亡くなる前に親自身が実家に詰まっている「思い出の品」を整理しないと、「遺品整理」は子供が引き受けることになる。だが、これがかなりの重労働。
どうしたら老親は「生前整理」に前向きになってくれるだろうか。介護の現場に詳しいフリーランスライターの旦木瑞穂さんが取材した――。
※本稿は、旦木瑞穂『しなくていい介護』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■「生前整理」のメリット
荷物の持ち主がすでに亡くなっている「遺品整理」は、単純に荷物の片付けや処分になりがちだ。なぜなら、持ち主が本当はどうしてほしかったのか、売却か寄付か、大切に受け継いでほしかったのか、もはや確認することができないからだ。そのため、残すものよりも処分するものの方が多くなってしまう場合が少なくない。
その結果、故人が大切にしていた物や本当は価値のある物でも、それを知らない遺族や遺品整理業者によって、ゴミとして無造作に扱われてしまう可能性がある。
一方、荷物の持ち主が生きているうちに行う「生前整理」なら、本人がどうしたいのかを聞くことができるのはもちろんだが、自分の手で整理をすることで、様々なメリットがある。
・不要な物を売却することでお金に換えられる

・不要な物を処分することでその物が占めていたスペースを空けられる

・その物の価値がわかる人や施設などに託すことができる

・遺したい物やその理由を子どもに伝えることができる(親から聞くことができる)

・大切な写真や手紙など思い出の品が見つかることで久しぶりの友人や知人に連絡をとりたくなる

・若い頃挑戦したかったことを思い出す=生きているうちにやっておきたいことに気付くことができる
このように、生きているうちに自らの手で荷物を整理すれば、たくさんのメリットがある。
「生前整理」を親子で行うことができれば、親の若かった頃の話や、普段なかなか聞けない現在の不安なこと、自分の死後にどうしてほしいかなどを聞き出す、かけがえのない時間にすることも可能だ。
■「生前整理」の手順
とはいえ、親に「生前整理」を勧めるのは難しい。長く離れて暮らしていると、子ども世代は「少ない帰省のタイミングで片付けを終わらせてしまいたい」と考えがちだが、普段から親とコミュニケーションを取っていないのに、突然「生前整理をやろう!」と言っても、衝突の元になるのは目に見えている。

そんな少なくないであろう子ども世代の悩みに対し、筆者が取材をしてきた中で、膝を打った対策がある。事例5で登場した「生前整理診断士」の三浦靖広さんの対策だ。
三浦さんは、親とのトラブルを避けるために、
・親の「生前整理」の前に自分が「生前整理」をしてみること

・ゆとりのある計画を立てて行うこと
を勧めている。
先に自分が「生前整理」を経験することで、親に「生前整理」を勧めるときに、親の気持ちを理解することに繋がるわけだ。
では、自分の「生前整理」を始める場合、何から手を付けたら良いのだろうか。
「生前整理」の手順については、「一般社団法人 生前整理普及協会」を立ち上げ、「生前整理」の普及活動を行う、大津たまみさんが提唱する納得の方法をお勧めしたい。
■(1)「生前整理」は「物・心・情報」の順に
大津たまみさんが提唱する「生前整理」の手順は以下の通りだ。
1「物・心・情報」に分ける

2「物」を「要る・要らない・迷い・移動」の4つに分類する

3「心」は思い出の整理。「マイベストショットアルバム」を作る

4「情報」は万が一への備え。「万が一ファイル」を作る
大津さんは、以下のように話す。
「生前整理は、『物・心・情報』の順に進めるとスムーズ。どれが欠けてもダメで、この順番が最適です。
物は思考の出口にあるものなので、その人がどんな生き方をしてきたか、何を大切にしてきたかは、部屋を見れば一目瞭然。まずは部屋にある物を、要る・要らない・迷い・移動に分け、思い出の物は『思い出箱』に入れていきましょう」
自分の物の整理をざっくりと行ったら、次は「要る・要らない・迷い・移動」の4つに分類しよう。思い出の物は「思い出箱」だ。
「要らない」なら手放す。「移動」は本来自分が持っているべき物ではない物や自分が持っていなくてもいい物。家族と共有している場合が多いので、管理者を決めて一元管理しよう。要る・要らないを8秒迷ったら、一旦「迷い」に入れておき、半年の期限を決めて再度判断すると良いと大津さんは言う。
■(2)「心」の整理
続く「心」は、思い出の物を整理することで、自分の人生を振り返る作業になる。特に写真は、多くの人が大量に所持しており、遺品整理の現場で最も対処に困るものだ。
大津さんは、写真の整理に「マイベストショットアルバム」作りを勧める。写真を厳選し、1冊のアルバムにまとめ、1枚1枚に年月日や場所、コメントを添えれば、自分史のようになる。写真を見返すことで自分を客観視でき、幸せだったことや頑張ってきたことに改めて気付く“人生の踊り場”を設けることができると話す。

