法」はシンプルです。
求人サイトで少し気になっている企業の採用ページを開いてみてください。
その文章の形容詞と副詞に斜線を引いてみてください。
「若いチームです」や「とても」といった言葉が対象です。
■大事なのは客観的な「数字」「名詞」
いかがでしょうか?
「残った情報は数字や名詞、あとは動詞くらいしかないじゃないか」
と思ったでしょうか?
そうです。実は、その感覚が正しいのです。転職エージェントや求人サイトから得て、「転職しよう」の意思決定に使っていい情報は「数字」「名詞」などの客観的な情報です。
たとえば、あなたが自由な社風を大事にしているなら、「自由闊達な社風です」と言われたときに立ち止まってください。そして「どういったときに自由闊達さを感じられますか?」と転職エージェントに聞いてみてください。
その返事の中に名詞や数字が含まれているか、その情報を自分は本音でどう判断するか。そこまで突っ込んでヒアリングと確認をして、はじめて求人票は「私にとってこの会社はいい会社なのか」を判断する熱を持った生の情報に生まれ変わります。
求人票は「主観だらけ」の世界です。しかも転職活動は忙しいです。気になった求人にすべて応募するわけにはいきません。
その中で「形容詞・副詞チェック法」を使えば「こんなはずじゃなかった」と転職後の社風にがっかりするリスクを事前に減らせます。求人票を注意深く読んで、「尊敬できる上司」や「苦楽を共にできる同僚」と最高の仕事に出会ってください。
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佐野 創太(さの・そうた)
企業顧問、「退職学」の研究家
1988年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、2012年パソナグループに入社し、転職エージェントとして従事する。法人向けの研修会社に転職するも1カ月で早期退職し、無職となる。パソナグループに出戻り後、新規事業の責任者として求人サイトを立ち上げる。介護離職を機に2017年に独立。新規事業のマーケティング、コンテンツ、成長企業の人材育成の顧問として活動しつつ、退職学の研究家として20代から50代まで1200人以上のキャリアアップを実現させる。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!転職後も武器になる思考法』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職 99%がやらない「内定の近道」』(PHP研究所)がある。
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(企業顧問、「退職学」の研究家 佐野 創太)