なぜ人によって時間の流れの早さが異なるのか。心理学者の内藤誼人さんは「各種調査によれば、時間の流れの早さは年齢で決まるわけではなく、その人の生き方や心のあり方によって決まる」という――。

本稿は、内藤誼人『大人の時間術』(総合法令出版)の一部を再編集したものです。
■時間の流れは年齢で決まるわけではない
読者のみなさんは、「矍鑠」という漢字を読めるでしょうか。この漢字は「かくしゃく」と読みまして、「年を取っているのに、心身ともに元気いっぱい」という意味です。「矍鑠たる老人」「老いてなお矍鑠とした人」のような使われ方をします。
元気いっぱいのお年寄りはというと、若者とまったく同じように、一日の時の流れが早いと感じていることが明らかにされています。下記の実験でわかるように、趣味を充実させ、毎日を楽しく過ごすようにすれば、時間の流れが早いと感じるようです。
カナダのトロントにある、サニーブルック・メディカル・センターのスティーブ・バウムは、介護施設に入居している年配者と、自宅で生活している年配者に、時間の流れの感じ方を尋ねてみました。
すると、介護施設に入居している年配者は、「時間の流れが遅い」と感じていることがわかりました。他の人の世話にならず、自宅で元気に生活をしている高齢者はというと、逆に「時間の流れが早い」と感じることもわかりました。
何もすることがなく、ぼんやりとテレビを見ているだけのお年寄りは、一日が過ぎるのがとても遅いと感じています。
無目的に生きていると、だれでも時間の流れが遅く感じるようになるのです。その点、70歳を超えようが、80歳を超えようが、自分なりにやるべきことの目的を持ち、毎日をイキイキと暮らすようにしていると、何歳になっても時間の流れが遅いと感じることはありません。

