なぜコメ価格がこれほど高騰したのか。経済評論家の上念司さんは「現在の『コメ不足』現象は、単なる天候リスクや一時的な需給変動によるものではなく、より構造的な問題だ」という――。

※本稿は、上念司『日本経済防衛計画 ~トランプ関税に振り回されるな!~』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■過剰生産が一転、コメ不足に
2024年から2025年にかけて、日本では米騒動さながらのコメ不足となった。かつては“過剰生産”が農政上の主要課題とされていたが、近年においては逆に、需給ギャップによる供給不足が表面化している。
農林水産省が公表した「米に関するマンスリーレポート」によれば、2023年産の主食用米の生産量は前年比5.3%減の682万トンにとどまった。この減少の主要因として、異常気象による収量減に加え、依然として継続されている生産調整(いわゆる減反政策)による作付制限の影響が指摘されている。
一方、需要面では、コロナ禍を契機とする家庭内調理習慣の定着、インバウンド観光需要の急速な回復、さらには自然災害等を背景とする防災備蓄需要の高まりなどが複合的に作用し、2023年度の主食用米の消費量は3年ぶりに増加に転じた。
こうした需給のミスマッチは、特に都市部を中心に価格の高騰と在庫逼迫といった「コメ不足」現象を顕在化させる結果となった。
■減反政策はなくなったはずだが…
我が国では、1970年代の過剰米問題を契機として導入された減反政策が、名目上は2018年度をもって廃止されたとされている。しかしながら、実態としては、飼料用米・麦・大豆等への転作を促進する補助金制度が存続しており、政策誘導による作付制限は事実上継続している。
さらに、農林水産省は毎年「適正生産量」の目標を提示しており、JA(農業協同組合)を通じて農家の作付選択に対する影響力を行使している。この構造のもとでは、農業経営者の裁量は著しく制限されており、自由な生産判断は制度的に抑圧されている。結果として、実需を上回る形での供給調整が固定化し、市場価格が上昇しても生産量が伸びない「制度的硬直」の構造が形成されている。

現在の主食用米市場における最大の課題は、価格メカニズムが適切に作動していない点にある。価格の硬直性に加え、転作へのインセンティブ設計が実需と乖離しており、供給弾力性が著しく低い構造となっている。
■国産牛のブランド化が進んだきっかけ
また、政府が備蓄米の市場放出を行う際に、主に農協系流通を経由する形がとられており、消費者に近い卸売業者や中小事業者への直接供給は限定的である。加えて、農林水産省は「コメ不足」現象に対して、卸売業者が過剰在庫を保有しているとの見解を示しているが、それを裏付ける実証的根拠は乏しい。
こうした不透明な情報管理と市場操作的な政策運用が、流通における予見可能性を低下させており、市場参加者の合理的な意思決定を妨げている。
日本の農政が転換する契機として、過去に例のある「外圧」の存在は無視し得ない要因である。1990年代の牛肉・オレンジ自由化においては、米国からの強い要求に応じる形で制度改正が進展したが、結果的には国内産業の差別化とブランド戦略が進み、長期的には競争力強化につながったという経験がある。
■米市場の自由化を利用すればいい
コメに関しても、今後の通商交渉(例:日米FTA再交渉)において米市場のさらなる自由化が議題に上ることが予想される。その際、国内制度の硬直性が改めて問題化され、外圧が内政改革を促す契機となる可能性は高い。
とりわけ、自由価格による市場の活性化、高付加価値品種の輸出拡大、民間備蓄と公的備蓄の補完関係の再構築、新規農業参入者に対する制度的障壁の緩和といった改革が検討されるべきである。
現在の「コメ不足」現象は、単なる天候リスクや一時的な需給変動によるものではなく、むしろ制度疲労と政策運用上の非効率性によって引き起こされた構造的問題である。名目上は廃止されたとされる減反政策が実質的に維持されていることに加え、市場機能を回復するための制度的インセンティブが欠如していることが、供給の弾力性を損なっている。

したがって、今後は自由市場の原理に基づいた需給調整メカニズムの復元と、外圧を契機とした制度改革の断行が不可欠である。国内政治の力学が自己改革を阻害する場合においてこそ、「ガイアツ」を有効な政策転換のキッカケとして使うべきではないだろうか?
■国の補助金は農家にとって良い? 悪い?
そもそも、日本政府は長年にわたり、農業・製造業・中小企業など様々な分野に対して巨額の補助金を投じてきた。これらは表向きには「育成支援」「安定供給」「国民生活の安全確保」などを目的としており、政治的にも高い支持を得てきた。しかし、補助金政策が本当にその目的を果たしているのか、あるいはむしろ対象産業の競争力を蝕んでいる。
日本の農業に対する補助金は、2023年度の国家予算において約3兆円に上る。その大半が、米の転作支援(飼料用米・麦・大豆など)や農業インフラ維持、農業共済制度への補填など、経営の自由裁量とは乖離した「用途指定型支出」として供給されている。
このような制度設計は、一見すると農家の経営を安定させているように見えるが、実際には以下のような深刻な弊害をもたらしている。
● 市場選好との乖離:需要がある主食用米や輸出用米ではなく、補助対象作物への転作が奨励され、経済合理性が歪められる。
● 競争力強化への動機の希薄化:補助が前提となることで、設備投資や生産効率化、商品開発へのインセンティブが低下する。
● 構造改革の先送り:非効率な小規模農家や経営継承不能な農地が維持され、農業全体の生産性が停滞する。

