日本の景気はこれからどうなるのか。伊藤忠総研主席研究員の宮嵜浩さんは「内需株が好調で、日経平均株価は一時4万円台に戻った。
トランプ関税や金利上昇の影響が懸念されているが、日本経済の底堅さを示す『注目のデータ』がある」という――。
■5カ月ぶりに日経平均4万円台を回復
2025年6月、日経平均株価は5カ月ぶりに4万円台を回復して4万852円54銭まで上昇した。昨年7月に記録した史上最高値4万2426円77銭には及ばないものの、一時3万1000円を割り込んだ今年4月の安値から、わずか3カ月足らずで33%もの急上昇である。
株価上昇のけん引役は、昨年7月の高値更新時とは大きく異なっている。昨年は、自動車や機械、ハイテクに代表される輸出関連銘柄(外需株)が日本株全体を大きく押し上げた。
日経平均株価を構成する225銘柄のうち、海外売上高比率が相対的に高い50銘柄で構成される「日経平均外需株50指数」は昨年7月にかけて、同様に国内売上高が高い50銘柄による「日経平均内需株50指数」を上回るパフォーマンスを示した。
しかし2025年に入ると、米国のトランプ政権による輸入関税の強化、いわゆる「トランプ関税」に対する警戒感から「外需株50指数」は総じて低調に推移しており、4月以降の戻り相場でも急落前の水準を取り戻せていない。
一方、「内需株50指数」は年明け以降も堅調に推移して、年初来高値を更新。4月以降の日本の株式相場が、内需株中心の上昇だったことを示している。(図表1)
■内需株が株式相場を牽引
日本の内需の好調ぶりは、経済指標からも確認できる。2025年1~3月期の実質国内総生産(GDP)の成長率は前期比年率で▲0.2%と低迷したが、重要項目別にみると、内需は+3.3%と増加しており、輸出の▲2.2%とは対照的な結果となった。
個人消費(+0.6%)や住宅投資(+5.6%)、設備投資(+4.4%)といった民間最終需要は総じて好調だったが、なかでも設備投資は4四半期連続の前期比増加を記録しており、好調ぶりが際立つ。

先行きについても、設備投資の先行指標である機械受注(船舶・電力を除く民需)と建築着工床面積(民間非居住)がともに1~3月期に上向いており、設備投資が4~6月期も引き続き堅調に推移した可能性を示唆している。
以上を踏まえると、今年4月以降の日本株の好調は、設備投資を中心とした内需の強さに裏付けられた動きと評価できる。
■設備投資比率が「平成バブル期以来」の17%超え
歴史的に見ても、現在の設備投資の好調ぶりは明らかである。設備投資の中長期的な趨勢は、GDPに占める設備投資の割合(設備投資比率)で確認することができる。
企業が生産した付加価値の多くを設備投資に振り向ければ設備投資比率は上昇し、逆に設備投資を控える局面では設備投資比率は低下する。
一般的に、景気が悪化すれば設備投資は減少しやすいが、設備投資比率が高まる局面では、短期的な景気悪化に伴う設備投資の減少幅は相対的に小幅にとどまり、逆に景気の拡大における設備投資の貢献(寄与度)は大きくなる。
1980年以降の設備投資比率の推移をみると、1986年から1991年にかけての平成バブル景気において、設備投資比率は一時20%を超える上昇をみせたが、その後は2020年頃まで14~16%台で推移し、17%を上回ることはなかった。
しかし2022年以降は、深刻な人手不足を背景とした省力化・効率化投資ニーズの高まりなどを背景に、設備投資比率が平成バブル期以来の17%超えを実現している。(図表2)
■「金利のある世界」にうまく適合
こうした設備投資の拡大は人手不足だけではなく、好調な企業業績にも裏付けられている。財務省「法人企業統計」によると、2024年度の経常利益(金融業、保険業を除く全産業)は前年度比+7.2%だった。
増益幅は2023年度の+14.6%から縮小したものの、2021年度以降4年連続の増益である。利益の増加が、設備投資の原資となるキャッシュフロー(内部留保、減価償却費)を押し上げて、設備投資の拡大を後押しした格好である。

