一流の人は不測の事態にどう対応するか。元JALのCAで研修コンサルタントの香山万由理さんは「あるフライトで空調の一部が故障する事態があり、温度調節がうまくいかずにCAが罵倒され続けることがあった。
そんな心身ともにドロドロに疲れていた私たちCAに、あるお客さまがかけてくれた言葉に本当の一流の姿を見た」という――。
※本稿は、香山万由理『仕事ができる人は、「人」のどこを見ているのか』(光文社)の一部を再編集したものです。
■相手がミスしたときは、「自分の説明不足」を疑う
仕事ができる人は、「不測の事態の対応」を見ている
以前、仕事の待ち合わせでKさんという方から「ヒルズの入り口に13時集合」というメールが届きました。私はなんの疑いもなく「六本木ヒルズ」だと思い、六本木に向かいました。
しかし現地に着くと、誰もいません。もしかして間違えた?と思い、慌ててKさんに電話をしました。すると……。
「六本木ヒルズ? 表参道ヒルズって言いましたよね? なに間違えているんですか? ちゃんとメール見てくださいよ!」
メールを再確認すると、やはり「ヒルズの入り口に13時集合」とだけ書いてあり、どこのヒルズかの記載はありませんでした。もちろん、どこのヒルズかを確認しなかった私のミスです。猛省しながら、大急ぎで表参道に向かいました。
表参道ヒルズに到着すると、Kさんと同じ会社のTさんが迎えに来てくださいました。
Tさんは穏やかな表情で、「申し訳ございません。
私どもの説明がわかりにくかったですよね。ヒルズ、とだけお伝えしたら、六本木をすぐに思い浮かべてしまいますよね。かえってお手間をおかけすることになってしまい、本当に申し訳ございません。ひと息ついてくださいね」とおっしゃったのです。
私はこのTさんの言葉にホッとすると同時に、そのお人柄の素晴らしさに心打たれました。
確認をしなかった私が言うのも何ですが、誰にでもミスや勘違いはあります。そんなときに、責め心いっぱいで相手の非難に終始するのか、自分の説明が至らなかったからと相手の非には触れないでおくのか、人間の器の差によって大きな違いが表れます。
■相手に「恥」をかかせてはいけない
JALでは「相手に恥をかかせてはいけない」という教育が徹底されています。これは、おもてなしの本質です。
国際線で機内販売をしていたときのことです。
あるお客さまから、「すみません、セブンイレブンをください」とお願いされました。
瞬時に、タバコの「マイルドセブン(MILD SEVEN)」のことだと察しました(現在は「MEVIUS(メビウス)」という銘柄で販売されています)。

そのときにやってはいけない対応が、「マイルドセブンのことですね」と相手の間違いを指摘すること。そんなことをしたら、お客さまはバツの悪い思いをされるかもしれません。
こういうときは、「はい、かしこまりました」と言って、マイルドセブンをお持ちし、「お待たせいたしました。こちらでよろしいでしょうか」と商品をお見せすれば良いのです。
お客さまが言い間違えをしたかどうかには触れる必要はありません。相手に恥をかかせることなく、気持ちよくご購入いただくことがすべてです。
■海外メディアから称賛「羽田の奇跡」の裏側
機内では、ときに予想もつかない事態が起きます。CA時代にも天候による遅延や、機材故障による運休など、イレギュラーな事態に遭遇することがありました。
いかなるときでもお客さまが不安な気持ちにならないよう、CAは日頃から厳しい訓練を積んでいます。2024年1月2日に羽田空港で海上保安庁の航空機とJALの旅客機との衝突事故がありました。
海上保安庁の方々は悲しいことになってしまいましたが、JALではお客さまに一人の犠牲者も出さなかったことで、「羽田の奇跡」と海外メディアから称賛を受けました。
これも、不測の事態が起きたときにどのように行動すべきかを、日頃からケーススタディを通して身体に染み込ませていたからこそ成し得たことだと思います。

そして、CAの持つ力を最大限に引き出してくださるのは、お客さまのご協力に他なりません。
あるフライトでの出来事です。アジアから日本に向かう機内で空調の一部が故障するということがありました。すでに離陸しているため、整備士に修理を依頼することもできません。CA全員であらゆる方法を試みたのですが、どうしても温度調整がうまくいきません。
そのうち客室の中央部の温度だけが急に下がってしまいました。私たちCAはお客さま一人ひとりに状況を説明してお詫びをし、毛布や温かいスープをお持ちしました。
■毛布がすべて出払い、ジャケットを脱いで膝かけに
そして暖房の温度を上げてみたのですが、今度は後方部で、暑い!暑い!との声が……。客室中央と後方で温度が全く違う事態に陥りました。
暑くなっている後方部のお客さまにも事情をお伝えし、冷たいお飲み物を配るなど、少しでも過ごしやすくなるよう、あの手この手でお客さまの不便を解決しようと試みました。
そんなとき、中央部にお座りだった男性のお客さま3人が、大きな声でCAを怒鳴り始めました。乱暴な言葉づかいで、「まだ寒い! 毛布をもっと持ってこい!」と。