時間の流れが早いと感じるか、遅いと感じるかは、年齢で決まるのではなく、目的を持って生きているかどうかによって決まるのです。
会社を定年退職してから、ヒマでヒマでたまらないと感じながら生きていくよりは、たとえ給料などそんなにもらえなくても、仕事を見つけて働いていたほうが楽しい時間を過ごすことができるでしょう。趣味を持つのもよいことです。
定年退職をしてからやるべきことを決めるのではなく、もっと早い段階から自分なりにやるべきことを見つけておくことをオススメします。
「やることがない」と、私たちの認知機能はどんどん低下してしまいますし、生きがいを感じることがなく抑うつ的になってしまいます。
そうならないように、たくさんのやるべきことを若いうちから見つけておいたほうがよいのです。
■「自由な時間」があると、本当に幸せになれるの?
毎日、慌ただしい生活を送っていると、あり余るほどの時間が欲しくなります。できるだけ早く定年を迎え、のびのびできたらどんなに幸せだろうと考えている人は少なくないのではないでしょうか。
けれども、心理学的にいうと、それは誤った思い込みです。実際のところは、自由な時間があり過ぎると人は幸せになれないことがわかっています。
米国メリーランド大学のマリベス・マッティングリーは、自由な時間があると人はのんびりするというより、逆に、落ち着かない気分になるというのです。
特に、女性にその傾向が見られました。
時間が余っていると、「なんだか時間がもったいない」「何かしていないと落ち着かない」という気分になってしまうのです。
私の母親は、いつもせわしく動いていました。少しでも時間があると掃除をしたり、編み物をしたり、とにかくいつも動いていないと気がすまないような人でした。
「お母さん、ちょっとコタツで休んで、ミカンでも食べたら?」と私が声をかけても、「時間がもったいない」と答えてせわしく動き回るのを常としていました。
マッティングリーの研究では、男性に比べて女性ほど自由な時間が落ち着かないという傾向が確認されましたが、自分の母親のことを考えると、非常によく納得できる結果だといえます。
定年を迎えて、家でゴロゴロしているのは、たぶんものすごく幸せなことなのではないかと思えるかもしれませんが、定年前はそう思えても、実際にはそんなに幸せなことでもないのかもしれません。
もともと日本人には働き者が多いので、欧米人のように「自由な時間の過ごし方」がうまいというわけではないのかもしれません。レジャーを楽しむという習慣がない人がほとんどでしょうし、何かやるべき仕事がないと、余計に落ち着かなくなるのではないかと思われます。
政府は定年延長を検討し、2025年4月から、65歳までの雇用確保を義務化しました。働く年齢が延びたわけですが、これは非常によいことです。家でゴロゴロしているよりは、現役時代よりも仕事量が少なくなっても、ともかくほんの少しでも仕事をしたほうが、人はイキイキと生きていけるからです。
縁側に座って、終日、ぼんやりしているよりは、仕事に出かけたほうが心理的にも落ち着いていられます。
それにまた、仕事をすればいくらかはお金ももらえるというメリットもあります。
若い人は、「もっと自由な時間が欲しい」と切実な思いを持っているかもしれませんが、自由な時間はそんなにありがたいものでもない、ということは知っておいたほうがよいのではないかと思います。
■年齢と時間の流れの感じ方は?
年を取れば取るほど、時間の流れはどんどん早くなるように感じます。
少なくとも、私はそうです。一年が経つのはあっという間で、季節が春だと思っていたら気づいたときには年末で、「えっ、もうクリスマス⁉」と驚くことがよくあります。
私は、30代でも時間の流れは早く感じましたが、40代、50代になると、もっと早く感じるようになりました。読者のみなさんはどうでしょうか。
時間の流れを早いと感じるでしょうか。それとも遅いと感じるでしょうか。
実を言うと、年齢と時間の流れの感じ方には、少し複雑な関係が見られます。単純に年を取ったからといって、だれでも時間の流れを早いと感じるわけでもないのです。
ドイツにあるルードヴィヒ・マクシミリアン大学のマーク・ウィットマンは、14歳か94歳までの499人を対象にした調査を行ってみたのですが、年齢が高くなるほど、時間の流れを早いと感じるという結果を得ました。
けれども、違う結果を示す研究も少なくありません。
英国リバプール・ジョン・ムーア大学のルース・オグデンは、年齢によって3つのグループ、すなわち、若者(25歳以下)、ミドル(26歳から59歳)、年配(60歳以上)にわけ、「今日(あるいは今週)の時間の流れは、普通の日(あるいは先週)に比べて、早く感じましたか?」という質問をしてみました。
すると、年齢が高くなるほど、「遅い」と感じることが明らかになったのです。ウィットマンの研究とは、まったく反対の結果です。いったいこれはどういうことなのでしょう。
実を言うと、時間の流れの感じ方は、年齢で決まるというより、もっと心理的な要因のほうが強く影響している可能性があります。そのひとつが、満足感。
人付き合いや仕事に満足している人は、若者であろうが、年配者であろうが、時間の流れを早いと感じます。
逆に、不満を感じやすい人ほど、遅いと感じます。オグデンの研究でも、不満が多い人ほど時間の流れを遅いと感じていることが明らかにされています。
私自身のことで言うと、年齢が高くなるにつれて時間の流れを早いと感じるようになりましたが、ひょっとすると年齢はそんなに関係がなく、ただ私が、自分の今の生活に何の不満も感じていないせいかもしれません。
「毎日、楽しくて仕方がない」「私の人生はとてもハッピー」と思っている人は、おそらく時間の流れを早く感じているでしょう。

逆に、いろいろな点で不満を感じている人は、一日が過ぎるのがものすごく遅いと感じているのではないかと思われます。時間が経つのが遅いと感じるようであれば、心の中に溜まったモヤモヤや不安や悩みを解消するようにしてください。

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内藤 誼人(ないとう・よしひと)

心理学者

慶應義塾大学社会学研究科博士課程修了。立正大学客員教授。有限会社アンギルド代表。社会心理学の知見をベースに、心理学の応用に力を注ぎ、ビジネスを中心とした実践的なアドバイスに定評がある。『心理学BEST100』(総合法令出版)、『人も自分も操れる!暗示大全』(すばる舎)、『気にしない習慣』(明日香出版社)、『人に好かれる最強の心理学』(青春出版社)など、著書多数。

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(心理学者 内藤 誼人)
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