子どもが作った「マイベストショットアルバム」を見せて、関心を持たない親はほぼいないという。そのため、まずは親と一緒に、「親のベストショットアルバム」を作ることが、親の生前整理のきっかけとなるケースは少なくないようだ。
家事代行サービス会社を営んできた大津さんは、自らも1万件以上の家の片付けをした経験から「『思い出の“物”』が『要る物』に入っているうちは片付かない」と断言する。
確かに、「思い出のない“物”」など存在しないのだから、それらを全部「要る物」としていては、片付かないのも納得だ。
■(3)「情報」の整理
最後に大津さんは、「情報」の整理として「万が一ファイル」作りを提案する。
「万が一ファイル」は、自分に万が一のことがあったときに備えて、遺された家族のために、銀行の通帳や保険証、介護や葬儀の希望、連絡してほしい相手先などをひとまとめにしておくファイルだ。
重要なのは、何度でも書き直せるように、簡単に取り出したり差し込んだりできる仕様であること。生きていれば、気持ちや関係性は変化する。情報を古くしないことが重要であるため、大津さんは「年に1回、たとえば誕生日に見直して、アップデートしてください」と話す。
今はまだ考えられないところは空けておき、考えられるようになったら埋めれば良い。財産情報はファイルに通帳や証書などをまとめて入れておくだけでも十分。スマホやパソコンなどのパスワード情報も同様だ。

■(4)「デジタル資産」の整理
なお、「デジタル資産」とは、デジタル環境を通してしか実態が摑めない資産だ。スマホやパソコンに保存されている写真や文書ファイルのみならず、SNSやブログのアカウントといったインターネット上の持ち物、ネット銀行の預金口座やQRコード決済サービスを含む電子マネーの残高などの残高も「デジタル資産」といえる。
デジタル遺品調査の第一人者である古田雄介さんはこう述べる。
「まずは自分の死後に家族や仕事仲間が必要とするものを想像することが、デジタル生前整理の第一歩だと思います。そのうえで、万が一に備えて、必要なものが託せて、不必要なものはそっとしておいてもらうようにゾーニングしましょう」
何より重要なのは、スマホやパソコンのパスワードが緊急時に伝わるようにすることだ。
古田さんはスマホのパスワードの保管方法として、名刺大の厚紙にスマホの機種名とパスワードをメモし、パスワードの部分だけ修正テープを3回ほど重ね貼りしてマスキングする方法を勧める。これを紙の預金通帳や保険証書などと一緒に保管しておけば、万が一の際に家族の目につき、修正テープを削ってもらうことでパスワードが伝わるというわけだ。題して「スマホのスペアキー」。これなら生前の盗み見が防げて、万が一のときには削れば見ることができる。
そのうえで、スマホやパソコン、インターネット上のデータの置き場所を整理したり、不要なデータは削除したりといった「デジタル資産の大掃除」を、無理のない範囲で進めていけばいい。
また、ネット銀行の口座や電子マネー、サブスクリプションなどの定額サービスの契約といったお金が絡む情報をリストアップするのも有効だ。
「とくにサブスクリプション契約は遺品になったあとで解除するのは困難を伴うことが多くあります。
クレジットカードの退会で一掃しようと思っても、債権(=サブスク契約の支払い)が残っている状態では退会を拒否されることもありますし、退会できても、その後に紙の請求書が遺族に届くこともあります。スムーズに解除するには、IDやパスワード、各サブスクを契約した窓口をリストアップしておくしかありません。少し大変ですが、リストアップ作業の過程で不要な契約が見つかることもあるので、自分のためにもぜひやってみてください」
人は、求めるものがどこにあるのかわからなければ手当たり次第に探すが、ある場所が明確になっていれば、その他の場所に触れる可能性は少ない。他人に見られたくないものがあるならなおさら、自分の名誉のためにも、家族や仕事仲間のためにも、「デジタル産」の「生前整理」は重要となる。(7月12日の次回配信では、「生前整理」のメリットや楽しむ方法などを紹介)

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旦木 瑞穂(たんぎ・みずほ)

ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー

愛知県出身。印刷会社や広告代理店でグラフィックデザイナー、アートディレクターなどを務め、2015年に独立。グルメ・イベント記事や、葬儀・お墓・介護など終活に関する連載の執筆のほか、パンフレットやガイドブックなどの企画編集、グラフィックデザイン、イラスト制作などを行う。主な執筆媒体は、東洋経済オンライン「子育てと介護 ダブルケアの現実」、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、産経新聞出版『終活読本ソナエ』、日経BP 日経ARIA「今から始める『親』のこと」、朝日新聞出版『AERA.』、鎌倉新書『月刊「仏事」』、高齢者住宅新聞社『エルダリープレス』、インプレス「シニアガイド」など。2023年12月に『毒母は連鎖する~子どもを「所有物扱い」する母親たち~』(光文社新書)刊行。

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(ノンフィクションライター・グラフィックデザイナー 旦木 瑞穂)
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