機内に搭載されている毛布がすべて出払ってしまったため、私たちCAは制服のジャケットを脱ぎ、「これしか羽織るものがないので、大変申し訳ございませんが、しばらくこちらを膝にかけていただけますでしょうか」とジャケットをお渡しすることしかできませんでした。温度調整は最後までうまくいかないまま日本に到着しました。
着陸してからも、今回ご迷惑をかけたことを丁重に謝罪しましたが、3人のお客さまは降機なさらず、1時間近くお怒りになっていました。
■不測の事態が起きたときこそ相手を「ねぎらう」
もちろんこちら側に非がありますので、お怒りになるのも仕方がありません。それでも、お客さまだからといって、暴言を吐き、CAを罵倒し続けるのはちょっと度を越している。そう心の中で思いながらも、私たちはお詫びの言葉を繰り返すしかありませんでした。
そんなとき、心身ともにドロドロに疲れていた私たちCAに、あるお客さまが声をかけてくださいました。
「あなた方は、こんな大変なときに本当によくやってくれました。空調が壊れたのは不測の事態だったけれど、乗客のためにできることを精一杯やっていた。皆さんの姿に感動しました。一番大変だったのはあなたたちなので、ゆっくり休んでくださいね」
そう言われて、私は涙があふれて止まりませんでした。快適にお過ごしいただけたとは、とても言えないフライト。
それにもかかわらず、ねぎらいの言葉をかけてくださるお客さまがいらっしゃるなんて……。
本当に一流の人というのは、不測の事態が起きたときにこそ、温かい言葉をかけ、客観的に人の行動を見ているのだと実感した出来事でした。
■不満が積もり積もると、怒りという形で爆発する
羽田・伊丹線でお飲み物サービスをしていたときのことです。
あるお客さまに「お飲み物はいかがでしょうか?」と伺ったところ、突然「おたくの会社はどうなってるの⁉」と、声を荒らげ、強い口調でおっしゃいました。
そこで飲み物サービスは他のCAに任せることにして、私はお客さまのそばに腰を落としてお話をお聞きしました。
お客さまは、貨物室に預けたブランド物のバッグが汚れて返ってきたことが残念で、そのことを地上スタッフにお伝えになったそうです。ところが、地上スタッフの謝罪の仕方に納得できない、とのことでした。
聞くと、他にも「空港でまちがえて別のターミナルに行ってしまい、焦って、おたくのスタッフに相談したら心配する様子もなく“連絡バスに乗ってください”と冷たく言われた」とか「電話で航空券の変更を頼んだのにこちらの事情も聞かず“できません”と言われた」などなど、これまでの対応への不満が芋づる式に出てきます。
私はスタッフの対応が至らなかったことについて、お客さまに誠心誠意のお詫びをしました。
すると、お客さまは「あなたにこんなことを言ってごめんなさいね。でも聞いてくれてありがとう。私はほんとはJALが大好きなの。
その大好きなJALで嫌なことがたまたま続いたから、つい怒ってしまったのよ」と笑顔で降りていかれました。
怒りの感情というのは、急に怒りになるものではありません。ふだん感じている不満が積もり積もったとき、怒りという形で爆発するものなのです。
それを考えると、「ふだんの態度」がいかにたいせつかがわかります。
■ふだんの態度に気をつけると、周りの人が救いの手をさしのべる
いつも言葉づかいが丁寧で、きちんとあいさつをし、人あたりのいいMさんがミスをしたとき、周りの人はどう思うでしょうか。「Mさんもミスすることがあるんだね。誰にでも失敗はあるよ。今度は気をつけてね」と、好意的に受け止められることが多いはずです。
反対に、ふだんからロクにあいさつもせず、人あたりも良くないOさんが同じ失敗をしたら、「ほら、だからミスするんだよ! いつもできていないから!」と、周りの人は感じてしまうのではないでしょうか。
仕事ができる人は、ふだんから自分の態度に気をつけています。そして、人のふだんの態度のこともよく観察しています。
もし、ミスをしたり、自分だけの力ではどうにもならないことに出くわしたりしたときでも、ふだんの態度に気をつけている人は、周りの人が救いの手をさしのべてくれるのです。
仕事ができる人のポイント

本当の人間力は、不測の事態のときにあらわになる

----------

香山 万由理(かやま・まゆり)

研修コンサルタント

立教大学卒業。JAL(日本航空)に入社。国際線CA(キャビンアテンダント)として10年半乗務。在籍中にCS(顧客満足)表彰を受け、皇室・VIPフライトに乗務。退職後「品性と人間力を備えた人材を育てる学校」として、研修コンサルティング法人「一般社団法人ファーストクラスアカデミー」を設立。官公庁、医療機関、企業などで、2万人以上に研修を行い、リピート率97.2%を誇る。「接遇力」と「業績」を同時に成長させ、会社の格を上げる組織作りをサポート。JCAA(日本キャビンアテンダント協会)理事を兼任し、航空会社出身者のセカンドキャリア構築支援に従事する。また、高野山真言宗の僧侶としての顔も持ち、研修では仏教哲学も伝えている。

----------

(研修コンサルタント 香山 万由理)
編集部おすすめ