■日本の農産品は価格競争力に欠けている
元農水官僚で現在はキヤノングローバル戦略研究所の山下一仁氏はこうした現状について、「補助金で農業を守ろうとすればするほど、日本農業の競争力は失われ、海外市場にも取り残される」と警告している。同氏によれば、農家にとって最も有効な支援とは「市場で売れる作物を自由に作れる環境を整えること」であり、補助金で市場から隔離することではない。

OECDによる「生産者支援推計(PSE)」によれば、日本の農業は依然として先進国中でも高水準の市場価格支持(Market Price Support)を行っている。これは、消費者が市場価格以上に農産物を購入することで、実質的に間接的な補助をしていることを意味する。
このような市場歪曲的支援の結果、日本の農産品は価格競争力を欠き、自由貿易協定の恩恵を十分に享受できていない。たとえば、米国やオーストラリアが精密なマーケティングとコスト競争力を武器に農産品輸出を拡大する一方、日本は輸出量・シェアともに低迷している。
農業ジャーナリストの浅川芳裕氏は、こうした構造的停滞について次のように述べている。「補助金が農業にとって麻薬のように作用しており、自立的成長力を奪っている。国は“農家を守る”という名目で、農業を“成長から遠ざけている”」(Xポスト、 2025年4月21日)。
■日本の中小企業が成長しない原因
農業と並び、補助金が長年政策ツールとされてきたのが中小企業政策である。中小企業庁の2023年度予算では、ものづくり補助金、IT導入補助金、持続化補助金などが併せて約5000億円規模に達している。
しかし、これらの補助金が本当に「成長企業」を育てているかは疑問である。中小企業白書(2024年版)によれば、補助金を多く受けている企業ほど、5年後の事業継続率が高くないというデータがある。これは、補助金が経営努力やイノベーションに結びつかず、逆に「延命措置」として機能していることを示唆する。

また、審査過程のブラックボックス化、地元議員による“口利き”文化、過剰な書類主義など、制度運用上の非効率性も深刻である。結果として、成長性のあるスタートアップやスケールアップ企業よりも、地元に根を張る低成長企業や政治的影響力を持つ企業群が恩恵を受けやすくなるという「逆選抜」が生じている。
産業政策における補助金のあり方は、「支援の目的」と「手段の整合性」が問われている。もし政策目的が競争力の強化であるならば、補助金は「持続可能な市場構造の構築」と「構造転換の促進」に資するものでなければならない。そのためには、以下のような原則が必要である。
● 補助金は「恒常的支援」ではなく「一時的移行支援」と位置付ける

● 支援対象は成果指標(例:輸出拡大率、雇用創出、研究開発実績)に基づいて選定する

● 価格支持や生産調整のような市場歪曲型支援は段階的に廃止する

● 自由な競争環境を保証するため、制度透明性・説明責任を強化する

■「守る政策」から「育てる政策」へ
山下一仁氏が繰り返し指摘しているように、日本の農業を守るとは、生産者の所得を保障することではなく、農業が消費者に必要とされる商品を提供できるようにすることである。この思想は農業のみならず、すべての産業政策に通底するものである。
補助金は本来、産業の成長を後押しするものであるはずが、日本においては制度疲労と政治的利害の温床となり、長期的な競争力をむしろ阻害してきた。過剰な保護は、企業・農家・地方の「選択と集中」を曖昧にし、成果に基づく再編を妨げる。
今必要なのは、「守る政策」から「育てる政策」への転換である。産業にとって真の支援とは、競争に勝てる能力を高める制度設計と、市場からのフィードバックを正面から受け止める構造改革である。補助金という“安易な支援”に依存するのではなく、自律的な成長を促す“戦略的支援”へのパラダイムシフトが求められている。


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上念 司(じょうねん・つかさ)

経済評論家

1969年、東京都生まれ。中央大学法学部法律学科卒業。在学中は創立1901年の日本最古の弁論部・辞達学会に所属。日本長期信用銀行、臨海セミナーを経て独立。2007年、経済評論家・勝間和代氏と株式会社「監査と分析」を設立。取締役・共同事業パートナーに就任(現在は代表取締役)。2010年、米国イェール大学経済学部の浜田宏一教授に師事し、薫陶を受ける。金融、財政、外交、防衛問題に精通し、積極的な評論、著述活動を展開している。

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(経済評論家 上念 司)
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