■症状のない高血圧の何が問題か
高血圧は患者数が多く、また家庭でも容易に測定できることから、多くの人の関心を集めやすい疾患といえるでしょう。週刊誌やウェブ記事にも、頻繁に取り上げられています。しかし残念ながら、医学的に正しい情報より、「血圧200を5年間放っておいたが問題なかった」といった極端な話のほうが人気があるようです。
そもそも、高血圧は何が問題なのでしょうか? 高血圧の方の多くが自覚症状もなく、ふだんの生活には何の支障もありません。ところが、高血圧の人は、そうでない人に比べて、脳出血や心筋梗塞といった命に関わる病気をはじめ、慢性腎臓病や網膜症、さらには血管性認知症などのリスクが高くなることがわかっています。
いまだに「収縮期血圧は年齢プラス90が目安」「高齢者は血圧が高くてもよい」といった説を見かけることがありますが、これは何十年も前の知識です。現在では、複数の疫学調査によって、高齢者においても高血圧はさまざまな病気のリスク因子になることが明らかになっています。そのため、現時点では、診察室で測定した血圧が「収縮期140mmHg以上」または「拡張期90mmHg以上」であれば、高血圧と診断されるのです。
■昔より基準値が厳しくなった理由
高血圧の治療の目的は、将来の脳血管障害や心血管系疾患による死亡や生活の質の低下を防ぐことです。どの程度の高血圧を治療するかは、臨床試験の結果を踏まえて判断されています。リスクが低い人ほど治療から得られる利益は小さくなるので、副作用や費用対効果の面からどこまで治療するかは議論があってもよいでしょう。
ただ、基準値や治療目標が厳しくなってきたことに対して、「製薬会社の策略だ」「医者が金儲けするためだ」と断じる声もありますが、そうではありません。基準値が厳しくなったのは、疫学研究や大規模臨床試験の結果から、以前は正常とされていた血圧の範囲でも、心血管疾患などのリスクが高まることが明らかになってきたからです。
だいたい、降圧薬はさほど高価な薬ではありません。後発品であれば、1錠あたり10円未満のものも多く、費用負担は比較的軽い部類に入ります。こうした薬代を削って医療費を節約しようとしても、高血圧によって起こる病気が増えれば、かえって医療や介護にかかる費用がふくらむでしょう。特に脳血管障害の場合は、一命をとりとめても後遺症が残ることが多く、介護負担が長く続くかもしれないという現実を忘れてはなりません。
■非薬物療法から始める場合が多い
「できるだけ薬を飲みたくない」「薬剤費を節約したい」という場合は、食事や運動などによる「非薬物療法」があります。「日本では正常とされる数値を少しでも超えると、すぐに薬で値を下げようとする」と言う医師もいるようですが、おそらくそういう職場でしか働いたことがなかったのでしょう。
少なくとも私のまわりには、正常値を少し外れたからといって即座に薬を出すような医師はいませんでした。高血圧治療ガイドラインでも、脳心血管病の既往や糖尿病といったリスク因子がない低・中リスク者に対しては、生活習慣の改善をすすめて経過観察したうえで、それでも血圧が下がらなければ薬物療法を開始することになっています。
高血圧に対する非薬物療法の中でも、もっとも代表的なのが塩分制限です。世界保健機関(WHO)では一般成人の食塩摂取量は5g/日未満とすることを推奨しています。
■イギリスの減塩キャンペーンの効果
減塩による血圧の改善効果には個人差があり、薬に比べればその効果は控えめです。高血圧の治療の目的は、検査値の改善ではなく、死亡や生活の質の低下の予防です。食事の楽しみを犠牲にしてまで減塩を徹底するのは本末転倒でしょう。
ただ、素材の味を活かしたり、酢や出汁を上手に使ったりと、工夫次第で美味しく減塩する方法はたくさんあります。ストレスなく続けられる範囲で減塩に取り組む、それが現実的で賢いやり方だと私は考えています。
なお、減塩は各個人で取り組むよりも、集団で取り組んだほうが大きな成果が得られます。イギリスにおいて、パンを中心とした食品中の塩分量を減らすキャンペーンが行われました。食品中の塩分を段階的に減らすことで急激な味の変化を避け、消費者の味覚を自然に慣らすようにしました。その結果、成人一人当たりの塩分摂取量は2003年の9.5g/日から、2008年には8.6g/日に、およそ10%減少しました。
この減塩によって、年間約6000人の心血管疾患による死亡を防ぎ、年間およそ15億ポンドの節約効果をもたらしたと推計されています。
※1 World Salt Awareness Week - PubMed
■天然塩も精製塩も過剰摂取はダメ
「ミネラル豊富な天然塩は、ナトリウムだけの精製塩より体によい」という説もありますが、医学的な根拠はありません。たとえ天然塩であっても、主成分は塩化ナトリウムです。過剰に摂取すれば、血圧上昇や心血管疾患のリスクを高める点は変わりません。ミネラルが含まれていても、健康に有意な影響を与えるほどの量ではなく、むしろ「天然塩は体によい」という誤解が、塩分の過剰摂取につながる恐れがあります。
ただ、味には影響しますので、好みで天然塩を使うのはかまいません。減塩を目的とするなら、天然塩ではなく、塩化ナトリウムを塩化カリウムに置き換えた減塩タイプの塩(代表的な商品は『やさしお』)がよいでしょう。