一方、借入金金利の上昇に伴って、企業の利払い負担が増大している。2024年度の支払い利息等は前年度に比べ11.4%増加した。経常利益と同様、支払い利息等も4年連続で増加しており、そのうち直近3年は2桁の増加率となっている。
もっとも、金額ベースでみると、2024年度の利払い等は前年度比+8140億円であり、経常利益の+7兆8347億円の1割程度にとどまっている。2023年度も同様に利払い等の増加額は経常利益増加額の約1割であり、両年度ともに経常利益を1%程度押し下げたにすぎない。利払い負担の増大が、経常利益およびキャッシュフローに与えた影響は限定的である。
日本経済は「もはやデフレではない状況」に転換し、金融政策の正常化を経て「金利のある世界」に復帰したが、金利の上昇は設備投資の拡大を阻害していない。むしろ現在は、設備投資の中長期的な拡大と整合的な「金利のある世界」といえる。
■今後のカギを握る原油安と円高
問題は、今後も設備投資が拡大基調を維持し、日本の景気のけん引役であり続けるかどうか、である。カギを握るのは非製造業の設備投資であろう。2024年度の非製造業の設備投資(法人企業統計)は前年度比+7.6%と、製造業の+4.2%を上回った。
製造業は売上高に占める輸出の割合が高く、海外景気の悪化や円高進行に伴う売上高の減少は、企業収益の悪化を通じて設備投資を下押しする。
一方、非製造業の収益に与える輸出の影響は比較的小さい上、円高は輸入エネルギー・原材料の調達コスト低減を通じて、収益を押し上げる方向に作用しやすい。
7月7日、トランプ大統領は日本政府に対し、25%の相互関税を8月1日から適用すると通告した。日本に限らず、韓国や東南アジアなど複数の貿易相手国に対しても、25~40%の相互関税率を適用する方針である。
相互関税のうち全世界共通の10%はすでに適用されており、相互関税以外にも一部の国や個別品目ごとに関税が引き上げられている。仮に今後の交渉で8月1日までに関税率が一部見直されたとしても、トランプ関税に伴う海外景気の下押し圧力は残り、輸出依存度の高い製造業の収益環境は引き続き厳しいと予想される。
■日本経済はトランプ関税に負けない
一方、ドル円相場は、トランプ大統領による相互関税が発表された4月2日以前の1ドル=150円前後から、5月以降は概ね140円台半ばで推移している。
加えて、原油価格は、相互関税発表後にWTI期近物価格で1バレル=70ドル強から概ね60ドル台前半で推移しており、イスラエル・イラン戦争が勃発した6月後半は一時75ドルを超えて上昇したものの、停戦を受けて60ドル台半ばまで下落している。
エネルギー調達のほとんどを海外からの輸入に依存している日本にとって、原油相場の下落は、製造業・非製造業を問わず企業収益の改善要因となる。一方、円高に関しては、輸入原材料・エネルギーコスト削減によるプラスが、輸出売上高の減少による収益のマイナスを上回る。
トランプ関税に伴う世界景気の減速および企業収益の悪化を、原油安・円高によるコスト削減・利益押し上げ効果で軽減することができれば、2025年度も引き続き、非製造業を中心とした設備投資の拡大が期待できる。
なお、筆者の試算によると、日本のGDP実質輸出▲1%による企業の利益減(▲6700億円程度)は、約2.5%の円高・ドル安から生じる収益の押し上げ効果で概ね相殺される。
■これからの伸びる業種
設備投資が拡大する局面では、機械や建設資材、企業向けソフトウェアなどへの需要が高まり、関連する企業の業績が押し上げられる。
もっとも、設備投資関連の製品やサービスを提供している企業でも、海外売上高の比率が高ければ、外需(輸出)の動向に業績が大きく左右されることになる。
内閣府が作成・公表している「産業連関表(2022年)」によると、企業の生産額(売上高に相当)のうち、民間総固定資本形成(設備投資、住宅投資)から誘発された割合(生産誘発依存度)が高い業種のうち、住宅投資との関連性が相対的に低いとみられる業種は、①研究・開発サービス、②はん用機械、③電子計算機・同付属装置、④情報サービス、⑤生産用機械、などである。(図表3)
これらのうち、「研究・開発サービス」と「情報サービス」の2業種は、国内の設備投資動向に収益の大半を依存している。一方、「はん用機械」や「電子計算機・同付属装置」、「生産用機械」は、輸出への依存度も相応に高い。今後は、トランプ関税による輸出の減少と、原油安・円高による企業収益の押し上げ効果の双方が、上記3業種の収益に色濃く反映されることになるだろう。

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宮嵜 浩(みやざき・ひろし)

伊藤忠総研マクロ経済センター長・主席研究員

1971年生まれ、兵庫県西宮市出身。94年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2001年、中央大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。1994年、山一証券入社、その後は富士通総研コンサルタント、三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)投資調査部研究員、しんきんアセットマネジメント投信チーフエコノミスト、三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所シニアエコノミスト、みずほリサーチ&テクノロジーズ主席エコノミストなどを経て、2024年4月から現職。マクロ経済総括、日本経済(企業部門)、貿易動向、株式市場を担当している。

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(伊藤忠総研マクロ経済センター長・主席研究員 宮嵜 浩)
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