カリウムはナトリウムと拮抗する作用を持ち、体外へのナトリウム排出を促すことで血圧を下げる働きがあります。同時に、カリウムが豊富な生野菜や果物、ナッツ類を積極的に摂取するのもよいでしょう。ただし、カリウム制限が必要な腎臓の悪い方は注意が必要です。主治医に相談してください。
■運動や適正体重の維持も効果的
高血圧に対する非薬物療法としては、ほかにも運動や適正体重の維持があります。
たとえば、グーパー体操やタオルを握るだけの「ハンドグリップ運動」など、手軽な方法も選択肢になります。無理して続けられなくなるより、気楽に楽しく続けられることを大切に。高齢の方や心血管疾患リスクの高い方は、急に運動を始めることで健康を損なう恐れもあります。安心して取り組むためにも、開始前に医師による健康チェックを受けておくとよいでしょう。
適正体重の維持も重要です。体重を減らすことで血圧は有意に低下し、特に肥満を伴う高血圧患者において、その効果は大きくなります。おおむね体重を1kg減らすと、血圧は1mmHg低下します(※3)。運動や適正体重の維持のよい点は、高血圧だけでなく、他の多くの疾患の予防にも役立つところです。たとえば、糖尿病、脂質異常症、認知症、うつ病、骨粗鬆症、がんなど、多くの病気の予防にもつながります。
※2 Exercise characteristics and blood pressure reduction after combined aerobic and resistance training: a systematic review with meta-analysis and meta-regression - PubMed
※3 Influence of weight reduction on blood pressure: a meta-analysis of randomized controlled trials - PubMed
■降圧剤による薬物療法のメリット
血圧は、生活習慣だけでなく、体質や遺伝、加齢など、さまざまな要因の影響を受けていますので、減塩や運動、適正体重の維持といった生活習慣の改善を行っても、血圧が十分に下がらない人もいます。その場合、血圧を下げる「降圧剤」による薬物療法が必要になります。また、「頑張ろうとしても続けられない」「生活がつらくなる」という場合は、無理せず薬に頼るのも一つの方法です。薬を使うことは決して悪いことではありません。
降圧薬は、長年にわたり多くの患者さんに使われてきた実績があり、安全性についても十分に確認されています。定期的に体調や副作用をチェックしながら服用すれば、長期間の使用でも大きな害はほとんどないと考えられています。高血圧によって引き起こされる脳血管障害や心不全などのリスクを下げる効果は確かであり、薬による利益は、副作用のリスクを上回るといえるでしょう。
降圧薬にはいくつかの種類があり、それぞれに特有の副作用があります。臨床医は、それぞれの薬に応じて副作用をチェックし、必要であれば処方内容を見直します。どの降圧薬にも共通する注意点として、「血圧が下がりすぎる」ことがあり、ふらつきや立ちくらみが現れる場合には、薬の量を調整することが必要です。生活の質を損ねてまで血圧を下げるのは本末転倒ですので、不調を感じたときには、遠慮なく主治医に相談してください。
患者さんから「一度血圧の薬を飲み始めたら、一生飲み続けないといけないのですか?」と尋ねられることがあります。
■サプリメントは気休め程度に
「薬は嫌だからサプリメントに頼りたい」という方もいるかもしれません。たしかに「血圧が気になる方に」といった文言で高血圧への効果をほのめかすサプリメントが数多く出回っています。なかには、特定の成分に関して限定的な研究結果が報告されているものも。ところが、それも効果は小さく、処方薬の代わりになるようなものではありません。むしろ、もしも薬並みに強く血圧を下げるサプリメントがあったら、安全性が心配です。
サプリメントはあまりおすすめできませんが、「味が好きだから」「気持ちが落ち着くから」という理由で少量を摂取するぶんには、それほど問題はないでしょう。でも、同じ成分を大量に、長期間にわたって摂取すると、体に負担をかけるリスクがあります。あくまで「補助的なもの」として、冷静な付き合い方を心がけてください。
また血圧に直接は影響しなくても、糖尿病や脂質異常症がある場合は、それらの治療を同時に行う必要があります。というのも、高血圧と同じく、それらも脳血管障害や心血管系疾患のリスク因子だからです。将来の病気を防ぐという本来の目的を思い出しながら、総合的にケアしていくことが大切になります。
繰り返しますが、生活習慣の改善が大切とはいえ、生活の質を犠牲にしてまで無理をする必要はありません。「理想的だけど無理なこと」より、「現実的にできること」を少しずつ積み重ねていきましょう。必ずしも完璧を目指さなくていい。自分にとって無理のない形で続けられることこそが、最善の治療法です。
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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)